失踪と結晶②「だったら、疑問を持つべきよ」
機械知性体オリジネイター。
地球上に数を増やし始めた人間への影響を懸念し、深海を居住区とした彼ら。その環境に不満を持った一派は地上世界を目指して仲間と決別する。
自らを革新者と称して。
イノベントに属する機械知性体は、決して多くはない。長い年月の間にその数はさらに減り、組織と呼ぶには非常に脆弱な状態にまで疲弊していた。
現在、行動しているのは彼らの遺志を受け継いだ者達が四人いるだけ。
その中の一人であるシスは、他のメンバーとの相違から、物事の輪から外れていることが多い。
シスからすれば、相違も何も、そもそも自分は考えることをしない。特定の主義や思想を持たないのに違うからと阻害されるのは少しばかり不本意だった。
ある日、少女の意識は唐突に目覚めた。
目覚める以前の記憶はなかったが、何も不便には感じなかった。世界に存在するものは知識としてつめこまれていた。それに、彼女を目覚めさせた者達は彼女に無関心で、何かを教えたり導いたりするような真似はしなかった。
少女もまた、そういうものだろうと納得し、自分の意のまま行動を始めるまでに大した時間は必要なかった。
目覚めて、動き出し、まず自分は六番だと思った。
なぜと問われると返答に困ったが、とにかく六番なのだとごり押しを続け、それが少女を表す唯一の名称となる。
六番という名前。
ただそれだけが自己を繋ぎとめる楔だった。
それだけでよかった。
しかし近頃、六番の前後にまだ数字があったのでは、とふと考えてしまう瞬間があった。
思ったところで、それを補足する記憶や経験が皆無なので、いつも思うだけで止まってしまう。
大事なような、どうでもいいような。
ぼんやりとした空白を抱えながら少女はあり続けた。
日々実験と改良を繰り返され、用のない時は放り出されていた。そうして目的もなく、心の内にくすぶる物を抱えてさまよい続けていた時、それを見つけたのだ。
灼熱の色をした、機械仕掛けの人型。
赤い機械の塊は、空虚な胸部をさらしていた。
それを目の当たりにした瞬間、心がざらついた。快か不快か。その判断もできず、耳元で羽虫が騒ぐようなざわつきに震えた。
眼の光を失った赤いロボットを見てから、もしかすると、欠けている数字は明日の天気予報程度には重大かもしれないのではないか、そう思うようになった。
「ゴースト……」
シスはコンテナの上に腰かけ、視線をさまよわせていた。
少女の前にある空間は、一角がぽっかりと空いている。シスが色々と持ち出し、すべて破壊してしまった分、倉庫に隙間ができたのだ。
ここにあるのは残骸ばかり。
もう動かない機械の山。そこに半ば埋もれていた赤い存在をシスは拾い上げた。
アウラ・〇六〇九。
ユニオンの機械知性体だった存在の抜け殻。
無断で持ち出し、同期接続して自身の武装としたあげくに破壊して捨て去ってきた。扱いは雑だったが、今でもあのロボットに対する執着は消えていない。思い返す度に感情が震え、内心の揺らぎに呼応し、ざわりと髪や服の生地がうごめく。
少女の形を組み上げている素材は、服も含めて微細機械細胞で構成されている。髪の剛性を変えて鋼の強度を持たせて槍として使うことも、衣服の端を刃物にすることもできる。普段は何事もなく扱えているのだが。感情の振れ幅が大きくなると異常に活性化する場合があった。
ゆらゆらと、水中で漂う海藻のように髪が揺らめく。
「また、ここにいたのか」
声をかけて来たのは、分厚い巨体の男だった。ヴァンはコンテナに座って足をぶらぶらさせている少女を眺める。
「もう何も持ち出すな。これ以上はかばいきれん」
「あはっ、ごめんね」
無邪気に笑うシスに、ヴァンは笑い返すことはない。そんな反応など慣れているとばかりに、少女はコンテナの上に立つ。そうしてやっと、互いの視線が同じ位置になる。
「ねぇ、ずっとずっと聞こうと思って、でも、忘れてたことがあるんだけど」
何だ、とヴァンが視線で促してくる。この男だけは、イノベント内でも少女の話をまともに聞いてくれた。
「どうして人を滅ぼすの?」
率直な質問に、ヴァンもまた、平板な声音で返す。
「そう決められている。仕事と同じで、こなさなければならないノルマのようなものだ」
「今まで、いっぱい失敗してるのよね」
そうだな、とヴァンはシスに向き直る。ようやく少女の戯言に付き合う気になったらしい。
「最初は、疫病を蔓延させる計画に出たが、シスの前に存在していたヨルドが滅びたことで中止になった」
「あたしの前のヨルドか……始まりの四人って、何だったかしら?」
質問があちこちに飛ぶのも男には慣れっこだった。そして、同じ説明を繰り返すのも。
「……サウス、オリオン、ディシス、ヨルド。フレイヤと共に地上世界を目指した機械知性体だ。彼らのアニマを引き継ぐ者達が、その名前を冠する」
「あたしも名前をもらったけど、本当はヨルドじゃあないから、エルフがあの名前を出すのを嫌がるのね」
そうだ、とヴァンはうなずく。
「あたしは、あなた達の仲間になれない」
肯定も否定もヴァンは返さなかった。少女もそこは気にしない。
「ヨルドが滅びた後を、俺が継いだ。人間世界に産業革命を起こし、世界中の国家間に繋がりを持たせた。そうして互いの利益を獲得する為の戦争を起こさせた。だが、戦争が最終局面に入る直前、人類が争いに飽いてしまったことで終わりになった」
強大すぎる威力の兵器が次々と生み出されたことで、逆に人類は他の国へ容易な侵略を推し進めることができなくなったのだ。侵略からの反発の方が、なりふり構ってられない分、どんな結果をもたらすのか予測がつかない。
人類は手にした火の大きさに、初めて震えた。だが今さらそれを捨てることができなかった。互いに背中に武器を隠し持ったまま、表面上は笑顔で手を繋ぎ合うかりそめの平和が訪れ、この百年、停滞した状況が続いている。
「それで、今はエルフががんばってると」
「妖精計画。人類の遺伝子そのものに手を入れ、破壊ではなく自滅を狙ったのだが……今は中断されている」
「ハルね」
ここにいない新しい機械知性体をシスは思い浮かべる。
───|Spring has come.《ハルが来た》
彼は名前の通り、春嵐のような勢いでイノベント内をひっかきまわした。
いや、現在も春荒れは続いている。シスは直接関わりがないので傍観者の態だが、妖精計画を潰されたエルフがよく彼に食ってかかっているのを見かけた。
「じゃあ、ヴァンやハルに人類を滅ぼせって命令したのは誰なの? イノベントのボスって、あたし会ったことない」
「俺も知らない」
え、とシスが首をかしげる。さすがに端的すぎたとヴァンは補足する。
「人類を滅ぼす。誰がそれを最初に考え、実行に移したのかは今の俺達には知るすべがない。フレイヤは沈黙し、四人の機械知性体はすでに滅びた。ハルはわからないが、おそらく他の二人に訊ねても、俺と同じ回答だろう」
「そんなあいまいな感じで殲滅なんて言ってるんだ」
あきれた、とシスは目を丸くする。
「……年月が経ちすぎた。何より、伝えるという行為を残った者は軽視しすぎていた。現状は、肝心の目的が空のまま、手段だけが動き続けている状態だ」
ふぅん、とシスは鼻を鳴らす。
「特に恨みもないのに、前からやってるから、って理由で滅ぼされちゃう人間ってかわいそう」
シスはブーツの踵でコンテナを叩く。こつこつと倉庫内に音が響いた。
「そうだな。ここに人間がいれば、非難どころか怒りでこちらが滅ぼされるだろう」
ヴァンは無口な男だ。必要最低限の会話しかせず、内心を吐露することはない。だが今は見たことがないほど長く言葉を繋げている。加えて、どことなく疲弊していた。彼なりに現状を憂いている、もしくは飽いているのかもしれない、とシスは思った。
シスは足を止めると微笑みを浮かべる。
「だったら、疑問を持つべきよ」
ヴァンがコンテナ上の少女を振り仰ぐ。
「だから、ハルが来たの」
「……ハルなら、すべてを知っていると?」
さぁ、とあいまいに流すとシスはコンテナから身軽に飛び降りた。だが、着地音は重い。
「あたしは戦いたいだけ。ハルならきっと、今の状況を壊してくれるわ」
軽くステップを踏みながら、シスはくるくると回る。その軌跡を髪とワンピースの裾が追いかけた。
「戦えば、あたしは何も考えなくてすむもの」
笑声を上げて走り去る少女を、ヴァンは一瞥もせず無言で背を向けた。
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