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淀みなき水面の冷たさ②「動いている方だ。物でもいいぞ」

「どうして人員が出せないのですか」

 相対する人物の平板な声音に、天条は内心で息を吐いた。

「こちらの施設維持だけでも手が足りていない状況なのでね。余剰人員がない状態で、ただの一人も貸し出すわけにいかない」

 ソファに沈みこんでいるのは一人の女性だった。かなり疲弊した様子で、放っておけばそのままソファの中に埋まりそうなほどに肩を落としている。ブルーグレイの軍服は天条の着ているものと同じデザインだが、階級章は曹長。大佐である天条からすればかなり格下の相手だったが、疲労の極みにある彼女は一種の凄みを帯びて迫って来る。

「日本語ができる者を、一人でいいのよ」

 女は憔悴しきった顔を、ゆっくりと上げた。目には隈ができている。

「最適な部下がいましたが、今は入院中です。日本語は私の母国語ですが、責任者である私がここを離れるのは得策ではありません」

「私も、大佐殿に通訳をお願いするほど図太くないわ」

「レヴィ曹長」天条は諭すように告げる。

「あなたも、そしてあなたの部下も疲弊している。人員は出せなくとも、休息の場は提供できる。だから……」

「部下じゃないわ」鋭くマーガレット・レヴィは断じる。

「死んだのは、私の部下じゃない。借りてるだけで、階級だって上の奴ばっかりだったわ。でも、死んだのよ。で、そんな手練れを殺した奴は、まだ生きて、そのあたりをほっつき歩いてるわけ」

 レヴィの態度には、もう上官を敬うような様子は欠片もない。自身の不満や溜まった鬱憤を表情と言葉じりに上乗せしてくる。

「優先事項はこちらにあるの。今、市街に野放しになっているあれを捕獲しないと、死傷者は跳ね上がるわ。それに、言いたくはないけど……この街で起こっている通り魔殺人事件の犯人は、恐らくそいつよ」

 天条の肩がかすかに動く。今、彼の隣に付き従っていた若い部下の姿はない。市内の病院に入院している。受けた傷は深かったが、幸い命に別条はなかった。だが出血量が多かったので、医師から安静を言い渡され、病院のベッドから動けないでいる。

 ソファの背に身体を預け、レヴィは視線をさまよわせる。

「面倒だわ……けど、捕まえないといけないのよ……」

 レヴィは徹夜続きの人間特有のうすら笑いを浮かべた。感情とは別に、脳内物質の作用だけで生まれる、意味のない笑顔だった。

「で、捕まえて……」

 捕まえる、の後に、かなり不穏当な発言も漏れ聞こえたが、天条は自身のヒアリング能力の不足を理由に黙殺した。



 鷹ノ巣山駐屯地の一角で、久檀は不機嫌だった。

 もっとも、表情は常の人を食ったような笑みを浮かべているので、傍から見ればしまりなく立っているだけに思える。だがそれは、彼の人となりを知らない他の隊員から見ての印象で、彼が連れている部下は先ほどから上官を遠巻きにして近寄ろうとしない。

「……公安調査庁ねぇ」

 独り言に、偶然前を通った部下がびくりと肩をすくませる。それには気づかず、視界にも入っていない様子で久檀はがりがりと短い髪をかき回す。

 久檀が立っているのは。駐屯地の最寄りにある演習場、そこに併設されているヘリポート。ヘリコプターの飛ぶ音に顔を上げると、航空機が一機近づいてくるのが見えた。

「おいでなすった」

 はっ、と鼻で笑うと、久檀は付近に点在していた部下達を呼び寄せ、整列させる。その数は十人程度で、小隊と呼ぶには心もとない人数だったが、現状で彼が動かせる人員はこの数が限界だった。この鷹ノ巣山駐屯地も久檀がとある目的の為に間借りしているだけで、彼も彼の部下も、ここの所属ではない。基地内の隊員達が向ける、奇異なものを見るような目は気にならないが、さすがに演習場をまるまる差し押さえてしまっている状況に罪悪感を覚えている。司令官の嫌味はどうでもよかったが、隊員達の訓練に支障が出ているのは否めない。

 それもこれも、背後の格納庫にある存在が原因だった。

 ヘリが着陸すると、スーツ姿の男性が二名タラップを降りてくる。一人はローターが作り出す強風などものともせず、ざくざくと勢いよく歩いてくる。その後ろを、鞄を抱えたもう一人がよろめきながらついて来ていた。

 敬礼をしながら、久檀は彼らを出迎えた。この大仰な出迎えは、前を歩く一人の為のものでは、背後の人物に関する情報は久檀にはなかった。きょろきょろと落ち着かない仕草と、野暮ったい黒縁眼鏡が、いかにもな小者臭を漂わせている。

「御足労感謝します、大河調査官」

 大河と呼ばれた男は、鷹揚な仕草でうなずいてみせ、軽く手を振る。それを合図に、久檀は休めの姿勢を取る。背後の部下達もそれに倣った。

「こちらへどうぞ」

 前置きのない先導にも、大河は驚いた様子はなかった。彼は忙しい人物なので、余計な話は控えるようにと、事前に司令官から忠告があったからだ。久檀としても、あまり長時間は関わりたくない種類の人間でもある。

 大河は背後の人物を補佐官だ、とだけ紹介した。男は篠山です、と小さな声で答えて頭を下げる。

 公安調査庁から派遣された男は、大河ミキアキ首席調査官。主任調査官をすっ飛ばして現れた公安調査局の最上級幹部になる。

 彼らは、千鳥ヶ丘市で起こった数々の異変に強い興味を示していた。公安調査庁は、テロ組織や暴力行動を伴う団体などから国と国民の安全を守る為、日々情報収集活動を行っている組織になる。今回は破壊防止法に基づき、国の公安機関が対策委員会を作り、調査を始めたのだ。

 調査対象は、千鳥ヶ丘市、そして世界各地で確認されている鋼鉄の巨人について。

 部下が二人、格納庫扉の左右に貼りつき、重い扉を開く。久檀と大河は歩みを緩めることなく、中へと入る。コンクリートと鉄骨がむき出しの倉庫は、これまで積まれていた荷物は脇に追いやられ、代わりに中央にブルーシートが敷かれていた。

 シート上に並べられている数々の焼け焦げた機械部品からは、回収からひと月が経過しても、未だに焦げ臭いにおいが漂っていた。

 並べられた機械部品は、三つの塊にわけられている。

 ひとつは、白と黒を基調にし、POLICEの文字が見て取れる。

 もうひとつは、灼熱の色。

 最後は、どちらの山の部品か不明のもの。

 前の二つには並べ方に特徴があった。

 人型。

 半分になった頭部には、割れた眼があった。指は欠け落ちているが、手と、足らしい部分がある。胸部、腰部、と大まかに並べられているが、パーツの大部分が焼け焦げ、欠損している。

「これらが、五月の上旬に港島第二地区で起こった爆発の後に回収されたものです。御覧の通り、完全に破壊されていて、二度と動きませんよ」

 最後に力をこめ、久檀は皮肉っぽい笑みを浮かべてみせる。大河は意に介さず、それで、と顔を上げた。

「動くヤツも、回収されているのだろう」

 えぇ、と言って、久檀は控えていた部下に合図する。

 一人が車椅子を押し、両脇に自動小銃を抱えた者が随行する。

 車椅子には、椅子の背に縛りつけられた者が座っている。しかも、縛って固定するだけではなく、身体をすっぽりと包む袋状の衣服に包まれている。衣服には太いベルトが何本も巡らされて身体を締め付けている。拘束衣と呼ばれる独特の衣服を着せられた何者かは、頭部には麻袋をかぶせられていた。

 注意深く見れば、車椅子を押している隊員がかなりの力をこめているのがわかっただろう。

「これが、動く方ですよ」

 無造作に車椅子に近づくと、久檀は麻袋を取った。

 それまで余裕を見せていた大河が息を飲み、背後に影のように控えていた篠山が口中で小さな悲鳴を上げた。

 一見すれば、人間の若者だった。二十歳そこそこで、髪は短く刈られている。現状の不満を示すように、赤褐色の目が強く彼らをにらみつけていた。拘束されていることに不服を感じている様子だが、萎縮している気配はまったくなく、どちらかと言えばふてぶてしい顔をしている。

 大河が動揺を見せたのは、彼の顔の右半分が焼け、その下から金属が露出している点だ。人間で言えば頭蓋骨がむき出しの状態だが、血が出ていない分、金属の地肌は現実感を喪失させていた。

 不躾な眼差しにも、青年に動揺するそぶりはない。むしろ真っ直ぐに見返す強い視線に、先に目をそらしたのは大河の方だった。

「……御苦労。では、これらをすべて証拠品として押収する。すぐに積みこみたまえ」

「あー……調査官殿、全部、でありますか」

 飲みこみの悪い返答をする相手に対し、大河はあからさまに蔑んだ視線を向けてくる。舌打ちして不機嫌になった調査官の言葉を代弁したのは篠山だった。

「もちろんすべてですよ、ネジ一本残さないで下さい。そこの車椅子に乗っている物もです」

 物、ねぇ、と久檀は口中で笑う。

「本日付けで、この格納庫に保管されていた物品はすべて、廃棄処分された旨の書類を提出すること。久檀陸佐は部下と共に鷹ノ巣山駐屯地から撤退し、指示があるまで指定の場所で待機となります」

 ひとつ咳払いをして、篠山は眼鏡を押し上げる。

「もちろん、ここに存在した物品に関しての情報漏洩は固く禁じます」

 言いたいことだけ言って、ばたばたと走り出す。屋外で待機しているヘリの人員に作業指示を出すのだろう。

 と、出口に向かった篠山をさえぎるように、二台の車両が進入してくる。足を止めた篠山は首をかしげた。

 救急車と黄色い軽自動車は、どちらも自衛隊が保有する車両にはない。

 さらに、二台のクルマには運転手がいなかった。

 車両は出入り口を入ってすぐ停車する。

「邪魔だぞ、速くこのクルマを……」

 その時、彼らは声を聞いた。

「根こそぎ持って行かれるのは困るな」

 幽霊に呼びかけられたように、大河と篠山はぎくりと動きを止め、とっさに声の方向を振り返る。そこには運転手のいない救急車と黄色の軽自動車があるだけで、一番近くの隊員も倉庫の外だ。

「離れていた方がいいですよ」

 巻きこまれる、と笑みを含んだ声で久檀が言った注意も、大河には届かなかった。

 否、理解が及ぶ前に、それが始まったのだ。

 救急車と軽自動車の形態が変化を始める。外側に向かって外装が展開し、細かな部品が互いの位置を変えながら、別の形へと組み換わって行く。

「そうだ、離れていろ」救急車が言った。

 車両だったそれらは、二足歩行形態に変形する、その様に、大河と篠山は驚嘆してしまう。

 驚きに声を漏らし、反射的に一歩後ずさった。

「期待通りの反応で、こちらとしてはうれしく思うぞ」

 白いロボット、トレトマンは腰に手を当て胸をそらす。

「こ、これ……これは……」

「動いている方だ。物でもいいぞ」

 トレトマンが足を踏み出す。それだけで、篠山は腰を抜かした。大河はどうにか耐えたが、焦燥に汗が噴き出している。

「だが、我々を意思のない器物として扱うのはやめてもらいたい。我々には固有の自己があり、感情を備えている。我々は機械知性体オリジネイターだ。人類の歴史が始まる前から、この地球に居候している種族になる」

 急に違う状況に放りこまれ、一方的に与えられる情報に、大河は混乱の表情を見せる。

「バカな、こんなロボット……。どうせ誰かが裏でしゃべっているのだろう! こんなオモチャみたいな機械に、感情なんてナンセンスだよ」

 出て来い、と激高する大河を、トレトマンは事実を受け入れられない者の無様さを楽しむように見下ろす。

「ふむ、君は、私達に心がないと? では、心とは何なのだろうね? 目には見えないから、どこにあると定義はできない。しかし、ある意味、私は君の心がよく見えるよ、今、心中は猜疑心と恐怖に満ちている。それを押し隠し、相手を心ない器物だと思いこみ、心理的な優位を保とうとあがいているのだろう」

「ふざけたことをぬかすなっ!」

 なおも高圧的な態度を崩さない大河に、トレトマンは人間くさい仕草で肩をすくめる。

「どうでもいい議論だ。時間の無駄だよ。私は無駄話が好きだが、他のオリジネイターは基本的に、無駄な言葉を弄することなどしない。だからあえて、おせっかいを承知で私が出て来た次第だ。これから、我々は隠れることをやめて地上世界に存在を示すことになるだろう。だがその前に、我々がどのような種族か、何を目的としているのかを、説明しにきたというわけだ」

 だが、とトレトマンは鋼鉄の指を、すでになけなしの虚勢だけで立っている大河に突きつける。

「ここで人類が我々の存在を無視し、問題から目をそらせば、即座に君達自身にツケが跳ね返って来るだろう。つまり、人類が滅びてオリジネイターが上位種族として君臨するという展開だ。なぁに、イノベントの連中も、人間全部を一気に滅ぼすつもりはないようだ。とりあえず、半分。今の地球上の人口は、約百億。五十億まで減らせば、計画はいったん止まるだろう。よかったな、ここにいる者達のうち、半分は生き残れる計算になる」

 言い終えると、トレトマンは半身を引いて道を開けた。

「ま、今日はただの顔合わせだ。今晩にでも、よく考えることだな」

「……この件は、持ち帰って検討する」

 吐き捨てるように言って、大河はトレトマンから視線をそらす。

 肩をそびやかして歩き出す大河。座りこんだままの篠山は隊員が二人がかりで立ち上がらせ、久檀が、これ資料です、と言って、ポケットにUSBメモリを放りこんで背中を押した。

 ふらふらとした足取りで篠山も上司を追って倉庫から出たが、突如吹き荒れた暴風に吹っ飛ばされ、扉に背中から倒れこんでしまう。

 上空を見上げた彼らは、何度目かの驚愕を露わにする。

 彼らの頭上では、戦闘機が一機、着陸態勢に入っていた。濃紺の機体は力強く鋭いシルエットを描き、エンジンノズルが凶暴な咆哮を上げる。

 底面の対空ミサイル装備に、さすがの大河も目をむいた。

 と、中空で戦闘機のエンジンが突如として停止する。次いで、翼が切り離されて各部品がばらばらになった。

 空に放り出された部品は自由落下の間に組み換わり、着地の衝撃を受け止めたのはタイヤではなく二本の足だった。関節部分から、衝撃吸収材が蒸発して噴き出す。

 落下の衝撃で、とうとう大河も尻もちをついてしまった。

 立ち上がった新たな人型機械……シリウスは、ゴーグルをかけた顔でへたりこんでいる彼らを見下ろす。

 徒競争のように走り出した調査官達は、二人仲良く乗ってきたヘリに飛びこんでしまった。


冊子版はピクシブのBOOTHで頒布しております。

こちらは5巻収録分です。

https://mutsugami123zero.booth.pm/

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