失踪と結晶⑤「微細機械細胞」
深海都市へ戻った途端、トレトマンは仲間への帰還の挨拶もそこそこに整備施設に引きこもってしまう。
彼が作業に集中する間、他者との交流を絶つことはよくあるので誰も気にとめなかった。一度こうなってしまうと、誰の言葉も、それこそ最高責任者であるアトラスの命令すら耳を貸さないのだ。
とはいえ、何も聞こえないほどなりふり構っていられない状態でもないので、勢いよく飛び込んでまくし立てれば、とりあえず顔くらいは向けてくれる。
「シン兄ちゃんはまだ治らないの?」
シリウスの手の上で、マイキは小さく収まっている。
レックスはどうした、とトレトマンが作業の手を止めて尋ねると、マイキはユキ姉と父さんを連れて深海都市を回ってる、と答えてくれた。
シリウスの修復作業は二日後には完了し、半身が欠損していた彼も今ではしれっとそのあたりを歩き回っている。
どうやらトレトマンが整備室に閉じこもっている間、シリウスもレックス同様に客人の相手をしているらしい。
「トラストの方は、まだまだ時間がかかるぞ」
「シリウスはもう治ったのに!」
「まあ、同じ仕様の外装を再構築しただけだからな」
そこの工作機ががんばった、とトレトマンは脇の巨大な機械を指差す。言いながら、半ば開いていた格納庫の扉を閉めた。
「シン兄ちゃんはいつになるの?」
「トラストの外装は特殊でな。準備は進めているが、さすがに一朝一夕で仕上がる代物ではないのだよ」
ボタンひとつ押せば全自動で出来上がるものではない、とトレトマンは説明するが、一刻も早く、という少年の気持ちも理解できるので、むげに追い払うこともできない。
「ちょうどいい、シリウスも聞いて行け」
案内が終わったから、とマイキを置いて出て行こうとするシリウスの肩をつかんで引きとめる。
こうして、トレトマンがもっとも得意とする長広舌が始まった。
「我々機械知性体は、アニマという、人間で言えば魂と呼ぶものが本体だ。その高エネルギー状のアニマを包んで保護し、行動の手足となるのがこの外装になる。外装は衣服のようなもので、壊れた場合は交換も可能だ。我々は手足がなくなろうとも、大した問題ではないのだよ。その気になれば、まったく違う外装に交換も可能だ」
合いの手も挟めないほど一気にまくし立てながら、トレトマンは、とはいえ、と鋼鉄の指を振る。
「衣服にも身体に合うサイズがあるように、外装にも制限がある。簡単に言えば、アニマに見合ったものでなければならないのだよ。外装は精神原形を中核に、そこに性格要素、個性要素が合わさって形成される。この機械の身体は交換は可能だが、アニマとのバランスが取れなければ、いずれは互いの間に齟齬が生じ、破綻してしまう。つまり、いい加減な身体を与えてしまうと、いずれ精神が滅びてしまうのだよ」
「じゃあ。シン兄の新しい身体は? シリウスみたいに同じのを作らないの?」
「ふぅむ、同じ外装ならば話は早いのだが……マイキ君もあやつを見て来たなら理解できるだろうが、あの身体では弱すぎるのだよ」
弱い、マイキは言いかけた言葉を飲みこむ。
少年には思い当たる節があった。彼らの邂逅時、海里はマイキを守ろうとして負傷した。それは一度だけではない、ことが起こる度に彼の身体は損傷を増やして行った。
「人間にはトラストは強靭で無敵に思えても、機械知性体という種族全体から見れば、脆弱極まりないのだよ」
「強化するというのか? だが、ユーリ・ヘイスには同期接続があるだろう」
シリウスの指摘と彼の発した呼称に、トレトマンが肩をすくめる。
〇七〇一は海里が生まれた際に与えられた仮称だった。
まだ名前で呼ばないつもりか、と小さく漏らしたが、シリウスには届かなかった。
「同期接続。あれは要は武装だ。あんな重い身体を常時振り回していてはまともに稼働できん」
「人間の身体を、もっと強くするの?」
今度はマイキの問いかけに首をかしげる。
「強いかどうかは微妙なところだ。考えている素材は、使いようによって最強の存在だろうが、まだ不確定要素も多い。まともに動けるかどうかも怪しい代物だ」
「トレトマン。そんな怪しげな物を使って、またユーリ・ヘイスを実験台にするつもりか!」
「何事も挑戦から始まるのだよ」
シリウスが怒気をみなぎらせ、マイキが驚愕を見せる。
疑惑の眼差しに、トレトマンが冗談だ、と焦った様子もなくシリウスの怒りを受け流す。
「まだ試験運用も行っていないものだからな、実験材料扱いとそしられても仕方のないことだろう」
トレトマンは一角のケースを示す。台上には透明なケースが置かれ、電機系やその他のケーブルが四方八方へ伸びている。その中には、半ばで切断された腕があった。小さく、華奢な腕部だ。
マイキは細い指先や、桜色の爪のリアルさに半歩下がってしまう。
「これ……」
「人間の腕ではないぞ。イノベントに存在する、人型の機械知性体から拝借したものだ」
ケース内に保管されている腕は、マイキの住む千鳥ヶ丘市の第二期地区で発生した戦闘時、トレトマンが撃ち落としたシスの腕だった。
「回収した際、この腕の特殊性に気がついてな」
一拍置き、トレトマンは鋭く視線を返す。左目のカバーが室内灯を反射して光った。
「微細機械細胞」
トレトマンはゆったりと腕を広げる。鋼鉄の身体にはどこにも人間らしい部分はないが、仕草は人間くさい。
「その名の通り、細胞サイズの極小金属だ。これらは普段は適当に散っているだけだが、電流を調整することで形状変化を起こして集合し、任意の形を取ることができる。人間の細胞ひとつひとつが金属になると想像してくれ」
見ていろ、とトレトマンはコンソールを操作する。透明なケースにエネルギーが流れ込み、かすかに腕が震えだす。
マイキは身を乗り出した。やがて、腕はぴくりと起き上がり、指先だけで踊るように動く。
さらに腕は変形を始めた。
表面の人工皮膚が弾け飛び、内部構造も一緒に引っ張り出されて粉々になる。一瞬で元の細胞サイズまで分解された腕は、箱の中で霧のように漂う。次いで、羽虫のような音が聞こえ、腕だった構造物はまったく別の形状を構築した。
箱の中に、青黒い羽根の蝶が生まれる。
「わぁ……」マイキは感嘆の声を漏らした。
ゆったりと羽ばたく蝶は、触覚から羽根の形状に至るまで、本当に生きているような自然さだ。
「微細機械細胞は、金属でありながら非金属形態を取ることができる。これを使えば、今までのように全体のバランスや、耐久性、可動性などの点を考慮しながら構成素材や剛性を変える必要がなくなるのだよ。つまり、たったひとつの物質ですべてが作れるようになる」
マイキは、よくわからないけどすごい技術なんだ、と感心する。
「あやつは身体を壊しすぎる。まあ、他の機械知性体を見ているせいもあるだろう。他の奴ができるなら自分もできるという思いこみだな。行動の先に、自身の脆弱さを考慮に入れていないのだ」
困ったものだ、とトレトマンは腕を組む。
「だからこそ、今度の身体は素材から見直す必要があるのだよ。この微細機械細胞なら、トラストの無謀さを補助できるかもしれん」
「そんなにすごいの?」
すごいぞ、とトレトマンは笑う。いや、はっきりとした表情は出なかったが、まとう空気が実に楽しそうだ。
「微細機械細胞自体に形状記憶プログラムを組み込むことで、損傷個所の復元、つまり自己再生も可能になる。もっと細かく制御できれば、自分の意思で強度や弾性、重量も変えられるようになるだろう。この調整を自由にできるようになれば、多少の損傷もその場で修復できる。仮に大幅な破損があっても、最初に基本形状を初期データに焼き付けておき、それを常態とするよう設定すれば、理論上はいくらでも再生が可能だ」
「まるで魔法のような技術だな」
シリウスは疑念の混じった声を発する。
「実際、イノベント側ではすでに実用段階に入っている。おそらく、この腕の持ち主が試作品。ハルが正式形だろう。これらの技術はいくつかの障害をクリアすれば、量産も可能になる」
勢いのままに量産プランを語り出そうとしたトレトマンに、シリウスが割って入る。
「イノベントの技術を取り込むつもりか」
険のある声音にも、トレトマンはうれしそうに返す。
「外聞悪く言えばそうなるな。まあ、研究だけならわしもやっていたが、技術的な問題や予算の都合もあって先送りにしていたのだよ」
ここにレックスがいれば、趣味を先行しすぎてたから予算申請が却下されたんじゃないの、とでも突っ込みを入れただろう。シリウスでは彼に皮肉を飛ばすには少々考え方が硬かった。
「問題とは?」
受けた言葉の中から、シリウスは疑問を返す。
「損傷した際に補填する質量をどこから補充してくるかだ。まさか微細機械細胞をつめた袋を背負って戦うわけにはいかんだろう。そこを、イノベント側が解決してくれた。あやつらは、自分達の計画の為に世界中に微細機械細胞をばらまいたのだ。それこそ世界中のありとあらゆる場所に、砂鉄のように散布されている」
「待ってくれ。では、トレトマンが使おうとしている新素材というのは、技術もだが素材もイノベントが構築したものなのか? そんなものを使って、こちらは安全なのか?」
「微細機械細胞自体は、信号を与えなければそれこそ砂と同じで何の役にも立たない。こちらで調整して初めて意味を成す代物だ。変換の際の信号は、当然、イノベント側とは異なる方式を使う。向こう側から遠隔操作を受ける、あるいは妨害される確立は低いだろう」
シリウスは押し黙る。技術的な知識で劣る彼では、これ以上、突っ込んだ説明を受けたところでそれが正確かどうか判断できない。
「すごいや! 兄ちゃん早く治るといいね!」
よくわからないけどすごい、を連発するマイキに、トレトマンは肩をすくめてみせる。
「そうだな。とても高度な技術だ。ただ、さっきも言ったがまだ時間がかかる。神経を使うから集中したい。すまないが、一人にしてもらえるかね」
「わかった!」
素直に出て行くマイキと、まだ何か言いたげな雰囲気のシリウスを見送り、扉が閉まったのを確認してからトレトマンはコンソールに向き直る。
「プレゼンも大変だな」
声は、ゆっくりと開かれた格納庫の中から発せられた。中からユニオンの最高責任者である機械知性体、アトラスが出てくる。機械知性体の中でもかなりの巨体を誇る彼は少々狭苦しそうにはい出してくる。
「急に押しこめてすまんな」
「いや、私がここにいるとなれば、皆が驚くだろう」
「最高責任者を物置に放り込んだとなれば、別の意味で驚愕されただろうがな」
互いに向き直るが、会話が続かない。微妙な沈黙を破ったのはトレトマンの方だった。
「ふん、プレゼンねぇ……適当に耳障りのいいことだけを連ねて他者の賛同を得て、悪い部分にはふたをする。悪辣なやり方だ」
アトラスはケース内でふわふわと舞い上がるように飛んでいる黒い蝶を見る。
「そこまで重い問題なのか? イノベントでは……少なくとも、その腕の持ち主は微細機械細胞を使いこなしているようだが」
「わしとしては、ぜひとも使い方のコツを教えて欲しいものだよ」
やれやれ、とトレトマンは腰に手を当てる。
「この素材の難点は、自己認識の部分だ。この微細機械細胞を使役するには自己を強く意識する必要がある。自身の存在に対する連続性とも言い換えられる。眠って起きて鏡を見て、そこに映るものが自分だと確信できるよう、自身の形をしっかりと覚えておく必要がある。しかもそれを、ほぼ無意識に行わなければ、それこそ眠っている間に身体が分解してしまう」
「もし、トラストがそれらの問題をクリアできなかった場合は?」
「自我が閉塞し、構築していた身体は元の細胞サイズまで分解してしまうだろう」
「分解してしまった場合の再構築は可能なのか?」
「難しいだろうな。散らばってしまった微細機械細胞を元通りに組み立てようにも、わしにはどこに何を埋め込めばいいのかさっぱりわからん」
トレトマンがわからないとお手上げなら、他の誰にもできないだろう、とアトラスは肩を落とす。
「そんな面倒なものを、トラストに使うつもりなのか」
「容姿や基本動作は、データを焼き付けることである程度の負担は軽減される。あとは、形状変化と再構築を行えるかだが……同期接続のできるトラストなら、こちらが教えるようなこともないだろう」
同期接続は海里が持つ特有の能力になる。常態では戦闘行動に向かないので、他の仲間と同じ外装が欲しいと希求して生まれた力だった。
機械の固有振動数と同調し、対象と自身を分解し、別の形状を再構築する能力。それを用いて海里は人間並のサイズでしかない身体を巨大化させる手段を得た。
「トラストなら可能だ」
「トレトマンがそこまで断言するとはな。トラストの力を信用しているのだな」
「理論的には技術は確立されている。あやつに対する信頼度とはまた違うことだ」
若干不本意そうに腕を組むトレトマンを、アトラスは面白そうに眺める。
「それに、この技術が完成された場合、利益を得るのはトラストだけではないぞ。自らの質量を外部に排出、例えば光や熱に変換することができれば、我々の巨体をもっと小型化することも可能になるだろう」
「では、将来的には私もトラストのような人間形態になれるのだろうか」
「むろん、可能だ」
「それはトレトマンも楽しみだな」
肯定も否定もなかったが、その背はうれしそうだった。
ところで、とトレトマンは何でもないような口調で話題を変える。
その物言いに、反射的にアトラスは身を固くした。気持ちが変にざらついたからだ。長い付き合いの間に、こうした瞬間は何度かあった。その時は決まってトレトマンは世間話の延長のように残酷な話をふって来る。
「同期接続、この名称をイノベント側が知っていた」
今まで誰も、その点を注視して来なかった。違和感を覚えていたのはトレトマンだけだった。
最初に発したのは、イノベントの少女。
彼女は名称だけでなく、同じ能力も発現してみせた。周囲にあった機械を分解し、自身の武装として再構築した。それはまるっきり海里と同じ能力だった。
「この名称は、わしが考えたものだ。トラストの能力を確認、考察して付けた。つまり、トラストが生まれる以前に離反したイノベントの連中が知っていたとは考えにくい」
「こちらの情報が漏れているということだろうか」
「その可能性もあるが……他にも気になる点がある。ゴーストの名称もそうだ。なぜ、イノベントの兵器を我々はそう呼ぶようになった?」
「アウラからの報告にあったからだ」
すでにいない仲間の名前が出たが、質疑応答をしている彼らの態度は揺るがない。
「そう、地上へ出たアウラからの通信にあった。あれは、ゴーストだ、と。だからわしらはあの兵器をゴーストと呼称するようになった」
その言葉の真意を知る機会はついぞなかったがな、とトレトマンは付け加える。
「しかし、どうやらその名称はイノベントとも共通しているようだ。いや、元々イノベントが使っていた名称を、何らかの形でアウラが知ったと考えた方が妥当なのかもしれんが……何か引っかかるのだ。何かを見落としているような気がする」
「トレトマンが自分の中で断定できないことを話すのは珍しいな」
「しゃべっているうちに、解決の糸口が見いだせないかと思ったが……」
余計に考えることが増えた、とトレトマンは憮然とした。
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