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曇天③「もしかして、シリウス……暇なの?」

「もしかして、シリウス……暇なの?」

 少年からの直球の問いかけに、シリウスは擬態が揺れそうになるのをどうにか抑えた。

 鷹ノ巣山駐屯地の外れにある倉庫。そこがシリウスの居場所になる。彼は擬態が戦闘機のため、軽自動車のレックスと違って気軽にそのあたりを散策することもできず、ほとんどの時間を倉庫内に収まっていた。

 近くのコンテナに腰かけ、こちらを見上げるマイキは答えを待って小首をかしげる。

「……いまは待機中だ」

 視線で、けどそれって何もしてないってことだよね、と見つめられてしまい、シリウスは擬態を解除して背を向けたくなった。

「シン兄は掃除ばっかしてるし、シリウスはずっとここにいるし……トレトマンとレックスはどこにいったの?」

「前と同じだ。防衛軍の本部に行ったきりだ」

 えー、とマイキは口をとがらせる。

「せっかく来たのに、みんないないんだね」

 マイキは首から下がっている許可証を揺らす。鷹ノ巣山駐屯地は閉鎖され、部外者の立ち入りは厳禁されている。だが少年だけは例外的に許可されていた。本来なら、許可の申請を行うどころか門前払いの状況なのだが、うやむやのうちに黙認されている。

 マイキは海里がここにいると思って真っ先に倉庫に足を運んだが、目的の相手はいない、シリウスは動かないということでさっそく暇になったらしく、コンテナから飛び降りて歩き回る。他に何もない倉庫で何か面白いものはないかと首をめぐらせたが、少年の好奇心を満たすものは転がっていない。

 シリウスとしても倉庫内にいるだけでは面白味がないのだが、かといって、通常の形態で敷地内を動き回ると即座に隊員に囲まれて見世物になってしまう。飛ぼうにも、擬態が戦闘機なので勝手に飛び回るなと久檀に文句を言われるので近頃は控えていた。

 飛行能力は便利だが、レックスのように自動車を選択した方がよかったかもしれない、というのがシリウスの最近の悩みだった。

 だがここにレックスではなくシリウスが待機しているのには、その擬態が関係している。

 海里はユニオンが防衛軍本部へ向かう際、トレトマンの指示で日本へ置き去りになった。告げられた理由は、人間形態の機械知性体がいると説明がより複雑になるためだった。状況に整理がついたら呼び戻すと言われ、シリウスはその際の足代わりだ。

「俺もここから出たい。だが、まだ動けないんだ」

 シリウスはあきらめのため息に相当する電子的な反応を起こす。待機はトレトマンの指示でも、そろそろ自由に高空を飛び回りたかった。

「シン兄も考えこんでるみたいだし、何かあったの?」

 問いかけに、シリウスは言葉を探す。普段なら適当に追い払うところだったが、いい加減、彼も退屈していた。

「そうだな。せっかく自由行動ができるというのに、思うように動けずに不満そうにはしている」

「不満って、何かしたいことあるの?」

「アウラを探しに行きたいのだろう」

 隠さない言動に、マイキは目を丸くする。

「アウラって……シン兄の兄弟だよね」

 マイキは胸元に手をやる。そこには蒼い石のペンダントが下がっている。父親が妻の亡くなった事故現場から持ち帰り、姉から弟へ手渡された。

 その欠片は始まりと終わりの旋律。機械知性体の生命活動が終息したあと、エネルギー塊が結晶化したものだ。

 一度は海里に渡されたが、彼が意識不明になった折にまたマイキの手元へ戻った。

「正確には、アウラではなくイノベントのシスを探そうとしている」

 枯れ葉色の髪と赤いワンピースの少女。人間に酷似した外見をしているが、正体は海里と同じ機械知性体。マイキも彼女とは何度か遭遇していた。

「何でシスを探すの? それにアウラは、その……」

「そうだ、アウラは滅びた。だが生存の可能性が出て来た。シスはアウラかもしれない」

 それは根拠のある情報ではなかった。勘と言っても差し支えのない曖昧な話で、シリウスもレックスが口にしたのでなければ一笑に付しただろう。

 イノベントのシスは、ユニオンのアウラだった。

 その主張を大半の機械知性体は却下した。真偽はシリウスの中では未だに保留中だったが、レックスが自分の信じたい幻想を真実だと吹聴して回るようには思えなかった。

 少年の胸元を飾る蒼い石。

 トレトマンとレックスはそれを見て、アウラの存在が滅びたことを確信する。

 だが、生存の可能性を見つけたのだ。いまはこの矛盾を解き明かそうと必死に知恵を絞っている。

 そうなんだ、とマイキは破顔する。

「シン兄……よかった……よかった!」

 急に弾けたように跳ね回る姿に、シリウスは若干の困惑を見せた。そうだ、とマイキは片足を上げて停止した格好のまま振り返る。

「ねえ、アウラってどんなヒトなの? シン兄からは聞いたことないんだ」

 兄弟なんでしょ、と問いかけられ、シリウスは戦闘機形態のまま先ほどとは違う困惑を浮かべる。

「……変わった奴だな」

 少々考えこんだあと、出て来たのはその一言だった。マイキが首をかしげているのを見て、さすがに言葉が足りていないと思い直し、黙考してから付け足す。

「……ユーリ・ヘイスはよくあいつのあとを追いかけていたが、傍から見て、大事にされているとは思えなかったぞ」

「え……?」

 予想外の発言に、困惑するのはマイキの番になった。

「けど、シン兄はそのヒトを探しに地上に出て来たんじゃなかったの?」

 互いの視線が交錯する。いや、それは感覚的なもので、戦闘機に目にあたる部分はないのでマイキは見上げているだけ。

 シリウスは次の言葉を組み立てている間に擬態を解き、ロボット形態で膝をついた。擬態のまま会話を続けてもよかったが、やはり窮屈に感じる。会話の際の微妙な情動を伝えにくいのだ。

 急な変形も、慣れているマイキは驚かない。むしろ話がしやすくなったとばかりに近くのコンテナに登り、視線を合わせてくる。

「ねぇ、シリウス。どういうことなの?」

「俺はトレトマンのように状況や感情の動きを客観的に説明できない。だから、見たままを伝える」

 どうしても無愛想な物言いになってしまうが、少年は黙って先をうながしてくれた。だからシリウスもためらいなく続ける。

「ユーリ・ヘイスの最初の身体を大破させたのは、アウラだ」

 海里の現行の身体は微細機械細胞で構築されている。その前の身体は、地上に出た際の戦闘行動などで破壊された。シリウスが言っているのは最初期のもので、マイキの知らないものだった。

 当時の身体には人工皮膚がなく、小柄なのは変わらないが、いまよりもっとロボット的な仕様だったとシリウスは付け加える。

「怒って殴りかかったユーリ・ヘイスを相手に、アウラは本気でやり返したらしい」

 アウラはレックスよりも大柄で、俊敏な流線形の身体を持っていたとシリウスは語る。当然、海里とは大きさも腕力も何もかも、同じ土俵に立つのが不可能なほどかけはなれている。そんな存在が本気で殴り合えば結果がどうなるのかはあきらかだ。

「アウラとシン兄ってケンカしてたの?」

 マイキも何度も機械知性体同士の争いを見て来たのでそのすさまじさは理解できた。人型が通り過ぎただけで、周辺は台風後のように破壊されてしまう。

「アウラはとにかく変わり者だったんだ。トレトマンに似ているが、異なるのは、思いついたら即座に行動する点だ」

 それはトレトマンもでは、とマイキは思ったが、シリウスが何やら難しい様子で思案しているのでそこは黙って流した。

「トレトマンは計画を動かす際には、それが現実的に運用可能かどうかを第一に考えている。先への影響や、消耗や利益率などが考慮に入れられる。俺たちにはいきなり話が飛んでいるように見えても、それらはすべて理論立てて考えた上での行動なんだ」

 考えた上の行動で、レールガンや手榴弾の爆風で何度も吹っ飛ばされていてはマイキとしてはたまったものではなかったが、ひとまずそれは忘れることにする。

「アウラの行動原理は、面白いかそうでないかだ」

 マイキは肩を揺らす。少年を誘拐した少女。彼女はいつ見ても楽しそうに笑っていた。楽しそうに戦っていた。

─── さぁ、戦いましょう。

 赤いワンピースと枯れ葉色の髪をひるがえし、舞うように戦う少女の様はマイキの目にも焼きついていた。

「地上探査も、面白そうだからやりたい、と挙手したくらいだ。とはいえ、他になり手もいなかったし、アウラの扱いに困っていた部分もあったからな……」

「シン兄やレックスには、すごく大切なヒトだったんだよね」

「俺たちにも仲間であることには変わりない。ただ、あいつらにとって、お互いはあまりにも近しい存在だったんだ。アウラとレックスは、第六世代の中で一番最後に生まれた。長い間お互いだけで過ごしていた中、初めての、人間でいえば下の兄弟がユーリ・ヘイスだったんだ。あいつに至っては、未だに他の第七世代が生まれる気配もない。だから、あいつらはいつも一緒にいた。他に同世代の存在がなく、遊ぶのも成長するのも一緒だったんだ」

 閉鎖された深海都市で、彼らは常に互いが側にあった。兄弟というより、もっといえば、互いを同一視するほど近いものとして認識していた。

 特に海里にはその傾向が顕著だった、と彼らの成長を傍で見ていたシリウスはそう分析する。

「だからこそ、あっさり自分から離れることを決めたアウラを許せなかったんだろうな」

「もしかして、それがケンカの原因なの?」

 恐らくな、とシリウスは首肯する。

「あいつらは近くにいすぎたんだ。特に小柄な身体に劣等感を持っているユーリ・ヘイスは、アウラと自身を同一視しているようにさえ見えた」

 自分と同じ存在、自分の半身が離れていくことに幼い精神の海里は耐えきれず、恐慌状態に陥って暴走する。

「結果は、ユーリ・ヘイスが負けた」

 当然だな、とシリウスは淡々と答える。

 そこでトレトマンが喜々として、より人間に近い素材へ海里の身体を換装してしまい、しかも治療と改造の間にアウラは深海都市から出ていった。最初は事態が飲みこめずに自失していた海里だったが、自然と怒りの矛先はいなくなったアウラではなく、隣のトレトマンへ向かう形になる。

「アウラの存在が失われたことは悲しい。だがあいつらは一度、離れる必要があったんだ」

「じゃあ、アウラはそのためにシン兄とさよならしたのかな」

 どうだろう、とシリウスは首をかしげる。

「アウラの行動原理はとにかくつかみにくかった。いつも楽しそうにはしていたが……俺は、アウラとは会話らしい会話をした覚えがない」

 彼が覚えているアウラは、海里にまとわりつかれているか、ひとりで地上世界の資料を検索しているか、そのどちらかだった。

 シリウスは過去に思いをはせているのか、会話がそこで途切れる。マイキも何も返せないでいると、沈黙に気がついたシリウスが顔を上げた。

「……すまないな、俺は楽しい話題を提供することは苦手だ。思い出話ならユーリ・ヘイスに直接聞きに行け」

「じゃあ、一緒に行こうよ」

 あたりまえのように手を差し伸べてくる小さな存在に、シリウスは逡巡のあとにうなずきを返した。


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