背中合わせに立つ真実⑥「そこ大事だろうが」
日が傾き始めた頃、久檀が狭山を伴って天条家へやって来た。マンションではすでに天条と城崎が待機済みだ。
「ようやく半日だけだが、動けるようになったぜ」
おじゃまします、と礼儀正しく頭を下げる狭山とは対照的に、久檀は足音すら騒々しい。
「久檀、狭山。二人とも忙しいところをよく来てくれた」
「あーユウシ、かたっ苦しい挨拶はなしにしようぜ。そうそう、自分の酒は持って来たからな」
連れだって全員がバルコニーに出ると、そこにはすでに酒宴の用意が成されていた。
急に騒がしくなったバルコニーに、ケイが顔を出してくる。
「つまめそうなものは適当に用意したけど、まだ何かいるかしら。あ、氷と水は冷蔵庫にあるわ」
「あ、奥さんおかまいなく。あとは俺達で適当にやりますんで、どうぞ休んで下さい」
へらへらと軽薄な仕草で手を振る久檀に、ケイは常の穏やかな苦笑を返す。
「じゃあ、あなた。私はルミネをお風呂に入れてくるわね」
「城崎さーん! ルミネと一緒に入ろうよ」
「……それは誰の命令でも従えないよ」
城崎は腕にぶら下がっている少女を丁寧に引きはがす。
「海里はどうした。ここに同居してんじゃなかったのか?」
「まだ戻ってません。一度連絡はあったので、居場所はわかります。まだそこにいるようなら迎えに行きますが」
城崎が訊ねると、天条は壁面の時計を見る。六時を回っていた。
「そうだな、手間をかけるが、そうしてもらえると助かる」
「まぁ、海里もおっさん達と飲み会なんてつまんねーだろうけどよ、大人には付き合いってもんがあんだよ」
久檀の軽口を適当に聞き流し、城崎は天条からクルマを借りる。沖原家に電話をすると、若い女性が驚いた様子で応対に出た。どうやら海里はまだそこにいるらしい。
城崎は半ば一方的に今から彼を迎えに行くと告げ、電話を切った。
傍から見れば同窓会だったが、話題はあまり笑えるものではなかった。彼らの前にビールやウィスキーは置かれているが、未だ口をつけた様子はない。
酔っぱらうよりも先に、すべきことがあるからだ。
まず狭山が口を開いた。
「自衛隊の状況だが、例の回収作業の一件は、コウヘイの普段の傍若無人ぶりが功を奏してか、特に大きな問題にはなっていないようだ。大半は、いつものことだと呆れているらしいが、上の連中は苦々しく思ってるぞ」
「まぁ、そうだろうよ。けどよ、無茶ぶりでも何でもしなけりゃ、あれは確実に衆目にさらされてたぞ」
「第二期地区での作業に、地元警察よりも先に自衛隊を派遣できたのは、久檀の手回しのおかげだ。その件は、感謝している」
「こればっかりは、防衛軍にも感謝だな。日本支部の件で、俺は、いや、俺の部下も含めて部隊全体が再編成の対象になっちまって、どこの基地に配属になるかも未定な状況。で、仕方なく休暇を楽しんでいたところにこの騒ぎだ。現地で騒ぎの目の前にいるのに、一般人と一緒に避難はできねえだろ。だから俺は、国防の為に慌てず騒がず、事態を最速で収束できる連中を呼び出しただけだ」
「……電話一本で呼びつけられた鷹ノ巣山駐屯地の司令は、防衛庁から指示のないまま部隊を動かした件で、後日、胃に穴を開けたそうだ」
「んだよ、ちゃんと俺は、県知事の電話番号は知らないから、そっちで連絡取って非常事態宣言出しとけって言ったぞ。ごたごたの隙に防衛庁に連絡し忘れたのはあっちのミスだろうが」
「まぁ、災害派遣は時間との勝負だからな。その件は公にはなってない。公式の書類上は、きちんと手順を踏んで出動したことになっているから、後は個人の罪悪感の問題だろうな」
「久檀、君がいてくれて助かったよ。防衛軍側は未だに人員も装備もそろっていない。あの状況では、回収作業もままならなかっただろう」
「警察も優秀だけどよ、瓦礫掘り返したりすんのは自衛隊の方が得意だぜ。もっとも、きれいに片付けすぎて、地元のお巡りさんには何が起こったのかはっきりわかってねえはずだ」
久檀は皮肉めかした笑いに口元を歪めて、続ける。
「クラスター爆弾なんて物騒なものが炸裂しただなんて、気づかれたら困るんだよ」
「そんなものが日本の国土へ持ちこまれたとなると、由々しき事態だ。ユウシ、こんな無茶な手段を取ったのが、例の機械知性体なのか?」
「彼らの中の一派、イノベントと呼ばれる組織らしい」
「はっ、悪役には派手な演出が必要不可欠なんだろ。開発が途絶した区域の爆発だったからな、人的被害がゼロだったのは救いだな」
「だが世論は注目してるぞ。工業地区でもない場所で、化学薬品の爆発だなんて公式発表、誰も信じてないからな」
報道では、放置されていた化学薬品のタンクが液漏れし、そこに引火して爆発したことになっている。かなり苦しい言い訳だったが、汚染を理由に現場は現在も人の出入りが禁止されている上に、爆発の痕跡はもうほとんど消されている。根性のあるジャーナリストが乗りこんだところで、雑草もなくなった広っぱで海風に吹かれるだけだろう。
「こっちだって情報統制するつもりはねえよ。ただよ、人類殲滅を企む組織と、それを阻止する正義の味方が戦ってました、なんて話、それこそ誰も信じねえよ」
「だが上層部は興味を持った。自衛隊ではなく、公安が動き出したぞ。コウヘイ、回収物は鷹ノ巣山駐屯地にあるんだろ?」
「あぁ、レンタル倉庫に入れるには、ちょいと物騒な荷物だったからな。あそこなら、関係者以外はまず立ち入りが許可されない。少なくとも、一般人の目からは隠せる」
「その中身を、公安が嗅ぎつけたぞ」
狭山の声に、二人はそうか、とうなずく。
「理由はわかりきっていると思うが、例の千鳥ヶ丘市で起こっている事件の調査だ。同時に、日本以外の異変も関連付ける方向で調べて行くようだ」
「調査ねえ。ようやくお上も事態を無視できなくなってきたか、あるいは、やっと危機感を持ったか。どっちにしろ遅えな。多分、もう間に合わねえぞ」
「その調査第一弾は、コウヘイが間借りしてる鷹ノ巣山駐屯地だ。例の回収物を調べたいんだろう」
「おっと、なら歓迎の用意だな」
「公安調査庁から派遣されるのは、大河ミキアキ首席調査官だ。公安調査局の最上級幹部だぞ」
久檀は軽い口笛を吹く。
「調査自体は二月の一件から始まっている。調べを進めるうちに、調査官はコウヘイ、君が保管しているものに目をつけたらしい」
「そりゃあ、俺だって気にするぜ。むしろ一ヶ月以上もよく隠せたもんだよ」
「それだけ政府も、どこに誰を派遣するべきか迷っているのだろう」
未知の敵性存在に対し、迷走しているのは何も諸外国だけではない。日本もまた、国土を焼かれ、多数の人命を失いながらも、未だにはっきりとした方針を打ち出せないでいる。
「隠すのも限界だろうな」
どうする、と天条は久檀に問いかける。彼は短い髪をかき回し、渋面を作る。
「……自衛隊の人間を動員し、装備を使って回収。自衛隊の施設に保管してんだ、国が渡せって言えば、渡すしかねえだろ」
「俺はもう、何もかもぶちまけてしまいたいよ。この一ヶ月、ユウシとコウヘイの言ったことが気になって睡眠不足だ」
しかし、と狭山はかぶりを振った。
「体調不良を訴えたところで、その機械知性体が目の前にいなければ、自主退職を促されるだろうな」
「今度来たら、真っ先に連絡入れるから仕事なんか投げて来いよ」
「……できるだけそのつもりだよ」
「では、回収物は調査員が要請すれば、渡すことになるだろう。……できれば、彼らに返したかったのだがな」
「まだ連絡つかねえのかよ」
「海里君は、今日、仲間と話をしたらしいが、いつ戻って来るかは不明だ」
「そこ大事だろうが」
呆れて肩をすくめる久檀。だがそんなのんきに構えている場合ではないことを、他の面々は心得ている。
むしろこうして情報を隠し持っていることが、後日どんな影響を与えるのかわかったものではない。
それでも彼らなりに納得し、できるだけ最良の形へと持って行きたいのだ。
「あとよ、残骸はともかくとして、海里はどうする。あいつはそれこそ、生きた証拠だ。機械の、けど人類以外の知性体。そんなもんが存在してるとなれば、調査官はよだれを垂らして飛びつくだろうよ」
「彼を差し出すわけにはいかない。いずれ彼らの存在は公に出るだろう。だが今の彼を日本政府に渡すのは得策ではない」
「まぁ、あんだけボロボロじゃあ、何されても抵抗できねえだろうしな」
機械知性体トラストという存在を放り出せば、自己利益のみに執着している者達でも強い関心を示すだろう。
だが、天条も久檀も、その方法をよしとしない。
海里がただの機械なら迷わず提出したが、彼には一個人としての感情がある。
「……彼がどんな存在なのか、俺は会ってないから何とも言えないが……それでも、そんな人身御供みたいな真似はしたくない」
狭山のつぶやきに、天条はうなずいた。
「そう言ってもらえると、心強いよ」
「ははっ、トシオらしいな。俺も早いところ部下をまとめるからよ、おまえも助っ人頼むぜ、少将殿」
「……俺は自衛隊地方協力本部長だよ。主な仕事は入隊希望者の応対だ。こういう非常事態は、コウヘイの方が向いてるだろ」
むしろ願ったり叶ったりな状況だろうが、と半眼でにらむ。学生の頃から久檀は国防意識は高かったが、同時に、常に祭り前のような状況で待機しているところがあった。
「そうでもねえぞ」
久檀は笑顔を吹き消す。
「俺達の力は、何重もの安全柵で囲われてる。けどよ、そうじゃなきゃ困るんだ。この力は、人も物も大量に破壊できる、だから管理され、指示がなけりゃ何ひとつできないようにする必要があるんだよ」
言って、指を拳銃の形に見立て、空を撃った。
「まぁ、今の状況じゃあ、んな形式ばったことをやってる余裕はねえ。迷ったり、出し渋ってる暇があるなら、使える手は何でも引っ張りこむんだよ。そうやって、今日の平和が明日も壊されないってのんきに胡坐かいてる連中に、すでに崖っぷちなんだって気づかせてやる必要があるんだ。その為に、非常事態っていう、どうしようもない理由づけがいるんだ。それしか、あんな非常識なものに立ち向かう術はねえんだよ」
静かな面持ち。だがその視線がはらむ強烈な意志があった。それは秘めた決意の眼差しだった。
「その点、俺も、俺の部下も頭の中が常に臨戦状態のおめでたい連中の集まりだ。平和な社会に適合できないはみ出し者なんだ。だから、まともな奴の指示がいる。まともっつっても、常識と良識で凝り固まった、当たり前の上官はいらねえ。欲しいのは、守る為に何かを捨てることも辞さねえ覚悟がある奴だけだ」
狭山は黙したままの天条と、いつものにやけ面に戻った久檀を眺めて嘆息し、空を仰ぎ見る。
「……俺を過大評価しすぎだ。それに、俺はもう現場には出られないんだぞ。前線で指揮も執れない人間に、一体何を期待するんだ」
狭山は自分の目を示す。彼の目は、訓練中の事故で右側だけ極端に視力が低下していた。これでは正確な射撃もできず、任務行動に支障が出ると判断した狭山は自らの意思で陸上自衛隊を離れ、代わりに事務官になる道を選んだ。
「立場なんて、もうこの状況だけ見ても関係ねえだろ」
豪快に笑う久檀は陸上自衛隊。天条は世界防衛機構軍。狭山は自衛隊地方協力本部と、全員、出会った学び舎は同じでも、十年という歳月の中で互いの立場は大きく変化していた。
狭山は嘆息を漏らして顔を伏せる。
「……段取りは組むが、実際に動くのは、おまえとおまえの部下なんだからな」
「まかせとけ」
どん、と胸を叩き、久檀は意気揚々と缶ビールのプルトップに指をかける。
「よしよし、これで後方支援は安泰だな。トシオのことだから、俺がちゃんと動かないことも想定した計画立ててくれんだろ」
「そこは指示通りに動いてくれよ」
冷淡に突っこみながら、狭山も缶ビールを持った。
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