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GDO

   GDO



 おそらく、現在、世界のどこを見てもオリジネイターの存在を知り、理解している人間は……皆無とまでは言わないが、ほとんどいないだろう。

 それは日本の自衛隊もまた、条件は同じだった。自衛隊員達はオリジネイターとゴーストが戦闘した後の被害地域に直接乗り込んでいる為、何が起こったのかは一般人より多く情報を得ている。しかし、なぜこうなったのかという点においては何も変わらない。

 結論として、千鳥ヶ丘市へ派遣されている自衛隊員の誰一人、オリジネイターの存在に気がついてはいなかった。

 同市内にある自衛隊地方連絡部もまた、同様だった。むしろ、派遣されてくる自衛隊や、その自衛隊に対して不安を覚える地元市民への対応に追われ、通常業務である自衛官募集などは停止している状態だった。

 いつもとは違うめまぐるしい日々の中、狭山トシオの前に彼は現れた。

 唐突な来訪者に対し、彼は「久しぶりだな」と口にする以外、何も思いつかなかった。

 応接室、と言っても、間仕切りと本棚で区切ってあるだけで、同じ連絡部のフロアだ。すぐ隣では、鳴りやまない電話の応酬が続いている。机上に戻れば、地方連絡部長である彼のところには、指示待ちのメモが大量に積まれているだろう。

 しかし今は気持ちを切り替え、テーブルをはさんで座る来客に向き直る。狭山と同じ四十代半ばの男で、偉丈夫という単語がぴたりとはまる、がっしりとした長身。ぴしりと背筋を伸ばして椅子に腰かけ、白髪混じりの髪に口ひげを短くたくわえている。ブルーグレイの軍服は袖の先まできれいに整えられ、その隙のない容貌は、無意識にこちらも姿勢を正してしまう圧迫感があった。

 その軍服は、狭山も知っていた。

 世界防衛機構軍(GDO)。胸の階級章は、狭山の知識が正しければ、大佐になる。

 そして、軍服の中身は狭山がよく知る人物だった。

「久しぶりだ。本当に……何年ぶりだろうかな」

 狭山は乾いた笑いを浮かべながら、同じ事を口にする。自ら入れた緑茶で口を湿らせながら、彼は過ぎ去った年月に思いをはせた。

 そして、記憶の中に埋もれていた名前を掘り起こす。

「天条、ユウシ」

 下の名前までするりと思い出せた事で、ようやく狭山は一息つく。

「いつ、日本に帰ってきたんだ?」

 男はずいぶん前に日本を離れていた。それっきり、会っていない。連絡も取っていなかったので、この連絡部に電話が入った時は、正直、信じられなかった。

「一昨日だよ。本当なら、昨日に着く予定だったのだが、新幹線が途中までしか動いていなくてね」

「あぁ、そういえば、まだ部分運行しか行われていなかったな」

 正確には、この千鳥ヶ丘市の間だけ、運休している。新幹線の停車駅が甚大な被害を受けた為だった。

「まあ、世間話はそのくらいにしよう。……何をしに来たんだ?」

 直球だったが、天条は特に不快な様子もなく机上に用意していたファイルから書類を取り出し、狭山の前に置いた。

「これはコピーだ。地方連絡部には回って来ないと思ったから、控えを取った」

「おいおい、いいのかよ」

 確かに、書類はコピーのようだった。表面には大きく、グレイの文字で「複写厳禁」とある。原本はおそらく、注意を込めた赤文字だったのだろう。狭山はちらりと天条の顔を眺めたが、男にそれを引っ込める様子はない。

「……手が後ろに回るのは、勘弁してもらいたいな」

 言いながら、狭山は書類に目を通す。

 すぐに、無言になった。

 書かれている内容が頭に入らず、何度も読み返す。

 ややあってから顔を上げ、微動だにしない天条を凝視する。今の自分は盛大に当惑の表情を見せているだろう。

「おい、これは……」海外で流行っている新手のジョークか、と言いそうになったが、やめた。目の前の男は、この手のユーモアをまったく解さない人物だ。

「これは、日本はどうなるんだよ」

「どうもしない。日本の自治は、日本のものだ」

「そうじゃないだろう!」狭山は反射的に声を荒げる。が、叫んだ後で自分がいる場所を思い出し、ひとつ息を吐いて気を落ち着かせる。

 叫んでどうなるものでもないし、他の耳がある場所で、大声でしゃべっていい内容ではなかった。

「……世界防衛機構軍が、日本へ支部を置く。これが一体、何を意味するかくらい、事務官の俺でもわかるぞ」

 日本に軍隊は存在しない。それが世界に対する常識だ。たとえ自衛隊が戦車や軍艦を保持していても、それらはすべて「自国を防衛する為」のものであり、海外に向けて戦火を切るものではない。

 そんな「平和な国」に、紛争の鎮静化を目的とする世界防衛機構軍が乗り込んで来るなど、見当違いもいいところだった。

「日本は紛争なんて起こっていない。なのに、なぜだ」

 狼狽する狭山とは対照的に、天条は完璧なまでに落ち着きはらって答える。

「世界的な動きだ。恒常的な平和の為に、各国に支部を置く事になった。その試験的な導入として、日本が選ばれた、それだけの話だ」

「だが……」

(沖縄のアメリカ軍基地問題も、未だに解決はしていないのに、平和維持を掲げて新たな火種を持ち込もうって言うのかよ)

 天条は汗をかき始めてしまった狭山の様子に、ひとつ息を吐いてわずかに表情を緩めた。

「しかし、その話はまだ、仮も仮でね。場合によっては、計画自体が白紙に戻る可能性もある」

「……どんな場合だ?」

「日本に我々が必要ないと判断された場合。より正確に言うなら、我々の必要なものが、日本にないとわかった時だよ」

「GDOに必要なもの……だと?」

 そこで狭山は、はたと気がつく。

 紛争こそ起こっていないが、この千鳥ヶ丘市は確かに今、微妙な状況にある。

「もしかして、お前が千鳥ヶ丘市に来たのは……」

 言いかけたところで、天条はほんの少し笑ってみせた。

「これ以上は、さすがに私も言えない。いや、何を調べるのかも、まだ手探りの状態でね。何分、人手が足りなくてな。日本支部設立の為の事前調査班は、今のところ、私ともう一人しかいないのだよ」

「それで俺のところへ来たのか。同期の桜よ」

「千鳥ヶ丘市の連絡部員に、君の名前を見つけた時は、驚いたよ」

 それはこちらも同じだ、と狭山は笑う。

「昔のよしみで便宜を図って欲しい、そう言う事なんだろう? けどよ、ここを何だと思ってるんだ? 駐屯地ならまだしも、地方連絡部だぞ。主な業務は、自衛官の募集。ここにいるのは自衛隊に所属はしているが、事務官ばかりだ。重火器類はないし、申請したところで戦車なんて貸してはもらえないぞ」

「だが、駐屯地在籍の友人はいるだろう?」

「……あいつなら、まあ……小銃が撃てるからって、自衛隊にいるような馬鹿だけどな」

 狭山は書類で顔を扇ぐ。興奮したせいか、うっすらと汗をかいていた。そして、手にしていたのが機密書類だと思い出し、天条へ突き返す。

「期待はするなよ」

「無理難題をふるつもりはない。ただ、そうだな……懐かしくてな」

 口元に笑みを浮かべている友人の様子に、狭山はある事に気がついた。

「……もしかして、協力しろだなんて言って、つまるところ、会う口実を作りたかっただけか?」

 そこまでしなくとも、とは思ったが、すぐに目の前の男はそういった融通がまったくきかない、金剛石並みの堅物だったと思い出す。

 しかし、旧友と会う為に機密情報を持ち出すあたりは、微妙に一般常識とずれているのだが。

(そのあたりも、変わってないな)

 話はそこで終わりだったのだろう。天条は書類をファイルに戻し、鞄につめていた。

「しばらくは、日本にいるのか?」

「あぁ、そうだな。今は出張の状態だが、日本支部ができれば、そこへ勤務という形になる」

「戻って来てくれたのはうれしいが、その計画については微妙なところだな」

「妻も似たような事を言っているよ」

「奥さんも、こっちへ来るのか?」

「娘も一緒だよ」

「っ、娘? いつの間に!」

 さらりと告げられた内容に、狭山は勢いよく上体を起こす。衝撃に、緑茶の表面が大きく揺れた。

「六歳になるよ。春から千鳥ヶ丘市の小学校に通う予定だ」

「はっ……そうか、女の子か」

 狭山は、何かよくわからなかったが、どうしようもなく笑いたくて、同時に泣きたくなってきた。

 一人百面相をしている狭山とは対照的に、天条はどこまでも冷静に、だがどこか重く告げる。

「あの時は、迷惑をかけた」

「……あぁ、まぁな」歯切れ悪く、狭山は返事をする。お互い、口に出すにはまだふっきれていない事件だった。

 過去にあった件を機に、天条は自衛隊を除隊。さらに日本からも離れて行った。

「いいさ。あの状況で、誰もお前を責められないし、恨みに思うやつもいないよ」

 狭山はぬるくなった緑茶を一気に飲み干す。空になった湯呑をテーブルに戻し、大きく息を吐いて力を抜く。

「しかし、そうか……二人目か。よかったな」

 天条夫婦は事故により、一人目の子供を亡くしていた。それが別離の原因だったのだ。

 思い返すだけでうろたえる狭山とは違い、天条はどこまでも何でもないような口調で言った。

「その事だが、娘は自分が一人っ子だと思っている。私達も、あえて触れてはいない」

「……そうか。まあ、その方がいいだろう」

 もういない兄弟の事など、知ったところで娘は戸惑うだけだ。狭山は夫婦が決めた結論に口をはさむつもりはなかった。

 天条は変わらず整った動きで鞄を持ち上げる。立ち上がり様に言った。

「君にも娘さんがいたな。大きくなったろう」

「上はもう中学生だ。下にもう二人、男もいるよ」

 状況を確認すればするほど、狭山はお互いの間に過ぎ去った年月を強く感じた。今ここで話した事以上に、もっとたくさんの出来事があったのだろう。それは狭山も同じだった。

 語り合えば、それこそ同じだけの時間が必要になってしまう。

「また、飯でも食いに行こう。その時こそ、世間話をしような」

 立ち上がった天条を、狭山も追う。

「その時は、軍服じゃあなく普段着で来いよ」

 応接室の仕切りから出た途端、場にいる事務官の視線が集まる。自衛隊の制服は見慣れていても、その他の軍服などめったに見る機会はない。

「わざわざ軍服で来たのか」

「見たいって言っただろう」

 狭山はようやく得心がいく。

「……覚えていたのか」

 別れ際に天条から世界防衛機構軍に入ると聞かされた狭山は、その場のノリで、今度は軍服姿で会いに来いと言ってしまった。

 その約束とも呼べないやり取りを、天条は覚えていて、律儀に実行したのだ。

「さすがに駅から歩いてくる間、人の視線が痛かった。帰りはどこかで着替えるとするよ」

「そうしてくれ」言ってから、狭山は慌てて自分の机に戻る。予想どおり、折り返しの電話を求めるメモがパソコンのディスプレイにべたべたと貼られていたが、無視する。急いで目的の物を探し出すと、天条にそれを突きつけた。

 名刺の裏に、携帯電話の番号を走り書きして。

「これ、俺のケータイの番号だ。また連絡をくれ」

「わかった、必ず電話するよ」

「娘さんにも会わせろよ」

「そうだな。実を言えば、近くには来ている。今日は小学校で入学前の身体測定と説明会だよ」

「おいおい、早く行ってやれよ」

 言った途端、天条の顔がみるみる曇ってしまう。

「……断られた」

「は……?」頭上に曇天を背負ってしまった天条に、狭山は戸惑う。

「妻はまだ、引越しの準備に追われてこちらには来ていない。だから当然、私が連れて行こうと思っていたのだが……娘は、日本に一緒に来た部下と行くと言って……」

 そこで言葉を切ると、天条はそれまでの姿勢のよさを崩して肩を落としてしまった。

「理由は、私よりも格好いい人と行きたいから、だそうだ。娘は……ルミネはまだ六歳だというのに、そんな事を言い出すなんて……やはり、私が仕事にかまけて家庭を顧みなかった結果なのか……」

 それまで、機密情報を提示しても揺るがなかった体躯が、小刻みに震えていた。

 その様に、狭山は同情を覚える。あまりにも共感できる点だったからだ。

「うちの娘は中学生だが、父親を生ごみのような目で見るよ」

 狭山はすっかりうなだれてしまった天条の肩を叩く。

「お互い、大変だな……」





 海里は市内を歩いていた。

 特に、目的地があったわけではない。トレトマンに情報収集でもしろと、山中の広場から追い出されたのだ。

 ひとまず街を見て回っているのだが、歩いていると妙に不安な気持ちになった。

 ひどく落ち着かない、その理由がわからず海里は自身の左右に視線を向ける。

 当たり前だが、一人だ。

 隣が空いている事実に、手持ち無沙汰を覚える。考えてみれば、近頃はマイキと共に街を歩き回るのが習慣になっていて、一人で行動するのは久しぶりだった。まだ市内の、というか、地上世界そのものに不慣れな海里はマイキの案内にずいぶんと助けられていた部分がある。

 そのマイキも、今はいない。

 誘拐事件から五日経つが、マイキは広場に現れていない。最初の三日目までは、オリジネイター達は少年が息を切らして走って来るのを待ち構えていた。しかし四日目からはどこか、あきらめたようになってしまった。

「……もう、来ないのかな」

 主語のないレックスのつぶやきに、誰も答えはしなかった。

 地上世界の特定の個人と親しくする事が今回の事件に繋がったのだ、これも離れるいい機会だとトレトマンが後に漏らしていたが、やはり、誰も何も言わない。

 彼ら全員、思う以上に少年の存在が重かった事をその時になって初めて悟ったのだ。

 毎日のように彼らの前に現れ、小動物じみた動きで走り回り、目についた物の端から好奇心に目を輝かせてこちらを質問攻めにする少年。

 いなくなった途端に、オリジネイターとパトカーがひしめき、狭いと文句を言っていた広場も殺風景に見えた。

 それでも、こちらから連絡を取る事はできない。

 彼らも人間を巻き込む危険性くらいはとうに理解している。オリジネイターよりはるかに脆弱な肉体しか持たない人間は、ただ近くにいるだけで生命の危機に陥る時もあるのだ。

 それに、もし万が一、マイキに何かが起こった場合。彼らの誰もが少年の家族に責任をとれないのだから。

 あの時、砂利山をはい上がって来るマイキを見つけたユキヒはレックスの制止も聞かずにクルマから飛び出して走った。そのまま、転がるようにして駆け寄ってしゃがみこみ、弟に全身で抱きつく。

 マイキの胸に顔をうずめて、ユキヒは泣きじゃくるだけ。

 彼らは姉弟を自宅まで送り届ける道中も、到着した後でも、まるで本物のクルマのように無言で通してその場を立ち去った。

 家族を失うかもしれない。そんな不安を与えたのは、他ならぬ彼ら。誰も、何も語る言葉を持たなかった。

 それから五日経ち、海里もようやく一人でいる事を自覚する。

 足を止めると、海里はくの字に折れ曲がったカーブミラーに視線を向ける。

 そこに映っているのは、二十歳ほどの青年。

 トレトマンが作った、地上世界で活動する為の外装だった。

 本当に、人間に見えているのだろうか。海里の不安はそこから来ていた。トレトマンは自分の仕事は完璧だと豪語していたが、海里は未だに鏡に映った自分の姿に慣れないでいる。

 少なくとも、初めて地上世界で会話したマイキは、特に違和感を覚えている様子はなかった。それでも、今も井戸端会議に花を咲かせている女性達が、ちらりと自分を見た瞬間、不覚にも逃げ出したくなった。

 もちろん、女性達はまったくの無実で、海里の被害妄想でしかない。彼女達が気にしたのは、海里が立ち入り禁止と書かれた立て札の横を堂々と通り過ぎて行ったからだ。

 それにはまったく気づかずに歩き続けるうちに、周辺の様子が変わってきていた。道路は陥没し、家屋は焼け崩れている。半月前の大火災の中でも、被害の激しい区画に入りこんでいた。

 足下が不安定になり、ようやく海里は顔を上げる。瓦礫の山が歩道をふさぐようにして崩れていた。

 引き返そうかと考えていると、途端に背後から、彼の足に何かが飛びついてくる。

「……?」

 不意打ちに慌てて振り返ると、足下に少女がいた。海里のズボンをつかみ、こちらを見上げている。

 マイキよりも小さい。これが、第一印象だった。

 まだ人間の個体認識が上手くできない海里は、まず単純な大きさで相手を識別する傾向があった。

 少女はふわふわとした髪に、あどけない顔つきをしている。だが、今はどうやら不機嫌らしい。頬を膨らませて睨むような眼を向けている。

「来て!」

 そう一方的に言って、海里のズボンをさらに引っ張る。

 どうしようかと思ったが、結局、海里は少女に引かれるままについて行った。

「向こうに行きたいの」

 少女が示す先には、倒壊した家屋があった。車二台分ほどの道幅は、完全にふさがれてしまっている。

「こっちの公園に行きたいの」

 少女は近くにあった案内板で、行く先を示す。指さす先には児童公園があるようだった。

 海里は無言で瓦礫と、少女と、看板を順に眺める。地図を信用するなら、この道を抜ければ目の前に公園があるようだ。しかし、無理に瓦礫の山を乗り越えなくとも、少し回り道をすればたどり着けなくもなさそうだった。

 そんな逡巡を嗅ぎつけたか、少女はさらに海里の服を引っ張る。

「ねぇ、早く。連れて行ってよ」

 甲高く舌足らずな響きに、海里は軽く眉をひそめる。不快なわけではなかったが、少女の声は必要以上に聴覚に響いた。

 声を止める為には、向こう側へ連れて行けばいい。

 海里は単純にそう判断すると、少女を抱き上げた。

「きゃぁ!」

 悲鳴を無視し、海里は軽々と少女を抱えて瓦礫の山を登る。足下はコンクリート、ガラスに鉄筋と、様々な物が無秩序に積み上がってひどく不安定だったが、一歩ごとに確認しながら進めばさして問題はない。そのまま頂上まで行くと、少女の言うように公園の入口が見えた。

 そこから一気に飛んで着地し、海里は少女を足下に下す。

 これで用事はすんだので、海里は即座に踵を返す。しかし、再びズボンが引っ張られる。肩越しに振り返ると、少女が海里を興奮気味に見上げていた。

「すごいわお兄ちゃん。城崎さんみたいで格好いいわ!」

 先ほどよりも一層激しく歓声を上げる少女に、海里はなぜか気おくれする。そうやって、子供特有の勢いに圧倒されていると、公園の中からブルーグレイの軍服を着た男が走り出て来た。

「お嬢様!」焦っている男は、まだ若い。二十歳半ば頃だろう。

「あ、城崎さんだ!」

 軽く手を振っている間に、城崎と呼ばれた男は少女の前までやって来た。

「お嬢様、動かないで下さいとあれほど言ったのに……」

 男の言葉をさえぎって、少女は機関銃めいた勢いで言葉を吐きだす。

「あのね、猫がいたの。とっても可愛かったの。でね、追いかけてたら、公園から出ちゃって、猫もいなくなっちゃって、迷ったから連れて来てもらったの」

 言いながら、海里の方を振り仰ぐ。

 そこで初めて、城崎の目線が海里へと向いた。

「このお兄ちゃん、城崎さんに似てるでしょ。だから一緒に来てもらったの」

 海里と城崎、互いの視線が交錯する。

 少女が言うように、城崎は海里と似た容貌をしていた。黒髪に黒い瞳。体型などを含む全体的な印象が似ている。

 しかし、それだけだった。

 海里は他人の空似という言葉を知らなかったし、城崎もまた、少女を見つけた事で安堵したのか、彼に対して必要以上に注意をはらわなかった。

「それはどうも……ご迷惑をおかけいたしました」

 軽く会釈すると、城崎は少女の手を引いて歩き出す。

「早く行きましょう。天条大佐が……お父様が待っていますよ」

「えー……もっと遊びたい」

「お嬢様。お願いですから、あまりわがままを言わないで下さい」

「そんな呼び方いや。ルミネって呼んで」

「……ルミネ……さん?」

「い・や!」

 海里はそんなやり取りを、何となく耳にしながら歩き出した。




 海里が広場へ戻ると、オリジネイターの間では不穏な空気が漂っていた。相変わらず擬態の車両形態のままだったが、どことなく空気が緊張している。

「どうかしたのか?」

 レックスに尋ねると、微妙に歯切れの悪い返答しか返って来ない。わけがわからずに首をかしげていると、もう一方から声がかかる。

「トラスト、こっちに来てみろ」

 言って、トレトマンは後部扉を開ける。海里は渋々乗り込んだ。正直、ここには治療以外は入りたくない場所だった。いろいろと、嫌な思い出しかない。

 内部にあったモニターが点滅し、最初に砂嵐を映す。次第にはっきりとしてきた映像もまた、内容という点では砂嵐と大差なかった。

 すべてが、乱れきって混乱していたのだ。

 海里もそこに映されている内容を理解するのに、少し時間が必要だった。

 だが、不意に気がつく。

 それらは、何かが壊れていく光景なのだと。

 炎を吹き上げ、高く弾け飛ぶクルマ。破壊によって建物、車両の区別なく黒い破片になって飛び散る。

 物だけではない、逃げまどう人間にも容赦なく砲弾が降り注ぎ、同じ末路をたどって行く。

 音声はない。それでも、燃え盛る炎の熱や硝煙の匂いが漂ってきそうなほど、映像には鬼気迫るものがあった。

「これは……」

 海里は渋面を作る。人間なら、映画の一場面かと思っただろうが、オリジネイターである彼は、人間が作った娯楽映像を見た事はない。

 先入観抜きで、映像を情報として見つめる海里は、ここに流れている光景は作り物ではなく、実際に起こっている事だと理解する。

 車内に、トレトマンの声が重く響く。

「場所は……中東、といっても、おまえさんにはまだ理解できないだろう。とにかく、日頃から国家間の軍事バランスや資源、民族や宗教の対立できな臭い地域だ。当然、紛争も絶えない。特に映像にある地域は、この十数年、宗教的な思想の対立とかで、現政権と反政府ゲリラが戦っている。そして数日前、ここ数年なかったほど大きなゲリラ側の蜂起があった」

 頭を布で覆った男達が、戦車の上で歓声を上げている。そこに掲げられた旗印の意味を海里が考える前に、戦車は砲撃を受ける。鋼鉄の塊は人間を巻き込み、ごろごろと転がった後に追撃を受け、爆発、四散した。

 あまりにもあっけなく壊れ、そして死んでいく人間。その光景に海里は言葉を失う。

 そして、語るトレトマンの声は冷静さを保つ為か、ひどく抑揚を欠いていた。

「ゲリラの勢いに、現政権は政府軍だけの鎮圧を断念。防衛軍の出動を世界防衛機構軍本部に要請した。防衛軍本部側は協議の結果、要請を承認。そして現地時間の正午、防衛軍は戦地へ侵攻を開始した」

 それがどうしたのだ、何を意味するのだと海里は無言で問いかける。

「おかしいのだよ」

 端的な表現を、トレトマンは漏らす。

「この映像は、公の機関では一切報道されていない。わしが衛星に介入して得たものだ。ま、それもそうだろう。この戦いは、何もかもが奇妙なのだからな」

 話がそこで途切れる。息をつぐ必要のないオリジネイターは、それこそいつまでも続けて話す事ができる。だが、その切れ間にはためらうような様子があった。

 何かを発しかけて、言い淀む。そんな間を二度ほど繰り返してから、ぽんと言葉は落ちてきた。

「あの兵器は、ありえない」

 ざぁ、と葉ずれの音が開いたままの扉から入ってくる。そこで海里は、ここが戦場ではなく、遠く離れた日本である事を思い出す。

 そして改めて、映像に向き直った。

 海里が見る限り、ゲリラ側の動きは荒削りな部分も目立つが、洗練されているように思える。火力の点では政府軍と防衛軍の混合部隊に劣っていたが、それを兵士の数による機動力でカバーしていた。

 対する防衛軍は、たった一度の砲撃で地上にあったものを根こそぎえぐり取ってしまった。

 後に残ったのは、眼球のようなクレーターだけ。

 そこにあった戦車も、塹壕も、兵士も、背後にあった家屋も、何もかも。

 徹底的な破壊に、集落は瞬く間に荒野へと変貌する。

 続けざまに放たれる砲撃に、映像は粉塵に白く染まって何も見えなくなった。だが、この砂煙が晴れたところで、目標となるものは残っていないだろう。

「これが、防衛軍?」

 レックスのつぶやき。擬態を解いた彼は、身を低くして救急車の内部をのぞきこむ。

「何が……何が、起こってるの?」

「ふぅむ」トレトマンは自身の身体を動かすと、海里を車外に放り出してロボット形態をとる。

「そんなに、おかしいのか?」いきなり放り出された事は不満だったが、そこを責める時ではないと、海里は渋面を作りながらも起き上がる。

「地上兵器のスペックは、この際置いておく。問題は、簡潔に言うと、おかしすぎるのだ」

「簡潔すぎて、よけいにわからないよ」

「防衛軍の兵器は、外装は政府軍と大差ないようだが、中身が違う。設計概念からして大きく異なっている。あれはもう、人間同士の争いに使うものではない。あんなもの、地上ごと人間を殲滅する為にしか用を成さないだろう。それほどまでに、威力が大きすぎる」

「え、そんなに防衛軍はすごいの?」

「異常すぎるくらいにな」トレトマンは腕を組んで考え込む。

「しかし、なぜ、防衛軍だけがそんなに進んだ技術を保持しているのかがわからん。兵器という物は、どこかの軍が進歩すれば、他も追随する。ただひとつの組織だけが何世代分も飛躍的に進むなど、ありえない。それだけ進んだ技術力を得ているという事は、防衛軍の裏には何かあると考えた方がいいだろう」

「裏って?」

「ふぅむ、例えば、我々オリジネイターの技術が流れているのかもしれん」

「じゃあ、防衛軍にイノベントが?」

「それはどうかわからん。何らかの形で技術情報のみを手に入れたのか、組織内にオリジネイターがいるのか。どちらにしても、もっと詳しく調べてみる価値はあるだろう」

「うん、そうだね」戦闘の映像を見たショックで、どこか落ち着かない様子だったレックスも拳を握って張り切る。

「───どうするつもりだ?」

 そこに、沈黙していた海里が割って入った。

 トレトマンはすでに調査の準備にかかっている為、振り返りもせずに答える。

「これまで入手した情報を整理したい。場合によってはユニオン全体の意思を確認する必要もあるだろうから、深海都市へ帰る事も……」

「違う、この戦いはどうするんだ」

「え?」虚を突かれたように、トレトマンとレックスは顔を上げる。

 意味がわからないとばかりに見下ろして来る彼らを、海里はいらいらとねめつける。

「あの兵器は、オリジネイターの技術が使われているのかもしれないんだろう? そんな桁外れの力で、今、戦いが起こって、人が死んでいっている」

「そうだな、現在も死者が増えつつある。だが、逆に問うが、おまえさんはあの光景を見て何をしようと思ったんだ?」

「決まってる。兵器を全部壊す」

「馬鹿な事を言うな」間髪いれずにトレトマンは続ける。「この日本から中東までどれくらい距離があると思っている。たとえ今すぐ出発したとしても、たどり着くのは何時間、何十時間後の話だ? しかも残念な事に、我々は単機でここにいる。支援部隊も輸送機もない。飛行能力のある仲間を呼び寄せるにしても、時間がかかる点では同じだ」

 それに、とトレトマンの饒舌は止まらない。

「あそこで展開されているのは、あくまで人同士の戦い。我々はまだ、表に出る時期ではないのだ」

 海里は返す言葉を失い、黙り込む。だが納得していない事は、その表情を見ればありありとわかった。

 重苦しい沈黙に、間にはさまれた格好になるレックスは、それこそ深海三八〇〇メートルの水圧に押しつぶされているような気持ちになる。

「俺には───」

 返す声には、明らかな怒気が含まれていた。

 だが睨み合う両者の間に、明るい声が割って入る。

「シン兄、遊ぼう!」

 声と同じくらい盛大な音を立てて茂みをかき分け、そこからマイキが飛び出してくる。その勢いのまま、声に振り返った格好の海里にタックルするようにして抱きついてきた。

「ちょ、ちょっと……マイキ、待って……」後ろから、荷物を抱えたユキヒが息を切らしながら出てくる。

 ぜいぜいと肩で息をしていたユキヒは、無言で見下ろして来るオリジネイター達に気がつくと、笑った。

「こんにちは。お久しぶりです」

「久しぶりだね」突然の乱入者に、彼らは感激する事も忘れ、すっかり混乱してしまった。

「ちょっと、親戚が来ていてあわただしかったんです」

 未曾有の災害から一カ月。ようやく交通網も復旧しつつある。その中、父親不在の姉弟を心配して様子を見に来てくれたのだと、ユキヒは説明した。

「それはそれは、親戚の方もさぞかし心配していた事だろう」

「僕も遊びに来たかったんだけど、忙しかったんだ!」

 手伝いをしていたと、マイキは元気よく答える。

 その様子は以前と何ら変わりはなかった。ちょこまかと動き回り、レックスの足に飛びついて遊んでいる。

 オリジネイター達はそれまでの曇天をぬぐいさった明るさに安堵する。それに、これで姉弟が広場に現れなかった理由もはっきりした。

 途切れた言い争いは脇に置いて、トレトマンは目線を低くする為に膝を折る。

「それにしたところで、お嬢さんがこちらに来るなんて珍しい」

「今日は仕事が休みなんです」それに、と言ってユキヒは手にしていた紙袋を差し出す。

「海里さんに服を持ってきました」

 差し出された海里の方は、紙袋に視線を固定させるだけで受け取ろうともしない

「いつも気を使ってもらってすまないね」

「いいえ、どうせ父のお古なんです。ずっと仕舞い込んだまま、全然着てないんですよ」そのくせ、処分しようとすると怒るんです、とユキヒは頬を膨らませる。

「今日持ってきたこれも、これは母さんと初デートした時のジャケットだとか言って、何年も洋服ダンスにしまいっぱなし。そんなのばっかりなんですから」

「……本当に、こやつが着ても大丈夫なのかね?」

 いいんです、ときっぱりユキヒは言い切った。こちらに気を使わせない為というより、その服の持ち主に対して呆れと若干の怒りを含んだ口調だったが。

「兄ちゃん、着てみてよ」一通りレックスと遊んできたマイキが戻って来ると、さっそく紙袋の中を漁り始めた。

 出してきたのは深緑色のジャケット。フードには焦げ茶のファーがついている。引っ張り出した服を使っての着せ替えごっこが始まった。

「兄ちゃん、座って。腕上げて、今度はこっちの腕を通して……」海里はマイキにされるがままになっている。

 ジャケットを着せ終えると、マイキは背中に飛びついてファーに顔をうずめる。

「あったかいね」

「……マイキも、暖かいな」

「シン兄は、ちょっとひんやりしてるよね」言いながら、マイキは後ろから手を伸ばして海里の頬に触れる。

「機械だからな」そっけない口ぶりだが、マイキは気にせず、さらに手を出してくる。頬を引っ張ったり、髪をつかんだりとやりたい放題。ユキヒが止めても聞かない。

 海里は座り込んだ格好のまま、マイキのオモチャになっていた。

「こら、トラスト。ぼーっとしてないでおまえさんも礼を言わんか」

 叱責され、海里は初めて反応を見せる。ぐるりと見回し、肩越しにマイキと視線が合う。そこでようやく気がついたとばかりに、着ているジャケットにも目を向けた。生地やファーに触れ、ややあってから、ためらいがちにつぶやく。

「……ありが、とう……」

「顔が笑ってないぞ」トレトマンは呆れ口調だ。

「そうだよ。シン兄って笑わないよねー」

 前に回って来たマイキは、全開の笑顔を向けながら「笑ってみてよ」と海里の両頬を引っ張る。

「笑う……」初めてその言葉を聞いたとばかりに、海里は戸惑い混じりに顔を上げた。

 その先には、苦笑するユキヒがいた。

「そうですよ。今日の海里さん、元気ないです」

「ねー。シン兄、元気ないよ」姉弟はそろって笑った。

 海里は姉弟の表情を、上げる声を、仕草のすべてを見つめる。彼らの向こうには、よく晴れた空が広がっていた。

 人間と、青い空。両方とも深海都市にはないもの。自分の常識で測れば異質なものしかない空間で、海里はまるでぬるま湯に浸かっているような心地よさを覚える。 途端、まどろみかけた思考をさえぎるように、風が強く吹いて身体を叩く。

 引き戻された意識は、忍び寄る曇天を思い出した。

 同じ地上の、だが遠い遠い場所で繰り広げられている戦争。いや、あそこにあったものは、戦争とは呼べない。一方的な殺戮なのだ。

───イノベントは、あんな風に人間を殺して行くの

だろうか。

 海里は自身の想像に身震いする。

 強大な力は何もかも徹底的に潰し、壊し、踏みにじっていく。人も物も関係なく。

 戦火がこの町にも及べば、姉弟の存在もすべてが焼き尽くされ、一塊の灰になる。

 呆れ顔に、怒った顔、笑った顔も何もかも。

 それを思うと、海里の中で激しい焦燥と、強い怒りが膨れ上がった。

 あんな真似は許せない。

 初めて、そう思った。

 やっと……そう考える事ができた。

 今すぐ飛び出したい。熱い衝動を覚え、海里はそれに驚き、また困惑した。

 だが混乱しながらも、腹の裡はすでに決まっていた。

「……駄目だ」マイキを背中に乗せたまま、海里は立ち上がる。

「そんなのは、嫌だ」

 姉弟は海里の突然の行動の意味がわからず、ぽかんとする。

 そのまま歩を進めると、海里はトレトマンの前に立つ。

「俺達が出ていく時期なんて、誰が決めるんだっ!」

「ほぅ」トレトマンは面白そうに言って、海里に向き直る。

「戦う理由がなかったのは、さっきまでの話だ。今は確実に、戦う理由も意思もある」

「トラスト、おまえさんはいつの間に人類愛に目覚めたんだ。深海都市ではあれほど人を毛嫌いしていたというのに」

 揶揄するような声音に、海里は渋面を作る。

 だがそれでも、引き下がるような真似はしない。巨体に向かい、挑むように睨み上げる。

「人間同士の争いに、興味はない。勝手に潰しあえばいい。だが、それがこんな、一方的な殺戮行為なのは嫌なんだ」

 吐き捨てるように言って、海里はトレトマンから視線をそらす。

 そこで、腕の力だけで背中にぶら下がっていたマイキを抱え直す。海里の腕に抱きしめられる格好になったマイキは、やはり、わけがわからないという表情をしている。

「今、ここでこうしている間にも、人が死んでいく……。人間は死ぬと冷たくなるんだろう? それは、俺達の金属の冷たさとは違うものだ。俺は、マイキが動かなくなって、冷たくなったら、多分……悲しいと思う。マイキだけじゃなくて、他の会った事もない誰かでも」

 海里の言葉は、次第に力を失っていく。

「俺はずっと、深海都市にいたかった。地上に何が起こっているのかなんて気にせず、ただ暮らしていたかった。何が起こったって、俺には関係ないって、そう思っていたかった。嫌なものなんて知らないまま、アウラやレックスと一緒にいたかったんだ。……身勝手だって事はわかってる。けど、もうそんな事は言えない。俺は見てしまった。知ってしまった。だから、俺はもう関係ないなんて言いたくない。俺は、オリジネイターの技術で殺されていく者を見過ごすのは、嫌なんだっ!」

 高みから見下ろす格好のトレトマンは、しばし、身動きひとつ取らなかった。

「……ふぅむ」わずかに頭部が動く。左目のカバーが陽光を反射した。

「知りたくない。だが、知った以上は拒絶する、か。本当に、自分勝手な理屈だな。考えも浅い」

 そう言って、トレトマンは立ち上がる。

「おまえさんは、本当に馬鹿者だな」

 壁となった巨体に、海里はまるで敵から守るように、マイキを強く抱きしめた。

 トレトマンは無言で海里を見下ろす。

 黙っている間、特に大した事は考えていなかった。いや、もう適当なこじつけで煙に巻く言葉遊びに飽きて来ていたのだ。

 そうやって「若者いじめはやめるか」と内心で独白してから、トレトマンはあっさり言った。

「助けに行こう。いや、我々が関与しているのならば、止めなければならない」

 海里はトレトマンの言葉が意外すぎて理解が追いつかないのか、どこか放心したように立ちつくしている。しかしそれには構わずトレトマンは続けた。

「我々は人類を滅ぼそうとしているイノベントの計画を阻止する為に調査に来た。そして現在、オリジネイターから流出したであろう技術に苦しめられている者達がいる。人類救出を掲げる我々が、彼らを見捨てていいのか」

 それはできない、と言って、トレトマンは未だにぽかんとしている海里を、腰に手を当て上からのぞきこむ。

「ひとつ、わかったのは」面白い事が理解できたと、トレトマンは指を立て、妙に人間くさい仕草で告げる。

「おまえさんは自分が殺されるかもしれない恐怖より、誰かを救えないという恐怖の方がはるかに強いのだな。その無知と無謀さこそ、若い証拠だ」うむ、と勝手に納得する口調は、先ほどまでとはがらりと変わっている。いつもどおりの、話好きだが少々意地悪な仲間がそこにいた。

「大事の前の小事と目をつぶってしまう事は簡単だ。だがしかし、わしらはあえて困難な道を目指そうではないか」若いやつらがいる事だし、とおどけた声で言う。

「トラスト。今から行っても、おそらく手遅れだろう。嫌なものだけを見て、後悔する事になるぞ」

 やっと自分の意見が通ったとわかった海里は、表情を改めてはっきりと叫んだ。

「それでも、俺は行く」

 有無を言わせぬ強い口調とまっすぐな視線を受け、トレトマンは何かを納得したようにうなずいてみせた。

 事情が飲み込めない姉弟に、トレトマンは気さくな調子で語りかける。

「我々は戦いに行く。しばらくこの町を留守にするよ」

 あっさり言って、置き去りにしていた説明を始める。

 簡潔に事態を話した後、姉弟の表情にあったのは困惑とおびえだった。

「え……おっちゃん達、行っちゃうの?」マイキは海里のジャケットをつかみ、不安そうに眉を寄せる。

「必ず帰ってくる」

 不安そうな顔をするマイキに、海里は静かに目を伏せ、もう一度、今度はまっすぐに少年の目を見つめる。

 そして、笑ってみせた。

 初めて見せるそれは、当人が苦労した割にはずいぶんとぎこちないものだった。



 中東……紛争が起こっている地域へ向かう道中、トレトマンはひたすら自身の考えに没頭していた。

 よそ見をしていても問題はない。彼らが乗艦している潜水艦は完全自走モードに変更されている。航行に支障のある障害が発生しない限り、安全かつ迅速静粛に目的地へと向かう。

 待機中のトレトマンはひたすら考えていた。

 彼らが最初に出会い、現在、オリジネイターの存在を認識しているであろう唯一の人間である沖原ユキヒと沖原マイキの姉弟を。人間という種のすべてを。

 姉弟の、オリジネイターという異種生命に対し、驚きはしたが忌避しない態度を、彼は好ましく思っている。

 だがしかし、個人に対する敬意と彼の趣味嗜好はまた別のものだった。

 トレトマンは人間が好きだ。

 老若男女、肌の色や信仰も関係なく、人間という種全体に対して興味を持ち、常に知りたいと考えていた。

 しかし、調査対象の前には、というか、頭上には三八〇〇メートルもの海水が圧し掛かり、ちょっと日帰りで観察して来るというわけにもいかない。かといって、長期的な調査も、何度も繰り返し申請はしたが、未だに認められていない。トレトマンの人間好きが、学術的な思想からではなく個人的な趣味の延長である事を、オリジネイター全員が知っているからだ。

 彼らが許可しないのは、趣味の範囲でとどまればいいが、もしも何かのきっかけで、その趣味が暴走した際の被害を懸念してだろう。

 人間に対して危害を……それこそ人体実験など、トレトマンはかけらも考えてはいない。ひどい人格侵害だと思って憤りを覚えてさえいる。

 同時に、そう思われても仕方のない、いい性格をしている事も、信頼を得られない原因のひとつであると理解していたのだが。

 しかし今回は、同じオリジネイターであるイノベントの動向調査。そして、まだ若い同胞の監督者として地上任務を言いつかった。

 実を言えば、ほとんど無理やり立候補してもぎ取って来た任務だった。しかし、過程はどうあれ、今、トレトマンは待ち望んだ地上にいる。

 もちろん、イノベント側の調査もぬかりなく行うつもりだ。そのついでに人間観察を行ったところで文句を言う仲間はいない。若輩者二人の嫌味など、そよ風に等しい。

 もっとも、深海都市から苦情が出たところで、『トラストの外装や内部モジュールの改良データを集めている』とでも言って逃げるつもりでいたが。

 その、今は便宜上は海里と名乗っている仲間だが、トレトマン自身は完璧に作り上げたと自負している。それでもやはり、地上に出て実際に人間の中に混ざってみると気がつく点は多い。美醜の点はクリアしているようだが、逆にバランスを留意した結果、整いすぎているきらいがあった。

 感情どおりに表情が出ないのは、海里自身の問題も大きいだろう。オリジネイターは人間に比べれば、感情の起伏はあっても表情の変化は乏しい。機械知性体しかいない環境で育った海里には、人間らしい表情の作り方が理解できない。いくら表情のパターンを追加したところで、当人が使いこなせなければ意味がなかった。

 表情以外にも問題は多い。とはいっても、大半は性能的な問題よりも、海里自身が人間の中で、周囲との差を自覚しなければ始まらないのだが。

 今日の服装がいい例だ。

 三月に入ったとはいえ、気温は未だに真冬と大して変わりない。海里にとっては行動に支障がない範囲の気温でも、人間側は違う。

 ユキヒは海里が人間とは異なっている事を理解しつつ「寒そうに見える」と思って服を持ってきたくらい、互いの感覚は違うのだ。

 トレトマンがもっとも興味深く感じたのは、同じオリジネイターであるトレトマンやレックスを見ても、ユキヒはそうは感じなかった点。

 理由は単純、トレトマン達は海里と違い、非人間的な外装をしているから。

 面白いものだ、とトレトマンはうなずく。

 人の形をしている存在に対し、人間はそれを、人として認識し、接してくる。

 面白いと言えば、海里の反応にも驚かされた。

 中東地域の紛争に、憤りを感じていたのは海里だけではない。トレトマンも同様だった。

 しかしあそこで海里が口をはさんでくるのは、予想外とまでは言わないが、かなり意外だったのは確かだった。

 地上に出るまでの海里は、トレトマンも頭を抱えたくなるほど「嫌地上派」だった。ただでさえ、種族内で唯一人間的な外装を持ったオリジネイターという事で様々な弊害を抱えている上に、さらにその悪感情。

 彼は地上に出る意味も理解せず、行方不明になったアウラを探す事しか考えていなかった。

 正直、地上任務延期を提案しようとしたが、地上に出れば考えも変わるだろうとも思った。そして、トレトマンを無視して地上に出ようとしている事も気づいていたが、あえて放置したのだ。

 その考えは、ひとまず成功したと言えるだろう。

 短期間の間に、海里は精神的に大きく変化しつつある。

 かなりぎこちないが、人間との間に交流を持とうと自分から行動を始めた。人間的な外装は脆弱だと散々文句を言っていたが、近頃はそれも聞かない。今は一撃でコンクリート壁を粉砕できる腕力で、どうやってマイキに触れるか悩んでいる様子だった。

 成長はいい事だ、と一人で感慨にふけっているトレトマンだったが、黙考をさえぎる声があった。

「潜水艦ねぇ」レックスが横に立つ。頭の後ろで腕を組み、いかにも暇そうといった様子だった。

「まさかこんなものを用意してたなんて、僕、びっくりしたよ」

「ふぅむ、わしもまさかとは思うが。レックス、おまえさんはもしかして、海上を走って行くつもりだったのか? 何日かかった事やら」

「や……さすがにそれは嫌だなぁ……」

 それより、とレックスは話の矛先を戻す。

「この潜水艦、来るのがやけに早かったけど、もしかして先に呼んでたの?」

 彼らが中東へ向かうと結論を出してすぐ、トレトマンは沖合でこの潜水艦を呼び出してみせたのだった。

「何だかんだトラストに文句をつけてたけど、結局、自分も助けに行くつもりだったんじゃない」

「ふん、わしは様々な事態を想定していただけ。おまえさん達のように、その場のノリと勢いで反射的に動いたりはせんのだ」

「まぁ……そこに争いがあるから止めに走るって言うのは短絡的だろうけど。でも、そんな感じの勢いも大事だと思うよ。非常事態なんていきなりやって来るものだし」

「予告されても迷惑だがな」そこでトレトマンは言葉を切り、計器類に視線を走らせた。

「そろそろ上陸するぞ。レックス、トラストはどこに行ったんだ」

「あー。なんか、さっき見かけたら寝てたよ」

「自分から言い出したくせに、ずいぶんと余裕だな……」

 呆れる、というよりも半ばあきらめた調子でトレトマンは肩をすくめた。






 戦いの後。立ちこめる煙と砂塵に空気は濁り、霧がかかったように見通しがきかない。

 ぼんやりと何もかもがあいまいになった場所に踏み出す海里の足下で、炭になった建材が砕けた。

 ここには、つい数日前までは人が暮らす、当たり前の村落があった。

 今は消し炭色の廃墟が立ち並んでいるだけ。

 人も、家畜も、家屋も、乗り物も、同じ色になって朽ちていた。

 海里の後ろに並んでいた二台の車が、静かに変形を始め、二足歩行のロボットになる。擬態を解いたのは、周囲に生体反応がない事を確認できたから。

 間に合わなかった。

 遅すぎた。

 誰も、わかっていてその言葉を口にしない。

 どれだけ喚いたところで、戦火の証拠はすでに冷えた灰の塊しか存在しなかった。

 村落を蹂躙した兵器は、どこにも見受けられない。

 どこまでも続く灰混じりの風景に、海里は渋面を作る。

 砕けたブロック。ねじ曲がった排水管。溶けたガラスの貼りついた煉瓦。

 見渡す限り、建物の死骸だらけ。そして、かつて人だった存在もまた、同じように焼けて転がっていた。

 炭になって萎縮した手が、何かを求めるように空へ伸ばされている。吹き抜ける風に、表面部分が剥離して散った。

 トレトマンとレックスが周囲を探索に向かった後も、海里は何もかもが死に絶えた空間に立ちつくすだけ。

 見上げた空は黄色く濁っている。舞い上がった粉塵が、太陽の光をさえぎってしまっていた。それでも突き刺さってくる強い陽光を、海里はそれが敵とばかりに睨みつける。

 そんな真似をしたところで、どうなるものでもない。

 だが、内心では落胆の大きさに、海里自身驚愕している。

 行けばどうにかなる、そう考えていた。甘かった。それでもどこかで願っていたのだ。

 助けられる事を。

『兄ちゃんは、正義の味方なの?』

 マイキにそう問いかけられて否定したのは、ほんの少し前の事だった。

 あの頃は、人間を救助に向かうなど考えもつかなかったから、即座に否定した。

 今は、どうなのだろうか。

「アウラ……」

 探している仲間の名を口にする。気配の名残のようなものは感知できるのだが、それ以上はどうやっても先に進めないでいる。

 海里はアウラがすでに亡くなっているとトレトマンが判断を下している事実を、未だ知らずにいる。

 きつい陽光に目をやっていたせいで、眩暈をこらえながらも頭を振る。

 一度目を閉じ、眠りから覚めるように瞼を開くが、何も変わらなかった。

 いや、動くものがあった。

 気配をとらえて顔を向けると、瓦礫の向こうに男が立っていた。

 まず目につくのは、背の高さと鍛え上げられた肉体。むき出しの威圧感が、彼を実際よりも大男に仕立て上げている。アッシュブロンドの髪を後ろに流して逆立て、大き目のバイザーを装着し、オリーブ色の野戦服を身に付けていた。

 海里は乏しい知識から、男が軍関係者と予測をつける。

 彼らユニオンと同様、この付近を捜索に来たのかもしれない。政府軍か、ゲリラか、はたまた防衛軍か。どこの陣営かは定かではないが、少なくとも、男がこの場にいる理由は納得できた。

 しかしその推測は、即座に覆される。

「あ、シンだ」幼い声が、砂塵の中に響く。

 軽やかなそれは、まぎれもなく子供のものだ。

 男の後ろから、ひょこりと顔を出してくるのは、枯れ葉色の髪と赤いワンピースの少女。

 先日、マイキを誘拐したイノベントのオリジネイターであるシスだった。

 海里は日本で出会った少女の姿を認めると、男共々一気に警戒を強める。

 シスは海里と同じオリジネイター。そして、思想を違えて離反したイノベント。

 その少女と一緒にいるという事は、この男もまた、同様の存在である可能性が高い。

 そこまで判断し、半身を引いて身構えたが、遅かった。

「シス、ヴァン。ここにいたのか」

 声と同時に、気配が現れた。

 それほどまでに存在を消した何者かが、海里の後ろに立つ。肩越しに振り返った海里が見たのは、黒装束の男だった。

 濃いブラウンの髪の下に、青白く不健康そうな顔がのぞいている。

 やつれた印象の男は、海里に触れるほど近くに立ちながら、その存在をきれいに無視して前にいる二人に向かって告げる。

「単独行動はするな」

 温度のない声音に、シスは気のない返事を口にした。もう一人はうなずきすらしない。

「あら」黒装束の男の横合いから、女が出てくる。

 金髪を高く結い上げた女は、細いフレームの眼鏡の奥にある瞳を見開き、驚きを露わにする。その対象は、動けないでいる海里だった。女は艶のある唇に指を当て、艶やかに微笑む。

「本当にいたのね。私達と同じ人型オリジネイターが」

「あー、ひどい。エルフはあたしの言う事、信じてなかったでしょ」

 エルフと呼ばれた女はシスの言葉には答えず、笑いをかみ殺している。

「ふーん」値踏みするような目で海里を眺め、女は高いヒールで瓦礫の上を歩く。

「どうするの、この子。仲間は近くにいないみたいだから、今のうちに持って帰る?」

 周りに確認するというより、海里に聞かせて反応を楽しむような、わざとらしい口振りだった。

 海里は黙って周囲を観察する。

 四人に囲まれている。しかも、確認はしていないが、おそらく、全員が海里と同じオリジネイターだ。

 人型のオリジネイター。

 少女がそうだったのだから、他にもいる可能性を疑ってかかるべきだった。

 同期接続できそうな機械を探したが、周辺には焼け焦げたくず鉄しかない。

「彼は何も知らないだろう」

 男は青白い顔に何の表情も浮かべず、ただ事務的に事実を伝える。

「しかし、このまま帰すわけにはいかない」

 どうという事もない口調だったが、それを聞いた海里は冷たい怖気が足下から背中へと駆け登るのを覚える。

 反射的に男から離れようと動いたが、それよりも先に右腕をつかまれ、逆手に取られる。

「───っ!」もがいたが、男の腕は外れない。背中へ

ねじ上げられた右腕の関節がきしむ。

 人間では、ありえない力だった。

 それは海里も同じで、人間なら腕が千切れるほどの負荷を加えられても動ける。それこそ力任せに身体を振って、転がるようにして男の腕から逃れる。砂と瓦礫の地面を一回転して起き上がり、即座に反撃に移った。

 真正面から、拳を繰り出す。しかし男は受けもせず、わずかに横にそれただけでかわした。続く追撃も、一歩引き、あるいは海里に向かって跳躍する事で距離をつめ、攻撃の範囲から遠ざかる。拳と蹴りはことごとく避け、あるいはいなされた。

「……君の動きは人間に近すぎる」

 何度目かの攻防の後、男がぽつりと漏らす。

「予測しやすいのだよ。例えば、間接の可動領域」

 言って、殴りかかって来た右腕をつかみ、抱え込む。そのまま海里の身体を勢いのままに引き寄せ、姿勢を戻そうとした動きを逃さず、反対側へ引っ張りながら腕を逆関節に折った。

 たったそれだけの動きだった。

 それだけで……海里の右腕は、肘関節が折れて砕けた。

 関節が粉砕し、外装構造に亀裂が入る。裂けた人工皮膚からケーブルと筋組織の束があふれ、金属骨格が突き出す。異様な角度にねじれた腕部から、細かい部品と循環液が噴き出した。

 海里は後ろに倒れながら、自分の身体から離れていく右腕を、呆然と見つめる事しかできなかった。

 男の、さざ波すら立たない静寂の声だけが聞こえる。

「多少の融通はきくようだが、あくまで、人の範囲内に設定されている。その為、それ以上の負荷が加わると、簡単に破壊できる。科学者のこだわりなのかもしれないが、それが逆に、オリジネイターであるはずの君を脆弱にした」

 静かな、いや、静かすぎる声に気をやりかけていたが、限度を超えた破壊を受けた身体は、当然、痛みを猛烈な勢いで主張してきた。

「───っ、あぁぁぁぁぁ<」

 オリジネイターにも、痛覚はある。神経信号を伝って焼けるような痛みと刺すような熱さが右肘から一気に全身へ拡散していく。怒涛のように押し寄せる信号と損傷情報の多さに、海里の処理能力では抑えきれず、思考が停止する。

 だが、完全に機能停止に陥る寸前、海里はとっさに右腕部の神経回路切断を行っていた。そうしなければ、痛みにすべてを持っていかれただろう。

 それでも、信号切断から意識が立ち直るまでに数秒を要した。

 我に返ると、倒れかけていた身体は何者かに支えられていた。いや、がっちりと首に回った腕は、拘束と言った方が正しいだろう。顔は見えなかったが、オリーブ色の野戦服が見えたので、少女と一緒にいた男だと見当をつける。

 青白い顔の男は、海里の右腕をつかんだまま数歩先に立っていた。彼が意識を取り戻した事に気がつくと、近づいて来て無遠慮に顔をのぞきこむ。

 その相貌には初めて表情らしきもの、驚愕の色が浮かんでいた。

「───痛みがあるのか」

 微かに高揚した声に、海里は眉根を寄せる。痛みは消えたが、それでもダメージを受けた事には変わりない。肘からねじ切られた腕から、循環液が漏れて地面に染みを作っている。

 海里は自身の身体の構造に関して、それほど詳しい知識は持っていない。しかし、今漏れているのが冷却用の循環液で、少しずつ体内に熱がこもって行くのは理解できた。

 このままでは大した時間もかからず、動けなくなるだろう。

 海里の逡巡を無視して、男は驚きのまま話し続ける。

「君の外装を作り上げた者は、何を思って君という存在を構築したのだろうな。確かに、痛覚は自己保存の為には必要な機能だろう。しかし、我々には本当に、そんなものは必要なのだろうか」

 驚愕が去り、再び凍りついた表情には蔑みも怒りもない。自問する男に、海里は答える言葉を持っていなかった。

 次いで、男は何の脈絡もなくぽつりと漏らす。

「かわいそうに」

 単純で素朴な同情の言葉は、何に向けられたものなのか海里にはわからない。

 折った腕の事なのか、もっと他に……あったとしても、見当もつかなかったが。

 と、事務的な男の顔が、表情を変える。

 はっとしたように目つきを引き締め、後方に跳ぶ。同時に、大気を切り裂く耳障りな音が響き渡った。

 直後、彼らのすぐ近くにあった廃墟が爆裂、砕けた煉瓦を撒き散らしながら崩壊する。

 ばらばらと石つぶてを受けながら、海里は地面に倒れる。拘束が解け、放り出されたのだ。

 起き上がる前に、聞き慣れた声が場に轟いた。

「まったく、前回といい、同じような窮地に陥りよって。助ける方もワンパターンになってつまらんじゃないか」

 どうせなら、新しく開発したグレネードランチャーを持ってくればよかった、と廃墟の向こうから粉塵と共に現れたのはトレトマンだった。

「トラストっ!」立ちこめる砂煙と陽炎の向こうから、車両形態のレックスが飛び出してくる。路面は最悪だったが、機動性では圧倒的にクルマの方が上だ。

 瞬く間に海里の倒れている場所まで走りつくと、前に回り込んで片輪走行のまま変形し、彼を守るように仁王立ちになる。

「トラスト、大丈夫?」背を向けたまま、レックスは尋ねる。海里は黙って立ち上がろうとしたが、途中で膝から折れてもう一度乾いた砂の上に突っ伏してしまう。

「あぁ、ちょっと待って。トレトマン、トレトマンっ!」

 見なくとも海里の状態が思わしくない事がわかったレックスは、必死な声を上げてトレトマンを呼ぶ。

 その様子を眺めていた男は、野戦服の男に視線を向ける。

「……回収できるか?」

 倒れている海里を一瞥した野戦服の男は、首を振って否定する。

「無理をする必要もないか」言って、海里の腕を放り投げると男は踵を返した。

「また会おう」

 軽くも重くもない声を残し、四人のオリジネイターは立ち去った。


【GDO 終】


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(掲載内容は2巻目になります)


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