互いの宣戦布告②「そうそう、そんな風に驚く様が見たかったんだ」
「何だか最後は難しいお話になったわね」
ユキヒはほう、と小さく息を吐いた。アトラスの元を辞した彼らは、都市内の廊下を歩いていた。正確には、姉弟はレックスの手や肩に乗って運ばれていた。トレトマンはあの場に残ってアトラスと話を続けている。タカフミはシリウスを伴って先に行ってしまった。
「まさかフレイヤが土の中だなんて、僕は思ってもみなかったよ」
「レックスはフレイヤって知ってるの?」
会ったことはない、とレックスは首を振る。
「フレイヤ達が深海都市を出たのは、第四世代が生まれた頃だって聞いてるよ」
レックスは第六世代のオリジネイターなので、彼にとっても昔話だった。
ところで、とレックスは話題を変える。
「ねえ、タカフミは? なんかシリウスと一緒に走って行ったけど」
先行した彼らの姿は、長い廊下の向こうに消えてしまった。
「うーん……多分、色々とやりにいったのよ」
「色々って何さ」
「ここの建物が珍しいとか、オリジネイターの皆さんの話を聞きたいとか。とにかく、自分の好奇心を刺激するもの全部を充足させるまで、寝る暇も惜しんで楽しんでると思うわ」
「ユキヒのお父さんって、物怖じしないっていうか。一生懸命っていうか……」
「レックス。気にせずに、変だって言ってもいいのよ」
娘から許可が出されても、さすがに面と向かっては言いにくいことだ。
だが父親の奇行に慣れきっている娘と息子は、互いに同じように息を吐く。
「お父さんはね、知らないことや、自分とは違う価値観や文化を持ってる相手を見つけると、それを理解したくて、知ることが面白くてしょうがないみたい」
初日から、タカフミは全力疾走の勢いでオリジネイター達に話しかけていた。時折、あまりのしつこさに指先で突かれていたが、転んだところで即座に反転して起き上がり、再び走って行く姿も見かけた。
「オリジネイターと人間。お父さんには肌の色や生まれた国が違う程度の差なのよ」
ねえ、と姉弟で顔を見合わせて笑った。弾んだ笑声に、レックスも楽しい気分になる。
「あのさ。僕からすれば、種族の差をその程度って言っちゃうユキヒもすごいよ」
そうかしら、そうだよ。見下ろして来る巨体と視線を合わせ、ユキヒはまた笑った。
さあ行こう、どこへ行こう。談笑している彼らの向かう先を決めたのは、震動と轟音だった。
深海都市にある港湾施設は、都市内でも殺風景極まりない場所になる。
地上世界を人間に明け渡したオリジネイターは、そう頻繁に地上に出る機会もない。中には、生まれてから一度も都市を出たことのない個体もいる。主にトレトマンが趣味と実益を兼ねて使う程度だった。
ユニオン内で、全員が地上へ出ることが決定された今も、特に設備は変わっていない。今はマイキ達が来るのに使った潜水艦が係留されているだけ。
そんな味気ない景観を彩ろうとやって来たのは、高速航行する艦だ。
流線形の潜水艦は、トレトマンが保持する物よりは小型だったが、発射された魚雷は本物だった。
三本の魚雷が一斉発射される。
第一水路の水中ゲート。深海都市の地下ドックへと通じる地下水路の入口。水圧に耐える為に頑強な扉で閉鎖されているそこに、迷わず加速してきた魚雷が衝突する。
扉に突き刺さった魚雷は次々に爆発。被弾により破壊された扉に、今度は潜水艦本体が突撃した。ひしゃげた扉を強引に押し広げ、巨体をねじこんでくる。
重量のある物体が、推進力を上乗せして扉をねじ曲げ、破壊。潜水艦は船体に多大な損傷を受けながらもゲートを突破してしまう。そのまま鯨のような体躯を強引にくねらせトンネル内を進行した。無理な軌道に潜水艦が傾き、艦体が左右に揺れてトンネルの壁面をこすって跳ねるのもお構いなしだ。
トンネル奥の第二ゲートも同様に粉砕し、潜水艦はドック内に侵入を果たす。それどころか、海中から飛び出した勢いのまま床を滑走し、ドッグの壁面に艦首をめりこませてようやく停止した。
突き破ったゲートから、大量の海水が流れ込んでくる。だが途中で緊急隔壁が降り、ドック内が海に没するのは避けられた。同時に排水も始まるが、すでに床は海の一部になってしまい、整備機械やコンテナが海中を漂っていた。
海水の流入が止まった頃、ようやく異変を察知したオリジネイターがドック内に現れた。集まった全員、壁に突き刺さった潜水艦を見上げ、事態が飲みこめずに呆然としてしまう。
人間の野次馬と大差ないくらい、何もできないでいた。
彼らは閉鎖された世界に長くいすぎた為、外敵の侵入に対して脆弱すぎた。急な事態に誰も、何も行動を起こせないでいる。
「そんなに無警戒じゃあ、的にしてくれって言ってるようなもんだよ」
その弱さをあざ笑うように、潜水艦上に小さな姿が現れる。二つの影は、巨体を誇るオリジネイターから見ればうっかり踏みつぶしそうな大きさだが、地上世界ではごく一般的だ。
人間、誰かがそう漏らす。
違うよ、と長身の人影が言った。
「お邪魔します」
小首をかしげ、ハルは笑った。隣のシスも楽しそうに微笑し、集まって来たオリジネイターを眺め渡す。
「ねえ、ハル。ここで戦うの?」
「そうだね。派手にやってしまおう」
戦いの始まりに、シスは無垢な笑顔を浮かべる。
「じゃあ、行こうか」
うれしそうに微笑む少女と共にハルは潜水艦から飛び降りる。彼らの軌跡を追うように、停止していた潜水艦が形状を変えた。
薄く、花が開くように外側へ向かって展開する潜水艦。だがその花弁一枚一枚は、鋼の強靭さと鋭さを兼ね備えていた。
潜水艦だった花は、美しく咲き誇るとハルの足が床を踏む前に風を受けたように散る。
凶器が放たれた衝撃に、空間が大きく揺さぶられた。
鮮やかな流れを描く白刃のきらめき。ハルとシスの髪が大きくなびき、そして彼らが床に降りた時にはすでに、攻撃は終わっていた。
飛来した白刃は、呆然と立ち尽くすオリジネイター達を、壁も床も機材もいっしょくたに切り刻んだ。
「……もう終わっちゃったの?」
シスは目を瞬かせる。気勢をそがれ、唖然としている様子だった。
「終わったね」ハルは気楽そうに笑う。
彼らの前には破壊が広がっていた。
白刃はオリジネイターどころか、その巨体を巻き込みながら向こうにあった壁までえぐり、うがたれた穴から廊下が見えている。
周辺には四肢が千切れ、ばらばらになった個体が打ち上げられた魚のように散乱している。彼らは頭部が断ち切られ、内部のコアユニットを露出させ、海水に半ば沈んで沈黙していた。
係留されていた潜水艦は、横っ腹に大穴を開けられドック内に沈んでしまう。
「早すぎるわ。あたし、何にもしてないのに」
「ごめんごめん。もうちょっと、彼らにも華を持たせてあげればよかったね」
大洪水の後のように粉砕されたドック内に、彼らの笑顔はあまりにも不似合いだった。
「便利ねえ、微細機械細胞って」
「まあ、基本的にはどんな形状でも取れるよ」
彼らが乗って来た潜水艦も、元を正せばハルが構築したものだった。彼はそれを武器として再構築し、放ったのだ。形状としては単純な刃だったが、それを受けた側は、簡単なものゆえに避けることが難しく、不意をつかれたこともあって反応が遅れてしまった。
微細機械細胞は、ハルの意思ひとつで形状変化を起こせる。もっとも、これだけの質量を制御できる彼の意識容量が半端ないのだが、そんな技術的なことは彼らにはわからない。説明もできない。
ただ使えるから使う、それだけ。
「さてと、ここで待っていても仕方ないから移動しようか」
ハルは鷹揚にかぶりを振る。金属めいた光沢の髪が照明を受け色彩が変化する。
「そうね、このままじゃあ戦えないわ」
シスは手にしていたオリジネイターの一部を海水の中に投げ捨てた。沈んでいくそれには見向きもせず、少女は軽い足取りで跳躍する。海水から露出している鋼鉄の身体を飛び石のように使って器用に跳ねる。海水の届いていない場所に足を付けると、赤いワンピースの裾をひるがえしながら走り出した。
「そうそう、あたし、行きたいところがあるの」
少女は振り返らなかった。枯れ葉色の長い髪を尾のように振りながら、小さな姿は角を曲がって消えた。
置いてきぼりを食らったハルは、ほんの少しだけ驚いた顔をする。
「……初めて来た場所に、行きたいところも何もないだろうに」
小首をかしげたが、少女の行動原理を理解できなかったハルはすぐに思考を切り替え、自分の目的の為に歩き出す。
そこら中に分断された身体が散らばり、突き立つ刃が抜けずにもがく個体もいる。苦痛にうめく声を聞き流しながら、彼は散歩するように出口へと向かう。
「……おまえ達が、イノベントか……」
かかった声に、ハルは肩越しに振り返る。無残に内部構造を露呈させた個体が、残った方の目で彼を見ていた。
ハルは足を止め、鮮やかに笑う。
「そうそう、そんな風に驚く様が見たかったんだ」
ハルの双眸は恐ろしく澄んでいる。だが同時に、底には暗いものを含んでいた。
爆音と衝撃が収まった後、何が起こったのかわからず、マイキ達は廊下の中ほどで立ち尽くしてしまう。
「うおぉぉぉい! ユキヒぃぃっ! マイキぃぃっ!」
間延びした叫びと一緒に、廊下の向こうからタカフミが走って来るのが見えた。
「お父さんっ!」
「シリウスは一緒じゃなかったのかい」
レックスの問いかけに、タカフミはぜいぜいと息を切らしながら応じる。
「ば、爆発音がした途端、放り出された。……多分、彼は現場に向かったんだ」
「シリウスらしい反応だね。爆発って、どこで起こったんだろう」
レックスは小刻みに首をめぐらせる。特に警報もなく、警告の放送もない。他にオリジネイターの姿も見えないので、彼らには状況を確認する術がなかった。
「レックスも行って来なよ」
マイキに突かれ、レックスは逡巡する。
「でも……」
「行きなさい。オレ達は部屋で待っている」
彼らが宿泊に使っている部屋まで、あとわずかだった。
「オレ達は、君が戻るまで動かないよ」
深海都市内に不慣れな彼らを置いて行くのは気がひけたが、レックスが落ち着かないのには理由があった。
先ほどから、通信が乱れている。行き交う情報の断片から、爆発は潜水艦ドック付近で起こったことはわかった。
ただ、それ以上は不明。
何かが起こっている。そして、その何かは今も継続しているのだ。
レックスは姉弟を床に下ろすと、決然とした顔を上げる。
「行ってくる。待ってて!」
レックスは脚部のホイールを駆使し、廊下を全力で加速走行した。
いくつものパネルに表示される情報を、トレトマンはひとつ残らずチェックする。人間では発信される情報量の多さにめまいを起こしそうな状況だが、あいにくトレトマンは人間ではない。膨大な情報すべてを即座に識別、重要度別にマーカーを付けて振り分け、適切なフォルダに放り込んで行く。判定分類は基準情報が書き換えられる度に更新され、配置されているオリジネイター達へ伝えられる。
トレトマンの司令塔としての動きは完璧で、よどみのない処理が行われていたが、すでに事態は栓塞の兆しを見せていた。
「……まずいな」
指示を出しても、それが現状とそぐわなければ効率は下がる一方。送られてくる情報は逐一更新しているが、どうしてもタイムラグは生じる。誤情報も多い。
最大の遅延要因は、オリジネイターは総じて非常事態に慣れていないことにあった。深海都市という狭い世界で生きている彼らは、起こっている事態に対し柔軟で連携した行動が取れず、中には恐慌状態に陥っている個体もいる。
「被害状況の把握が、ますます困難になって行くな」
実際の現場を確認したかったが、今トレトマンが指揮系統の中心から離れるわけにはいかなかった。
「先に行くぞ」
声に、トレトマンは肩越しに振り返る。室内は彼だけではなかった。白銀のオリジネイター、アトラスは静かに扉に手をかけている。
「もう行くのか」
アトラスは首肯する。その目に宿る意志の強さに、トレトマンはあきらめたように肩をすくめてみせた。
「少し、早くないか。計画というものは、遅延することはあっても早まることはないものだ」
アトラスは交錯する情報画面に視線を走らせる。映像情報はほとんどなかったが、文字だけでもその混乱ぶりは手に取るようにわかった。
「このまま傍観している間に、計画そのものを潰されるのはかなわない」
進み出るアトラスを、トレトマンは止めなかった。彼らにはそれぞれに果たすべき役割があり、互いの代わりはいないのだと理解していた。
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