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互いの宣戦布告①「人のようには見えるが、オレにはこれが、起き上がってしゃべるとはとうてい思えないんだ」

互いの宣戦布告



 深海都市の第八層四区にある機械整備室は、都市内の機械類全般の修理を受け持つ。機械といっても、機械知性体の外装構築を行う個所だけは別格扱いで独立していた。人間で言う、病院のような場所になっている。

 その最奥、最近新たに増設された機械群の奥で甲高い声が上がった。

「うわぁ! シン兄だ!」

 部屋の中央に透明なカバーで覆われたケースが置かれている。長楕円のケースは人を一人納める大きさがあり、至る所からケーブルが延びて室内にある機械に繋がっている。

 ケース内は液体で満たされ、そこに漂うようにして青年がいた。眠っているのか、目を閉じている。

「シン兄! よかった」

 マイキは感嘆の声を上げる。ケース内の彼は以前と何ひとつ変わりなく見えた。ただマイキが話しかけても目を開ける気配はない。指先や髪が、液体の中で揺れていた。

「トレトマン、シン兄はいつ起きるの?」

 コンソールに向かっていたトレトマンは、少年の期待のこもった声に振り返る。きらきらした双眸に見上げられ、トレトマンは顎に手を当てる。

「ふぅむ、まだ微調整があるから何とも言えんな」

「……そっか」

 少年の顔が一瞬、泣きそうに歪む。わずかに肩を落とす様を見て、トレトマンは言葉を付け加える。

「起こす時にはマイキ君にも声をかける。待たせてすまないが、もう少し時間をもらえないだろうか」

「わかった!」

 元気よく挙手し、マイキはシリウスに向かって行こうよ、と声をかける。最近、もっぱらマイキの相手をしているのはシリウスだった。ユキヒにはレックスがついている。

「父さんも行こうよ」

 だが、一緒に訪れていたタカフミは軽く首を振る。

「いや、父さんはここに残るよ。せっかくだからトレトマンさんの話をもっと聞きたいんだ」

 白い巨体を見上げ、タカフミはどうだろうか、と頭を向けて首をかしげる。

「私は構わない」

 ただし、話は長いぞ、とトレトマンは腰に手を当てた。

「そっか、けど父さん、あんまり邪魔したら駄目だよ」

 わかってるよ、とタカフミは苦笑する。

 タカフミとトレトマンは二人を見送ってから互いに向き合う。

「さて、私に訊きたいことというのは何だろうか」

 タカフミはトレトマンに背を向ける。いや、ケースを振り返る。彼は海里を見下ろし、ぽつりと言った。

「……嘘だな」

 端的な物言いに、トレトマンは何も答えない。タカフミは続ける。

「彼は治ってなんかいない。その嘘に、マイキも気がついてるぞ。彼のことはそれほど知っているわけではないが、ここにあるものは何か違う。……まるで、人形だ」

 音が途絶えた。重苦しい沈黙が室内にのしかかり、機械の作動音だけがかすかに響く。

「よく気がついたな」

 ぽつりと、ひとりごちるようにトレトマンが言った。わずかに瞳を細めてタカフミが「そうか」とだけ応じる。

「少なくとも、レックスとシリウスはだませたというのに。人間の目から見ると、これはそんなにもできが悪いものなのだろうか」

 タカフミは首をかしげ、観察するような眼差しで海里の身体を眺める。

「人のようには見えるが、オレにはこれが、起き上がってしゃべるとはとうてい思えないんだ」

 トレトマンは何かを答えようとし、いったん口を閉じた。代わりに無言でコンソールを操作する。かすかな電子音が響いて周辺の機械群が低い駆動音を響かせた。

「これは確かに造り物だ。いや、機械知性体の外装すべてが人工物ではあるのだが……。言ってしまえば、この身体には、命が宿っていないのだよ」

 ケース内の液体が泡立ち、内部の身体が激しく揺れる。警告音が鳴り響くが、トレトマンは動かなかった。

 と、海里の腕が肩から脱落した。指の先が砕け、溶けて崩れる。損壊は瞬く間に全身に広がっていく。

「これは、私が微細機械細胞で形を作っただけだ。確かに、人形だろう」

 溶け崩れ、形を失った身体はケース内の溶液と混じり合い、液体が白濁する。

 その様を見つめていたタカフミは、思案をめぐらせる表情を浮かべた後、苦笑して頭を振った。

「嘘はいかんぞ。子供の教育上、よろしくない」

「……すまない。私の行為が愚かだった」

「責めるつもりはないよ。希望を見せたかったというのはわかる。マイキには、オレから言っておくよ」

 がんばってくれ、と手を振ってタカフミは出入り口へと向かう。その背にトレトマンは短く、頼むぞと言った。

「いいって。これは親の特権だからな!」

 タカフミを見送ると、無意味になってしまったケースをトレトマンは見下ろす。彼にマイキ達をだますつもりはなかった。ケース内の身体は確かに、海里のものとして構築したのだ。だが、なぜか何度やってもアニマが定着しない。こちらが維持するのをやめた途端に身体は崩壊し、元の微細機械細胞群に戻ってしまう。身体がなければ当然、意識も覚醒しない。

 作業工程や構築プログラムを何度チェックしても誤りは見つけられず、海里の外装再構築は行きづまっていた。

 待ちきれないと、日に何度も飛び込んでくる少年に少しでも明るい話題と、そして前に進めないでいる罪悪感から未完成の外装を披露したが、結果としては逆効果に終わってしまった。トレトマンは重くなった肩を落とす。

『ユーリ・ヘイスは元気になる?』

 ずっと以前、アウラかレックスかは忘れたが、そのどちらかが口にした何気ない問いかけを、トレトマンはふと思い出した。

 海里は七世代目のオリジネイターとして生を受けたが、生命力の弱さに他の者達は失望をあらわにした。予断を許さない、とまではいかなかったが、このまま現行の外装にアニマを収めてもまともに動ける保証はなかった。トレトマンは外装構築の基本を今までとは別方向に切り替える必要を迫られたのだ。

 巨体を維持できない為、縮小と軽量化を余儀なくされた海里は、結果として、人間世界への潜入計画の一環としてトレトマンが考えていた人間形態を獲得する。

 件の質問は、トレトマンがどこまで外装を縮小するか、他に手はないのかと考えあぐねていた頃。ちょうど今のように壁が立ちはだかっていた。

 当時の彼は、医者としてこう答えるしかなかった。

『わしは常に最悪の事態を想定し、最善を尽くすだけ。絶対などという根拠のない妄想を信じたりはせんよ』

その言葉は当然、相手が聞きたかったものではなかった。 トレトマンは意地悪だ、嫌いだ、と怒って走り去ってしまった。

(……あんな捨て台詞を吐くのは、アウラの方か)

 第六世代の最後に生まれたアウラとレックス。二人は長い間、自分の後に生まれる命を待ち望んでいた。そして、新しい仲間の誕生を純粋に喜んでいた。

『一緒に遊ぼう、僕らの兄弟』

 アウラの声がトレトマンの中に何度もこだまする。彼は今日のマイキのように、日に何度も未だ目覚めない兄弟に話しかけ続けていた。

 しかし現在、あれほど仲間を希求したアウラの存在はすでになく、海里もまた、生存権利を失う瀬戸際に立たされていた。



 ユニオンは全員、地上へ出るという方向に固まっていた。

 若干名の反発勢力はあったが、以前に比べればその声は弱くなっていた。

 その準備行動の為、最高責任者であるアトラスが地上からの客人と会談する時間を設けるのに数日かかってしまう。その場に立ち合うのは、トレトマン、レックス、シリウスの三人だけ。

 白銀の巨人は、身いっぱいに親愛の情をこめて地上世界からの客人を出迎えた。

「ようこそ、地上からの客人」

「こんにちは!」

 以前に顔を合わせているマイキは慣れた様子でアトラスの足元まで走り寄ったが、ユキヒとタカフミはその巨体を前に動けなくなってしまう。彼は場にいるオリジネイターの誰よりも巨大だった。大きさもあったが、アトラスの持つ雰囲気にのまれているのだ。彼の外装は他のオリジネイターとは一線を画していた。流麗な装飾を施された姿は具現化した神のようで、誰もが自然と姿勢を正してしまう。

「マイキ君、よく来てくれた」

 白銀の巨人は以前と同じく、膝を折って前かがみになる。胸に手を当て、高潔な騎士が誓いを捧げる様に告げた。

「初めまして、地上世界からの客人。私はアトラス・〇二〇一。ユニオンの最高責任者だ」

 口を丸くして呆けていた二人だったが、マイキに小突かれて我に返るとそれぞれに自己紹介する。

 若干ぎこちない挨拶に、アトラスは微笑んだようにマイキには見えた。緩んだ空気にようやくユキヒ達も息を吐く。深海都市の巨神は、その場に存在するだけで他者の心にある苛立ちなど負の感情を取り除いてくれるような、そんな不思議な雰囲気を持つ存在だった。

「アトラス……」

 タカフミは優美な曲線で構築されたアトラスに向かって興奮気味に一歩前に踏み出す。

「……オレは、君とよく似た存在を見たことがある」

 え、と場にいる誰もがタカフミを注視する。

「地下空洞に、君のような機械の巨人がいたんだ」

 騒然とする中、タカフミは地下での一件を知り得る限り詳細に語る。

 測量の仕事で降りた地下空洞内に存在していた不可思議な巨人。そして爆発事故。

 彼の口から聞かされた話に、場に集っていたオリジネイターの誰もが驚愕を見せる。

「……フレイヤだ」

 沈黙の後、アトラスがぽつりと言った。

「フレイヤだと、まさか……」

 オリジネイターのざわつきを、当然、人間であるマイキ達は理解できなかった。

「ねえ、フレイヤって誰?」

 代表して、マイキがトレトマンに尋ねた。彼は少年の問いかけに、腕を組んでしばし黙考する。

 もう一度マイキが声をかけようとした時、トレトマンは迷いを振り切るように語り出した。

「フレイヤは、アトラスと同じ第二世代のオリジネイターだ。ずっと以前に、他の仲間と共に地上世界へ旅立ったのだよ」

「え、じゃあ、もしかして仲間なの?」

 マイキの言葉をトレトマンは継ぐ。

「フレイヤ、サウス、オリオン、ディシス、ヨルド。彼らは、地上世界を求めた。当時の我々は、地上に数を増やして行く人間の進化を阻害しないよう、居住場所を地上から深海都市へと移したのだよ。彼らはそれに不満を持ち、フレイヤを筆頭に出て行ったのだ。そして今……地上から人間そのものを消滅させようと企むイノベントとして活動している」

「まさか、このような場でフレイヤの話を聞くことになるとは思いもよらなかった。そうか、今は眠っているのか」

 アトラスの声音には消沈の色があった。

「地下に埋もれているのが、自分の意思なのか、他者の害悪の結果かはわからん。また、調べることが増えたな」

 もっと詳しい場所をとトレトマンはタカフミにつめ寄るが、彼もこの大陸のあのへん、とあいまいな回答しかできない。

「ねえねえ」レックスが割って入る。「もしかして、フレイヤと今動いてるイノベントの連中って、関連性がないっていう可能性はないかな」

「あり得るな」

 レックスの問いかけに、トレトマンは端的に応じる。

「フレイヤが地下空洞に引きこもったのは、昨日今日の話ではないはず。おそらく、数百年単位だ。そんな状態で、他の仲間に指示を出しているとは考えにくい」

「では、彼らの間に何らかの内部分裂があり……その結果、フレイヤは活動停止に追い込まれたというのか?」

「ええい、レックスにシリウス。憶測だけでそうぽんぽん物を言うな!」

 怒鳴られ、年若いオリジネイターはしゅんとしおれる。

「……イノベントも、ユニオンも、オリジネイターはみんな人間と一緒に暮らせばよかったのに」

 マイキはぽつりとこぼす。そうだな、とトレトマンの返答は率直だった。

「そうする道もあったはずだ。しかし、我々はこの地球で発生した生命ではない。始祖オリジンが太古の昔に地球へ飛来し、そこから発生したのが始まりだ。つまり、地球上の生命とは起源が異なるのだ。我々の存在を表に出すことで、他の生命の進化を妨害するような危険は冒せなかったのだよ」

 アトラスがトレトマンの弁を継ぐ。

「歴史の黎明期にこの深海都市のようなテクノロジーが地上にあれば、我々は望んでいなくとも人間や他の生物よりも目立っていただろう。異端で異形の存在は、容易に畏怖や強い反発を生む。我々が争いの火種になってしまう」

 それはできなかった、とアトラスは首を振る。比較として語られるのは、マイキにとっては歴史の教科書でしか知りえない時代。悠遠の時を過ごして現在もあり続ける存在を、少年は改めて畏敬の念を持って見上げた。

「だが、フレイヤ達はこの狭い深海都市だけでは満足できなかった。そして、当時の私には彼らを止めることができなかったのだよ」

 アトラスの声は静謐だったが、どこか胸の奥が重くなるような響きがあった。彼の悔恨にトレトマンはうなずきを返す。

「イノベントは地上世界に憧れたのだ。深海都市と違って天然の光と風と土と広大な空間。美しい命のある世界。そんなすばらしいものがすぐ傍らにあるというのに、深海の奥底に潜み、存在を隠して暮らすことを無意味だと断じたのだよ」

 トレトマンは天井を見上げる。眼差しはその先にある空を透かして見るように遠い。

「広い居場所が欲しいから、人間を排除する。まったく、どいつが言い出したのかは知らんが、馬鹿なことを考えたものだ」

 苦いものがにじみ出た口調に、自然と誰もが口を閉ざしてしまう。

 マイキもまた、トレトマンにならって顔を上げた。視界に入るのは、どこまでも無機質な構造物ばかり。灰色で冷たく、すべてが重苦しい。

 ここで一生を過ごせと言われたら、マイキも首を横に振りたくなる。イノベントが地上に出たいと望むのは、むしろ当然の流れに思えた。

 しばらくの沈黙の後、トレトマンは話をまとめにかかる。

「……これで少しは、イノベントの内部が見えて来たな。今まで、どう探ってもあちらの動きが読めなかった理由がこれではっきりした。現状、イノベントを動かしているのは、ユニオンから離脱した五人のオリジネイターではない。何らかの形で彼らの意思を引き継いだ者達だ」

 自分達が目標とする存在が最初からずれていたという指摘は、全員が硬直するのに十分な衝撃があった。

「そんな……じゃあ、僕達が会ったあの人間形態の存在は、機械知性体じゃないの?」レックスが慌てふためく。

「落ち着け。では逆に問うが、彼らは何に見えた。わしには人間ではなく、人の姿を模倣した機械知性体に思えたぞ。我々は見た目をどれだけ変えようとも、それが誰だかを認識できる。それは機械知性体、オリジネイターの根源がアニマにあるからだ」

 機械知性体の外装は交換できる衣服のようなもの。極端にいえばレックスとトレトマンが外装を取り換えても、周囲は中身が誰かで判断する。

「イノベントと呼称する集団内に、今のところ我々のような機械的な巨人は確認されていない。人間形態の機械知性体は複数いるようだ。彼らはもしかすると、始祖オリジンから生まれた我々とは起源が異なる存在なのかもしれん」

 トレトマンの説明に、よくわからない、とアトラスが首をかしげる。トレトマン以外も同じ疑問符を浮かべた。

 シリウスは腑に落ちないといった態で首を振る。

「始祖オリジン以外から生まれた機械知性体だと? それはもう、オリジネイターとは呼べないのではないか?」

「落ち着け」また暴走しそうになる若者達をトレトマンが制する。

「そのあたりの分類と考察は、また暇な時にじっくりと解説する。今の問題は、イノベントの意思というものを、もう一度洗い直す必要があるというところだ。我々は今まで、フレイヤが陣頭指揮、もしくは組織の根幹に関わっているという前提で動いてきた。しかしそこに、かつての仲間が一人もいないというのであれば話は変わって来る」

 どういうことだ、と全員の視線がトレトマンに集中した。

「この人類殲滅計画そのものが、フレイヤの意思ではない、ということだ」

 全員が軽く引いた。事情がよく飲みこめないマイキ達は、鈍色になりはじめた雰囲気に細かい話を訊くことをはばかられた。タカフミは自身が何気なくもたらした情報の重さに言葉が出ないでいる。

「フレイヤが動けない状態に陥っているということは、現状の組織運営に関わっていないと考えるのが妥当だろう。それを踏まえた上で、現在、組織だって行動している人間形態の機械知性体が生み出された経緯を探るのだ。誰が何の為に、彼らを生み出したのか知ることができれば、おのずとその先にある目的と手段も浮き彫りになるだろう」

「……では、今のイノベントは何なんだ」

 シリウスの疑問に、答えを持った者は誰もいない。

 やれやれとトレトマンは腕を組み替える。

「あの人間形態をした連中、特にハルから話が聞ければいいのだがな。あやつは何を考えているのかはつかめないが、少なくとも、他の連中よりは話しやすそうだ」

「あの、それはトレトマンにとっては、でしょう……」

 レックスはおずおずと突っ込む。前回、ハルの能力を目の当たりにし、多大な被害をこうむった側としては素直に賛成しにくい意見だった。

「ふん、わかっている。まさか招待状を出して、お互いに意見交換をしましょう、というわけにもいかんだろう」

 トレトマンならやりかねない、とレックスはすっかり逃げ腰になっている。

 少々気弱なレックスの脚を、マイキは軽く叩いて笑った。

「難しいことはよくわからないけど……僕は、ここにいるみんなと一緒に地上世界で暮らしたいよ」

「……マイキ」

 レックスは感極まったように、小さな友人を担ぎ上げた。


冊子版はピクシブのBOOTHで頒布しております。

こちらは6巻収録分です。

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