失踪と結晶③「あの、父です……」
鷹ノ巣山駐屯地には捕虜がいる。
非常事態なのは確かだったが、戦時中でもないので扱いに困った結果、彼女は適当な空き部屋に監視を付けて放り込まれていた。
「……マーガレット・レヴィねぇ」
ある意味、基地司令よりも忙しい立場になってしまった久檀は、眠そうな顔で相手を上から下まで眺める。
捕縛当初、返り血にまみれていたレヴィは現在、駐屯地側が提供した作業着を着ている。入浴の許可も出しているので見た目はこざっぱりとしているが、表情は疲労の色が濃い。監視役からの報告によると、食事は摂っているが独り言が多くてかなわないと愚痴られた。
机を挟んで相対する彼女は、パイプ椅子に腰かけズボンの膝あたりをきつく握りしめている。
始めるぜ、と前置いて、久檀はファイルを机に置く。
「どうやって基地内部に潜入したんだ」
英語で尋ねると、正面からよ、と同じ言語で返答が来る。
警備の兵士が倒れていたので、そのまま部下と共に正面入口から侵入したと彼女は語る。
「まあ、そこんところは間違いないだろうな」
当時、正面入口の監視に当たっていた隊員二名の死亡はすでに確認されている。当初は彼女達が犯人と疑われたが、死因からそれはないだろうと判断が下された。
その肝心の、隊員の死因に関しての最終報告書はまだ手元に届いていない。
「そんで、腕利き狙撃手と一緒に侵入して『あれ』に一発かましたはいいが、返り討ちにあったあげくに腰抜かして動けなくなって俺らに捕まったっていうわけか」
レヴィは憮然とした顔で押し黙る。彼女は常に神経を限界まで張りつめ、ずっと不機嫌そうな顔をしている。彼女の世話を頼んでいる女性隊員は、暴れたりしないので扱いやすいがこちらまでぴりぴりする、と息を吐いていた。
久檀は質問を続ける。
「どこの所属だ」
この問いかけは、何度繰り返しても答えはない。
当然だな、と久檀は内心で納得する。
レヴィは『非公式』の存在なのだ。だが、いるはずのない彼女は呼吸し、食事し、ある程度は久檀の質問に答えてくれる。
久檀だけは彼女の正式な所属先を知っているのだが、彼にも立場がある。わかったからといって、そのまま上層部に報告することも、帰っていいよと放り出すこともできなかった。情報を提供してくれた竹馬の友も、そのあたりの事情は理解しているので引き取りの準備ができるまで預かっておいてくれと言われている。
(……まあ、いざとなれば、防衛軍の情報をちらつかせれば、少しくらいは事情も聞き出せるだろ)
それは最終手段にするとして、と内心で計画を練りながら、久檀は椅子を引いて立ち上がった。
「いいさ、あんたの正体はすぐにはっきりする。それまでゆっくり寝てろよ。かなり顔色が悪いぜ」
言って、あまり記入しなかった書類片手に久檀は手を振ると踵を返す。
ドアを閉じ、脇に立っていた監視役に終わったことを告げ、施錠されるのを確認してから久檀は歩き出した。
「……非公式ねえ」
竹馬の友、天条ユウシからその話を聞き出すのはさして難しいことではなかった。彼もまた、レヴィの行方を探していたのだ。ただ天条も彼女の所属先について多くを知っているわけではない。これは噂だが、と前置いてから語ってくれた内容は、本当に都市伝説じみていた。
世界防衛機構軍には、秘密裏の研究を行う為の非公開部署が存在している。
情報部、作戦部、技術開発部。防衛軍は大まかに三つの部署に分かれる。そのどこにも記載がない、どこにも繋がりのない部署。
通称、第九研究室。
なぜ九番なのかは諸説あるが、どの部署も、編成は九つ以上に分かれていないというものから、その研究室に招かれた者は生きて帰って来られないという噂話が転じ、九番目の交響曲を完成させると死ぬという呪い話から第九と呼ばれるなど、由来は様々だ。
マーガレット・レヴィは、その第九から来た人間ではないか、と天条は推測している。
それが事実ならネタとしては売れるな、と久檀は冗談で返したが、天条は重い息を吐いた。
聞いてくれ、と言って始まった別の話に、久檀は二の句が継げなくなる。
城崎カズマが行方不明になった。
それに第九が関わっているかもしれない。
話を聞き、久檀はいつものにやけた顔で、わかった、とだけ返した。
話を終えた久檀は、内心では小躍りしたい気分だった。最初は捕虜にしたレヴィの扱いに困り、早く返品したかったが、今は逆だ。一分でも長く手元に置きたい。
久檀は人気のない廊下で凶暴な笑みを浮かべる。
「俺があの女から、カズマの行方を聞き出してやるよ」
沖原家の玄関先に乗りつけられた救急車を前に、ユキヒは首をかしげた。救急車という存在にではない。傍から見れば無人の車両から発せられた話に疑念を浮かべる。
「お嬢さん、ご理解いただけただろうか」
「えぇっと……」ユキヒは口元に手を当てる。
救急車の正体は、一時期は沖原家の駐車場に居候していた機械知性体のトレトマンだ。しばらくぶりに顔を見せたかと思えば、飛び出した海里を追いかけた後の件や、少女の行方も語らず、トレトマンは一方的に用件を切り出す。
深海都市へ来て欲しい、と。
「また、マイキを連れて行くんですか?」
以前に一度、マイキを伴って彼らは深海都市に一時帰還したことがある。今回もその許可を得に来たのだろうかと考え、頭の中でカレンダーを思い浮かべる。七月も半ばにさしかかり、小学生であるマイキは目前に迫った夏休みにすでに半分、心が持って行かれている。
学校が夏休みに入ってからなら構わないだろう、とユキヒは結論付ける。
しかしユキヒの考えはあっけなく否定された。
「あぁそうだ。できれば、明日にでも出発したい。それと、お嬢さんも一緒に行って欲しいのだが、可能だろうか」
「えっ、私もですか?」
急な申し出に、ユキヒは困惑の色を浮かべる。
「その、土日だけでは帰って来られないんですよね。私は仕事もありますし、そう簡単に長期間家を空けるわけにはいかなくてですね……」
ユキヒは頬を押さえて悩むような仕草をする。実際、どうやって断ろうかと必死に考えをめぐらせた。
が、別方向から賛成の意見が飛び出す。
「オレが行くぞっ!」
どばんっ、と勢いよく玄関扉が明け放たれ、男が飛び出して来る。
無精ひげに惰性で伸びた長髪の男が、猛烈な早さで門扉に向かって突進してきた。沖原家の家長であるタカフミだ。仕事で不在がちの彼だが、長期出張が終わった後なのでここしばらくはずっと家にいる。
「お父さん、いきなりどこから……。じゃなくて、話を聞いてたの?」
「あぁ、インターホンから聞かせてもらった」
タカフミは腕を組んで胸をそらす。堂々と会話を盗聴していた、と恥ずかしい宣言をする姿にユキヒは頭を抱えた。これが男友達と話しているのが気になって監視していた、というならまだわかるが、相手は救急車で、その中身は機械エイリアンだ。
(……でも、よく考えたら救急車と話してる娘の方がおかしいわよね……)
ユキヒは眉間を押さえる。
「こちらは?」
静かなトレトマンの声に、ユキヒは我に返った。
「あの、父です……」
「ユキヒの父親で、沖原タカフミと申します」
よろしくお願いします、とタカフミはまるで人間と相対するようにトレトマンに手を差し出して握手を求める。
だがしかし、住宅街の真ん中で擬態を解くことができず、トレトマンは、こちらこそ、と声だけを返す。
「して、話は中で全部聞かせてもらった。こちらの方と秘密基地に行くんだろう。父さんも行くぞ!」
「うん……当たってる。あと、お父さんの理解が早すぎて私の方がついて行けないわ……」
「オレとユキヒとマイキ、三人一緒でも構わないだろうか、トリートメントさんっ!」
何の躊躇もなく名前を間違えられたトレトマンは、冷静にトレトマンだ、と訂正を入れつつ話を進める。
「人数が増えることは構わない。保護者の方に来ていただけることで、より我々機械知性体に関する理解を深める機会になればと思いますよ」
よっしゃ、とタカフミは子供のように小躍りする。
まるで遠足気分のタカフミに、ユキヒは出先での珍道中が容易に想像できてしまい、違う意味で同行を拒否したくなってきた。
「ユキヒも行こう。有給たまってるだろう?」
「……けど、やっぱり急には休めないわよ」
「休暇は労働者の権利だぞ。これだから日本人の有給消化率はいつまでたっても上がらないんだ」
押し問答の末、ユキヒは職場に有給申請は出す、断られたら自分は同行しない、ということで一度この話に区切りをつけた。
「ったく、カズはどこに行ったんだよ!」
ぼやきながら、ハント少尉は持ってきた段ボールに地図を放り込む。クロゼットにあった服を入れ、旅行鞄を引きずり出す。台所では同僚のフリーマン軍曹がほとんど調理器具のない棚を開けて中を確認している。
彼らに本日下った指令は、城崎カズマ特務大尉の私物処分だった。
上官である天条大佐から、城崎が病院から行方をくらませた件は聞かされていた。
そして今朝、状況に進展が見られないまま、天条から彼が住んでいた部屋を引き払うことになったので、部屋にある物品をすべて回収するようにと指示を受けたのだ。
そこで聞かされた話は、彼らの予想を越えていた。天条曰く、城崎は失踪ではなく転属扱い。新しい所属先は不明。
だが天条自身も納得できていない一件らしく、上官は眉間に深いしわを刻んでいた。
「俺らどころか大佐にも秘密で部署を異動するってなんだよ、ありえねぇって」
ベッドは折りたたみ式の簡易なものだった。タオルケットと枕を引きはがし、ベッドを二つに折りたたんでからハントは振り返る。
部屋はすでに、がらんとしていた。
ハントの近くに、段ボール箱が三つある。それと旅行鞄がひとつに、折りたたんだベッド。
それが、この部屋にある物品のすべてだ。
箱には適当に物を放り込んだので、きちんとつめればもう三割程度は嵩が減りそうだったが。
「……物がねぇなぁ」素直な感想だった。
引越して半年にも満たないのだから、早々増えるはずもない。元から持ちこんだ物品が少なかったのだろう。
箱の中にある品々を眺めたが、ハントの興味をそそられるような物は入っていない。
城崎カズマ個人を示すようなものは何もなかった。
家族の写真も、趣味や嗜好を示すものもない。
あるのは、仕事上必要だったと思われる地図や電子辞書。私服も大量生産品ばかりで、恐ろしく自己主張というものが欠けている。
「あーっと……」
適度に広くなった部屋の床にハントは寝転がる。
「……カズは、日本人で、俺より年下だったよな? けど、階級は上。天条大佐と個人的に仲がいい。大佐の娘は将来有力株……」
連想が途中で脱線していることにハントは気がつく。というより、彼のことを考えようとすると、必然的に天条が出て来てしまう。
振り返ってみれば、城崎とは趣味や恋人、家族の話などした覚えがない。いつも一方的にハントがまくし立てているだけ。かといって、城崎も特に無口ではなかった。気に入らなければ手も飛んでくる。その一方で、自分自身を誇示するような言動や行動はひかえ目で、常に誰かの後ろに回って地味な事務作業をしていた。
そんな振る舞い方を、ハントは日本人らしい勤勉さだな、とほめたが、彼がいい顔をしたことはない。
何か事情があるのだろうとは思っていた。軍隊関係者にはすねに傷を持つ者も多いし、ハントには他者の過去を詮索する趣味はなかったので、あえて聞かなかったのだ。
それでもあまりにも唐突すぎる今回の転属に関しては、ハントも勘繰りたくなる部分が多い。
直属の上官である天条も知らないとなると、この一件にはさらに上層部が絡んでいることになる。
そこに城崎自身の秘密が関わっているかもしれないと、誰でも繋げて考えてみたくなるだろう。
「……この件……腑に落ちねぇんだよな」
怪しすぎて、裏がありますと拡声器付きで叫んでいるようなものだ。見えない闇の奥でうごめくものはわからない。だが、何かがあるのは間違いなかった。
「まずは、どうにかして大佐からカズの過去を聞き出せねえかな……」
無理かな、いやでも、と床の上で転がっていたハントは、段ボール箱から飛び出している書籍に目を止める。先に寄った病院にあったものだ。
「とにかくカズにはもう一回、会う必要があんだよ。あいつ……俺が日本の本屋で厳選したエロ本まで置いていきやがった!」
儂の熊もだ、と台所からフリーマンの声が飛んできた。
「そうだ、それと、問題がまだあるぞ!」
ハントは勢いよく起き上がると、集合住宅ということを忘れて大音量で叫ぶ。
「イギリスのおっさんが来る!」
入れ替わり、というわけではなかったが、オーストラリア本部で天条の副官を勤めている男が、他にも部下を引き連れて来ることも聞かされた。本部では堅物で有名な彼と奔放に生きているハントはそりが合わず、しょっちゅう衝突している。
「……救いは、おっさんだけじゃなくて他の連中も来るってことだな」
おっさんの標的を増やして俺の安全地帯を確保しねえとな、とハントは情けない汗をかいていた。
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