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背中合わせに立つ真実③「あんな化け物、捕獲なんて無理よ!」

 最悪だ、レヴィは口中で悪態をつく。

 人工島の西側に広がるのは、無味乾燥な倉庫とコンテナが延々と連なる倉庫街。港湾施設も兼ね備えたその区画は、さらに西の工業地帯を本土から隔てる障壁の役目も担っている。夜ともなれば人通りは消え失せ、まばらな街灯がアスファルトの路面を照らし出す。無機質な照明が、より一層空虚な雰囲気を醸し出していた。

 無人のガントリークレーンが暗い海に向かって整然と並んでいる様は、恐竜の骨格標本じみている。無人の倉庫街は人目を忍んでいる彼らが行動するにはうってつけの場所だったが、それは相手もまた、同じことだった。

 死体が並んでいても、ここなら明日の朝、港湾職員が出勤してくるまで発見される恐れはない。

 無人の大通りにはすでに、彼女の部下が数名転がっていた。生死の確認はできていない。それどころか、彼女自身が死体にならないよう隠れ潜むのがやっとだった。

「あんな化け物、捕獲なんて無理よ!」

 吐き捨てるように叫ぶ。今のレヴィは、相変わらず、着られている感の強い都市迷彩の戦闘服姿。仕事道具のラップトップは手元にはなく、代わりに拳銃を握っている。

 常なら銃器ひとつで得られる安心感は消え失せ、今すぐ頭からベッドに飛びこんで眠ってしまいたかった。

 夜のしじまに、豆をばらまくような音が響く。レヴィは恐る恐る、身をひそめていたコンテナから顔を出した。

 短機関銃の一掃射撃がコンクリート壁をうがち、窓ガラスを粉々に砕いた。

 射線の先にいるのは、黒っぽい格好の人間だった。

 もっとも、相対している者達からはすでに、人間に似た形をした何か、という認識に変わっていたが。

 頭部をすっぽりと覆うヘルメットに、水銀灯の人工的な明かりが反射する。中身は透けず、夜と同じ色を保ったままだ。

 仮面の男、つまりハルは、レヴィが率いる部隊に襲撃を受けていた。

 千鳥ヶ丘市に秘密裏に潜入したレヴィの部隊は非常に優秀だった。ものの数日で市街をうろついていたハルを探し出し、こうして深夜を狙って港へ追いつめることに成功する。

 だが一方的なはずの攻撃は、すぐさま立場が逆転した。

 黒一色で覆われた指先が一閃する。それだけで、兵士の身体が銃器や装備と一緒に切り刻まれた。

 持ち主の手と一緒に、拳銃が重い音を立ててアスファルトに転がる。兵士は落ちた手と、短くなった腕を交互に眺めている間に首が落ち、痛みと事実を理解する前に絶命した。

 八人いた兵士は、動ける者はすでに、レヴィを入れて三人しか残っていない。指揮系統はとうに壊滅し、残った者は容赦ない蹂躙にさらされるだけになっていた。

 と、黒い長身がアスファルトを蹴って飛んだ。コンテナ上に着地したハルは、そのまま飛ぶように走り、ある地点で降りた。

「……あ……」

 そこには、しゃがみこんだままのレヴィがいた。

 レヴィは反射的に拳銃を向け、引鉄を引く。小気味よい音が港に響き、ハルの身体が揺れた。

 それだけだった。

 弾丸は確実にハルの胸部に命中したはずだったが、動作に負傷を感じさせるものはない。

 肩で激しく息をしながら、それでもレヴィは拳銃をヘルメットから外さない。拳銃とハルとのわずかな距離が、最後の絶対防衛線だとばかりに男をねめつける。

「レヴィ曹長!」

 大型の自動拳銃の銃床が、ヘルメットの側面、ちょうどこめかみのあたりを打った。生き残っていた兵士が、背後から強襲したのだ。

 ハルはわずかに身体を傾けただけだったが、ヘルメットは受けた衝撃にバイザーが割れて蜘蛛の巣状のひびが入る。

 バイザーの一部が剥離し、地面に散った。

 ハルが顔を上げる。ちょうどそこは、水銀灯の真下だった。人工の明かりに、ヘルメットの内部がさらされる。

 レヴィはその顔に、違和感を覚える。

 だがそれを言語化する前に、ハルは後退するとそのまま走り出し、コンテナの角を曲がって見えなくなった。

「はっ……」

 レヴィの手が、銃の重さに負けたように落ちる。

 生き残った兵士が倒れた者達を一人一人確認し、三人以外に生き残りがいないことを確認すると、無線で別の場所に待機している部隊に連絡を取る。夜が明ける前に、この場から彼らがいた痕跡を消しさらなければならないからだ。

 優秀な部下、いや、兵士としての熟練度も階級も上で、作戦の必要上貸してもらっている彼らが走り回っている中、レヴィは唇を噛んで憎悪の感情を煮えたぎらせる。

「……あの目……」

 ようやく、胸中に生まれたずれを理解する

「これだけ暴れて、何で、あんなに涼しい顔をしてられるのよ……」

 割れたバイザーの隙間から見えた目は、微塵の動揺も隙もなかった。ほんの数秒前まで暴れ狂っていたというのに、男の眼差しはたったいま目覚めたばかりのような静けさを漂わせていた。

 もてあそばれた気がして、レヴィの中により激しく痛切な憤りがあふれる。

「あいつ……絶対に、ぶっ殺してやる……」



 翌日、海里は天条の同行を断り、一人で動き出した。

 マンションへ来て初めて自分の意思で行動を開始した海里に、ケイは靴を履くのを手伝っただけで何も尋ねはしない。

「これ、渡しておくわね」

 目の前に吊り下げられたのは、キーホルダーだった。先には名刺大のカードが付いている。

「下のオートロックの鍵なの。このマンションは、これを使うか、中にいる誰かに鍵を開けてもらわないと入れないのよ」

 今までは、天条か城崎に伴われていた為、海里もそれを見るのは初めてだった。簡単に使い方を説明され、上着のポケットにねじこまれる。

「今日は、主人の友達が来るそうなの。あなたも一緒にって言われてるから、日が暮れる頃には帰ってきて欲しいの。カードにここの電話番号も書いてあるから、遅くなりそうなら連絡してね」

「俺は……」

「わかってる。大事な人のところへ行くのね」

 苦笑まじりの声に、呆気にとられたのは海里だった。昨夜の会話から出た結論を彼女に話した覚えはない。

 天条に聞いたのかといぶかしがると、彼女はますます目を細める。

「何も聞いてないわよ」

 ケイは複雑ながらも穏やかな面持ちで首をかしげた。

「聞いてないけど、引きこもりがいきなり立ち上がれば、原因を考えてしまうものよ」

 当たったかしら、と無邪気に尋ねてくる様と彼女の寛容さに、海里は半歩引いてしまう。

「とにかく、行ってらっしゃい」

 うなずくと、ケイは玄関扉を開けてくれた。

「何も連絡をしないまま、いきなり姿を消してしまったから、会って話がしたい」

「そうね、話すのは大事よ。言わなくてもわかるなんて、相手に負担をかけるような考え方はよくないわ。そりゃあ、言葉よりも雄弁なものはあると思う。でも、伝える努力を放棄してはダメよ」

 ケイは立ち上がった海里の背を押す。

「あなたの思ってることを、ごまかさずに、萎縮せず、正直に伝えればいいの。正しい言葉を選ぼうとしてはダメよ、本当に大切なことは、あなた自身の言葉で語らないと意味がないわ」

 笑って、手を振ってくれた。

(本当に大切なこと)

 天条とケイ、二人の人間は同じ言葉を海里にかけてくれた。それらは彼に、どこか雲のようにつかみどころのない感情をもたらす。

 今からの行動が、どう次へと繋がるかはわからない。ただ、海里は結果はどうあれ、ここへもう一度戻ろう、と高層マンションを振り返って思った。


冊子版はピクシブのBOOTHで頒布しております。

こちらは5巻収録分です。

https://mutsugami123zero.booth.pm/

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