心なき涙⑦「俺は、あなた達がロボットと呼ぶ存在だ」
「ふむ、むしろその反応が人として自然だろう」
騒ぎの内容を聞いたトレトマンは、さも当然とばかりに言った。
ちらりと向けられた視線の先にはレヴィがいる。彼女は先ほどまで久檀が座っていたパイプ椅子に収まっていた。両脇に隊員が控えているが、特に拘束はされていない。
「だがやはり、いきなり撃って来るというのは、いささか礼儀に欠ける対応だな」
腕を組んで胸をそらす様に、久檀が待ったをかける。
「すまねえな、俺の監督不行き届きだ。銃も最初に没収したはずなんだが、その後の管理を怠っていた」
所持していた自動拳銃について追及すると、レヴィはいったんは大人しく差し出したが、部屋から持ち出される前に隊員の目が離れた隙をついて取り返し、今まで何食わぬ顔で隠し持っていたらしい。
「まあ、小さな鉛玉を食らった程度では、驚きはしても大した痛手にはならんよ」
やれやれと妙に人間くさい仕草で肩をすくめてみせるトレトマンだった。実際、海里が撃たれたと聞いても、彼は驚きもしなかった。
「こちらの女性は、我々に対して強い敵意を持っている。その根源は、どこから来ているのか……」
トレトマンは軽くレヴィの方に身をかがめた。それだけで彼女はますます小さくなる。
「まあ、ハルの力を目の当たりにすれば、危機感を抱いても仕方のないことだろう」
言って、レヴィから離れようとしたが、今度は彼女の視線がトレトマンを追いかける。
「あの、化け物……見つけ出して、ぶん殴ってやる……」
「穏やかではないな。だが、ハルを探したいのは私も同じでね」
もう一度トレトマンはレヴィに向き直る。今度は膝を折り、なるべく威圧感を与えないようしゃがみこむ。
「どうだ、お嬢さん。思うところはあるだろうが、まずは我々の話を聞いてもらえないだろうか」
最後の砦とばかりに挑むようにねめつけてくるレヴィに、トレトマンはあくまで淡々とした態度を崩さない。
「……話を聞けっていうか、聞いたらそっちの情報よこして手を貸せってことだよね。しかも相手は逃げ場がないから交渉する余地もないし」
相変わらずやり方がえげつない、と隅っこでレックスが肩を落とす。
「いつものことだ」
シリウスは特に興味がないと背を向けている。彼の視線の先には海里がいた。彼は銃撃後から離れないマイキを膝に抱え、コンテナに腰かけている。
裂けた顔の人工皮膚は修復されないまま、赤く着色された潤滑液がべったりと頬を汚している。
「ちょっと」声に海里が顔を動かすと、コンテナの下で鳴神が腰に手を当て見上げていた。レヴィを連れて来た彼女は一度倉庫から出ていた。今度は両手に荷物を下げている。
降りて来てと手招きされ、海里は逡巡した後、マイキを膝から下ろしてコンテナから飛び降りた。
「……何か用か」
愛想が欠け落ちた声と態度にも、鳴神はひるまない。
「座って」膝の高さほどの箱を示され、海里はいぶかしみながらも従う。もう一度、用件を訊ねようとしたがその前に顔を手で引き寄せられる。
「手当てしないと」
言われ、海里は自分の裂けた顔をさしていると気がつき、その手を振り払おうとする。
「必要ない」
顔をそむけたが、鳴神は問答無用と傷口の下にタオルを当て、先の曲がったノズルの付いた洗浄瓶から一気に水を流して傷口を洗う。
「我慢しなさい。化膿したらどうするの」
タオルで柔らかく傷口周辺の水分をぬぐっていた鳴神は、赤色が落ちて露出した傷口を見て絶句する。
めくれた皮膚の下から、金属の地肌がのぞいていた。
「これ、は……」
「手当てはいらない」
海里は驚愕から脱出できないでいる鳴神に、大丈夫だと繰り返す。
「この程度の損傷なら、自己修復が働く」
タオルを握りしめたまま呆然としている鳴神に、海里は頭を下げ、謝意を示す。
海里が人間に酷似した外装をしているので、彼女は傷の手当てをしなければならないと思い至ったのだろう。一度、倉庫を出て戻って来たのは、医薬品を取りに行っていたことは想像に易い。彼女の善意をむげにすることはできなかった。
「あの……あたし、あなたのことはよく知らなくて。隊長や他の連中が悪ふざけを企んで、あなたを連れて来たのは知ってるけど、馬鹿らしいから話には加わってなかったの」
わかっている、と海里はかぶりを振る。彼は久檀達によってこの駐屯地に一時拘束されていたが、その中に彼女のような女性隊員はいなかったと記憶している。
「俺は、あなた達がロボットと呼ぶ存在だ」
視線でレックスとシリウスを示す。
「人間じゃあない」海里はゆっくりと立ち上がった。
鳴神は女性の中では背の高い部類に入るが、それでも長身の海里とでは頭ひとつ高さが違う。
海里は険しい顔つきをして鳴神を見据える。そのまま数秒の間を置いた後、「俺達をどう呼ぶのかは自由だ」と言った。また少し沈黙してから続ける。
「だが、俺達は自らを、機械知性体オリジネイターと呼称する」
振り返り、海里は順に、レックス、シリウス、と示す。
再び彼女に向き直り、声も出せないでいる鳴神に告げた。
「俺はトラスト。人間世界の名前は、海里シンタロウだ」
真顔で見つめてくる相手に、鳴神は返答に窮した。海里も答えを期待していない。くるりと踵を返す。再びコンテナに登ろうと手をかけた彼の背に、待って、と声がかかる。振り返ると、鳴神が深呼吸していた。
鳴神は何度か息を吸って吐き、腕を振り上げると情けない顔を振り捨てる。
「あたしは鳴神キサよ。自衛隊の肩書もあるけど、そんなこと関係なく、あたしはあなた達を歓迎するわ」
鳴神はゆっくりとそう言った。意外な言葉に海里が思わず顔を上げると、彼女は微笑ましそうに笑っていた。
「……僕も、あの人と仲良くしたいな」
助けてもらえたせいか、レックスは鳴神をひいきする。海里も同意見だったが、そこで笑い返したり適当な話題を持ち出す器用さもなかった為、もう一度軽く頭を下げるだけしかできなかった。
海里と鳴神のやり取りの間に、トレトマンの方も交渉がまとまったらしい。
「協力してもいいけど、条件があるわ」
聞こうか、と先を促すトレトマンに、レヴィは鼻息荒く答えた。
「あなた達を調べたい。機械知性体、人類以外の知的生命体……興味深い存在だわ」
「それは光栄だ。あなたの知的欲求を満たしてやりたいのは山々だが、我々は急ぐ。猶予はあまりないのだよ」
レヴィはパイプ椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がった。両脇の隊員が慌てて押さえにかかるが、彼女は彼らなど視界に入っていないとばかりに一歩前に踏み出す。
「その代わり、私の身体を調べてもいいわよ。女性一人だけじゃあサンプルとして不服なら、私の所属先にいる連中から、何人か見繕ってあげる」
先ほどまでの虚勢とは違う色で目をぎらつかせるレヴィに、トレトマンは顎に手を当て思案する。
「……わかった」
了承しちゃうの、とレックスの悲鳴が聞こえたが、いつも通り無視する。
「だが言ったように、私は急いでいる。情報提供の礼は、事態の収束を見てから、というわけにはいかんだろうか」
「じゃあ、もうひとつ条件を付け加えるわ」
レヴィは薄く笑う。すでに彼女の中では自身の知的好奇心を満たすことしかないのか、先ほどまで見せていた恐怖の色はない。
「私の軟禁を解きなさい。そして、日本でもどこでもいいから……あの結晶を研究する機関へ所属させて」
「あれが何なのか、あなたには理解できると?」
知らない、とレヴィは清々しいほどはっきり言いきった。
「わからないから調べるのよ。あの結晶、ハルとかいう化け物が持ちこんだものなんでしょう。だから、私がそれを解明してやるわ」
ぎらついた眼差しにひきつった笑みを浮かべるレヴィ。その異様な迫力にトレトマンは気迫負けする。鋼鉄の巨人と歪んだ笑みを浮かべる人間の女との間に奇妙な沈黙が落ちた。
「あー……まあ、それなら何とかなるかもしれねえぞ」
それまで口を閉ざしていた久檀が挙手する。
「この駐屯地、その結晶病を研究する機関として動き出したのはいいけどよ、人員不足らしいぜ。どうせまだ世間には公表できない状況なんだ、一人くらい名簿にない人員がいたところで、ケチつけるのは現場を知らねえ上の連中くらいだろ」
働くか、と久檀に問われ、レヴィは疲弊しきった顔で笑った。限界以上に身体と精神を酷使した人間が、反射だけで浮かべるいびつな笑顔を前に、事態を眺めてていた海里達は何も言えずに縮こまるだけだった。
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こちらは6巻収録分です。
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「六神屋」でイベントに出てます。
関西コミティア、文学フリマに出没します。




