破壊の導火線③「ディス・コード・サウス……彼が、あるいは……」
天条は、今になって焦燥感に身悶えしていた。
自宅のあるマンションの地下駐車場。修理が終わったばかりのクルマの車内で、天条は疲れたようにシートに身体を預ける。実際、彼の疲労はかなりのものだった。
それは肉体的な問題より、精神的な負担が割合としては多い。
『我々について調べていた様子だが、それは組織としての命令だろうか』
トレトマンの問いに、天条は首肯する。防衛軍日本支部設立という第一目標を放り出してでも探せと命じて来た男の存在を語った。
依頼を持ちこんだのは、世界防衛機構軍の母体団体になるアップルゲイト財団。そこから派遣されてきた男の名は、ディス・コード・サウス。曇天のように重い空気をまとわりつかせた男だったが、最初の顔合わせ以来、姿も見せなければ連絡のひとつもない。商業施設の駐車場で起こった件はメールで報告を入れてあるが、反応はなかった。それからもあまり進行しない報告を送り続けていたが、第二期地区での事件後からは、忙しさもあって何もしていない。
『その人間、気になるな』
言われたが、天条としてもそれ以上の情報はないので答えられない。男の件を保留にしたトレトマンは、こちらが本題だが、と別の話をきりだしてくる。
『我々とあなたの所属する組織を繋いで欲しい』
ためらいのない声音に、天条は即座に相手の言っている内容がわからずに呆け、理解した後は息をつまらせる。
『ユニオンが居住する都市は現在、浮上を開始している。いきなり海上に現れ、世界中から砲撃を受けることは避けたい。その為、しばらくの間、我々という存在を世界の目から隠してくれる組織を探している』
それが世界防衛機構軍。
そして、機械知性体と組織との間に天条が立って欲しいと、まるで会議の議長を任せる程度の軽さでトレトマンは言ってのけた。
『なに、そう難しくはない。兵卒ならまだしも、上層部の一部は大して驚きはせんだろう。すでに組織内には、我々を知っている。もしくは、その情報を与えられている者が必ずいるはずだ』
そこからトレトマンが語る内容に、天条は全身から血の気が引いた。想像の範囲外だった。
『予想だが、防衛軍という組織には、機械知性体が根幹に関わっている。兵器や探知装置、衛星などに使われている技術は、我々から流出したものだ』
天条はトレトマンから告げられた内容を思い返し、クルマの中で震えた。すでにエアコンは切れ、車内はずいぶんと蒸し暑くなっていたが指先は冷えている。
『人間側が入手した技術を模倣しているだけか、組織の運営にイノベントが参加しているのかまではわからない』
話はそこで締めくくられたが、天条はそれ以上聞く余裕がなかった。それまで確かだった足元が崩れ去って行くような気がした。
十年所属している組織。そこに、人間以外の知的生命体の介入を疑わなければならない日が来るとは。
天条は奥歯を噛みしめる。違う、とかぶりを振った。
問題はそこではない。彼はこの十年、組織のあり方を否定したことはなかった。たとえ、紛争鎮圧の為の戦争という矛盾を抱えていたとしても、その姿勢にぶれはなかった。
世界防衛機構軍という組織は、過去から現在に至るまで、真剣に世界平和を目指している。アップルゲイト財団は、防衛軍を構築した事実こそ伏せているが、紛争地帯への救済の手を休める日はなかった。
ここにいない部下も、その手が救い上げた者の一人だ。
たとえ金持ちの道楽でも、人類以外の知性体が関わっていたとしても、彼らという存在がなければ失われていた人命と文化は数えきれないだろう。
裏側が何であれ、それまで積み重ねて来た行為を疑ってはならない。
と、目を閉ざしかけていた天条の中に別の疑念がわく。防衛軍の組織内には、たったひとつだけ、違う方を向いている存在がある。
第九とあだ名される、非公開部署。
「ディス・コード・サウス……彼が、あるいは……」
天条はようやく流れる汗に気がつく。車内温度はかなり上がっていた。彼はひと息つくと、クルマを下りて自宅へ向かう。
考えなければならないことは山ほどあった。所属組織の謎、結晶病、家族の安否。未だに連絡の取れない城崎の行方。ユニオンへの協力。彼の足は様々な悩みにとらわれ、がんじがらめになっていた。
自然、自宅へ向かう足取りも重くなる。
「あーパパ、おかえりなさい!」
それでも、こわばっていた顔は娘の笑顔を見ると自然とほどけた。
娘のルミネは月末が七歳の誕生日なので、すでにはしゃいでいる。今日は、ピンク色のマスクを買ってもらったと上機嫌だ。小さく花柄がプリントされたそれは、結晶病という未知の病原体に抵抗しようとする親心から出たものだったが。
「おかえりなさい」
妻のケイは、陽だまりの猫のような笑顔で天条を出迎える。だが変わりない笑顔は、天条の顔を見るとほんのわずかに眉尻が下がる。
「ずいぶんと疲れてるようね。やっぱり、カズマ君がいないとお仕事がはかどらないのかしら」
そうだな、と天条はあいまいに返す。
事務関連はモーリス軍曹が引き継いだので、彼の負担はかなり減っていた。さらに人員が増える予定もある。天条の疲弊はもっと別の個所からだが、たとえ妻であっても説明はできなかった。そのあたりは心得ているケイは、何も尋ねてはこない。夫に着替えを用意しながら、彼が脱いだシャツとネクタイを手早く片付けている。
「ねえ、そんなに色々と考えこまなくてもいいのよ」
部屋着に袖を通していた天条は、背中にかかった声に振り返る。ケイは意味深長な笑みを浮かべていた。
「何を考えこんでるのか、私にはわからないけど、悩みすぎるのはあなたの悪いくせよ」
ケイは首をかしげ、淡く笑う。
「もっと、やりたいようにやればいいのに」
あきれるでもとがめるでもなく、むしろ悪戯を推奨するような口調に聞こえた。
天条は観念したようにため息をつきつつ、そういうわけにもいかないだろう、と苦笑を返すしかできない。
対するケイは、一歩も引かなかった。
「大丈夫よ。あなたなら、私とルミネは絶対に守ってくれるわ。だから、私達だけ守り通せばいいなんて、そんな狭い考えはダメよ。もっともっと、わがままに行かないと」
「わがままね」
例えば、とケイは目を輝かせる。
「そうね、例えば……あなたが正義の味方になるのよ。世界人類は私が守る、くらい言って欲しいわね」
「わがままというより、無茶な要求になっているぞ」
素敵なアイデアだと思ったのに、言って頬を膨らませる仕草は、少女のようにあどけなかった。
「ママ―ご飯まだ―?」
待ちきれなくなったルミネがクマのぬいぐるみと一緒に飛び込んでくる。ケイはもうちょっとね、と微笑みながら洗濯物を片手に出て行く。
「ねえ、パパも早く」
クマの手で小突いてくる娘に、天条も苦笑も返す。ルミネは忙しなく動き回り、ベッドの上にぬいぐるみを設置する。置き場が決まると、少女は振り返って父親を見上げた。
「パパー」
何だろうか、と向き直った天条に、少女はくるくると丸い瞳で見上げてくる。
「あのね、お歌が聞こえるの」
「歌?」天条は娘を抱きかかえる。
じきに七歳で、ずいぶんと身体も大きくなってきたが、ついこの間生まれたような気がしてならない。
「歌なの、でも、何を言ってるのかわかんないの」
テレビの幼児番組で流れているものだろうか、と天条は首をかしげる。もう少し突っ込んで聞こうとしたところで、ケイから夕飯ができたと声がかかり、娘の関心はそちらに移ってしまった。
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こちらは6巻収録分です。
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「六神屋」でイベントに出てます。
関西コミティア、文学フリマに出没します。




