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心なき涙⑧「……これは、僕の感情だ」

 エルフはすぐに捕まった。元より逃げるつもりがなかったのか、潜む必要を感じないほど罪悪感もなかったのか。

 そんなことはどうでもいいと、彼女を前にハルは笑う。

「やぁ、少しは気が晴れたかい」

 穏やかな表情は変わらないまま、気配だけが変わった。すっと、空気が冷えて重くなるような感触にエルフは肩を震わせる。

「全体を見ず、自分の考えだけを正当化させてぶつけてくる君は、ある意味とても人間らしいよ」

「……あなたが悪いのよ」

 短く吐き捨てるエルフを、彼は覚えが悪い教え子に対するように何度もうなずく。

「そうだね、君がこんな真似をしでかす原因を作ったのは僕だ。その点に関しては、本当に申し訳なく思っているよ」

 エルフが妖精計画の陣頭指揮から外されている間に、確保されていた実験体はほとんどがばらまかれ、在庫処分のようにあっけなく消費されてしまった。計画自体も大幅に変更され、実験データは好き放題にかき回されてしまう。

 それまで築き上げて来たすべてに土足で足跡を付けられ、彼女の自尊心はずたずただった。

 ハルをにらむ眼差しは、敵愾心に満ちている。

「誰かを憎いと思っても、なかなか行動にまでは移せないものだよ。君はその一線を越えてみせた。その点は評価するに値するね」

 けどさ、と言いながら、掲げたハルの手が、エルフの胸部にめりこむ。

「あ……」

 深海都市でユキヒの首に手をかけたように、まったく気配を感じさせない動きだった。ただ今回、彼の手に遠慮の文字はなく、容赦なく指先が体内にもぐりこむ。

「あ、あ、ア、あぁ、ああぁぁぁ、あがっ……ぎぃ?」

 振り回したエルフの腕がハルを叩く。一撃一撃が人間よりもはるかに重かったが、同じく人間ではないハルは何の痛痒も感じない。はかなく空しい抵抗だった。

 そのまま力任せにハルは機械知性体の中枢機関であるアニマを、それを保護する枠や付随するケーブルごと引きずり出す。

 エルフは金属めいた悲鳴を上げハルを押し返す。あるいは遠ざかって行くアニマを追って手を伸ばすが、懸命にもがく様をハルは遠くを見るような眼差しで見つめるだけ。

 ぶちぶちと、ケーブルが千切れる音がして火花が散る。それらはエルフの生命活動が無理やり終わらされていく音だった。

「がっ、い、ぃ……ぁああああああああ!」

 ただそれを少しでも先延ばしにしようと必死の抵抗が繰り返され、言葉として組み上げられない苦鳴が上がる。

 真正面から死を目前にした者の猛攻を受けながらも、ハルの眼差しは静かだった。

「君の行動力はすばらしいけど、その後で僕に仕返しされるって想像しなかったの?」

 と、そんなハルの静けさに断ち切られるように、金切声は途絶えた。ずるずると床に崩れ落ちた身体は動かなくなる。胸郭に大きくうがたれた穴から液体が染み出し、ハルの足元を濡らした。

 無感動な双眸が、活動を停止した存在を見下ろす。

 アニマをつかんでいる手から、白い煙と電光がほとばしった。活動中のアニマを無理に引きずり出したせいで、ハルの指先が焼け焦げている。

 ハルは傍らから立ち昇る白煙に、ようやく自身の手が焼けていることに気がついた。そうして、未だに熱を保っている金属塊とケーブルを投げ捨てる。一緒に指先と手のひらの一部も持って行かれたが、構いはしなかった。

 どうせ微細機械細胞を使えば、この程度の損傷は瞬時に修復されてしまうのだから。

 数秒間の沈黙の後、彼は目を瞬かせる。そこでようやく、目が覚めたような眼差しで顔を上げた。

「……僕は、何をやってるんだ?」

 何かを達成したような高揚感はない。ハルは半信半疑のままその場にたたずんでいた。

 他者の動向などどうでもよかったはずだ。それよりも、もっと大きな目的があったはず。

 自分こそ考えなしに少ない手駒を破壊してどうする。エルフの持っている妖精計画や、そこから派生した実験結果はこれからも必要になる。

 確かに少女を失ったとわかった時、ハルは苛立った。

 シスはイノベント内では唯一戦闘に特化した個体だ。少女を失うということは、これから起こるユニオンとの戦闘は相当程度、厳しいものになるだろう。

 ゴーストだけでは手が足りない。あれは畑の案山子と同じで、命じられた行動以外は自律行動が取れないのだ。

 シスの損失は、彼の計画を修正させるのに十分な痛手だった。

 それでも、エルフを排除する理由にはならないだろう。

 彼は動く気配のないエルフを見下ろす。アニマを引きずり出された身体はただの機械仕掛けの人形。そして強制的に身体の制御を離れたアニマは、長くはもたない。

 結果的に、イノベントは内部分裂により、貴重な人員を二人も失う羽目に陥ってしまった。

 ハルは焼け焦げた手を掲げる。

(あぁ、それでも……)

 心の中の湖水。その水面を突き破って現れた彼が叫ぶ。

「それでも、僕は、行動を起こさなければ気がすまなかったんだ!」

 奥底から、ハルは声を発する。

 目覚めてから、どれほど凄惨な行為に手を染め、あるいは目の当たりにしても揺るがなかった感情が、あらゆる束縛を断ち切って彼の全身を激しく揺さぶった。

 ハルはひどい苦痛を感じているように顔をしかめる。身体がふらつき、それを制御しようとしてたたらを踏む。

 思い通りにならない身体と精神に対する苛立ちをぶちまけるようにハルは叫んだ。

「僕は、シスを殺したエルフを許せなかった! 自分の手で、殺してやらなければ気がすまなかった。僕の為の行為だ。僕が安定する為には必要だったんだ!」

 がくりと膝を落とし、ハルは頭を抱える。彼の周囲で青白い電光がほとばしり、光が弾ける度に周囲の物質が崩れて行く。

 彼を構成する微細機械細胞が暴走し、その余波が他の存在を分解しているのだ。床や壁が剥離し、隆起する。発光は止まらず、周囲の崩壊も加速する。

 直後、部屋が爆発した。

 制御を離れた微細機械細胞が室内に充満し、粉塵爆発の要領で炸裂する。爆風が地下施設を震わせた。窓がない空間は爆発の衝撃を外部に逃がすことができず、狭い空間に炎の嵐が吹き荒れる。

 だが逃げ場がないということは、同時に、新たな火種と燃焼に必要な酸素も流入してこない。

 室内の酸素を消費しつくすと、火災は収まった。

 爆発の衝撃で扉は歪み、壁は焼け焦げ、エルフの身体も焼けて爆風に飛ばされ、隅の方に転がっていた。

 室内に散らばった破片。今さら響く警報音。天井のスプリンクラーが散水を開始し、室内は突発的な豪雨に見舞われたようになる。

 流水を受けながら、ハルはゆっくりと身を起こす。あちこちで小さく燃えている建材が鎮火していく様をぼんやりと眺めていた。

 上げた顔には、先ほどの狂気じみた感情の発露はなかった。ぶるりとかぶりを振って水滴を跳ね飛ばし、いつもの澄まし顔でつぶやく。

「……これが、憎しみか。想像よりも気持ち悪いね。かなり精神衛生的にくるものがある。人間はよくこんなものを抱えたまま生きていけるもんだよ」

 ハルは立ち上がった。散水は続いている。面倒くさそうな顔をして行き交う通信を傍受する。人がこちらに向かって動く気配があった。これだけの騒ぎを起こしたのだ、気づかれて当然だろう。

 面倒だとは感じたが、ごまかすのはもっと億劫に思えた。正直に説明する気は最初からない。

 この地下施設を構築し、人員を集めていたのはエルフ達だ。ハルは利用できるものがあるかと思い、適当に間借りしているだけの新参者でしかない。

 行くか、とハルは何の未練もなく決別する。

 残ったイノベントの機械知性体はディスとヴァン。たった二人だけ。彼らがこの状況を見て何を思うのか、その後でどんな行動を取るのかは多少好奇心をそそられたが、大体想像がつくのですぐに興味を失う。

 おそらく、彼らはエルフとシスを失い、ハルが出て行ったところで人類殲滅の計画を止めることはないだろう。

 仲間の滅びを悼むことも、憎しみに駆られてハルを追うこともない。淡々と、単純な作業を繰り返すように計画を動かすだけ。

 短い付き合いだったが、ハルの中の彼らに対する評価は、つまらない、の一言に尽きる。

 何の疑問も抱かず、ただ継承された道を歩くだけ。彼らの動かしている計画には、そもそも目的がないのだ。

「そんなことをして、何になる」

 仮に地球上にある破壊兵器をすべて持ち出し世界を焼き尽くし、人類という種を根こそぎなぎはらったとする。その後に残るのは、文明の残滓だけ。待っているのは灰が積み重なった無彩色の世界。ヴァン達はそこまでする用意もあるようだが、ハルは違った。彼は人間の営みを、文化的な生活を気に入っている。このまま計画を進められたあげく、焼け焦げたビル群から死に絶えた世界を見下ろすのはごめんだった。

 だから、ハルはイノベントから離脱する。元より、彼の中に組織に対する所属意識はなかった。

 一歩踏み出し、ハルは顔をしかめる。ひどい頭痛がする。頭を押さえ、眉間にしわを寄せながらも歩いた。

「僕も、人間のようになってるのかな? それにしても、こんな感情を抱えて存在するのは、かなりの難問だ」

 思考のノイズに顔を歪める。一度堰を切って溢れた流れはいつまでたっても止まってくれない。むしろ激流が穴を押し広げて行く。

 苦痛にうめきながらも、脱出の手始めに爆風で歪んだ扉を人間とは異なる膂力でこじ開けようとした。

 と、不意に顔を上げる。

「……これは、僕の感情だ」

 誰の命令でもなく自身の考えで実行し、獲得したもの。

 他の何にも代えられないもの。

「それなら、捨てる必要はない」

 ハルは強引に扉を押し広げ、焼け焦げた部屋から出て行った。


【心なき涙 終】


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