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曇天⑥「痛みを感じない、か。まさに機械だな」

 拘束された機械知性体は、非常に従順だった。

 もっとも、駐屯地に至るまでの道程で相当無理をしたらしい。身体の損傷が激しく抵抗できるほどの機能が残っていないというのが正解だ。

 ある程度の隔離で十分、と告げたのはシリウスだった。機械知性体の身体構造に詳しいトレトマンがいれば、もっと詳細な判断を下すことも適切な処置もできたはずだが、彼らにできたことは隔離と質問だけ。

 対応が限られている分、得られる情報も少なかった。曇天顔の男は問われたことには正確無比に答えるが、自身の知識にないことは沈黙を返す。

 まるで反応の限られている電話の自動応対に話しかけているような無意味さに、最初は尋問しようと躍起になっていた久檀はすぐに飽きてペンを放り出した。

 机をはさんで向かいに座る男を上から下まで観察する。ぼろぼろのずた袋のような有様でよくここまで立って歩いてきたなと感心した。

「……妖精計画ねぇ、こんなもんが成功すると本気で思ってんのかよ」

「完全な意味では不可能だろう。よくて五割だ」

 隔離されている存在は、椅子に拘束された格好のまま淡々と告げる。何時間経過しようと変化が薄い。次第に、天気が崩れるように尋問する側の方にも陰鬱とした諦念の空気が漂ってきた。

 ディス・コード・サウス。そう名乗った男は一定の調子を崩さずに続ける。

「失敗すればやりなおせばいい。我々は人間よりも長命だ。同じ命令を、作業を百年でも続けていられる」

 上がった顔。その眼差しの空虚さに、久檀は反射的に立ち上がりそうなほどの寒気を覚えた。

 人間ではない。人の形をし、人のように会話をするが、決定的に何かが違う。彼らの間には、言語の違いや価値観の差では埋められない溝が見えた。

「おまえたちはたまたま妖精計画が発動している時期に当たっただけ。これよりも以前から、我々は人類を滅ぼすために動き、失敗を重ねていただけの話だ」

 事実だ、久檀は何の根拠もなくそう思った。

 同時に、この存在をどれだけ痛めつけようとも、何の痛痒も覚えないことを理解する。例え刃物で寸刻みに身体の端から切り落とそうとも、この調子で最後の最後まで語り続けて最後に機能停止するだけだろう。

 切断された腕からは骨格のような金属や、様々なケーブルが垂れ下がっている。腕だけではない。捕獲した際に全体を観察したが、全身に大小様々な傷がある。

 人間なら即手術、入院。絶対安静の状態だが、何の苦痛も感じている様子はなかった。

 機械仕掛けの身体。人間と区別のつかない外装。動作も自然で、唇や視線の動きに違和感を感じない。だがふとした瞬間、強烈に目の前の存在は人間ではない、という感覚に襲われて寒気を覚えてしまう。相対した隊員の中には露骨に気味が悪いと言って避ける者もいる。

 不気味の谷。

 久檀はあるロボット工学者が発した言葉を思い返す。人は人に近い存在に親近感を覚える。例えばボールに単純な線で顔を描いただけでも、そこに何か人格があるような錯覚を覚え、無下に扱うことができないように。

 だが外見が人間に近くなればなるほど、ある程度高まった親近感が谷底に落ちるようにして急降下する地点がある。それが不気味の谷と呼ばれる現象だ。

 人間に近いからこそ、そこからにじみ出る人ではない所作に、人は強烈な反発心を覚え嫌悪を抱く。

 もっとも、久檀はディスを人間やロボットといった区分では見ていない。とはいえ、彼を自身の中のどの位置に当てはめるのかは決めかねていたが。

 この男の扱いも含めて今後の対応をどうしたものかと思い、パイプ椅子に体重を預ける。と、控えめにドアがノックされた。背中で問いかけると、ドア越しに声が届く。

「久檀陸佐、海里くんが来てます」

「そうか、入って来いよ」

 久檀は肩越しに振り返る。ドアが開き、見張りをしている隊員の横をすり抜け海里が入って来る。

 椅子の背に大きく上体を預け久檀は海里を見上げた。

「よう、掃除は終わったか?」

 すると海里は、「終わった」と短く答える。視線の先は、室内に入ったときから固定されていた。

 機械知性体の視線が交錯する。

「……ま、仲間同士つもる話もあるだろ。俺は休憩するからあとは適当にやってくれや」

 言って、久檀は立ち上がった。部屋の外で待機していた隊員には、二人だけにして大丈夫なのか、と小さく問われたが、問題ないと手を振る。

 久檀の関心はすでに別方向へ移っていた。

(海里は、表情や動作は硬いが人間っぽく見える。けど、あっちの方は……人間のものまねをしてる何かだな)

 歩きながら自身の右手を眼前に掲げる。指を折り、手首をひねる。滑らかに、自分の意思通りに動いてくれる。

 その手を、手近な壁に叩きつけた。衝撃にしびれ、次いでじんわりとした痛みが襲ってくる。もちろん加減はしたが、それでも口元がゆがみ、左手で打ちつけた個所を押さえてもがく。

「っ、痛ってぇ」

 自業自得なのはわかっている。久檀は脈打って広がる痛みを受け流しながら、不意に顔を上げた。

「……そうか、痛みか」

 これまで見て来た海里は、傷ついた痛みに苦しみ、表情をゆがめ、はいつくばってもがいていた。

 ディスにはそれがない。こちらの配慮すら、余計だとばかりに涼しい顔をしている。恐らく、痛覚というものが存在していないのだろう。

「痛みを感じない、か。まさに機械だな」

 隊員の反発したディスに対する嫌悪感の一端が見えた気がした。見かけが人間に近ければ近いほど、人間の脳はそれを人間だという前提で対象を見るようになる。ゆえに、動きや表情も人間らしいはずだと思ってみるが、ひとたび人間と異なると認識された場合には必要以上に異質なものと感じてしまうという、脳の対象認識反応だ。

 逆にトレトマンやレックスのように、人間からかけはなれた外見の存在が人間のような仕草を見せた場合、逆にそれを身近なものにとらえて親近感を覚えてしまう。

「これはこれで、面白そうな題材だな」

 それこそ時間があればゆっくりトレトマンと話し合いたい、と思いながら久檀は休憩できそうな場所を探した。


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