破壊の導火線④「君が……いや、君達が、機械知性体……」
一台の自動車が、町を見下ろす高台の道路脇で停まった。ドアが開き、下りて来たのは狭山だ。彼は藍色に沈む景色を一望する。千鳥ヶ丘市の夜景と海は、山の合間にのぞいている。
「さて……」彼は眼鏡の位置を直し、あたりを見回す。
「ただのイタズラか、とんでもない犯罪に巻き込まれつつあるのか……」
どちらにしても、狭山が逃げる間もなく黒塗りの救急車という不思議な存在が道路の向こうから現れた。
救急車は狭山のクルマの側に停車する。下りて来たのは救急隊員ではなく、ごく一般的な服装の青年だった。彼は狭山を見ても、愛想笑いのひとつも浮かべない。むっつりとした無愛想な顔で押し黙っている。
対峙する青年を前に、狭山は息を吐く。
「電話をかけたのは、君ではないね。若すぎる」
「───私だ」
声の発生源を狭山が探していると、突然、眼前の救急車の車体色が黒から白へ変わった。色彩の変化に驚く間もなくクルマが分解し、形態変化を起こす。ばらばらになった部品が別の形に組み上がり、見上げるほどの高さになる。救急車はクルマから、二足歩行形態へ滑らかに変形した。
狭山が驚きの声を漏らす。後退した背が、自身のクルマに当たった。
「私が電話した。トレトマンと呼んでくれ。こっちは、運転手のふりをさせる為に連れて来ただけだ。気にしないでいいぞ」
白いロボットは、電話の向こうで聞いたのと同じ、落ち着きはらった声で告げる。
「君が……いや、君達が、機械知性体……」
ややたじろいだ狭山だったが、何度か深呼吸を繰り返すと自分の足できちんと立った。交互にトレトマンと青年の顔を眺める。そして、驚愕が消えた顔に浮かんだのは、親しみのこもった笑顔だった。
「では、君が海里君だね。ユウシやコウヘイから、話は聞いているよ。会えてよかった」
意外そうな表情を見せる海里に、狭山は苦笑を返す。
「ずいぶんと男前だな。ユウシが手を貸そうと言い出すのもわかる」
笑うと、海里はますますわけがわからないといった様子になったが、狭山には説明をする気は毛頭なかった。
眼前の青年は、狭山が勝手に想像する、天条の息子が成人した姿と酷似していたからだ。
もちろん、海里と天条が親子ほど似ているわけではない。ただ彼の持つ雰囲気が、天条の若い頃に似ている気がしただけ。当の天条も、海里と亡くした息子を重ねるような真似は否定するだろう。
たったそれだけの理由だったが、狭山は彼らを信用することにした。根拠はない。自らと家族の安否を天秤に賭けてでも彼らと繋がりを持つ。そのことが、これからどれほど重要な意味を持つのかわからなかった。
それでもなぜか、笑ってしまうのだ。
(……何て巡り合わせだろうな)
どうやら、犯罪以上にまずいものに巻き込まれたようだ、と狭山は自嘲する。笑みを口の端に残したまま、狭山はトレトマンに向き直った。
「で、俺に何をしろと。残念ながら、こっちはしがない事務官でね。書類の書き方くらいしか、教えられるものはないよ」
「将来的には教えを請う必要があるかもしれん。だが、今、私が必要としているのは、あなたの現場判断と、指導的な立場としての能力だ」
コウヘイめ、と狭山は口中で罵る。同級生はいったいどれほどの過剰広告で売り込みをかけたのか、今度詳しく問いただす必要があった。
毒づきたい心持ちのまま、狭山は精いっぱい、不敵に見えるような笑みを返す。
「いくつか腹案はある。問題があれば言ってくれ」
「僕、シン兄達と一緒に行かない」
朝からきっぱりと宣言した弟に、ユキヒは朝食の席で呆然とする。てっきり、絶対に行くと言い出し、その説得に頭を痛めるとばかり思っていたからだ。
「そう、なの……?」
マイキは憮然とした顔でトーストを噛んでいる。納得はしていないが、誰かに無理やり言わされたという様子でもない。
「あんなに行きたがってたのに、どうかしたの?」
なるべく詰問口調にならないよう、自然に笑いかけたが、低下している弟の機嫌は直らなかった。
マイキは牛乳を苦いもののように飲み干すと、渋面のまま言った。
「……一緒にいると、シン兄が怪我する」
そう、とユキヒはそっと息を吐いた。無理もない。目の前で誰かが怪我をするのを見れば、次にそれが自分にもふりかかるのではないかとおびえ、萎縮してしまう。弟はまだ十歳なのだ。他者が倒れる様を見て、救助を考えるよりも、傷を、血を見て立ち止まってしまう。
ユキヒは自分でもその時が訪れた際、適切な対処ができるかどうかはかなり怪しい、と息を吐く。
「怖くなったのね」
いいのよ、と言ってユキヒは笑った。
「ちょっと、違うな」
それまで黙っていたタカフミは、温野菜のサラダをもりもり食べながら口を挟む。
「マイキの怖いは、ユキヒの言ったことと意味が異なる。マイキが本当に恐怖しているのは、自分の怪我じゃない。海里君に関することだ。それも、自分をかばって負うものに対してだな」
ユキヒが答えられずにいると、うつむいてしまったマイキはぼそぼそと言った。
「……シン兄もレックスも、いつも僕をかばってくれる」
出会い、深海都市。それ以外でも、機械知性体の面々はいつでもマイキを全力で守ってくれる。心配してくれる。それが頼もしくもうれしくもあるが、もし自分がいなければ、とも考えてしまう。
もし、自分がいなければ、彼らはもっと楽に戦えたのではないか。そんな疑念が常に少年につきまとっていた。
マイキという脆弱な存在が傍らにいることで、彼らはどんな苦境に陥っても、たとえ自身が不利になろうとも、マイキを優先して行動する。そしてそれを、当たり前だとばかりに行い、決して親切を押し売りしようとはしない。
タカフミはサラダボウルを空にすると、フォークを脇に置いて息子の髪をかき回す。ぐしゃぐしゃになった頭にマイキが目を白黒させていると、タカフミは満腹になった腹をさすりながらあっさり言った。
「そんなの、彼らは気にしてないと思うぞ」
にかっと太い笑みを見せると、マイキはおずおずと顔を上げる。本当だろうか、目線で問いかけてくる様に、タカフミはますます笑みを深める。
「マイキと彼らは友達だろう。友達の間に、強さも偉さも関係ないんだよ。互いを尊重し合い、片方だけが依存しない。それが正しい友情だ。マイキは確かに、彼らよりも力はずっと弱くて小さいが、代わりに彼らにはない強さを持っている」
だから、大丈夫だ。力強く宣言するタカフミに、マイキはすべてを納得できた上ではなかったが、笑った。その目の端で涙が光ったのを、ユキヒは見ないふりをする。
代わりに、タカフミにコーヒーのお代わりを尋ね、マイキには今日の分の宿題を終わらせるように言い置いてから席を立った。
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こちらは6巻収録分です。
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「六神屋」でイベントに出てます。
関西コミティア、文学フリマに出没します。




