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互いの宣戦布告④「……もしかして、あの巨人がお母さんの秘密の友達?」

 マイキを追って部屋を飛び出した沖原親子は、廊下の真ん中で数奇な再会を果たしていた。

「あ、ハルっ!」

 タカフミの声に、ユキヒは父親と、彼に指をさされている青年を見比べて困惑する。マイキが浜辺で拾って来たヘルメット男を、タカフミはハルと呼んでいた。だがユキヒ自身はそのヘルメットの下の顔を見たことがない。

 タカフミに呼び止められた青年は、人好きのする笑顔で振り返った。のんきに手を振り返して来る。

 青年の顔立ちは驚くほど整い、物腰も空気のように軽い。だがユキヒにはその美貌や立ち居振る舞いが奇妙に思え、反射的に足が止まる。

 その横を、タカフミが何の遠慮もなく走り抜けた。

「あ、人だ……じゃなくて、久しぶり……」

「どうしてこんなところにいるんだ。散々探したんだぞ」

 タカフミに眼前までつめ寄られ、ハルはたちまち壁際まで追いつめられてしまう。

「や、そのぅ……」ハルの笑顔が微妙にひきつる。

「言い訳は家で聞く。とにかく帰って来るんだ」

 無理やり腕をつかみ、タカフミはハルを引きずって取って返して来る。

「お父さん、ここは家の近所じゃあないわよ。それに、この人は本当にうちにいたハルさんなの?」

「ハルはハルだ。とにかく、一緒に帰るぞ。そうだ、マイキも探さんとな!」

 意味がわからない、とハルとユキヒは同じ顔をする。

「そうだ、君にひとつだけ言っておく」

 タカフミは神妙な顔で、ハルの胸に指を突きつける。

「娘は嫁にやらんぞっ!」

 廊下の真ん中で、これでもかというほどの大音量にハルが顔をしかめる。タカフミの後ろにいたユキヒは小さな悲鳴を上げた。

「お父さん、こんな時にやめてっ!」

「うちのユキヒは優良物件なんだ。適当な男にはやれん。大体ハル、何だその頭の色は。そんな不良に娘は渡せんぞっ!」

 やめて、とユキヒが恐怖ではなく羞恥から叫ぶ。

 我に返ったハルは、あぁ、と納得した顔をする。

「……嫁ねえ、結婚ってやつか。繁殖の為に、男女がつがいになるっていうあれだね。すごく興味はあるけど、僕と人の間に子孫を残すことは……」

 できない、と言いかけてハルは言葉を止める。そうして動きまで止めてしばらく考えこんだ後、そうだ、と喜色を顔に浮かべる。

「それも面白そうだね」

「や、やっぱりおまえは娘を奪いに来たのか!」

 父さん許さないぞ、とユキヒとハルの間に立ちはだかる。

「ガイアスターを一緒に観た仲だというのに! 地下空洞で見た時は妙な青年だと思っていたが、それもこれもユキヒを手に入れる為の策略だったのかっ!」

「あーあのアニメ、なかなか面白かったよね。あれを見て、僕は悪役の事情も大事って知ったよ。ただ何となく人類を滅ぼして終わりじゃなくて、そこまでの労力を使ってでもやりとげなければならない理由。目的意識を持つのは重要だよね」

 おお、とタカフミはハルの言葉にのけぞる。

「こ、ここまで深い造詣を持っているのか。ますます気に入って……じゃあなくて、ピンク色の髪は就職に不利だぞ。安定した職と収入が娘をやる最低条件だ」

 脱線し続けている話にも、ハルは律儀についてくる。置いてきぼりなのは、ユキヒだけだった。

「職ねえ……今は住所不定無職だよ。趣味は人間観察」

 最終的には人類滅ぼします、とさらりと恐ろしいことを言ったが、タカフミには前半しか聞こえなかったらしく、彼は肩を震わせながら叫ぶ。

「いかん、いかんぞっ! 無職はいかんっ! あと、浮気しないは最低以前に絶対条件だ。破った場合はオレ自ら君を八つ裂きにするっ!」

「あははー怖い怖い」

 笑いながらハルはタカフミに近づくと、首に手刀を一撃入れた。鋭い打撃に脳の血流が止まり、意識を失ったタカフミの身体が床に崩れ落ちる。

「大丈夫、殺してないから」

「あの……父がご迷惑をおかけしてます……」

 気絶した父親を前に、なぜか謝るユキヒだった。

「楽しいからいいよ。ホント、君達は人間の中でも変わってるよね。僕らみたいな存在を前にして、驚いても畏怖はない」

 はあ、とユキヒはあいまいに返す。彼女からすれば、ハルの存在や言動は相当程度うさんくさいのだが、彼自身が発する雰囲気に危機感というものがなく、逃げるに逃げられなかった。

 だが、倒れた父親を無視してでも走り出さなかった分のつけは、すぐに回ってきた。

「けど、やっぱり自分が殺されそうになったら話は別かな」

 ハルは笑いながら、ユキヒの首筋に右手をかけた。

 呼吸が止まるほどではない。だが、強い圧迫感を感じる。しかも首をつかまれるまで、ユキヒは彼の動きにまるで気がつかなかった。いや、見ていたはずだ。だというのに、彼の指先が首筋に埋まるまで、それが危険だと認識できなかったのだ。

 小首をかしげるハルは、無邪気に笑っている。

 その笑顔と、首にかかる力の強さの落差に、ユキヒは初めて目の前の存在に恐怖を覚えた。

 ハルの動作には、まるで感情が伴っていない。彼の指先は感情を切り離して別に動ける。もしここが昼間の喫茶店なら、彼は世間話をしながらその相手をたやすく殺して席を立つだろう。

「やめて……」

 小刻みに震えるユキヒを見て、ハルは楽しそうに目を細める。

「僕は君を殺せる。それこそ一瞬で。けど、もし君にも他者を殺せる力があるなら、機会が、手段が、とにかく何でもいい。そろっているなら、君だって誰かの命を奪うことにためらいはないだろう」

 そんなことはない、とユキヒは言いたかったが、実際に命を奪われる寸前まで追いつめられている状況を覆せる力は彼女にはなく、震えながら声を絞り出すだけだった。

「……死にたくないわ……」

 そうだね、とハルは笑う。

「殺されるのは嫌だろうね。そんな無意味な死は、誰だって避けたいはずだ。けど現実じゃあ、死なんて唐突に訪れる。病気みたいに前置きのある死じゃあない、理不尽な行為や災害、戦争や事故なんかで奪われる命の方が、世界では圧倒的に多いんだよ」

 あぁ、とユキヒは声を漏らす。自分の死におびえたわけではない。ハルの言葉に、あることを思い出したのだ。

 交通事故で命を奪われた母親を。

 彼女の死はまさに唐突だった。朝、当たり前のように家を出て、晩、警察か救急隊かも思い出せない誰かからの連絡でそれを知った。

 死の手触り。母親の最期を看取って以来、久しく忘れていたはずの感覚が、少しずつ、だが確実によみがえろうとしていた。

 自分の番は、次かもしれない。

 私は、帰れないかもしれない。

「お母さん……」

 青ざめ、ユキヒは身体を硬直させる。傍らには気を失ったタカフミ。行方の知れないマイキ。

 彼らに助けを請うのは簡単だ。だがもしその手が間に合わなかった時、自身の死を家族に見られるのが怖かった。

 母親の死を受け止めきれずに呆然と過ごした夜の空虚さは、身をもって知っている分、自身の死という漠然とした恐怖よりも如実に彼女を苦しめた。そんな痛みを父親と弟に再び体験させてしまうのがたまらなく嫌だった。

 床が小さく震えた。側の支柱がかすかにきしむ音を立てる。少し離れた場所で爆発が起こったようだ。振動が消えると、大型機械の駆動音に似たものが近づいてくる。

「来たね」言って、ハルはあっさりユキヒから手を離した。

 そのままユキヒは床にくずおれる。突然の解放に呆けたまま、床から伝わって来る振動を呆然と受け止めていた。

 角から現れた巨人は、ユキヒの知らない顔だった。

 巨人はどこかいびつで、違う色や大きさの部品が寄り集まっている。

「シス」ハルの呼びかけに、巨人はくるくると眼を動かす。

「その身体、どうしたんだい」

「もらってきたの」

 そうか、というハルの声に対し、シスはそれ以上説明を加える様子はなかった。巨体を器用に動かすと、前のめりになってユキヒの顔をのぞきこんでくる。

「ヤシホに似てる」

 うずくまったまま動けずにいたユキヒは、突然出た名前に顔を上げた。この場で聞けるはずのない名前だからだ。

 思わず声が出る。

「あなた、どうしてお母さんの名前を知ってるの?」

 沖原ヤシホ。それが亡くなった母親の名前だ。海里達に母親が事故で亡くなった経緯は説明しても、名前までは伝えていなかったはずだ。

 巨人はまるで幼い子供のように身体を傾け、考えこむような仕草をする。

「どうして……どうしてかな?」

 わからない、と巨人は今度は反対方向に身体を傾ける。

「何かね、さっきから、頭の中がおかしいの。急にそんな名前が出て来たの。ここにいると……おかしなことがいっぱい起こるわ」

「シス、行こうか」

 そうね、と巨人は立ち上がる。ハルは軽い動作で巨人の肩に乗る。彼らはユキヒにはもう興味がないとばかりにあっさり立ち去った。

 ユキヒは廊下の真ん中で、今度こそ立ち上がれなくなる。鼓動が早い、呼吸が荒い。指先の震えが止まらなかった。

 驚愕を抑えようと口元を手で覆ったが、疑念を止めることはできなかった。

「……もしかして、あの巨人がお母さんの秘密の友達?」


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こちらは6巻収録分です。

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