背中合わせに立つ真実④「アウラ……ずっと、探していたんだよ……」
海里が向かったのは、とある住宅街だった。
土地勘のない彼がその場所にたどり着くまでにはかなりの時間を要した。身体も不自由で、明らかに重症患者のような見た目に、通行人から不躾な眼差しを向けられる。何度も転倒した。道の真ん中で動けなくなり、自動車にクラクションを鳴らされる始末。
それでも、海里は帰ってきた。
見慣れた屋並みにはやる気持ちを押さえ、動かない指先をもどかしく思いながらもチャイムを押した。
以前は玄関扉に突撃したこともある。後から、急ぐ時は仕方ないが、これを使うべきだと教えられたことを覚えていたからだ。
インターホン越しに聴こえた声に、どう応えようか迷っている間に、モニタでこちらの様子が見えたのだろう、悲鳴じみた声が上がった。
「海里さんっ!」
数秒後には、慌ただしく開かれた扉の向こうからユキヒが飛び出してくる。
「今までどこへ、その怪我!」
サンダルを蹴飛ばし、素足で走り出て来た彼女は転ぶ勢いで門扉に手を付く。がしゃりと大きく門扉がきしみ、彼女は大慌てで互いを隔てる門を開けて彼を敷地内に引っ張りこむ。そこでようやく彼が夢でも幻でもなく現実の存在と確信したのか、大きく息を吐いて肩を落とす。
「……ずっと、探していたんですよ」
どこか沈痛な目で、ユキヒは彼を見据えた。
「色々なことが起こって、でも、訊ける人がいなくて、不安でたまらなかったんです」
震えて身を縮めるユキヒの様子に、海里は不審顔をする。彼女はいつになく深刻で、何から話したらいいのか考えあぐねているように見えた。
ユキヒは血の気の失せた顔を上げた。涙のにじむ瞳には、すがりつくような必死さがあった。
「ねぇ、海里さん。教えて下さい、一ヶ月前に、歌姫を殺したのは……海里さんですか?」
ようやくしぼりだした小さな声に、海里は困惑する。だが彼女の視線は、答えを保留にするのを許さないとばかりに強い。
どう答えていいか迷ったが、結局は、正直に言う以外に彼はできなかった。
「俺じゃない」
歌姫シャーリー・アレンの死も、何が彼女の命を奪ったのかも海里は知らなかった。それが自分の偽物がしでかしたことだと知れば、彼の反応はもっと違っただろうが。
何度も瞬いたユキヒは、呆けたように「よかった」と小さくこぼした。
「本当に、よかったわ……」
繰り返し繰り返し、言い続ける。
門扉をつかんだまま、その場に座りこんでしまう。
「それだけが、聞きたかったんです」
ユキヒは呆然と海里を見つめていた。先ほどとは別の意味で、安堵のあまりに泣きそうな顔でうなずいた。
「あぁっ、兄ちゃんっ!」
甲高い声と一緒に、マイキが先ほどのユキヒと同じように走って来る。
「マイキ」
「そんな、シン兄! どこ行ってたんだよ!」
姉弟そろって同じことを訊かれ、海里は戸惑う。改めて姉弟を見やり、頭を下げた。
「心配、かけたみたいだな」
「もうっ、心配どころじゃないですよ。アルちゃんはどうなったんです。他のみんなは? 第二期地区の爆発も関係あるんですか?」
矢継ぎ早に訊かれ、海里は半歩後ろに下がってしまう。我に返ったユキヒは玄関先の野天で話す内容ではないと気がつき、すぐに中に入るよう促す。
マイキが彼の手を引いてくれる。
それでも、海里は動けなかった。
「シン兄……?」
「……アウラは、もういなかった」
マイキの目に困ったような光が灯った。しかし少年は笑った。力のない、泣き出す寸前なのを無理に押し隠したような、そんな微笑だった。
「シン兄の、仲間だね」
「知っていたのか」
これには海里も愕然とする。何も言えない彼に、マイキは自分の首に下がっていたペンダントを示す。
蒼い石はユキヒがお守りにと少年に渡したが、元々は、姉弟の母親が事故死した現場から父親が持ち帰ったものだった。
そして石は、ただの輝石ではない。
「これが、その仲間のアニマだって」
「始まりと終わりの旋律……」
高密度のエネルギーであるアニマを核として有する機械知性体は、その活動が終わると魂であるアニマは結晶化し、石のようになって残る。
マイキが持っていたそれを分析したトレトマンは、この石が活動していた頃の存在を、行方不明だった仲間のアウラだと断じた。
「なんで……」
こわばった声が漏れ、震える指先が石に向かって伸びたが、触れるのをためらうように落ちた。
「こんなに、近くにあったのに……ずっと、側にいたのに……どうして……」
マイキは黙して彼の独白を聞いていた。元々、彼らが出会ったのも、この石がきっかけだった。海里は気がついていないようだが、石が発するかすかな波動を追いかけていた先で、鋼鉄の巨人に襲われていたマイキを彼が助けたのだ。
それ以来、海里は気配を感じても存在のない仲間を探し続けていた。
事実を知りながらも口を閉ざしていた罪悪感に、マイキの胸が痛む。
目的の為に盲目になっていた事実を突きつけられ、痛みに顔をしかめる海里にかける言葉を、マイキは何も見出せずにいた。
「……シン兄、これ」
マイキは首飾りを外し、海里の手の中に落とす。彼はそれを、壊れ物のように胸に抱いた。その膝が折れ、芝生の上に座りこんでしまう。
「アウラ……ずっと、探していたんだよ……」
悄然とうつむいてしまった海里の声は、深い悔恨と悲痛に満ちていた。
「大切な仲間なんだ。ずっとずっと、一緒にいた兄弟なんだよ」
海里の横顔に、癒しがたいほど深い孤独の影がさした。
マイキはゆっくりと、うなだれる海里の頭を自分の胸に抱きこむ。固くも強くもない抱擁。伝わって来る体温に、海里の頭が真っ白になる。そうして、空いている方の手で、マイキを抱き返した。
「……もう、いないんだ……わかってた。けど……あきらめきれなかったんだよ!」
アウラのことを思い返そうとすると、まるでもやがかかるように思考が散漫になる。霧の中で断崖絶壁の縁に立つような気分。その先には一歩たりとも踏み出してはならないという本能的な忌避感。
認めたくない。それだけは、考えたくなかったから。
だというのに、あれほど忌避したはずの言葉は、その瞬間、するりと口を衝いて出た。
「アウラ……もう、死んでいたんだな」
海里は、ようやく口にした。
上げた顔は、まだ苦痛に歪んでいたが、それでもどこか安堵したような色がある。
「シン兄、あの、黙っていてごめんね」
いいんだ、と否定するよりは、気にするな、と言いたげに海里は首を振る。
「俺が悪かったんだ。俺が未熟で、考えも浅かった。だから、トレトマンは何も言わなかったし、マイキにも口止めをした」
トレトマンの判断は正しかった。そう思う反面、どうにかできなかったのか、なぜもっと早くに知ることができなかったのか、と感情が幾重にも濁流する。
マイキを抱く手に力がこもったが、少年は何も言わない。
「何でだろうな……悔しいんだ……」
海里の身体は感情の揺らぎが抑えきれずに震えていた。だがそれは後悔からではなく、愛惜だった。
彼はすでに、別離を受け入れていた。
自身の感情を正しく言葉にするのが不得意な海里だったが、それでもようやく思ったのだ。
アウラは死んだ、と。
「うん……」
マイキはがしがしと、海里の硬い髪をかき回す。
彼は涙を流しているわけではない。ただ、それでも悲しんでいる。その死を悼んでいる。それだけはわかったから、マイキは何も言わなかった。
長い長い時間をかけて、仲間の死を、永遠の喪失を、海里はようやく受け入れることができた。
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