互いの宣戦布告⑦「これが、深海都市の……」
小型で、脆弱だと言われる人間形態をハルは気に入っていた。人間世界で人に混ざって動くのに、これほど適した形はないからだ。
今は都市内をうろちょろしているユニオンとの戦闘を避け、壁と壁の隙間から何層も奥へと下って行っていた。
「……なんか、ネズミみたいにこそこそ行動するのはちょっと、嫌かもね」
彼が足を付けたのは、深海都市の最深部だった。通常では入ることのできない、年月の間に閉鎖空間となった場所。時に忘れられた地の底。タカフミが作ったマップの空白部分だ。
部屋は小さなハルにとっては広大だった。広すぎて、非常灯のわずかな光量ではとうてい全体を照らし出すことはできない。
だがハルは迷うことなく歩を進める。視覚情報を調整し、闇の中でも昼間と変わらず周囲を見通せた。
「……あった」
足を止めた先にあったのは、巨大な円柱だった。ちょっとしたビルほどもある大きさの柱が床から突き出している。円柱は一本だけではない、空間内に同じものがいくつもあった。それらを見上げ、ハルは満足そうな顔をする。
「これが、深海都市の……」
「それ以上、近づくのはやめてもらおう」
かかった声に、ハルはゆっくりとした動作で振り返る。
闇の中から歩み出たのは、白銀の巨人だった。闇の中でもほのかに光りを放っている巨体は、自然と頭を垂れてしまうような威厳を伴い存在している。
アトラスは小さな姿を前に足を止めた。だが普段、自身よりも小柄な者に合わせて膝を折る真似はしない。
「こんにちは。あなたがアトラス?」
問われ、アトラスは鷹揚にうなずく。
「僕はハル。フレイヤが生み出した……多分、最後の機械知性体だ」
ハルの自己紹介には応えず、アトラスは巨体の重さを感じさせない静かな動きで円柱に向かう。対してハルは遠ざかった。
「やっぱり、そのアンカーを壊されたら困るよね。それがこの都市を海中に沈めておく為の楔なんだから」
「……アンカーはこの一か所だけではない。だが、ひとつが破壊されればバランスを失い、やがてすべてが機能しなくなるだろう」
「僕はそれを壊しに来た。ねえ、そろそろこんな海中に隠れてないで、地上で戦おうよ」
「私は争いは好まない」
にべもないアトラスに、ハルもそう答えると思った、としれっと返す。
「あなたの平和主義は否定しない。けど、僕も止まるつもりはないよ」
「……人間を滅ぼす。それはフレイヤの意思ではないのだろう」
問いかけに、ハルはあいまいに笑うだけ。
「さてね。フレイヤもアヴリルも、何を考えてるのかさっぱりだよ。僕を生み出すだけ生み出しておいて、目的を教えないなんてずるいよ」
「それは君に、自由意思ですべてを選んで欲しかったからではないのか。強制的に道を決められてしまうのは、残酷なことだよ」
ふぅん、とハルは気のない返事をする。
「サウスやオリオンの遺志を継いだ彼らを見てると、何も考えずに動く方が楽そうに思えるけどね」
つまらなそうに床を蹴るハルに対し、アトラスは超然とした態度を崩さない。
「私はアトラス・〇二〇一。ユニオンを束ねる者」
床がかすかに振動を始める。その揺れに気がついたハルは、わずかに驚愕した顔でアトラスの巨体を見上げた。
「深海都市の浮上。その時期を決めるのは、私だ」
円柱の根元が爆発した。規模としては小さかったが、問題はその後だった。
柱は、少しずつ高さを増していく。
伸びているのではない。地中深くに埋め込まれていた楔が、少しずつ抜かれているのだ。
【互いの宣戦布告 終】
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