淀みなき水面の冷たさ③「あそこにいるのは、我々の仲間だ」
「……あのまま帰してよかったのかね」
トレトマンは肩をすくめる。
倉庫内はオリジネイターの三人が入り、一気に狭苦しくなってしまう。
「はん、どうせあいつらだけでこの問題を抱えこんだところで事態は何も変わんねえよ。それより、私の手には負えませんって、早々に白旗掲げてもっと上の連中に泣きつけばいいんだ。あんな木っ端役人より、もっと手っ取り早く防衛庁のお偉方が来てくれた方が、歓迎の楽しみが増すってもんだ」
久檀が腹を抱えて笑った。
「……でも、日本に来て早々、人間に正体をばらすって……ちょっとびっくりだったな……」
黄色の人型機械レックスは隊員に好奇の目を向けられ、居心地悪そうに身じろぎをする。
「トラストも縛られてるし」
「どうせ動けないんだ。むしろその方が扱いやすい」
ひどい、という叫びをトレトマンは黙殺する。
「久檀陸佐、君の提案は、なかなか楽しいものだったよ」
「協力を感謝するぜ。俺はあぁして頭ごなしに人を顎で使うような連中は気に入らねえんだよ」
豪快に笑ってトレトマンを見上げてくる表情は妙に人懐っこく、まるで旧知の人間に笑いかけているような親しみがある。
先ほどの調査官とは正反対の反応に、トレトマンは内心で感嘆する。実際、久檀の手際は見事なものだった。
日本へ向かっていたトレトマンは、到着間際になって海里に連絡を取ろうとした。
だが、通信機の向こうにいたのは久檀だった。
『おまえの子供を預かっている。ネジ一本ずつバラして欲しくなければ、俺の言うことを聞け』
『……別に、私の子供ではない。バラすなら自分でやりたいから、楽しみを奪わないでくれ』
『そうか。まぁ、とりあえず俺の計画を聞いてくれよ』
と、こうして今回の、言ってしまえば悪ふざけは決行された。
久檀が回収した物を目当てにやってくる調査官に衝撃を与え、さらにその激震を上層部を巻きこんで広げようというのだ。
今回の行動がどんな波紋を生み出し、影響して行くのかは未知数だったが、トレトマンは久檀の考えに乗った。
(少々手順は狂ったが、まぁ、先手を取れただけこちらに分はある。後は向こうの出方次第だが……それこそ、出たとこまかせになるだろう)
脊髄反射のような行動に付き合わされたあげく、虜囚のような扱いを受けていた海里は、ようやく拘束が解かれて車椅子から立ち上がるところだった。しかし足取りは相変わらずぎこちない。トレトマンも彼の身体を治すと約束はしたが、未だに手をつけてはいない。
さあて、と久檀は肩を揺らすと振り返る。視線の先には焼け焦げた機械の山がある。
「俺達にできたのは、あの現場にあった物を残さず回収することだけだ。組織の末端にいる俺には、あいつらが言ったように、ここにある物に関してどうこうする権限はない。けどよ、廃棄処分するなら誰が持って行っても一緒だからな、荷台に載せる手伝いくらいはするぜ」
呼応するように、隊員全員が威勢よく声を上げる。
だが、応じるトレトマンの声は努めて冷静だった。
「いや、これらは置いて行く。あの調査官が欲しいというなら渡してもらってもかまわんよ」
「待ってよ、トレトマン! ここにあるのは……」
レックスの悲鳴じみた反論を、トレトマンは目線で圧する。そうして、久檀に向き直った。
「命が宿っていないのなら物体だ。もらっても、生き返るわけではない」
「つれないねえ。日本人の死生観からすると、遺体は生前の人間と同じように丁寧に扱うもんだぜ。証拠隠滅の目的もあったけどよ、部下全員を徹夜で動員して拾い集めた物を、あっさりいらないって言われると、ちいっと残念な気がするな」
すまない、とトレトマンは静かに謝罪する。
「我々も、個体が活動を停止した際に残した身体は保管することにしている。むげに扱うつもりはないし、その辺の廃材と一緒にされるのには少々抵抗がある。だが、今の我々にはこれらを持ち帰り、葬式をするような余裕などないのだ」
冷淡ともとれる反応にも久檀は気を悪くした様子もなく、苦笑して肩をすくめただけ。
「ま、これは日本人的な感傷だ、おまえさん達の考えを否定したり、責めるつもりなんかねえよ」
「君達の労力に報いるような礼ができないことを心苦しく思う。その上でさらにわがままを上乗せできるなら……少しだけ、時間をもらいたい」
トレトマンが顔を向けた方に、久檀もつられて動く。
拘束を解かれた海里が、車椅子から手を離したところだった。彼はレックスの支えを拒み、重い足を引きずって一歩、また一歩と足を前に出す。
彼が向かう先は、ブルーシートに並べられた残骸だった。
赤い方に近づく彼は、途中で転んだ。起き上がろうともがき、立ち上がろうとして失敗し、もどかしさのあまりにはって動く。
「何やってんだよ、あんなボロボロなくせに」
「……アウラ・〇六〇九」
海里が必死な理由を目で訊ねられ、トレトマンは言った。
「あそこにいるのは、我々の仲間だ」
何かを言う代わりに、久檀は目を伏せて奥歯を噛む。
一言、そうか、とだけつぶやいた。
海里はほとんど原形をとどめていない腕部に手をかけると、大きく肩を落とした。その心もとない様に、レックスもまた、巨体を縮こまらせてしまう。
あぁ、と久檀はその光景に嘆息を漏らす。
ゆっくりとひとつ息を吐いてから、少し困ったように笑った。
「邪魔するほど、俺は無粋じゃあねえよ」
付き合うほど暇でもないからな、と久檀は部下を伴って倉庫から出て行った。
古びた倉庫の窓から、梅雨の合間の晴れ間がのぞく。
倉庫内のすべてを照らすにはたよりない斜光だったが、舞い上がった埃が光って漂い、静けさも相まって、どこか幻想的な雰囲気を生み出していた。
光を受けるのは、無残に破壊された機械の山。
腕も足も千切れ、シートの上に骨格標本のように並べられているだけ。申し訳程度に残っている頭部も欠損部分だらけで、本来なら、彼らの種族が有しているアニマ、人で言えば魂と呼べるものが収まっている部分も、がらんどうに抜け落ちている。
その脇に、貼りつくようにして座りこんでいるのは海里だった。後ろにレックスが彫像のように立ち尽くしている。
二人は言葉もなく、ただ、もう二度と動かない仲間を見つめていた。トレトマンは腕を組んだ格好のまま、やや離れた場所で若者を見ているだけで声をかける様子はない。シリウスは彼らの間にいたが、何度か迷うようなそぶりを見せた後、沈黙を取った。
天井から差しこんでいた日光の角度が、徐々に変わってくる。夕暮れの赤光が何もかも同じ色に染め上げる頃、海里は短く告げた。
「……トレトマン」
それまで身じろぎひとつしなかったトレトマンが、彼らの側に歩み寄る。
昼過ぎから夕方まで、たっぷり数時間経過していたが、彼は待たせるな、とも、もういいのか、とも訊かない。
「アウラは、とっくにいなかった」
「そうだな」
「俺は、間違っていた」
トレトマンは膝を折ると、海里と目線を合わせるように背を曲げる。それでも互いの体格の差は埋まらない。
迫ってくる直線で構成された顔に、海里のあまり動かない表情もこわばる。
「うぬぼれるな。おまえさん一人の問題行動を追及したところで、事態は何も変わらん。責任というものは、取れなければ何の意味もない。おまえさんが取った行為は、ただの逃げだ」
指差すのは、海里の身体。
「敵の策略にはまって動揺した結果が、この有様だ。いや、終わった後も、おまえさんは事態の好転を試みることなく、わしやレックス達、手助けしてくれた人間も拒絶した」
指摘する声に糾弾の響きはなく、台本を読み上げるように、どこか感情が乖離していた。
「アウラの件を黙っていたことについては、指示を出したわしに責任がある。前にも言ったが、おまえさんがアウラを探すことを目的に地上へ出た以上、早々にこの事実を知ってしまえば、任務に支障が出ると判断したからだ」
トレトマンの口調はひたすらに淡々としていて、そこには怒りも悲しみもない。
「結果的に、最悪な形で知ることになってしまった。だからここで改めて問う。おまえさんは、これからどうするつもりだ」
「俺は……」
彼を見下ろす眼差しには、およそ感情的な揺らぎは見受けられない。しかし、彼らは機械知性体。金属の身体は表情の変化には乏しい。その分、発する気配から相手の感情を読み取るのだ。
海里は、トレトマンが発する気配に圧倒される。
生半可な返答次第では、この場でまだ動ける部位ごと粉砕してくれる、と強く語りかけてくる。
他者を萎縮させる圧迫感に、海里は言葉をつまらせる。長い沈黙が続いた。
互いの間に横たわる空気は、徐々に緊張の度合いを深めて行く。
海里はトレトマンを真っ直ぐ仰ぎ見ると、刃の切っ先のような視線を向ける。
それは決意を秘めた眼差しだった。
言葉が続く。
「俺には、力も覚悟もない。それでも……ここで終わらせるのは、嫌だ」
ゆっくりと区切って言う海里。内に荒れ狂う激情をかろうじて抑えこんでいるといった風情だった。
「おまえさんは前に進むのか。では、終着点はどこになる」
いとも簡単に返されたが、海里の視線は折れない。
「終わりはまだわからない。けど、もう悔やんだり恨んだりはしない」
トレトマンをにらみつける海里の目には、風に逆らってでも飛ぼうとする鳥のような、ある意味では傲慢なほどの強さがあった。
「……ふむ」
トレトマンは顎に手を当てて考えこむそぶりを見せる。
が、残った方の手で、海里を弾いた。
当人にとっては突いただけでも、膂力の桁が違う相手からの一撃は重く、海里の身体は吹っ飛んだ。
アウラの腕だった部位に背中から倒れこんだ海里に、それまで口を挟めずにいたレックスが慌てて駆け寄って助けの手を伸ばす。
「ちょっと、相変わらずひどいよトレトマン。あぁ、トラスト、またどこか損傷が増えてない?」
「トラスト」
呼ばれ、壊れた部品に埋もれていた海里は顔をそちらに向ける。
半身をそらし、トレトマンは告げる。
「今まで、黙っていて悪かった。それと、こんな機会に言う羽目になったことも」
拍子抜けした表情で自分を見つめる二人に、トレトマンは肩をすくめてみせる。
「悔やんでも恨んでも、取り返せるものは何もない、か。そんなもの、言うことも、思うだけもたやすい。青臭い正義感から出てくる考え方だ。トラストが決めたのは、思い続けるのがとても難しい道だ。後悔することもあれば、時には決意そのものが、おまえさんを縛りつけるだろう。だが、今は、わしは自ら学び、自分で生き方や価値観を見つけたことを称賛しよう」
海里は何も答えられずにいた。正直、まったくほめられた気がしない。どちらかといえば高みから馬鹿にされたような気配がある。
それでも、海里はわずかにうなずいた。
「今のおまえさんは、悔しさに暴れ出したい。自分を守れない自分が情けなくてたまらないだろう。若さ故に、先を憂うだけの知識はなくとも、その分、壁にぶち当たった時の葛藤も大きい。だが、思い悩むこともまた、先へと進む力になるものだ」
「わー、何か珍しく、トレトマンが年長者らしいこと言ってるよ」
軽口に鋭く視線を返され、レックスは頭を抱える。
トレトマンは全員をそれぞれ見渡す。彼から見れば、尻に殻が付いている雛ばかりだ。
やれやれ、と漏らして顔を伏せた。
「我々オリジネイターは、できるものなら自分よりも幸せになれる誰かを生み出したいと、皆思っている。これから歩き出そうとする者に、痛みばかりを押し付けたいわけではないのだ」
誰も何も言わなかった。それぞれに思うところがあるらしく、気まずい沈黙が生まれる。
トレトマンはそしらぬ様子で続けた。
「トラスト、おまえさんの身体は損傷が激しい。基幹部分もやられとる。もういっそ、総交換した方が早いな」
「あの、トレトマン、いっつもそれだよね……」
「わしも時間があるなら治す方向に持って行きたかったが、どうにも事態が切迫している」
「イノベントの動向、何かつかめたのか」
ようやく発言できたシリウス。深海都市の警備を担っていた彼には、物騒な話の方が意見を出しやすい。
「つかむも何も、マイキ君が見つけたハルとかいう存在が一番怪しいだろう」
「この人間社会で、人類と同じ外装のオリジネイターを探せというのか」
「こうなってくると、人間形態がトラストだけというのは調査の機動力に関わってくるな」
「や、だから早くトラストを治してよ!」
「とはいえ、手持ちの装備だけでは何ともできん。今、アトラスがユニオンの連中をひっぱたいて連れてこようと画策しているところだ。アトラスにわしの七つ道具を持って来てくれるように頼んでいる。それまで辛抱しろ」
そんなあ、と情けないレックスの声を、またいつものように聞こえないふりをするトレトマンだった。
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