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失踪と結晶④「……返す機会はあるだろうか」

 大河ミキアキは露骨に顔をしかめたまま直立している。彼の背後に影のように、というより、影よりも薄い存在感の補佐官は、ハンカチで口元を押さえて青ざめていた。

 吐かないだけましか、と久檀は倉庫内に安置されている遺体を見渡す。

 公安調査庁から派遣されてきた二人は、久檀からの説明を表面上は大人しく聞いていた。

 もっとも、口を挟めるほどの余裕がなかっただけかもしれない。

 久檀は遺体に起こっている現象を解明する為、再び大河に連絡を取った。彼を経由してもっと専門的な調査機関を派遣してもらえればと思ったのだが、実を言えば大して期待はしていなかった。ついでというか、保険程度にしか考えていなかったのだ。

 簡潔に事態の概要と救援を請うメールを送った直後に久檀の携帯電話が鳴り響き、直接応対に出た大河からすぐに調査班を編成する、という返事が来た。

 二日後、鷹ノ巣山駐屯地には駐車場が埋まるほどの車両が押し寄せ、そこに乗っていた人間や機材が次々と陣取り合戦のように敷地を埋めてしまったのだ。

 厚生省を筆頭に、いったいどうやってかき集めて来たのか裏事情を知りたくなるほど、所属と肩書が複雑な人間が基地内に溢れかえる。

 白衣を着た集団が迷彩服の集団に混ざっている光景に、すっかり仲間外れになっていた基地司令は連続して起こる事態にストレスが限界頂点に達したのか、泡をふいて倒れてしまった。もちろん、久檀の知ったことではない。防衛省に許可を取り、久檀には事前に連絡を入れたというのに基地司令に何も伝えていなかった大河のミスだ。

 そんな失態など瑣末事だとばかりに大河は堂々とした態度を崩さない。先だって、機械知性体の登場に驚愕し、補佐官と一緒に逃げ帰った件はなかったことにしたらしい。

「わざわざ足を運んでもらえて助かりましたよ」

「……誰かに任せるわけにはいかん」

 へえ、と内心で久檀は笑う。意外と仕事熱心なんだな、と彼に対する評価を上向きに修正した。

「上層部でも、その、あの機械の連中に関しては判断が別れている。少しでも新しい情報が欲しい。それに、ここの部隊で起こっている事件だが……」

 大河は周囲に視線を走らせる。背後の補佐官が、盗聴の心配はありません、と耳打ちした。

「……遺体の結晶化だが、この基地だけの異変ではない」

 久檀は片眉を跳ね上げる。

「それは、初耳ですな」

「これはまだ、私も確認できていないことなのだが……この現象は、日本だけの異常ではないらしい。世界中のあちこちで、死者の遺体が結晶化する事例が報告されている。世界保健機関が調査に当たっているが、どうやらウイルス性感染症の一種らしい」

「……これが病気、ですか」

 久檀は反射的に首筋をなでる。どうやら補佐官がハンカチを口元から外さないのは、吐き気をこらえる為だけではないようだ。

 大河は久檀をにらみつけ、口外するなよ、と釘をさす。

「この事態を放置すれば、パニックになることは確実だ」

 大河は苛立ち、言葉を吐き捨てる。立て続けに起こる異質な事態に苛立っているのだろう。

 それと、と大河は話を続ける。

「鷹ノ巣山駐屯地で死亡した者の遺族には、混乱を避ける為に演習時の事故死と伝えるようにしてくれ。遺体は、調査がすみ次第火葬してから渡す予定だ」

 当分先の話になるだろうが、と大河は付け加えた。

 振り返り、大河は納体袋の列を見渡す。

「……子供も亡くなっていたと聞いたが……」

「五歳くらいの少女ですよ」

 駐屯地という特殊な敷地の中で見つかった少女の遺体。他の隊員達に囲まれるようにして死亡していた少女の正体は未だに知れない。

 隊員の身内でないことは確認済みだった。

 久檀は直接少女の遺体を確認していないが、額に機械が埋め込まれていたらしい、とだけ聞き及んでいる。

「……謎が多すぎるぜ」

 久檀は駐屯地の端に視線を向ける。その先に、機械知性体の面々が居候している。

 もっと詳しい話を聞く必要があるな、と足を向けようとしたその背に、大河が残酷な宣言を下した。



 親子総出の深海都市訪問は、さすがに明日から早速、というわけにはいかなかった。

 ユキヒの有給申請よりも。マイキに学校を休ませる方が至難の技だった。担任からは、せめて終業式まで予定をずらせないかと渋い顔をされてしまう。もちろん、学校側には本当の理由など伝えられず、ユキヒは最終手段を取った。

 亡くなった母親の件で今すぐ田舎に帰る必要がある、長期間になりそうなのでマイキを一人で置いて行けない、という奥の手を持ち出し、夏休みほんの少し前倒しにすることを担任に了承させたのだった。

(お母さん、ごめんなさいっ!)

 しばらくユキヒは、嘘をついたことで罪悪感にさいなまれることになる。もちろん、彼女がそこまで無理をする必要などない。提案したトレトマンの言も、特に焦りもなければ彼女の同行を強制するようなそぶりも見受けられなかった。それに、話と行動が唐突なのもいつものこと。

 そう、いつも通りだ。

 救急車の形態では表情を読みとることは不可能で、困惑するユキヒは言葉を額面通りに受け止めようと努めたのだが、なぜか妙に気分がざわついた。

 トレトマンの言が、というより、言葉の裏に見え隠れする感情が引っかかったのだ。

 どうしても来て欲しい。一緒でなければ困る。

 そう訴えかけられているような気がして、ユキヒは彼の頼みを、疑念を挟みつつも聞き入れたのだった。

「わーっ! 着いた着いた!」

 マイキにとっては二度目の深海都市は、男性陣は遠足の延長。唯一の女性であるユキヒには、深海の水圧並に気が重くなる旅路だった。食事と寝る場所さえ確保できていれば十分な二人と違い、女性の旅には必要なものが多い。

 巨大な潜水艦に乗りこむ際は、ユキヒはまるで鯨の体内に飲みこまれて消化されてしまうような気がした。

 光のない深海世界にますます気が重くなり、到着してようやく広々とした空間に出た後も、四方が壁に囲まれて空の見えない圧迫感にまた息を吐く。

「マイキには聞いてたけど、本当にさびしいところね」

「観光客は来ないからね。つまんないところだと思うよ」

 案内役はレックスだ。トレトマンは潜水艦から降りるなり、後は任せた、と言い置いて、動けないシリウスを台車に積んで立ち去った。最後まで救急車形態のまま、内部にいる海里の姿を誰の目にも触れさせることはなかった。

「トレトマンさんは、どうして私達をここへ?」

 マイキやタカフミはいるだけで楽しそうだが、ユキヒはすべきことが何も思いつかない。自分から何かを見つけるような器用さもなかった。

 できることは何もない。その疑念が、ずっと彼女の胸中を占めている。

「ううん、トレトマンが何を考えてるかはよくわからないけど……多分、人間の中でも特に親しい者が自分の手が届かない場所にいるのが不安だったんだと思う」

「お話が見えないんですけど……」

「僕も、よくわからないんだ」

 レックスが妙に人間くさい仕草で肩をすくめてみせたので、ユキヒもひとまずはその疑問にふたをした。

 来てしまった以上、こうなれば腹をくくって居座るしかないのだ。



 千鳥ヶ丘市を臨む海に存在する広大な人工島。その第二期開発地区は要の空港建設が頓挫し、長らく無為な空き地となっていた。そこに名乗りを上げたのは世界防衛機構軍。防衛軍は、空白の島に日本支部設立を計画する。対外的には未だに予定でしかなかったが、すでに候補地の選定は終了し、あとは日本政府のひたすら長くて中身のない審理会議が終わるのを待つばかり。

 基地建設予定地で暫定的な事務所になっている雑居ビルに足を踏み入れたのは久檀だった。

 彼は常のにやけた顔でひび割れたビルの壁面と高く晴れた空を見上げる。他に高層建築物のない第二期地区の空はさえぎるものがなく、第一期地区や本土へ続く赤い連絡橋がよく見通せた。

 久檀は笑みを消さないまま、なじみの居酒屋に入るように正面入口から真っ直ぐ中へ入る。すぐにチョコレート色の肌をした女性が出て来たが、名前を告げるとうなずきを返してくる。彼女はひと息もつかず、隣の部屋を指し示すと踵を返した。

 案内はなしか、と久檀は独りごちると慣れた足取りで廊下を歩き、ドアをノックした。

 中からすぐいらえがあった。入るぜ、と言いながら久檀はドアを開けて侵入し、閉める間もなく言った。

「機械知性体は、秘密基地に帰ったぞ」

「そうか。挨拶くらいはしたかったのだが」

 久しぶりに電話ではなく顔を合わせて話す天条は、久檀の予想よりは元気そうだった。

「俺も来ないかって誘われたけどよ、例の奇病の一件で忙しいから断った」

 久檀は勧められた椅子にどっかりと身体を預けた。相対する天条は、対照的に姿勢を正している。

「奇病……人体の結晶化か。にわかには信じがたい話だ」

「俺だって、遺体がガラスみたいに変わったのをこの目で見なけりゃ、どっかの三流記者が書いたガセ記事だって思っただろうよ」

 彼らは電話やメールでは伝えにくかった情報の交換を行う。だが、わかっていることはあまりにも少なかった。

「ったく、駐屯地が襲撃されたってだけで大騒ぎなのに、妙な病気まで流行りだしてたまんねえぜ。今や基地は防衛省に厚生省、法務省、他にも何だかよくわからん肩書の連中がやって来て縄張り争いだ」

「その奇病だが、防衛軍側……正確には、アップルゲイト財団でも確認された。もちろん、日本以外でだ」

 アップルゲイト財団は世界防衛機構軍の母体組織になる。主な活動は、紛争による荒廃から発展途上国の文化や自然を保護すること。その裏で、紛争を抑制する為に武力行為を仕掛ける防衛軍を作り上げた。この繋がりは一般には公開されていないが、内部にいる者には公然の秘密となっている。奇病の情報は、表側の顔からもたらされた。

「へえ、財団が出て来たってことは、中東みたいなキナ臭い場所で大量の被害者でも出たのかよ」

「詳細は不明だが、おそらく」

 一度、天条は言葉を切る。言いにくそうに視線を泳がせ、手を組み替えた。

「……本部の部下からの報告では、被害は数百か、あるいはすでに万の単位を刻んでいる可能性もあるそうだ」

 へえ、と久檀は口の端を皮肉っぽく歪めて笑う。

「そこまで被害が出てんのに、相変わらずテレビじゃ何にも言ってないぞ」

「報道管制が敷かれている。結晶化は感染症の一種らしいが、まだ感染源や感染経路が特定できていない。ワクチンもない状態で、不用意に未知の病気が蔓延しているなんて発表できない」

「当然の処置だな。俺がトップでもそうするぜ」

 それと、と久檀は何気ない様子で続ける。

「実を言えば俺、その奇病のせいで駐屯地から出ることを禁じられてんだ」

「何だと?」天条は椅子から腰を浮かせる。

 落ち着けよ、と久檀は軽く手を振った。

「上層部は感染経路が特定できない以上、あの結晶に関わった人間全員を拘束、隔離するそうだ。鷹ノ巣山駐屯地は、近いうちに自衛隊の機能を解体され、感染症を研究する施設になる。残った俺達は全員、実験体だ」

 先だって鷹ノ巣山駐屯地にやって来た大河は、久檀にそう言い残して去って行った。

 久檀が保険にと声をかけた大河は、彼の想定以上に素早く動いてくれた。その分、周囲からはその迅速さが逆に裏を探らせる形になり、功を焦った者達が大挙して基地封鎖という強引な手段に出てしまった。

 もちろん、そんな非情がまかり通ってしまうほど事態が切羽つまっているという部分もある。

 大河達が去り、人員が大幅に増えた駐屯地から逃げるようにして、機械知性体の面々は深海都市への一時帰還を申し出た。

 久檀はというと、防衛省から鷹ノ巣山駐屯地にいる者達全員の外出禁止令が発令される寸前、外泊許可をもぎとって駐屯地から脱出してここにいる。

「脱柵したのか……」

 自衛隊員が所属を離れて脱走することを脱柵と呼ぶ。自衛隊の公式用語ではないし、実際に柵を乗り越えて脱走する者はまれである。

「ちゃんと外泊許可取ったって。俺も許可を出したやつも、許可を出した二時間後に外出禁止令が出されるなんて知らなかったんだよ」

 悪戯っ子のように久檀は笑う。腹を押さえ、膝を叩き、ひとしきり笑声を上げた後、彼は立ち上がった。

「用事は終わった。もう帰るって」

「だが、久檀、戻ったら君は……」

「そう暗い顔すんなって。国防の為に身を捧げる覚悟はとうの昔にできてんだ。ちょっと方向性が違うだけだって」

 言いながら久檀は踵を返す。彼を追って天条も椅子から身体を浮かせる。

「久檀、私にできることがあれば……」

 帰るわ、と手を振って久檀は天条の言葉をさえぎる。

「あ、そうだそうだ」

 忘れてた、と言って、久檀は胸のポケットから取り出した小物を机上に置く。長楕円の金属板だ。

 金属板の表面には文字が刻まれている。そこには名前と所属、血液型などが記されていた。それは軍隊における兵士の個人識別用の認識票だ。

 KAZUMA SHIROSAKI

 金属板にはそう刻まれている。

 地下駐車場で城崎がハルに襲撃された際、チェーンが切れてしまっていた。それを久檀は今まで持っていた。

「このタグ……返しといてくれよ。渡しそこねた」

 置かれた認識票を、天条は触りもせずに視線を落とす。

「……返す機会はあるだろうか」

 天条はあれから、どうにかして城崎と連絡が取れないかオーストラリア本部にいる友人知人などを介して様々な手段を講じた。だが今のところ、吉報どころか否定的な意見が届くだけ。

「あいつ、日本にいるのか?」

「いや、おそらくもう国外だろう」

 短めの返答に、久檀は再び天条に向き直る。それどころか、机に手を突いて大きく身を乗り出してくる。

「んだよ、てっきり日本の居心地がよくてここに骨を埋める覚悟で軍隊生活からおさらばしたのかって思ったぞ」

 久檀の笑みが深まる。天条も自身がしゃべりすぎたことに気がつき、眉根を寄せて口を閉ざすがもう遅い。久檀にしてみれば、目の前にあるごちそうを食らわなくてどうする、と舌舐めずりしたいところだろう。

「カズマに関して、ユウシ、おまえは何か罪悪感を抱えてるだろ」

「……私は彼の内心や動向を把握できなかった。彼の失踪は、彼自身の意思によるものだ。いや、正確には失踪ではなく、部署が移動しただけ。彼はここから離れたがっていたのだよ」

「カズマにとって、ユウシは仕事を見つけてくれた恩人だろうが。そりゃあ、おっさんに恩着せがましくすり寄られたら気持ち悪いだろうが、おまえらの関係は、そんな見苦しいもんじゃあなかったはずだ」

「しかし、実際には……」

「まだ、あいつには何か秘密があるな」

 久檀、と天条は鋭く視線を閃かせる。

「他者の秘密を知りたがるのは、君の悪いくせだ。いくら情報を悪用する気がないとはいえ、人には隠しておきたい秘密などいくらでもある」

 決して大きくはないが、よく通る声に打たれたように久檀は肩を揺らす。

 言いかけた口を閉ざし、嘆息した久檀は首の後ろをかく。

「……あー……悪かったよ。怒らせるつもりはなかったんだ。ただよ、この一件、カズマが望んで部署を異動したにしろ、不本意にしろ……あいつの抱えてる何かが根底にあるような気がするんだよ」

 珍しく焦って言い募る久檀の様に、天条は警戒を解く。

「気がする、だけでは前に進まないぞ」

「勘だよ、勘。あいつ絶対にまだ何か隠してやがる! つか、そこんとこにはユウシ、おまえも関わってんだろ」

 そろそろ帰ってくれ、と天条は笑って手を振る。久檀はこれから軟禁される人間に冷たいぞ、と捨て台詞を吐いて去って行った。


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