背中合わせに立つ真実⑤「で、彼が、そのう……機械エイリアンなのか」
再び沖原家に招かれた海里は、ソファに座ることもせず開口一番に、通信機はどこだ、と尋ねた。
「え、あの機械ですか?」
やっぱり、通信装置の類だったのね、とユキヒは改めて知った事実に感心しながらそれを手渡す。
機械はずっと沖原家にあったが、海里がそれを操作するのを見るのは初めてだった。
しかし彼はまともに通信機を握ることができずに取り落とし、マイキが代わりにボタンを押す羽目になったが。
「これで、トレトマン達に連絡が取れるの?」
多分、とやや自信なげに海里は言った。
「緊急用のコードだが、通じるかどうかはわからない」
『……トラストか』
言葉じりに重なるように男の声が通信機から響いた。
『このコード、よく覚えていたな』
トレトマン、と海里は身を乗り出す。
「俺の身体を治してくれ。これでは戦えない」
『……。まったく、挨拶もなしにそれか。相変わらず、自分勝手で生意気ばかりだな』
『え、ちょ! トラストなの? トラストっ!』
割りこんで来た少年のような声を押しのけ、トレトマンは続ける。
『いいだろう。説教は直に会ってする方が効果的だからな』
待っていろ、と海里同様の唐突さで通信は切れた。
「今の、トレトマンとレックスだよね」
海里は首肯する。短い会話だったが、目の前に姿が想像できるほど耳になじんだ声だ。
「じゃあ、二人とも帰って来るんだ! そんで、シン兄を治してくれるんだね」
はしゃぐマイキに、海里はようやく肩の力を抜く。これでようやく、ここに来た目的の半分が終わったからだ。
今からその残り半分が待っている。
「マイキ、話したいことがあるんだ」
「うん、僕もだよ」
「そうですよ。海里さん達がどうしていたのかも気になりますけど、うちも妙なことになってるんです」
「ハル兄ちゃんは、シン兄の仲間なの?」
「……ハル?」
「そうなんです。この間、マイキが連れて帰って来たんですけど、もしかすると海里さんと同じような人かもしれなくて」
当然、海里には誰のことなのかわからない。
どこから何を話せばいいのかと、全員が頭を悩ませていると、そこにタカフミが帰宅した。
彼は娘の心配を余所に、相変わらずハルを探し続けていた。しかし今日も成果は上がらなかったらしく、後ろには誰もいない。
「ただいまーユキヒー腹減ったぞー」
妙に間延びした声を上げながらリビングに入ってきたタカフミは、そこで海里とまともに視線が合う。
数秒間、彼らの視線が交錯する。
先に顔をそらしたのは、タカフミの方だった。彼は大仰に肩を震わせると、ものすごい勢いでリビングに走りこみ、海里の胸に指を突きつける。
「もしかして、ユキヒの彼氏か?」
それは違う、とユキヒは全力で否定したかったが、タカフミは止まらない。くわっと眼を見開き、高らかに宣言する。
「娘は嫁にやらんぞ!」
轟く怒声に、海里は目を丸くする。それは姉弟も一緒だった。
「お、お父さん……?」
ふん、とタカフミは自分よりも背の高い海里を前に腕を組んで胸をそらす。
「どんなに好条件の男が来ても、こう言って一度は追い返せって言うのが、母さんの遺言だからな」
言えて満足だとばかりにタカフミは鼻息を荒くする。
「……お母さん……つまんないことをお父さんに吹きこまないでよ……」
「ちなみに父さんは、三度は追い返すつもりだ。その覚悟で挑むように!」
妙にうれしそうに笑っていたが、海里の手足や顔に巻かれた包帯を見て、首をかしげる。
「で、こちらの重症患者さんはどなただね?」
「あー……うん。ちょうどよかった、全部話すわ」
ユキヒは額を押さえ、投げやりに言った。
そうして姉弟と海里は、ここ数ヶ月に起こった事件をすっかり話したのだ。同様に、海里もアルトゥンの意識支配から逃れようとして沖原家から飛び出した後の事情をかいつまんで説明する。
互いの情報はようやくかみ合ったのだが、それらを一気に投入されたタカフミの処理能力は限界を超えていた。
「で、彼が、そのう……機械エイリアンなのか」
こちらの方がロボットのようなぎこちなさでタカフミが海里を見る。うなずくと、彼は腕の包帯を解いてみせる。
掲げられた左腕は部分的に人工皮膚がはがれ、内部構造が露出している。人体の構造に酷似しているが、すべての構成が人工物。ケーブルや人工骨格が、指先の動作に合わせて動いた。
「は……ははっ……」
タカフミはどっかりと椅子に背を預け、乾いた笑声を上げる。
「お父さん、信じられないのも無理ないと思うわ。でも、海里さん達は機械知性体……オリジネイターっていう、人間とは違う存在なの」
「トレトマンとレックスは、クルマに変形するロボットなんだよ!」
笑いながらずるずると腰から滑って行くタカフミ。椅子から落ちる寸前でテーブルの端をつかむと、ばねのように戻って来る。
「そうか、君は星野流星。地球を守る勇者なんだなっ!」
「……それ、マイキも言ってたわね」
流星の勇者ガイアスターは、親子でお気に入りのアニメだ。マイキも海里と出会った当初、パトカーと同期接続を行った彼に同じ感想を漏らした。
「と、いうことは、ハルがシュヴァルツなのか」
「え、そうなのお父さん!」
「お父さんもマイキも、話がややこしくなるからアニメと現実をごっちゃにしないで」
アニメだからって馬鹿にするな、と半泣きになって抗議する父親を押しとどめ、ユキヒは話の流れを戻す。
「ごめんなさい、海里さん。あなたがいなくなった経緯はわかったわ、その、ちょっと、ざっくりした説明だったけど……」
海里の話はあまり上手いとは言えなかった。こちらが途中で口を挟んで補足を促さなければ、言葉が足りないことに気づかないのだ。
今度、トレトマンに会えたらもう少し詳しい説明をしてもらえるよう頼むことにしよう、とユキヒはひとまずこれ以上の情報を彼から得ることをあきらめた。
それで、と居住まいを正し、海里に向き直る。
「海里さんがいなくなってちょうど一ヶ月くらいたった頃、今から十日ほど前なんだけど、マイキが海岸で出会った人を連れて帰って来たわ。その人は、ヘルメットをかぶっていて顔はわからなかったんだけど、もしかすると、海里さんの仲間かもしれないの」
あくまで感覚的な話で、何の証拠もなかった。写真でも撮っておけばよかったと後悔する。
だが仮面の男に関する情報は、意外なところからもたらされる。
手を掲げて割って入ったのは、タカフミだ。
「その件だが、オレから提供したい情報がある」
ぽかんとしたのは姉弟だった。父親が告げた内容ではない、瞬時に印象をがらりと変えた彼に驚愕したのだ。無精ひげに適当に伸びた髪と、だらしない面貌はそのままに、表情が一変する。
「オレなら、マイキが連れて来た人物についてもう少しだけ詳しい話しができるはずだ」
静かに言葉を紡ぐタカフミに、姉弟は唖然とした表情で二の句が継げないでいる。そんな子供達にタカフミは苦笑を浮かべた。
「マイキ、ユキヒ、すまないが席を外してもらえないだろうか。彼と二人だけで……」
「それはなしで」「僕もいる」と、子供達にそろって却下され、タカフミはいつもの顔で情けなく笑う。
「えーっと……お父さんにも守秘義務とか、機密漏洩がダメとか、色々と高いハードルがあるんだけどさ」
「でも、私達もある意味では関係者よ」
娘に言い切られ、海里も姉弟が残ることを望んだので、タカフミはしょげきった顔でうなだれる。
「仕方ないな……」
がしがしと長髪をかき回し、改めて海里に向き直った。
「オレは……その、どことはいえない某所での測量を終えて日本へ戻ろうとしていたが、そこで仲間からちょっと小銭を稼がないかとバイトを持ちかけられた。どこかが抱える極秘の地下施設で、秘密裏に行われている改築計画の為の測量を依頼されたのだよ」
真面目ぶった顔で、肝心な部分の欠落した話を堂々と口にするタカフミに、ユキヒが半眼になる。
「お父さん、ずいぶんと穴だらけの説明ね」
「うむ、実は現地までは外の見えないトラックで運ばれたから、詳しい場所はよく知らん」
「……大丈夫だったの?」
「爆発事故に巻きこまれて死にかけた」
笑声を上げて手を叩くタカフミを、誰も笑ったりしなかった。
「……と、まぁ、今は元気にやっているわけであって……」
さすがに冗談にしては度が過ぎていたと気づいたタカフミは、無意味に咳払いをしてごまかす。
「オレはその地下施設で、二つの物を見た。ひとつは、土砂に埋まった鋼鉄の巨人」
巨人の単語に海里が反応し、眉をひそめた。
「もうひとつは、黒い直方体から生まれ出た、何者かだ」
「巨人って、もしかして……」
ユキヒは口元を押さえる。
「あぁ、この千鳥ヶ丘市に現れたロボットによく似ていたよ。いや、デザイン的には地下の巨人の方が美麗だったがね。動かない巨人の傍らには、美しい女性もいたが……これも予想だが、海里君と同じ存在だろう。そう、ハルもだ」
ハル、と海里が口中で漏らす。ユキヒは横から、父親が仮面の男につけた名前だ、と注釈を入れる。
「お父さん、その、生まれた何かがハルさんだったの?」
恐らくな、とタカフミは難しい顔をする。
「日本に戻ったら、家に地下空洞で見た存在がいるから驚いたよ。もっとも、ヘルメットで顔を隠していたから絶対とは言い切れないが」
「もしかして、ハルさんの顔を知ってるの?」
悲鳴じみた声でユキヒにつめ寄られ、タカフミは笑い返したものの勢いに戸惑う。
「あ、あぁ、見たぞ」
「どんな顔してたのよ!」
「や、どんなって言われても、普通だったぞ。ほら、この海里君みたいな感じだ」
タカフミの肝心なところは要領を得ない説明に、姉弟と海里の困惑は深まるばかりだった。
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