互いの宣戦布告⑤「我々が見たのは欠片だけ。では、残りはどこだ」
飛び出したマイキは道に迷っていた。父親が示した昇降機にはたどり着けたのだが、その操作盤はオリジネイターを基準に作られていたので、小さな少年に操作できるものではなかった。どこかに階段がないかと探したが、そうやって走り回っている間に、完全に方向を見失っていた。
「……どうしよう」
先ほどとは違う昇降機を見つけたが、やはり構造は同じ。脇の壁に手を突き、マイキは途方にくれる。
戻ろうにも、深海都市の構造はどこもよく似ている。振り返っても、どの曲がり角から出て来たのかわからない。そして非常時だからか、ここに至るまで誰とも出会わなかった。
と、そこでマイキは機械の駆動音を聞いた。自身の存在を隠す気配もない音は、徐々に近づいて来ている。
最初はこれで道がわかる、と喜色を浮かべたマイキだったが、すぐ異変に気がつく。
こんな遠慮のない歩き方をするオリジネイターをマイキは知らない。誰だろう、と隠れる場所のない廊下で途方に暮れていると、相手が角を曲がって現れた。
現れたのは二人組だ。鋼鉄の巨体と、その肩に乗っている青年。彼らはほぼ同時にマイキを見つけ、即座に方向転換してくる。
巨人の肩に乗っている青年はマイキに向かって親しげに手を振って来た。知らない顔だったが、知っている気もした。
「やぁ」青年は巨人から飛び降りると、マイキの側まで歩み寄って来る。
「こんなところにいたんだ。君の家族が探してたよ」
マイキは改めて青年の姿を見た。不思議な髪と眼の色をしているが、それ以外には特におかしな点はない。むしろ既視感は増すばかりだ。
マイキは自身の感覚に従い、呼びかける。
「……ハル兄ちゃん?」
そうだよ、とハルは笑った。
「ヘルメットなしで会うのは初めてだね」
「ここにいるってことは、やっぱりハル兄ちゃんはオリジネイターだったんだね」
マイキの指摘にハルはますます笑みを深める。
「そうだよ、僕は機械知性体だ。君達人間を模倣した外装を持ってるけど、人とは異なる存在だよ」
ハルの言葉が終わるや否や、マイキは彼の手を取った。不安そうな顔で、必死な様で見上げてくる。
「一緒に行こうよ」
手を引かれたハルは、行動を共にするのが当然の顔で自分を見上げてくる少年を驚愕の眼差しで見つめる。
「……どうして、君達は僕を恐れないんだ」
髪に手をかける仕草はごく自然だが、表情には困惑があった。
「だって、ハル兄ちゃんはシン兄の仲間なんだよね」
「同種族っていう点では仲間だけど、目的意識は同じじゃあないんだよ」
手を繋いだままでいる二人を、それまで黙って見ていた巨人が笑う。
「いいじゃない、ユニオンとか、イノベントとか。そんな枠なんて意味ないわ。人間もオリジネイターも関係なく、あたしはその子のこと好きよ」
「シス……」茶化すな、とハルは眉根を寄せる。
ハルは丁寧にマイキの手を外し、少年から距離を取る。
「君達といると、本当に楽しいよ。目的を忘れそうになるほどにね」
小さな空白。ハルに迷いが見えたのは刹那だけだった。すぐ瞳に意志が戻る。
「君が本当に求めている正義の味方は来ないよ」
無機質な笑みに、マイキはわずかに息を止めた。すっと目の前が暗くなるような感覚を覚え、反射的に支えを探すが、届く場所にあったのは冷たい壁だけ。
「……ハル、兄ちゃん……?」
互いの沈黙を破るように、かすかに床が揺れる。
近くの昇降機が上昇を始めたのだ。その作動音はハルの聴覚にも届いたらしく、彼は顔を上げた。
昇降機の上昇が止まる。ドアが開き、内部ドアの格子がのぞく。格子の奥には影が膝をついていた。
短距離走者のスタート前のような姿勢。腰を上げ、昇降機の格子状ドアが開くのは今かと待機している。
いや、待機ではなかった。力をためていたのだ。昇降機内の何者かは爆発的な加速力で飛び出し、開きかけていたドアをゴールテープのように引きちぎってしまう。
部品が散り散りになって四散する。それらを金属の体表で弾き飛ばしながら廊下の真ん中に躍り出たのは、一体の巨人だった。
マイキは顔の前に掲げた手の隙間から、巨人の姿を見上げる。
「……あっ……」
白と黒の特徴的な塗り分けの脚が目に入った。
まさか、と思い、慌てて手を下げてその巨体を視界いっぱいに入れる。
「わぁ……」
マイキにできたのは、瞬きする隙なく注視し続けるだけ。
知っている。その姿を希求した。いざ目の当たりにすると、もっとうれしかったり、涙が出たり、懐かしかったりするのかと思ったが、マイキの中は白紙だった。
ただ一言、帰って来てくれた。それだけがマイキの中に膨れ上がる。あふれだす感情をのせて彼は叫んだ。
「シン兄っ!」
限りなく透明で凄烈な思いに応えるように、白と黒のロボットは少年とハル達の間に立ちはだかった。
「……へえ」
ハルは面白そうに笑う。何もかもわかっていると言いたげな、見方によってはいけすかないと評価される笑みだ。
「その外装、機械部品を変形させてるんじゃあないね。全部、微細機械細胞だ」
互いの間に横たわる空気は、徐々に緊張の度合いを深めていく。
「あらシン、おかえりなさい」
シスは白と黒の巨人に向かって呼びかける。巨体を操る海里は何も答えない。互いの距離がじりじりとつまる。ハルは、好きなだけやりなよ、とシスの脚を叩くと脇に避難する。
それを合図に、二つの巨体が跳んだ。
組み合い、縦横無尽に暴れ出す。双方に武装はない。金属の指を握って拳にし、互いの装甲をでたらめに殴りあう。
膂力に任せて海里はその腕を引き寄せ、シスの脇腹にひざ蹴りを叩きこむ。シスは衝撃に後ろに跳ね飛ばされた。胴体が廊下をバウンドし、部品がいくつも脱落する。金属が床を削って滑る耳障りな音が響き、ようやく停止した。
「あはっ、強くなったわね」
壁に穴を空けながらシスは起き上がる。装甲が歪み、関節がひしゃげても何の痛痒も感じていない様子だ。
マイキは二体の人型が暴風のように廊下を破壊していくのを眺めているだけしかできなかった。
「……まったく、ようやく起きたと思ったら、無茶ばかりしとるな」
予想通りだが、という声にマイキが振り返ると、曲がり角からトレトマンが現れる。肩にはレックスを担いでいた。
見知った顔の登場にマイキは喜色を浮かべるが、起き上がってすぐに表情が曇る。
「あ……レックス……」
レックスの胴体下部はつぶれ、両脚が見当たらない。力任せに引きちぎられたのか、ねじ切られた部位からケーブルが垂れ下がっていた。
「トレトマン、レックス!」
マイキはレックスの損傷のひどさを目の当たりにし、恐怖で目をみはった。
「レックス……ひどい……」
上半身もずたずたに引き裂かれていた。それでもレックスは、少年を安心させるように片手を掲げてみせる。
「マイキ、怪我はないかい」
大丈夫、とマイキは首を振ることしかできない。自身の身体よりも先に少年を気づかうオリジネイターのあり方に言葉をつまらせる。
「安心しろ。レックスも見た目はひどいが生命活動に支障はない」
トレトマンはレックスを下ろし、その向こうを見て肩をすくめた。廊下はまるで爆撃を受けたように破壊され、現在も蹂躙が続いている。
「さて。あやつらを止めたいところだが、ここでレールガンを使うわけにもいかんしな」
これで我慢するか、とトレトマンは背中からライフルを取り出すと、どこかのんきな足取りで歩み出る。
残されたマイキは、レックスの傍らに寄り添う。
「レックス、何が起こったの?」
「うん。シスが、あそこでトラストと戦ってる巨人が深海都市に乗りこんで来たんだ。僕も止めようとしたけど、この有様だ」
僕は弱いから、と自嘲するのをマイキは首を全力で振って否定する。
「そんなことない。レックスは弱くなんかないっ!」
「……ありがとう、マイキ」
レックスは残った両腕を使って起き上がる。動く度に装甲がはがれ、内部部品が脱落するが構う様子はない。
「……レックス?」
離れて、とレックスは言いながら、腕を使って廊下をはう。みじめなほふく前進の後には細かな部品が置き去りにされて行った。
「や、やめてよレックス。じっとして!」
マイキが悲鳴じみた声を上げるが、レックスは隠れていて、と言うだけで前に進むのをやめない。
「僕は、弱いんだよ。弱いから、いつも手遅れになるんだ。今さら、それこそ遅いのかもしれないけど……僕はもう、決めたんだよ」
マイキはレックスを追うのをやめる。彼が何を考えて進むのかはわからなかったが、何を言っても止まらないことだけはわかったからだ。
レックスは十センチでも身体を前に出そうとあがく。
(……覚悟しよう)
耐えるのは、身体の痛みではない。レックスが一番怖かったのは、そんなささいなことではなかったと、この局面になってようやく気づいたのだ。
(僕が今からしなきゃいけないのは、トラストを傷つけてしまう覚悟なんだ!)
レックスは予備回路を切り替え、調整し、腕部の力だけで前に進み続ける。トレトマンが気がついて振り返ったが、彼はその視線など意に介さず、背筋をのけぞらせて上体を起こす。
そうして、全身から声を絞り出した。
「トラストっ! 君が戦ってる相手は、アウラだっ!」
鋼鉄がぶつかる音。壁面の崩壊音。騒音の協奏曲が、切り裂かれるようにして止まった。
誰もが、トレトマンですら、受けた言葉の衝撃に身動きが取れないでいる。
沈黙に抗うようにしてレックスは続ける。
「アウラの存在がとっくになかったこと、言うのが遅すぎたって思ってるさ。でも、僕も信じたくなくて……いや、そうじゃない。僕は、伝えることでトラストが落ち込んだり、悔やんだり、他者や自分を責めたりする姿を見たくなかった。だから、機会を見るなんて言い訳して、黙っていたんだ。ごめんよ、もっと早く言えたことなのにさ」
二体の巨人は拳を下げる。レックスの言い様に気圧されたか、誰もが口をつぐんでいた。
「だからさ、今度はもうためらわないよ。何度だって繰り返すよ。そこにいるオリジネイターは、アウラだ! トラスト、戦ったら駄目だっ!」
トレトマンが一歩、レックスに向かって踏み出した。
「レックス。おまえさんは自分の発言の矛盾に気がついているか? アウラは滅びた。そう確信した。だというのに今、ここにいるのはアウラだと叫ぶのか?」
やれやれ、とトレトマンは首を振る。あきれているのではなく、どうしたものかと考えあぐねているようだ。
「そんな。だってアウラはもういないんでしょ。あの石があるから、だからっ!」
今度はマイキが叫ぶ。
機械知性体の魂と呼ぶべき中心核アニマ。活動を停止したアニマはそれまで放出していたエネルギーを収束させ、結晶構造体となって残る。
始まりと終わりの旋律。
残された石が意味するのは、アニマの波動の途絶。
機械知性体の死だ。
その石を、沖原一家は所有していた。妻の事故現場からタカフミが持ち帰り、娘に渡し、姉はお守りとして弟に持たせた。
「ベルは、あった。でも、だけど……」
レックスの言葉をトレトマンはさえぎる。
「いや、待て、マイキ君が持っていたのは欠片だ。全体ではない」
トレトマンは全員の顔を眺める。困惑と疑念、無感動な眼差し。様々な感情を受けながら顔を上げた。
「我々が見たのは欠片だけ。では、残りはどこだ」
視線を黙したままのシスに移す。左目のカバーが探るように光った。
「さあ、わかんないわ」
幼い声が言い終わる前に、トレトマンは素早く手を動かし、驚くほどスムーズな動きで背中にライフルをしまうと、代わりに手榴弾を三つ取り出し、躊躇なく海里とシスの間に投げ込む。
爆発。通路にすさまじい爆音が響き渡る。離れていたマイキは頭を抱えてうずくまり、レックスは衝撃に身体を支えきれずに倒れた。
爆煙が廊下を満たし、濃密な霧が発生する。
その隙をつき、トレトマンは再び背中から、今度はロケットランチャーを取り出す。即座に、ろくに目視できない状況にも関わらずに発射した。
着弾。手榴弾よりも強烈な爆発が起こって最初の煙を吹き飛ばす。
トレトマンは使い終わったランチャーを放り捨て、先ほどのライフルを構える。廊下には黒煙が立ち込め、マイキは咳きこみながらもどうにか逃げた。
「あ、相変わらず容赦ないよね……」
べしゃりとつぶれた格好で、レックスがうめく。トレトマンは応じず、少しずつ薄れて来た煙の向こうを見つめる。
「……命中したか」
ロケット弾は確実に役目を果たしていた。
シスの巨体は炎に包まれた残骸になっていた。金属は溶け、醜く広がる傷が鋼鉄の身体に刻み込まれていた。
その脇に、トラストが立ち尽くしている。多少、手榴弾とロケット弾の余波を受けたようだがほぼ無傷だ。
と、火を吹いている巨体の背中あたりが弾け飛ぶ。装甲板と細かな部品を跳ね飛ばしながら一緒に出て来た塊は、器用に中空で一回転すると廊下に降り立った。
かつん、とブーツの先が床を鳴らす。
「壊れちゃった」笑いながら言って、シスは枯れ葉色の髪と赤いワンピースをひるがえす。
「前もそうだったわね。そのやり方、嫌いだわ」
「別に、おまえさんに好かれたくはない」
少女の背後で抜け殻になった巨体が揺れ、多大な損傷を受けた身体はばらばらと分解し始めた。
「さて、同期接続する機械類もない。今度はどうやって戦う?」
少女は笑いながら身をかがめる。身体の輪郭が、うっすらと光を帯び始めた。
「……微細機械細胞か」
そっちがあったか、とトレトマンは苛立つ。このままでは人工島の戦闘を繰り返すだけだった。
「あ」少女は急に頓狂な声を上げる。
微細機械細胞の構築を中断し、少しだけ慌てたように周囲に顔をめぐらせる。
「ハル、いないわ」
なに、と今度はトレトマンが驚愕する番だった。
「ここにいたのか」
そして、今はいない。その事実にトレトマンは地団駄を踏みたいほどの焦りを覚える。
「ハルと一緒にいないと、ここから帰れなくなるの」
じゃあね、と手を振ってシスは駆け出した。まるで家路を急ぐ子供のような仕草に、トレトマンの反応が遅れる。
狙い澄ましたように燃えていた巨体が崩れ、廊下をふさぐ。トレトマンが塊を蹴り飛ばして追ったが、少女の姿は角を曲がって消えてしまう。
「……逃がしたか」トレトマンはあっさり引き返して来ると、背中にライフルをしまう。
「レックス、手ひどくやられたな。だが、直すのは少しだけ待ってくれ」
適当に手を振って、トレトマンは海里に向き直る。
この状況の中、彼一人だけが沈黙している。無言のまま、虚空を眺めているだけだ。
トレトマンは正面から横からその様子を眺め、ふむ、と顎に手をやる。
「やはりそうか」
「え、え、トラストどうしたのさ」
慌てるレックスをよそに、トレトマンは思いきり海里を殴った。白と黒の巨体が傾き、背後の壁にぶつかって崩れ落ちる。レックスが声も上げない海里の代わりに悲鳴を上げた。
「ぎゃあ! ちょっと、いくら何でも……」
「反応が鈍いから、おかしいとは思っていたが……」
トレトマンはしゃがみこみ、倒れた姿勢のまま動かない海里の頭を小突く。
「こやつ……寝ているぞ」
振り返り、あきれたとばかりに肩をすくめた。
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