互いの宣戦布告③「あのさ、君がイノベントと違う思想なら、僕達に戦う理由なんてないはずだ」
「どうなってるんだろう……」
不安そうな声を上げるマイキを、ユキヒはそっと抱きしめる。大丈夫よ、そんな風に、中身のない言葉を投げかけることしかできない不甲斐ない自身に、弟には見えない位置で唇をかんだ。
親子が案内された宿泊施設はコンテナを改装したものだった。オリジネイターと人間では大きさが違いすぎるので、巨大な空間に家を置いたような形になっている。外観と内装は味気ないものだったが、案内された当初、マイキはキャンピングカーのようだとはしゃいでいた。
元気に跳ねまわっていた少年は、寝台の上で姉に抱きしめられている。
「今は動かない方がいいぞ」
タカフミは不安がる子供達を後目に、先ほどからわき目もふらずに携帯情報端末をいじっている。猛烈な勢いで何か数値を入力していた。
ユキヒは首をかしげる。確かにタカフミは、深海都市へ来た当初から終始何かを計測している様子だった。
しばらくの間、タカフミが機械を操作するかすかな音だけが室内を支配した。
「できた!」
と、タカフミは意気揚々として端末の画面を子供達に突きつけてくる。ユキヒには、小さな四角を大量に連ねた階層構造、としか理解できなかった。
「お父さん、これは?」
本当にわからなかったユキヒからの問いかけに、タカフミは大きく胸をそらして得意げに言い放った。
「この深海都市の立体マップだ!」
どうだすごいだろう、と夏休みの工作をほめろとばかりに目を輝かせる父親に、ユキヒは絶句してしまう。
「お父さん……いつの間に……」
「ふふん、測量士たるもの、いつでもレーザー距離計は持ち歩いているぞ!」
タカフミは携帯電話程度の大きさをした光波測距儀を懐から出して構える。それは光波を用いて距離を計測する測量機器だ。
ユキヒは父親の職業は測量士で、彼はとにかく仕事馬鹿だった、ということを今さらながら思い出す。
「そんな物を仕事でもないのに持ち歩くの、お父さんだけじゃない?」
勝手にマップなど作って怒られないだろうか、とユキヒは思案する。訊ねようにも、相変わらず室内は静かで、他のオリジネイターが現れる気配はない。
そして娘の苦悩もよそに、タカフミは仕上げたばかりのマップを食い入るように見つめていた。
「はて、このあたりに不自然な空白があるな……。目視した限りじゃあ、出入り口もなかったような……」
「お父さん、八層の四区ってここから遠い?」
ユキヒの隣から離れ、マイキはタカフミに尋ねる。
「八層ねえ……」
問われるまま、タカフミはマップを指でたどる。画面を指で叩きながら思案し、髪をかき回してから顔を上げた。
「ここを出て、右に曲がって二〇〇メートルほど行ったところから昇降機で降りられるぞ。ここが二層だから……」
言葉が終わる前に、マイキは立ち上がった。息子の不穏な動きにタカフミは表情を引き締める。
「どこに行くんだ。ここで待っていなさい」
「シン兄のとこに行く」
駄目だ、とタカフミは強く息子を引きとめる。父親の制止にマイキはひるんだ様子を見せるが、次の瞬間、床が波打った。
部屋全体が揺れ、衝撃に床や壁が振動する。彼らの荷物が床の上に散乱した。小さな悲鳴を上げるユキヒ、床に座った格好のタカフミは立ち尽くす息子に向かって手を伸ばすが、照明が明滅して目測を誤り、手は空振りした。
揺れはすぐに収束するが、今度は照明が完全に落ちた。
「停電か、まずいな……」
タカフミの手元にある端末だけが、画面から白い光を放っている。
「お父さん、消えたのはこの家だけみたいよ」
戸口に立つユキヒは外部を指差す。人間用の小さな家は完全に照明が落ちていたが、戸外を囲む高い天井にはわずかな光が残っている。
確認しようと腰を浮かせたタカフミは、たっ、と床を蹴る音と、その音が示す現実に悲鳴を上げそうになった。
ユキヒも、弟が自身を押しのけて部屋から出るのを止められない。
「待て、マイキっ!」
走り出した息子に向かって伸びた手は、わずかに届かなかった。
脚部のホイールが力強く回転し、廊下をえぐる勢いで加速する。
レックスは潜水艦ドックへ急行していた。途中、何人か仲間とすれ違ったが、誰もがどうしていいのかわからずうろたえていた。
緩やかに下る坂道や曲がり角を、普段ならとうてい出さないような速度で走り抜ける。常態ではないので、誰も彼を止めたり注意しない。そんな余裕すら失っている仲間の様に、レックスの中で焦燥がつのる。
(急がないと)
潜水艦ドックへたどり着いて、何をするのか、何ができるのかはわからない。トレトマンからの指示は変わらず沖原親子の側にいることだったが、とてもではないがじっとしていられない。職務放棄と、親子を危険にさらしている可能性は自覚している。それでも背中を蹴り飛ばされるような焦りは収まらなかった。
(……何か、嫌な予感がするっ!)
と、レックスは過ぎた通路の向こうに動く物を見つけて急停止する。急制動にがくんと身体が前のめりになり、反射的に壁に手をついてしまう。激しい音がしたが、意に介する余裕はなかった。
曲がり角の向こうに、赤い布がはためいて消える。
「……まさか」
レックスはドックへ向かうのをやめ、方向転換すると赤い小さな姿を追いかける。相手が想像通りなら、彼の加速走行ですぐに追いつけるはずだった。
「いたっ!」
長い廊下の先に、赤いワンピースを着た少女が走っている。向こうはこちらに気がつくと肩越しに振り返った。愉快そうに笑っている。だが足は止まらず、無邪気な笑みを浮かべると瞬時に姿を消した。
「消えた?」驚愕するが、すぐに疑問は解消される。
少女が消えた付近の壁を探ると、ちょうど彼女が入り込める程度の隙間があった。小さな存在は、壁と壁の隙間に飛び込んだのだ。
レックスは注意深く少女が飛び込んだ隙間に手をかける。機械知性体の中でもレックスは小柄だが、さすがに入れる幅ではない。
深海都市は長い年月の間に改修が繰り返され、再設計の問題からこうした隙間があちこちにあった。巨体の機械知性体から見れば指も入らないような幅なので、そのまま放置されてきたのだ。
そのずさんさが、レックスの前に立ちはだかっている。
「……どうしよう……」
追いかけたいが、隙間に入れない以上はどうすることもできない。どうにかして探すか、当初の予定通り潜水艦ドックへ向かうか。どちらにせよ、トレトマンには一報を入れておく必要があるだろう。
思案をめぐらせていたレックスの中で、不意に閃く。
自分にも入れる隙間があったではないか。そして、その設計ミスから生まれた空白は、ある場所へと繋がっている。
「……もしかして」
少女はそこへ向かったのではないか、レックスは奇妙な確信に突き動かされるようにして急転回した。
星霜の間。そう呼ばれる部屋が、深海都市には存在している。
新たな生命の輝きを内包する場であり、活動を終えたオリジネイターの身体を安置する場でもあった。
生と死が交錯する場所。
普段は新しいオリジネイターが生まれるか、滅びるかのどちらかでしか扉は開かれないが、彼らしか通れない隙間を見つけたレックスやトラスト、そしてアウラはよくそこを訪れていた。彼らの中にも禁忌に踏み込んでいるという自覚はあったが、狭い深海都市内で誰の干渉も受けない秘密基地を見つけた興奮の方が大きく、アウラが欠けた現在もその秘密は守られ続けていた。
レックスは久方ぶりに訪れたそこで天井を見上げた。頭上にはいくつもの、星に似た光が瞬いている。かすかに明滅する度に暖かい光が周囲に散って、それがまるで虹の粉のようだった。
頭上に輝く光はすべて、機械知性体の命の根源、アニマだ。アニマが熟した果実のように枝から離れる時、ひとつの命として生まれ落ちる。そうやって、機械知性体は生を受けるのだ。彼らはすべて、この光がはじまりになる。
そして広い部屋の奥には、アニマの光を失った者達が安置されている。彼らの身体は、アニマが光を失った後もこうして残されていた。もう一度、輝きを取り戻すことを望まれて。
「あら、どうしてここにいるのかしら」
後ろからかかった声に、レックスはゆっくりと振り返る。かすかに明滅する光の下に少女が立っていた。互いの距離は十メートルほど。話しをするには遠いが、レックスの巨躯では一足飛びでつめられる。
「先回りされちゃったみたいね」
「……遅かったね」
「うん。ちょっと、寄り道してたの」
少女は手を後ろに回してはにかむ。表情や仕草は、レックスが地上で見た人間と比べて遜色ない。だが少女は人間ではなかった。薄い人工皮膚の内側は、彼と同じ機械で構築されている。
「あたしね、どうしてもここに来たかったの」
幼い少女を前に、レックスは身を固める。見た目にだまされてはいけないとすでに学んではいたが、こうして無邪気に笑いかけられると、どうしても警戒を緩めてしまいそうになる。
「何で、ここを知ってるのさ」
慎重に尋ねると、シスは首をかしげる。
「……どうしてかしら?」
本当にわからない、と少女はレックスが答えを知っていないかとばかりに身を乗り出す。次いで出た言葉は、ほとんど独り言だった。
「あたしね、ずっと、ずっと、今より前なんてなかったの。けど、近頃、その前がすごく気になって、だから一生懸命考えたの、思い出そうって。もしかしたら、前なんてなかったかもしれないけど、ないならないで、なかったことが知りたかったの」
うわごとのようにつぶやくシスの言葉は、レックスにはまるで意味がわからなかった。おそらく少女自身、考えがまとまりきっていないまましゃべっているのだろう。
「深海都市に来て、何だかここを知ってるような気がして、足が勝手に動くの。大事なものがあるような……何もないのかもしれないんだけどね」
くつくつと、泡の弾けるような笑声を上げる。少し遠くを見る眼差しは、夢見がちというには熱を帯びていた。
レックスは足元から這い上って来る不安感に耐えきれずに口火を切る。
「ねえ、君はイノベントのオリジネイターなんだよね。僕達と敵対し、人間を滅ぼすんだよね」
どうかしら、とシスは笑う。
「あたしはね、ディス達とは違うの。だから、あの人達とは仲間になれない。あたしはずっとひとりで、退屈で退屈で……早く戦いたくてしょうがなかったの。シンにも早く起きて欲しいわ。だって、戦いたいのよ」
戦いたい、それだけを少女は執拗に繰り返す。微妙に会話が通じていないのだが、シスにはぐらかすような意図は見えず、レックスもまた、相手の内情を探るのに少女を利用することはとっくにあきらめていた。
知りたいのは、もっと個人的なことだ。
「シン……トラストだね」
トラストには、地上世界で生活する偽名として、海里シンタロウという名前がある。少女は勝手にそれを略して覚えているらしい。
「名前なんてどうでもいいわ。シンはシンだし、あたしは六番。それでいいのよ」
早く、と遊びに行くのを急かすように戦いを求める存在に、レックスは困惑の色を隠せない。
「あのさ、君がイノベントと違う思想なら、僕達に戦う理由なんてないはずだ」
「だって、退屈なのよ。来る日も来る日も実験と改良ばっかり。あたしは新しい素材を試すだけの試作品なの。ヴァンが見つけてくれなかったら、そのまま滅びてたわ。けどこのまま実験体で終わるのは嫌なの。全力で、すべての力を使って戦いたいの。だから、シンに会えてよかった。シンとなら、思いっきり戦えるわ」
まったくかみ合わない会話にレックスは唸る。
と、少女はまた彼を驚愕させる発言をした。
「さっきね、寄り道してたのは、シンに会って来たから」
「トラストにっ?」
まさか、何かしたのか。レックスは胸中をよぎる不安にまともに動揺を表にする。
彼の心中を見透かしたシスは笑う。
「そんなに焦らなくてもいいわよ。ちょっと話しかけてきただけ。兄弟に何かするはずないわ」
「よかった……って、え? ……兄弟って……」
兄弟。オリジネイター間で互いをそう呼び合うのはすぐ上と下に生まれた存在だけ。他の者は年齢が離れすぎているので、人間で言えば親のように指導者的な立場になることが多い。
おそらくシスの今の発言は無意識なのだろう、だがレックスは見逃せなかった。先ほどから積もって来た不安に火がつく。
シスはレックスの疑惑をよそに、恍惚とした表情のまま続ける。
「……僕の、大事な兄弟……早く遊びたいわ……」
レックスは硬直してしまう。少女の言っていることは支離滅裂で、意味も方向性も理解できない。
ただ言葉の端々に、引っかかる部位があった。少女の発言は彼にある存在を想起させた。
まさかと思い、否定し、それでも繋げて考えることをやめられない。
(そんな……でも……)
小さな身体のどこにも、思い出に重なる部分はない。だというのに、レックスはどうしてか、この少女を攻撃する気にはなれなかった。
「もしかして、君は……」
「さぁ、戦いましょう」
シスはブーツの踵を打ち鳴らし、手近にあった巨人の身体に触れる。かすかな力の流れが少女の髪や衣服を揺らし、そして力を受けた巨体の目が、失った光を取り戻す。
しかしそれは、偽りの光だった。
「待って、やめてくれっ!」
レックスはゆっくりと起き上がりながら形状を変える巨人と、笑声を上げる少女を前に絶望的な気分になった。
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