心なき涙②「あの、例の焼け焦げたロボットな、ひとまず調査が終わったらしい。
鷹ノ巣山駐屯地内のとある会議室で行われている定例会議で、突然の発言があった。
「篠山が言ってたんだが……」
照明の落とされた会議室。挙手と同時に発言をした男に視線が集中する。明かりは正面のスクリーンだけ。今の説明に使っている資料が映し出されている。
ほの白い光に浮かぶ顔は久檀だった。彼は隣の副官が小突いてもしゃべるのをやめない。彼は、篠山は公安調査局、大河調査官の補佐だか秘書だ、と付け加えて自分の質問を会議の流れを絶ち切ってねじこむ。
「あの、例の焼け焦げたロボットな、ひとまず調査が終わったらしい。詳細は当人も畑違いだから、報告のすべてを理解はできなかったらしいんだが……まあ、要約すると、あの身体には脳も心臓も入っていないそうだ」
焼け焦げたロボット。それは先だって、千鳥ヶ丘市の第二期開発地区で起こった爆発事故の後で回収された残骸だった。それらを久檀は自身の独断で基地内へ運び入れ、保管していた。後に公安調査局に没収される。
本来なら没収後の様子を知るすべはなかったが、久檀は個人的に大河と繋がりができたので、基地司令も知らない情報を数多く手にすることができていた。
通常の久檀なら、そんな隠し玉はそれこそ時と場を選び最適なタイミングで放り出すのだが、いかんせん専門的すぎて理解が及ばなかった。どうしたものかと思っていたところ、ちょうど今、壇上にいる技官が機械工学に詳しいと最初の紹介にあったので、勝手に自身の質問コーナーを設けてしまったのだ。
「あのロボットには、行動を制御する為の仕組みがない。あの巨体を動かすだけの動力もない。けど、機械知性体の連中は立派に動き回ってる。話しができる。あいつら、どうやってそんな離れ業を実行してんだよ」
機械の身体に配置されているのは補助的なバッテリーや記憶装置だけ。関節内部には神経繊維に似た光ファイバー状の繊維が張り巡らされていたが、電気を通すと何らかの信号を発することがわかっただけで、どんな作用があるのかは解明されなかった。
久檀は自身の受けた説明を、可能な限りそのまま再現した。最初は話をさえぎった久檀をうっとうしそうにしていた技官も、次第に内容に惹かれたか姿勢が前のめりになって来る。
どうなんだ、と再度問いかけられ、技官は熱い息を吐いた。これは自分の私見ですが、と前置きをしてから長広舌をぶった。完全に会議と、場に集っている他の人間は無視されている。
「人間の身体は、一瞬たりとも止まっていません。呼吸、視線、指先や足など全身動作、声帯の振動。もちろん、内臓もです。それらの制御を、人間はほぼ無意識に行っています」
技官がリズムを取るように踵で床を叩く。そんな無駄な動きもまた、人間はくせとして無意識に行ってしまう。
「結論から言いますと、今の我々の科学力であの機械構造体を制作することは可能です。ですが、動かすことはできません。全身のアクチュエーターが複雑に連動しているので、それを制御する為には膨大な演算が必要になります。膨大と言っても、基本的には単純なプログラムの多重演算です。しかしどんな大容量のコンピュータを使っても、あれほどの巨体を滑らかに歩かせる、いや、自立した戦闘行動を取らせることや、人間らしい振る舞いをさせるほどの演算能力は期待できません。もちろん、人間との意思疎通もです。あれほど複雑な構造を動かすには、従来とは違う理論、例えば、量子コンピュータを使えば……」
「量子コンピュータってのは?」
質問に対し、技官はひるまずに答える。
「簡単に言えば、百回の計算を一度でやってしまう計算機です。重ね合わせ理論により、現状の計算機では実現し得ない規模の多量で複雑な並列処理が実現できます。ただ、現代科学では量子コンピュータの理論は存在していますが、完全な意味での実用化のめどは立っていません」
へえ、と久檀はパイプ椅子に背を預ける。
「あいつら、すげーんだな」
話はそこからさらに脱線しつつもたっぷり十五分以上続いた。結局、久檀は彼らがどうやってあの巨体を駆動させているのかはわからなかったが、それはまた、当人達に訊けば済むことだと結論づける。
久檀は、海里をこんな連中に渡さなくてよかったな、と内心で息を吐く。技官は知識を披露できるのが楽しいのか、未だに語るのをやめない。これほどまでに知識欲のある人間達の前に海里を放り出せば、観察どころかビスの一本まで分解されてしまっていただろう。没収された残骸は、篠山によると押収時の状態がわからないほど分解されてしまったらしい。
「……やっぱ、わかんねーわ」
久檀は頭をかいて立ち上がる。副官が袖を引っ張って止めようとしたが、意に介さずに会議室を後にしようとする。
どこに行く、と怒声が上がったが、いつものにやけた顔で返す。
「どうせ俺達は基地外には出られねえんだ。こんな穴倉で代わり映えのねえ定例報告やってるより、装備点検でもしてた方がよっぽどためになる」
副官が、出られないなら装備点検しても無駄では、と突っ込んできたが、笑って頭をかき回してやった。
「待機は今だけだ。すぐに解除される」
なぜ、と再び室内の視線が久檀に集中する。
「じきに日本政府も非常事態宣言を出す。動かせる人員は、一人でも多く必要になる。おそらく、最初は上も俺達を出すのをしぶるだろう。だが予備役のやつらを動員しても、すぐに数は足りなくなるはずだ」
出番だ、と久檀は意味ありげに笑ってみせた。副官が、またはったりだ、と小さく嘆息する。
「あの結晶現象、この基地以外でも起こってるぞ。もっとも、地域封鎖されて情報は遮断されてるがな」
なぜそんな情報を、嘘だ、と一人を皮切りに複数が声を上げるが、久檀は小さく肩をすくめてみせるだけ。
「言ったろ、情報は遮断されてんだ。けどじきに隠しきれなくなる。日本の外じゃあもう、こことは比較にならねえほどの被害が出てるそうだ」
久檀の笑声が大きく響く。全員が一斉に口をつぐんだせいで、乾いた声はよく通った。
「……どうすることもできない」
誰かの声は、全員の声だった。鷹ノ巣山駐屯地に所属する者全員、外部との交流を絶たれていた。人体が結晶化する現象の原因や感染経路が不明な為、被害拡大を恐れた上層部により外出禁止令が出されていた。
軟禁状態にある彼らは多かれ少なかれ、不満を感じている。それでも暴動を起こさずに耐えていた。外部情報の更新がないのに行われる定例会議も、ある種の現実逃避からだ。
「どうすることもできねえ。今はな。けど、現状を放置すれば、日本もすぐに追いつめられるぜ」
久檀の言う通り、日本の外、諸外国では今現在も、大量に人が死んでいる。
今この時も、人体が結晶化する奇病の蔓延に対し、世界中の疾病対策センターが対応に奔走していた。
最初は死者の身体が結晶化するだけだったが、生者の身体もむしばみ始めるまで大した時間は必要なかった。
そこでようやく、彼らは最初の着目点を間違っていたことに気がつく。
人体は死した後に結晶化するのではない。内部の結晶化が進んだ結果、死にいたるのだと。
彼らは自身の身体に触れ、骨以外の感触がないかどうかおびえた。外見から判断できない以上、潜在的な感染者の数を計ることもできない。
わずかな期間で患者数は極端に跳ね上がっていた。まだ大感染と呼ぶほどの数ではなかったが、事態の異常さからほとんどの国は国民に事実を隠し続けている。
まだ生きている人間は、救いの手が来るのを、明日も生きる為の支えを今も待ち続けている。だが現実には、眼前の残酷な惨状に立ち向かう術は何ひとつなかった。
「トラストがいないだと?」
その報告を受けた時、トレトマンは反射的に放っておけ、と言ってしまった。
やるべきことは山積みで、あと自身が三人いれば、と益体もない考えを浮かべてしまうほど忙殺されているトレトマンには目覚めた途端に行方不明になった同胞の存在を気にかける余裕はなかった。
最後に状態を確認した時、意識の波形は睡眠状態を示していた。それなら、起きて出かけたのだろうとトレトマンは報告を切って捨てる。
「そんなぁ、トレトマン、もっと真剣に探してよ!」
未だに両脚がないレックスが台上でわめく。トレトマンは脇にある運搬用の車両を指差した。
「そんなに探したいなら自分で行け。どうやら、監視カメラの範囲内にはいないようだ」
じゃあ、あそこかも、というレックスの独白をトレトマンは聞いてもいなかった。
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