心なき涙⑥「やっぱり、あんたもあいつと同じ……人間じゃない!」
それからの行動は、ユキヒとタカフミは帰宅する、マイキは海里と一緒にいるが、夕方には一度家に戻ることで折り合いがついた。天条は駐屯地へ乗りこもうとするトレトマンを止めたが、そこはそれと引き下がらず、嘆息しながらも彼らを見送った。
鷹ノ巣山駐屯では、再び現れた機械の巨人に対し、まず基地司令が机の下から出て来ない。それでも最低限の責務は忘れなかったらしく、レヴィの引き渡しは拒否された。
代わりに、基地内での行動は自由化される。
一行は勝手知ったるという態で倉庫のひとつを占拠した。以前のように敷地奥の演習場を使ってもよかったが、久檀からまだ瓦礫の撤去が終わっていないと言われてこちらの倉庫へ案内された。
どれも同じように見える倉庫内は薄暗い。鉄の扉は開放され、窓のブラインドもすべて上がっていたが、全体を照らすには光量不足だ。
「明かりくらいつけろよ」
にやけた顔で入ってきた久檀が、入口脇にあるスイッチを入れた。途端、天井の照明が瞬いて明るくなる。
「すまんな。そこまで気が回らなかった」
別にいいさ、と言って、久檀は自分用にパイプ椅子を引いて、どっかりと座りこむ。
そこで彼は、海里に気がついて手を掲げる。
「よお、元気になったみたいだな」
人好きのする笑顔を向けられ、海里がどう返答していいか迷っている間に彼は別に興味が移ったらしい。今度はマイキを無遠慮に眺める。
「何かまた増えてるな。もしかして少年も機械か?」
「マイキ君は人間だ」
「そか。まったく、おまえらどっちが人間なのか見分けがつかねえよ」
久檀は首をひねりながらトレトマンに向き直る。閉鎖中の駐屯地内で明らかに部外者の子供がいることに関しては、まったく意に介していない様子だ。
「そうそう、ご希望の姉ちゃんな、返却はできねえが会って話すのは構わないぜ。けど、ふらついてるから医者に診せてから連れて来てもらうことになった」
ついでに俺も出してくれよ、と久檀が軽口を叩く。
「一緒に来るかね?」
「いや、俺は日本を防衛する義務があるんだよ」
連絡先教えろよ、では、と何やら怪しげな連絡先交換会が行われる。
「……トレトマンって、人間相手の連絡方法なんて持ってるの?」
海里達の後ろで小さくなっているレックスがうめく。答えたのはシリウスだ。
「何か、ネットの動画サイトや掲示板はのぞいていたぞ」
のぞくだけならいいが、ネット内に何か妙な仕掛けを施していないかと、レックスはまた心配ごとが増えた。
そして、始まった情報交換に関して海里達は茅の外だ。
何か質問しようにも、まず何を聞けばいいのかわからない。久檀とトレトマンの質疑応答は、まるであらかじめそう答えるべき台本があるような滑らかさで行われ、他が口を挟む隙がない。
最初は単語の端々でも拾って考えようとしていたが、あまりの情報量の多さと複雑さに彼らはすぐに音を上げてしまう。だが飽きたからといって、外へ出る、雑談を始めるといった行動に出る猛者は誰もいない。
沈黙しかできないでいる彼らを見つけたのは、入口に立った男性隊員だった。彼はのぞきこんだ内部の状況に対し、何やら思案するような間の後、海里達に向かって手招きする。来い、と言っているようだ。
どうする、と互いに目線で問う。彼らの動きに気がついたトレトマンと久檀が顔を上げた。
「お、藤九郎じゃねえか」
部下だ、と久檀が心配するなとばかりに手を振る。
「ちょうどいい、おまえら、この兄ちゃんと遊んでろ」
あいつも暇してる、と指差された隊員は、暇じゃないっすよ、と軽口を叩く。
「まだ時間はかかる。駐屯地内を案内してもらえ」
邪魔だとばかりに追い払われたが、トレトマンの部外者扱いも、この時ばかりは救いと飛びついた海里達だった。
藤九郎と名乗った隊員は、案内といっても建物の中への立ち入りは許可できないよ、と言って、町ひとつ分はありそうな広大な敷地の中を彼らの先頭に立って歩く。
周囲にいた他の隊員が、敷地内を闊歩する巨大な人型ロボットを見て歓声を上げる。
「うわぁ、ロボットだ!」「久檀小隊の新兵器かよ」「写真いいですか……って止まってよ」「もしかして、彼がパイロット?」「アニメかよ!」
一人が近づけば我も我もと人波が押し寄せ、あっという間に周囲を何人もの隊員に囲まれてしまう。散策どころではなくなり、矢継ぎ早に発せられる質問と人の群れに、マイキは海里の後ろに隠れてしまう。
海里がマイキを抱えて人垣に押しつぶされないようにしていると、近づいて来た藤九郎が耳打ちする。
「見世物にしてごめんね。基地の閉鎖は聞いてるでしょ。彼らはみんな、閉じ込められて鬱憤がたまってるんだ。娯楽も限られてるから、刺激が欲しいんだよ」
取り囲んでいるのは若い隊員が多かった。少し離れた建物に目を向けると、窓から身を乗り出してこちらに手を振っている者までいる。
刺激が欲しいのは本当らしく、一人がレックスの腕に飛びかかる。レックスが驚いて声を上げて身じろぎすると、しゃべった、と驚愕を見せ、それをきっかけに隊員達がまた別の盛り上がりを見せた。
「……こいつら、蹴散らそうか」
シリウスは足元から登って来ようとする隊員を、蟻でもつまむようにして追い払う。
「怪我させたらダメだって!」
叫ぶレックスはすでに隊員の玩具だ。抵抗されないのをいいことに、肩や頭にまで人が群れを成し、彼は頭を抱えて丸くなってしまう。
「わー、わーっ! やだ、やめてよ!」
レックスは情けない声を上げ、とにかく誰にも怪我をさせないよう、じっとしていることしかできない。
と、そこに鋭い声が切りこむ。
「あんたら、いい加減にしな!」
打つような声に、悪ふざけに興じていた隊員達の動きが止まる。レックスは背中から転げ落ちた隊員を受け止めながら、声のする方を見た。
男達の人垣がさっと分かれ、肩をいからせながら入って来たのは若い女性だった。服装は他の男性隊員と同じ濃緑色の作業着だ。
「ゲームのモンスター狩ってるつもりか。飢えてたかってんじゃないよ!」
張りのある怒声に、男性隊員はそれまでの勢いを失って小さくなる。すでに三割は逃亡を図っていた。
「相変わらずの迫力ですね、ナル姐さん」
藤九郎の気のない拍手を受けた女性隊員は、怒りの形相のままくるりと振り返り、彼の頭を容赦なく殴った。
「鳴神二尉だ。万年三曹が適当なあだ名つけるな!」
痛い、ともだえる藤九郎を無視し、鳴神と名乗った女性隊員は未だに丸くなっているレックスに頭を下げた。
「ごめんなさい、不快な思いをさせてしまって」
立てるかしら、と手を差し出され、レックスは自身に比べるとあまりにも小さく、華奢な存在を前に瞠目する。
「あ……うん、平気だよ」
「よかった。あの、嫌な思いはさせたけど、あなた達を攻撃する意思はないの」
鳴神の真摯な訴えに、彼らはうなずきを返す。驚愕はしたが、それは対応に戸惑っただけの話だ。シリウスは若干不機嫌そうにしているが、それは性格上の問題になる。
胸をなでおろした鳴神は、再び眉をつり上げて男性隊員を追い散らす。
「さてと、まだ案内の途中だろうけど、一度、さっきの倉庫に戻ってもらえるかしら。お客さんを連れて来たわ」
指差す先には、二人の隊員に脇を固められている女性がいた。かなり顔色が悪く、今にも倒れそうに青ざめている。
彼女がレヴィだろうと見当がついた彼らは立ち上がり、踵を返す。
レヴィも肩を押されるようにして歩き出した。ゆっくりとした歩みだったが、次第に海里達に近づいてくる。
最初に気がついたのは鳴神だった。彼女はレヴィの足取りが速くなっていることに不審を感じて声を上げた。
「ちょっと、待ちなさい……」
言葉だけでは彼女は止まらなかった。どこか疲弊した顔つきのまま、上着のポケットに両手を突っ込んで真っ直ぐに歩き続ける。
その頃には、海里達も彼女の接近に気がついた。鳴神や後ろについていた隊員が彼女を止めようと手を伸ばしたが、それよりも先にレヴィはポケットから手を引き抜いて掲げる。
黒い自動拳銃を構え、何の躊躇もなくレヴィは海里に向け、発砲した。
歩きながら、ほとんど狙いもなく放たれた銃弾は海里の側頭部をかすめた。人工皮膚は表面からの衝撃は受け止めるが、横になぐようなものには弱い。皮膚が裂けて循環液が流出する。微細機械細胞によって海里の身体は以前とは変わっていたが、攻撃を受ければ当然、損傷する。
発砲音にマイキが驚愕し、青ざめる。悲鳴を上げようとしたのを海里は押しとどめ、少年を強く抱きしめて腕の中に隠す。
「このっ、何てことするんだっ!」
レックスが動く。彼が脚を動かして前に出ようとしたが、海里の窮地に反応したのはシリウスが先だった。彼は猛然と駆け出すと、速やかに武器を抜いてレヴィに照準を合わせる。人間には巨大すぎる銃口から銃弾が放たれれば、彼女は間違いなく血煙と化すだろう。
「シリウス、やめてくれ」
高まった緊張を裂く声が上がる。声に突かれたようにシリウスの動きが止まった。
「俺は大丈夫だ」
マイキを腕に抱えて守りながら、海里はシリウスを押しとどめる。その隙に鳴神はレヴィを羽交い絞めにする。彼女の手から自動拳銃が落ちた。
「あんた、何やってんのよ!」
鳴神に押さえつけられながらも、レヴィの目は真っ直ぐに海里を見据えていた。あえぎながらも叫びがほとばしる。
「やっぱり、あんたもあいつと同じ……人間じゃない!」
レヴィの叫びには重く、暗い色があった。ひきつった顔には畏怖と、人外の存在に対する嫌悪感がありありと浮かんでいた。
言葉に切り裂かれたように海里は立ち尽くす。まだ修復の始まらない頭部から、循環液がにじんでいる。裂けた皮膚の下からのぞくのは、人間にはありえない金属の地肌だった。
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こちらは6巻収録分です。
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pixiv ID 2358418
むつがみ 「六神屋」でイベントに出てます。
関西コミティア、文学フリマに出没します。




