曇天④「……こいつら、生きてる?」
ついに、某国のある都市が結晶の「群生」へと変わった。
感染者が結晶化するだけでは終わらず、複数の感染者がひとつのコロニーと化して拡大を続け、周辺の生物や無機物を問わず融合しはじめたのだ。
結晶の伝播速度が加速度的に上昇し、人どころか建築物も巻きこんで都市内に結晶柱が出現。人口一万人の地方都市は結晶の林と化した。
もちろん生き残った者も多い。半数は脱出したという情報もあったが、山間部の過疎地とあって被害報告から実際に救出活動が行われるまでに間が空き被害は拡大した。
一報を受けた隣市の警察や消防団、救急隊員は車両一台分しかない山道を抜けるまで半信半疑の表情だったが、都市というよりも村が町へと発展した程度の市街から立ち上る巨大な柱を見て困惑する。
さらに近づくと、全身からハリネズミのように結晶柱を生やして死亡している住人がそこかしこに転がる様を見て、半数は引き返した。防護服の用意がなかったのと、さらに応援と装備を固めるためだ。中には恐慌状態に陥ってしまった者や、逃亡した者もあったが。
封鎖と保護という両極端の混乱の中、生き残った者たちが政府軍に収容されたあとの行方を知る者はいない。
だがさすがに、政府は事態を隠せなくなった。
とあるビルの屋上に設置してあった監視カメラが結晶の広がる様を克明に記録していた。コマ落ちした画像が映す町並み。そこを振り返りながら足早に駆け抜ける者たち。彼らを追うようにして広がるのは。陽光にきらめく水の流れに見えた。手を広げるようにして流れる様は津波のように圧倒的で非常に高速だった。
記録映像に音声はなかった。音のない世界で街は緩やかに容れ物としての役割を終えてしまう。映像は、カメラのレンズが結晶に飲みこまれてひび割れるまで続いていた。幸か不幸か、内部電力で相当長く稼働し続けていたのだ。
不幸は、その衝撃を世界中の人間が知ってしまったこと。
政府軍が押収したはずの映像を持ち出し、ネット上に流出させた者は不明なまま。あとの被害が大きすぎて、その行為を犯罪として調査するには時間も人手もなかった。
だが伝聞よりも正確に、容赦なく事態の異常さを伝える映像は、人心を混乱させるのに十分以上の役割を果たす。
凍りつくようにして結晶が広がる様は瞬く間にネットの海を広がり、サーバー管理者が削除を繰り返しても誰かが保存していたデータが繰り返しアップされる。
映像の流出から半日。
結晶化現象はついに、世界保健機構から正式に新型の感染症として告知される。
結晶病、という名称が公式となった。
だが公式に認定されても、人の結晶化は止まらない。むしろ問題が顕在化したことで、人心の混乱に拍車がかかる。
折しも妖精の被害が沈静化したかに見えたこの時期にこの感染症の勃発。政府や行政は対応が追いつかない。
暴動、株式の暴落、物資の高騰、渡航制限。掲げればきりのない状況の変化に加え、医薬品や食料などの買い占めが起こる。
日本もまた、臨時国会が世界保健機構の発表の翌日という異例の速さで召集される。その中、急きょ組まれた予算案の中に、鷹ノ巣山駐屯地における結晶病研究用の資金が大幅に増やされた。
そうまでしてもまだ、一般市民にその情報は時期尚早として公開されなかった。立場のある者たちの誰もが、ありていに言えば保身に走ったのだ。世界保健機構からの通達も、即時発表はしなかった。
携帯端末の普及とネットワーク回線の高速化により、老若男女問わず人々は多くの情報に接する機会を得た。それでも、日々発信される情報の多さに結晶病という異常な状況が世界を狂わせていることに、日本人の多くはまだ気がついていない。
透明な崩壊は、確実に迫っていた。
その鷹ノ巣山駐屯地では、予算の割り振りと派閥をめぐって無意味な争いが繰り広げられるよりもずっと以前から調査を続けている者たちがいる。
マーガレット・レヴィは慢性的に睡眠不足で淀んだ顔で相棒のラップトップに向き合っている。表示画面はあと数パーセントで解析が終了すると表示されていた。
彼女の周辺には、サンプルとして運びこまれた結晶が連なっていた。照明の光を反射する結晶の群れは、複雑な電子機器がつめこまれた室内では異質な装飾品に見えた。まるでファンタジー小説の挿絵のような結晶林だが、それらがすべて、元は複数の人間を苗床にして生み出されたと知れば美しさよりも先に嫌悪感に肌が泡立つ。ここに毛布一枚持ちこんで寝泊りしているのは彼女だけだった。他のメンバーはなりふりかまわず研究に没頭している彼女を薄気味悪く少しばかり遠巻きに眺めているだけ。サンプルと一緒の部屋で眠って、翌朝には自身も結晶になっていてはたまらない、と青ざめている。中にはモニタ越しにしか観察をしない研究員もいた。
政府は全国各地で死亡後に人体から生えた結晶柱を切り離し、鷹ノ巣山駐屯地へと運びこんだ。残った遺体は火葬され、遺骨だけを遺族へ返却する。自衛隊駐屯地としての機能は失われたが、そこは今や人類の存亡をかけた結晶病の研究施設へ変わっていた。
結晶は様々な電子機械に繋がれ、薄暗い室内には機材のインジケータが明滅し、そこかしこでビープ音や冷却ファンの唸り声が重なる。
そこに小さな電子音が響き、レヴィの閉じようとしていた目が開く。
「……何よ、これ」
解析が終了し、結果が表示される。
「この反応……」
レヴィは顔を上げる。ラップトップは結晶の入ったケースへケーブルや機器を介して繋がっている。彼女はここしばらく、結晶の成分構造を調査していたが、機器がしょっちゅうエラーを起こし、結果にノイズが混じるのに辟易していた。
そんなことが幾日も続き、レヴィはいらだたしげに結晶の入ったケースを殴っていた。他の研究員は、奇声と笑声を上げながら暴れ、かと思えば猛烈な勢いでキーボードに何かを打ちこみはじめるレヴィをうすら寒い眼差しで眺め、遠巻きにしていた。
その日も、泥のような顔色で蛙のような笑みを浮かべたレヴィはひとつのサンプルを蹴り飛ばして破壊した。粉々、まではいかなかったがいくつもの破片に分割されてしまった結晶を前にしても、彼女の笑みはより深まるばかり。
異常は、その直後に起こる。
検索項目に割りこみをかけてきた奇妙な数式。それらを解析するのに一昼夜を要したが、終わってみれば大したことはなかった。
ラップトップに表示された解析結果は、たった二言だけのそっけない言語。
うるさい、黙れ。
意味がわからないと首をかしげるほかの研究員をいつものように無視し、レヴィは慌ててディスプレイにこれまでの検査結果を表示する。
抜き出したのは、これまでエラーとして分類していた項目。そこにこの言語を見つけるのに使ったパターンを当てはめると、いくつかの文脈が浮かび上がる。
大体が要約すれば、レヴィの暴言や行動に対する叱責だ。
君の言い方は耳障りだ。もっと丁寧に扱ってくれ。など、ここに集う者全員の心境を代弁していた。
「はっ……?」
レヴィは大仰な動作でケース群を振り返る。小さな照明で照らし出される結晶柱。非常に美しく、まるで博物館のような趣きだったが、彼女にしてみれば味気ないサンプルでしかない。
そんな無機物の存在が、応えたのだ。
レヴィは笑った。睡眠不足の人間が、脳内物質の影響で浮かべる虚ろな笑みのままケースを振りあおぐ。
「……こいつら、生きてる?」
レヴィが狂気と狂喜が入り混じった笑いを浮かべていたそのころ、鷹ノ巣山駐屯地に来客があった。
冊子版はピクシブのBOOTHで頒布しております。
こちらは7巻収録分です。
https://mutsugami123zero.booth.pm
pixiv ID 2358418
「六神屋」でイベントに出てます。
関西コミティア、文学フリマに出没します。




