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背中合わせに立つ真実①「通り魔?」

背中合わせに立つ真実



 その廃墟は、千鳥ヶ丘市にあった。沖原家からは徒歩で三十分ほどの距離になるが、姉弟が訪れたことはない。

 かつては立派な病院だったが、十年ほど前に起きた火災で多数の死傷者を出し閉鎖に追いこまれ、現在は格好の廃墟探索スポットになっている。夏になれば、勢いだけはある無分別な若者達が、肝試しと称してたむろし、ボヤ騒ぎが起こる年もあった。市民から取り壊しを求める声も多数上がっているが、遺族への損害賠償問題を抱えたまま経営破綻を起こした病院側は費用が捻出できないと拒み、事故物件なので買い取る業者もいない為、おざなりに囲いがされただけで放置の憂き目に遭っている。

 廃病院は比較的交通量の多い街道より、山の方へ少し入った場所にある。破れたフェンスに、立ち入り禁止の文字もあせた立て札。その奥に、鉄筋コンクリートの建築物が建っている。三階建ての建物の窓はことごとく割れ、地上近くの壁はスプレーの落書きに埋め尽くされている。正面玄関奥の受付はがらんとしていて、内部に物はほとんど残っていない。受付の奥、二階へ続く階段は頑丈な防火扉が溶接され、それ以上進むことはできなかった。もっとも、無理をして登ったところで、一階と同様、当時の面影を残すものは何も残っていない。



 日付も変わった深夜、廃病院の屋上に動く影があった。

 影は、荒れ放題の庭を見下ろす。

 当時の病院は、病室からの展望も考慮に入れて建てられたので、屋上からは千鳥ヶ丘市を一望できた。

 影が見ていると、正面ロータリーにワゴン車が乗り入れてきた。あちこちにある落下物やゴミが邪魔なのか、ひどくたよりない運転だったが、どうにか正面玄関前に車両を横付けする。

 車内からひと組の男女が出てきた。女の方は甲高い声でわめき散らしながら、運転席から降りた男をせっつくように蹴りを入れる。男はそれによろめきながらも、後部ドアを開けた。

 二人がかりで引きずり出したのは、大きな毛布の塊だった。だが梱包が適当だったのか、運んでいる間に一角がほどけて中身がこぼれる。

 夜目に白く浮かび上がるのは、華奢な腕だ。

 女はそれを見て、半狂乱になってわめく。男はなだめるでもなく、何かの作業のように塊を運び続けるだけ。

 ここが廃病院でなかったなら、二人の行動は急患を運んできたように見えただろう。だがこの病院に至る道路は閉鎖されている。そのバリケードを乗り越え、さらに、こんな荒れ放題の敷地を見ても、まだ彼らはこの病院が経営していると本気で思っているのか、あるいは、別の目的があるのか。

 影は、二人が内部に入るのを確認すると、屋上から飛び降りる。途中で壁面を何度か蹴って速度を殺し、最後に彼らが乗ってきたワゴン車の屋根に着地。腹に響く重い衝撃音がして、屋根が大きく陥没した。

 たよりない月光に、影の輪郭が浮かぶ。

 ワゴン車に飛び降りたのは、沖原家から姿を消した仮面の男だった。彼は半ば突き破ってしまった屋根から足を引き抜き、二人を追ってガラスの割れた正面玄関から中に入って行った。



 女はがらんどうの病院で、声を張り上げ続けている。

「なんで、こんなことになってんのよっ!」

 二十歳そこそこだが、今は汗やほこりで化粧がはげ落ち、にじんだアイシャドウが目の周りで濃い隈になっている。髪や衣服は乱れ、実際の年齢よりも老けて見えた。

 血走った目は焦点が定まらず、興奮が彼女のろれつを回らなくしている。

「なんで、なんで、なんで……」

 同じことばかりを、傷の付いたレコードのように繰り返す。男は怒り狂う女を見ても、奇妙なほどに無反応だ。

 彼らが大荷物を抱えて入ったのは、第一診察室と札のかかった部屋だった。そこにはスチールデスクとベッドがまだ残っている。女は半ば裂けた仕切りのカーテンをまくろうとし、上手くいかないのに腹を立てて癇癪を起こす。

 彼らはここまで運んできた荷物を、なぜか斜めになったベッドの下に放りこんだ。

 ひとまず視界から消えたことで、彼らはようやく肩で息を吐く。男の方は、汚れた床にもかまわず座りこんでしまう。

 どちらも一言も発しない。疲労からか、それとも、叫んだところで、もう何もかもが手遅れだと気づいているせいか。

 互いの息が整い、外の虫の音が聞こえるほど静かになった頃、ふらりと女が動き出す。動きは緩慢で、どんよりと濁った目は何も見えていないように焦点が合っていない。

 と、出入り口に向かっていた足が止まる。女の喉から、ひっ、と小さな声が漏れた。

 破れたカーテンの向こうに、人影があったのだ。

 上から下まで黒ずくめで、頭部はヘルメットで覆われている。

「あ、あんた、誰よ……」

 女はようやく正気に返ったのか、しっかりとした口調で詰問する。

「もしかして、あたし達をつけて来たっての?」

 小刻みに震えながら、女は反射的に肩越しに振り返った。未だに状況がつかめないのか、呆けた顔で座りこんでいる男の隣、ベッドの下から、ストッキングをはいた足がのぞいている。

 女は苦しげにあえぎ、表情が再び狂気に覆われた。

「み、見た、こいつ見たっ! 見たわね、ちょっと、どうすんのよっ!」

 後ろの男に口から泡を飛ばしながら叫ぶが、反応は薄い。その態度に苛立ちが加速された女は、無謀にも仮面の男に殴りかかった。数回殴打した後、これではらちが明かないと判断したのか、そのあたりに落ちていた瓶を投げつける。しかし投擲できる物はそう多くはない。すぐに手近にあった瓶を投げつくしてしまい、女は肩で息をする。対照的に、仮面の男は小揺るぎもせずに立っていた。

 膠着状態に陥ったところで、仮面の男が一歩踏み出す。

 たったそれだけで、ここに至るまでに積み重ねた疲労と緊張の積が切れたか、女は恐慌状態に陥った。裏返った声で叫び、髪をかきむしり、何もしないでいる男を罵って蹴り飛ばす。

 獣のような声を上げた後、女はぴたりと叫ぶのをやめ、口元に露骨な嘲笑を浮かべる。

「あ、あ、あんたも、こいつと一緒よ。馬鹿な女なのよ、死んで当然なの。……そ、そうよ、みんな、みんな死ねばいいっ!」

 困惑と驚愕、嘲りから憤怒へと渦巻く感情が次々と吐き出される。女は他者が見れば怖気立つような狂気で顔を染め、仮面の男の襟をねじり上げる。

 その顔には、追いつめられた焦燥の色が見て取れた。

 死ね、死ね、死んでしまえ。

 がくがくと震えながら、女は仮面の男の首を絞める。ほとんど力は入っていない。むしろ手を離せば膝から崩れそうなほど足がふらついている。

 仮面の男の頭が、かすかに動いた。

 よくわからない、そう言いたげな様子だ。

 女が言葉にならない言葉を叫んだ瞬間、仮面の男は初めて手を動かす。

 その軌跡をなぞるようにして、女の身体が二つに裂けた。

 女の目は見開かれ、喉からひゅうと呼気が漏れる。

 それが、最後だった。

 女の顔から色が消え、ずれた身体がばらばらになって後ろに倒れた。

 照明のない室内でも、はっきりとわかる、液体の広がり。そこに沈む、女の身体。

 そして、女が真っ二つになったのを見て、それまで何もしなかった男が取った行動は、立ち上がって、そのまま歩き出すことだった。

 まるで夢から覚めて、いつもの部屋にいなかったことに気づいたように、のろのろと緩慢な動きで歩を進める。

 今までのことも、今起こったことも、これから何が起こるのかも想像しない、ただ機械的な歩みだった。

 再び仮面の男の腕が一閃し、男もまた、ばっくりと裂けて転がった。

 大して広くもない診察室に、死体が計三人分転がっている。足元の血だまりが自分のつま先を濡らす前に、仮面の男は踵を返した。



「通り魔?」

 日曜日の食卓が、不穏な話題で陰る。

 ユキヒはちらりとリビングのマイキを盗み見る。彼は朝に録画したガイアスターを再視聴中で、こちらの話は聞こえていないようだ。

「確か、新聞にも出てたわね。この近辺で、殺人事件が起こってるそうだけど」

「そうだ。ハルを探していたら警察の職質を受けてな。その時に聞いた」

 そう、とユキヒは気づかれないように息を吐く。毎夜毎夜、こりずに仮面の男、ハルを探していたタカフミはどうやら、その不審な行動に目をつけられたらしい。

 本人は、まったく気づいていなかったが。

 それどころか異常な手口の犯罪に、義憤を漏らしている。

「刃物で凶行に及んでいるそうだ。男女関係なく、人通りの少ないビルの裏手や、工場、昨日はこの近くの廃病院で男女の遺体が見つかったそうだ。と、こっちはまだ他にも事件性がありそうなんだが……」

 とにかくだ、とタカフミはテーブルから身を乗り出す。食後に出したコーヒーが大きく波打った。

「危ないから、夜の外出は控えるように。マイキにも言っておいてくれよ」

「えぇ、わかったわ。でも、お父さんも危ないでしょ、ハルさんを探すのは昼間だけにしたらどうかしら」

 暗に、もう探すこと自体をやめて欲しかったのだが、タカフミは逆に意欲に火がついたらしい。

「彼は、この国の言語や常識もよくわかっていないのだ、知らずに危険な場所に足を踏み入れてしまっていたら、それこそ恐ろしい結果を招きかねん」

「あのぅ、お父さん……ここは日本よ、どこのスラムの話をしてるの?」

「ユキヒ、おまえは聡明な娘だが、いかんせん経験が足りない。日本だから大丈夫、なんて安全神話はとうに崩れているのだよ。父さんも驚いたが、年明けにこの千鳥ヶ丘市で爆撃があったそうじゃないか。中距離弾道ミサイルでも飛んできたのか。まったく、恐ろしい世の中だよ」

 ミサイル級のものが飛来したことは間違いなかった。鋼鉄の巨人によって、市街の一角は焼け落ちて、すっかり瓦礫の山となってしまったのだ。どうやら、やっとタカフミは千鳥ヶ丘市に起こった事件の一端を知ったらしい。

(……どのタイミングで、海里さん達のことを話そうかな)

 ユキヒは父親に説明する為、こつこつまとめてきた機械知性体に関するメモをそっと手元に寄せた。


冊子版はピクシブのBOOTHで頒布しております。

こちらは5巻収録分です。

https://mutsugami123zero.booth.pm/

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