偽り家族の正しさ⑤「怪我、してるのね」
天条ユウシは理想的な上官だと、彼を知る大半の人間は考えている。彼にかかれば、日本人の欠点としてよく言われる、何事にも堅苦しく、感情を表に出さない部分も、物ごとをよく吟味し、衝動のまま行動しない。という評価になる。その一本筋の入ったような物腰は、他者からは現代の侍と呼ばれていた。もちろん、融通がきかず、柔軟性に欠けている部分もある。とはいえ、頭ごなしに他の意見を一蹴するような真似はしない。自分の譲れない部分を主張しつつ、相手の意見に耳を傾けるだけの情調さは持ち合わせていた。
優秀な上官だが、彼とは個人的な部分でも付き合いの長い城崎は、耳に入る噂話に同調できる部分は多い。同時に、それはどうだろうか、と首をかしげる時もまた少なくないのも事実だった。
天条は、彼から見れば、いつもかなり突拍子もないことを言い出しては周囲を困惑させる人物だ。
「彼を自宅に連れ帰る?」
今日もまた、上官の唐突な提案が始まり、城崎は目を吊り上げる。
「本気ですか? 自分は反対です」
天条の発言を適切に却下するのも彼の役目だ。オーストラリア本部では、彼の側には本来の副官が付き添っている。堅物副官なら、そもそも彼の奔放な言動など口にする前に視線で却下できるのだが、城崎の前では天条も気が緩むらしく、色々と失言が多い。
最初は若い自分をからかっているのかと思っていたが、ほとんどが本気だということに気がついてからは、いっさいの手心は加えていない。さすがに他の部下が見ている前で、大っぴらに上官を頭ごなしに否定するような真似はしないが、今のように室内に二人きりという状況になれば、即座に舌戦が始まる。
「しかし、いつまでも彼一人をここに置いておくわけにはいかんだろう」
今日の議題は、施設内に軟禁している海里の扱いだった。
城崎としては、軟禁なんて言葉がそもそも不本意だ。こちらとしては、あんな壊れかけで街中に出て、不要な混乱を招いて欲しくないから、仕方なく置いてやっているだけだ。もっと施設に人員が増えた際に、真っ先に放り出す粗大ゴミ程度にしか考えていない。
「この一ヶ月の経過を見る限り、彼は誰とも関わろうとしておりません。あの態度では、こちらが手をかけてやるだけ無駄かと思います」
機械の巨人達が海里を置いて行った際に、ほんの少しだけの同情から、施設内の居住を許したのが間違いだった、と城崎は唸る。厄介者を押し付けられて、いい迷惑だ。
怒気を漏らす城崎に、天条は溜息まじりの苦笑を返す。
「そんなにいけないことかね」
「良い悪いで言うなら、最悪です。ご自宅に彼を招くということは、当然、他のご家族に、彼という存在を説明する必要が出てきます。それに、自宅の方はこんな辺鄙な場所と違って市街地です。彼のような存在が人目に触れる機会も多くなるでしょう」
「正論だな」
申し訳なさそうに頭を下げる天条。しかし、城崎は追撃の手は緩めない。ここで相手が折れたと判断して引き下がれば、手痛いしっぺ返しを食らうのだ。
互いの視線が交錯する。意識を引き締め、完全制圧に乗り出す城崎だったが、天条の方がわずかに速かった。
「彼には今、誰かの手が必要なのだよ」
ほらきた、と城崎は内心で舌打ちする。天条の人助けスィッチが入ってしまったのだ。いや、この一ヶ月、どうにかして電源を落とそうと画策し、失敗に終わっていた。
「身体だけではない、心もまた傷ついているのだよ」
わずかに城崎は眉を寄せて考えこむ。天条の言うことは陳腐だが、正鵠を射ているのは彼にもわかる。
人工島での爆発後、トレトマンは海里の負傷は戦闘時に負ったもので、敵の爆撃に遭ったのだと説明してくれた。しかし彼の語る内容は簡潔でわかりやすかったが、何かの項目を飛ばしているような印象があった。
あの時、焼け焦げた青年を囲んでいたロボット達は、彼の負傷以外の何かに呑まれて立ち尽くしているように見えた気がする。
掲げた手が、つかめなかった何か。
一瞬だけ、城崎の視界が歪んだ。何かを明確にイメージしようとして、かぶりを振ってつまらない妄想を打ち消す。
「彼の悩み事など放っておけばいいでしょう。あの白いロボットも、邪魔なら物置にでも放りこんでおけばいいと言っていたではないですか」
「それはいくらなんでもたとえ話だろう」
「自分にはそうは思えませんでしたが」
しかし、と城崎から見れば根拠の薄い反論を持ち出してくる天条に、呆れ半分で鼻を鳴らす。
なぜわからないのか。子供のようにわめき散らしたい衝動にかられるが、別の個所では冷静に現状を把握していた。
城崎が天条の意見を受け入れられないのは、単純に、彼が海里のことを毛嫌いしているからだ。もっともらしい言葉を連ねて拒絶を重ねているが、その裏にあるのは、それこそ子供みたいに、好きになれない、という嫌悪感だけ。
この言い争いが、ほとんど形骸化していることはわかっている。
もうあと五分もすれば、城崎から折れる羽目になるだろう。天条の頑迷さに彼が根負けし、負けるが勝ちだと引き下がるまでのことだ。
それに、天条が一度手を伸ばした存在を放り出せない人柄なのはよく理解している。
(……俺も、拾われた人間だからな……)
意地を張ったところで、天条とはケンカをするような間柄ではないのだから。
せめてもの抵抗で、せいぜい不服そうな顔をしながら、嫌がらせのような態度で折れてやろう、と心に決める。そうしてしかめっ面のまま、反論する言葉を探した。
扉を開け、出迎えてくれた女性は、ほがらかに笑いながら開口一番に告げた。
「また拾って来たの?」
玄関ポーチに立っていた者の内、二人は同じ渋面を作って押し黙る。海里だけは、意味がわからずに首をかしげた。
海里が疑問符を浮かべる理由もわかった上で、女性は続ける。
「ごめんなさいね。主人は若い子が困ってると、後先考えずに拾ってくるのよ」
彼女の表情は微塵も困っているようには見えない。むしろ喜々としている。だが、下がり気味の眉がほんの少しだけさびしそうな角度になる。
「仕方ないんだけどね」
言って、彼女はこめかみから一筋、脂汗を浮かべている天条の様に、口元に手を当てて笑う。ますます気まずそうに肩をすくめる彼と、隣で似たような状態に陥っている城崎とを交互に眺めてから、彼女は大きく扉を開け放った。
「とにかく、入りなさい」
彼女は少々強引に、棒立ちになっている海里の手を取る。自然と引き寄せられる格好になった彼に続いて、硬直の解けた二人も続く。
「あーっ、城崎さんだ!」
ぱたぱたと軽快なスリッパの音と一緒に、ぬいぐるみを抱えた少女が飛び出してくる。
「城崎さんに似てるお兄ちゃんも一緒!」
足元にまとわりついてくる少女に、城崎は反射的に廊下の壁に手をついて自分を支える。子供の動きは読みにくいので、注意しなければ蹴り飛ばすか一緒になって転倒してしまいそうになる。
「ちょっと、ルミネちゃん。ここは狭いから……」
「ねぇねぇ、今日はお泊まりなの? 遊ぼうよ!」
上着の裾を容赦なく引っ張って来るルミネの扱いに困っていると、すっと細い手が伸びる。
「駄目よルミネちゃん。みんなが通れないでしょう」
「はぁい、ママ」
歓声を上げながら、少女は今度は先にある洗面所に飛びこみ、手招きする。
「城崎さん! 外から帰ったら、うがいと手洗いだよ」
「あー……。うん、わかったよ……」
色々とあきらめた様子で、城崎は少女の後をついて行く。ついでに、廊下の真ん中に放り出されたクマのぬいぐるみも連れて行く。
「あらあら、すっかり飼いならされちゃってるわね」
「ケイさん、ちょっと、言い過ぎかと……」
あなたも行って、と女性は天条も同じようにして洗面所の方に押しやると、次に玄関先で靴が脱げずにまごついている海里の肩に、そっと手を置いた。
「怪我、してるのね」
座って、と彼女は軽く肩を押す。逡巡の後、海里は腰を下ろす。彼女は前に回りこむと、玄関にしゃがみこんだ。
「酷いわね。せっかく格好いい顔をしてるのに、台無しよ」
少し声をひそめ、彼女はくしゃりと相好を崩す。痛ましそうな表情だったが、無理からぬ反応だった。海里は顔だけではなく、全身が包帯まみれになっている。他者の同情を誘うのに十分な状態だ。もっとも、これらは傷の手当てとして巻かれたのではなく、露出した機械部分を隠す為の処置だったが。
「…………あ……」
海里は言葉にならない声を漏らし、結局は口をつぐむ。そうして、ほっそりとした指先が靴にかかるのを、黙って見ていた。
「私は、ケイ。あの子は私の娘のルミネ。でも、もしかして、もう知り合いなのかしら」
少女を見知っているのは確かなので、海里は首肯する。
そうして、丁寧に靴を脱がされた。しかし彼女は動こうとしない。相手が何か待っている様子なのに気がついた海里は、わずかに考えこんだ後に顔を上げた。
「……俺は、海里シンタロウ……」
かろうじて、彼はそう答えた。
「そう、海里君ね。それとも、シン君がいいかしら?」
さっぱりとした口調で言ってから、ケイは海里の返事を待たずに立ち上がる。
「早く治るといいわね」
言って、海里の頬をそっと押す。少し冷たい指先が心地よかった。脇をすり抜ける彼女を追って、立ち上がろうとする。
直後、廊下についた腕が自重を支えきれず、盛大に壁に身体を打ちつけてしまったが。
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