偽り家族の正しさ④「あれは、人間が作った機械とは違う」
「ハルはどこに行ったんだ?」
知らない、と姉弟は首を振る。そうか、とタカフミは適当に伸びた髪をかき回し、顔を伏せた。
「どうも、昨日の昼くらいから姿を見なくてな、あっちこっち探したんだが……家にも帰ってないとなると……」
どうしたものか、と腕を組んで考えこむ。
「そういえば、見かけないなって思ってたのよね」
「ユキ姉、気がついてなかったの?」
沖原家は夕食中である。父親の話を鵜呑みにするなら、仮面の男はもう一日半も行方をくらませていることになる。
「お腹が空いたら帰って来る、ってこともないから困るわよねぇ」
「ハル兄ちゃん、シン兄みたいだよね。やっぱり、オリジネイターなのかな?」
「そんな気がするんだけど、本当のところはどうなのかしら。あ、でも、海里さん達のことは、お父さんにはまだ内緒にしましょうね」
「そうだね。話したら、今度はトレトマン達を探すって言って、出て行くかも」
ロボット好きだし、とマイキは小学生にしては冷静に父親の趣味嗜好を理解していた。
何も姉弟はタカフミを除け者にするつもりはない。だが、彼は日本を長く離れていたので、二月に千鳥ヶ丘市で起こったロボットの襲撃や、先月の人工島であった爆発事故、歌姫の死など、機械知性体に関する件を何も知らなかった。日本の騒動はともかく、世界的に電波ジャックされた、機械知性体の人類殲滅宣言も知らなかったことにはユキヒも驚愕した。一体、どれほどの情報過疎地にいたのか気になったが、タカフミは仕事の内容を子供に説明しないので、彼のここ数ヶ月の行動は闇の中だ。
(けど、あの仮面の人に関しては、何か知ってるようなのよね)
いくらマイキが拾ったとはいえ、タカフミがあそこまで彼に執着する理由はないはずだ。
先日もそれとなく訊ねてみたが、あからさまに焦った顔で逃げてしまった。
(怪しいわ……)
しかしその隠された部分を探る為には、こちらも情報を開示する必要がある。話してしまえばはっきりするだろうが、あいにくと、ユキヒには彼らの存在や目的を筋道立てて説明しきる自信がない。
当人達がいれば、一番話が早いのだが。
(あの通信機一個だけで、これを作ったのは深海に住んでる機械エイリアンです、って言っても、説得力ないわよね)
テーブルの端には、彼らが置いて行った唯一の証拠品がある。見た目は携帯電話に酷似し、実際に機能としては似たようなものだ。だがこの回線を相手につなげる手段をユキヒは知らないので、この機械は現在、ペーパーウェイト程度の使い道しかなかった。
親子は互いに、違ってはいるが、恐らく似たようなことで頭を悩ませている。
「ハル……どこだ……」
「お父さん、今さらだけど、勝手に名前を付けて呼んでるけど、いいの?」
いつの間にか、タカフミが叫んだ言葉がそのまま彼の呼称として定着してしまった。
「うん? しかし、文句は言われてないしな。それに、自分が呼ばれてる認識はあるみたいだぞ」
自分の食事を終えたタカフミは、流しに食器を置くと上着を手に玄関へと向かう。
「もう少しだけ探して来る」
行ってらっしゃい、とユキヒは気のない様子で手を振った。
どうせ、明日あたりにふらっと現れる。ユキヒはそう考えていた。
まるで餌付けしていた野良猫が急に姿を見せなくなり、心配になって探しているようなタカフミを、ユキヒはもう彼の好きにさせることにした。ご近所には、懐中電灯片手にハル、ハル、と叫んでいる姿は、それこそ犬や猫を探しているように見えるだろう。
「……暇なのかしら」
この土日は捜索に付き合う必要があるわね、とユキヒは思いながら、最後の一口を放りこむ。
いや、と即座にかぶりを振った。
何をのんきなことを、とここしばらくの平和ボケに顔を青くした。
(何も起こってないように見えるけど、きっと、何かが動いてるのは間違いないわ)
海里達が姿を消したのも、そこに原因があるはずだ。
(こうやって、面倒だなんて思うのは、テレビの向こうで安全だって叫んでる人達と、何も変わらないわ。そうよ、何か……早く、何かしないと、きっと、もっと大変なことになる)
それにハルが本当に、こちらにとって安全な存在なのかもわからないまま、タカフミを彼に近づけるのは得策ではない。
ユキヒも食器を持って立ち上がる。
「マイキ、お父さんに、海里さん達のことを話すわよ」
急に五分前と意見を真逆にした姉を、マイキは丸い目で見上げてくる。だが言葉にして説明しなくとも、ユキヒの気迫が伝わったか、すぐに力強くうなずきを返した。
第一格納庫に城崎は立っていた。
その名称は、現在の使用者である彼らが適当につけただけで、元はタクシーの車庫になる。倒産前まではかなりの規模があったらしく、広さは十分にあった。
打ちっぱなしのコンクリートの床に、鉄柱と波板の大味な建物だ。足元から忍び寄る冷たい空気も、この建物が人の為のものではないことを実感させる。
機械知性体の面々を一時収容する為、機材を大きく移動させたので、内部は妙にがらんとして見える。今日の仕事は、入り口脇に積まれたコンテナの中身を出して検品することだった。本来なら、届いた即日に開封しなければならないのだが、何のかんのと後回しにしている間に日にちが過ぎてしまい、事務官に計上ができないと小突かれてしまったのだ。
「……やるか」
手持ちのクリップボードに挟んだ書類には、積載品の内訳が記載されている。補給物資は食料や部品類が主で、弾薬や燃料はない。城崎としてはそちらの方も早く手に入れたかったが、ここは日本。軍隊のない国に、不用意に武器を持ちこむことは即座に国際問題へと発展しかねない。
とはいえ一ヶ月前のような事件もある。申請だけでも出しておくか、と意識を切り替えようとした彼に声がかかる。
「ぃよっ! カズ、がんばってるか?」
振り向くと、同僚のウィリアム・ハント少尉がのろのろと歩いてくるところだった。携帯食をかじりながら気楽そうに手を振ってくる。その後ろからは、ザカリー・フリーマン曹長が続く。
ハントは城崎と同年代の男性だ。典型的な東洋系の彼とは正反対の金髪碧眼。快活な性質で、声も大きくよく通る。動き回っている様は、自然と他者の目を集めてしまう。
「……今から始めるところだ」
城崎は反射的に渋面になる。
「んだよ、もう終わった頃だと思って来たってのに。かったりーなぁ、どうせなら、フェリシアちゃんのたくましくも美しいヒップを見ながら荷物整理させろよ」
食べこぼしながら尻をかいている姿は、だらしない、の一言に尽きる。初対面の女性に微笑んで甘い言葉のひとつもかければ、誰もがうっとりするような美男子だが、いかんせん品がない。言動は軽薄で、しゃべればしゃべるほどぼろが出るタイプだ。
「ウィル、おまえは邪魔をしに来たのか手伝いに来たのかどっちだ」
食べ終わった携帯食の袋をその辺に捨てようとするハントの手を、城崎はバインダーで叩く。
「って、いてぇなカズ! もちろん手伝いに来たんだよ。ここでゴマすっとけば、フェリシアちゃんに見直してもらえるかなーって思ったんだよ。じゃなきゃ誰が野郎と薄暗い倉庫で片付けなんかするかってんだ!」
フェリシア・モーリス軍曹は事務官だ。チョコレート色の肌に、鋼鉄のように冷えた眼差しが特徴の女性である。
「だいたいよぉ、荷物運びなんざ、俺とザックの手にかかればちょろいもんだ! ジジイ、やるぞ!」
それまで後ろに控えていたフリーマンが首肯する。彼の外見はある意味、ハントよりも特徴的だった。黒い肌に団子鼻に金髪。その三つだけで詳細な似顔絵が描けそうな壮年男性だ。
「フリーマン曹長、お願いしますね」
「おいおいカズ、いくら日本が年功序列社会だからって、俺の方がザックのジジイより階級が上なんだから、俺に言うのが正解だろうが」
「……勤続年数なら、フリーマン曹長の方が圧倒的に長いぞ。それに、何度も言うが、俺は日本人じゃあない。国籍はオーストラリアだ」
「へいへい、だからアボリジナルのジジイには敬意をはらうわけだ」
いいから始めるぞ、と城崎はもう一度バインダーを振り上げると、ハントは唇の端をとがらせながらも降参のポーズを取った。
「わかったわかった。けどよ、もうちょっと人数が欲しいところだな。そうだ、あの機械のガキはどうよ。俺らより馬力ありそうだぞ?」
ハントの愚痴に、城崎は反射的に背筋を硬くする。しかし同僚のこわばった表情に気づかないハントは、気楽そうに続ける。
「大佐から話を聞いた時は、ジャパニメーションに毒されたのかって心配したけど、ありゃあ本物だな。まさに未来からやってきたターミネーターだ」
おまえの発言も映画の影響だろう、と城崎は思ったが、これ以上海里に関する話題を続けたくなかったので、無言で背を向ける。
「……ハント少尉、口を動かす前に手を動かせ」
「んだよ、カズは妙にあいつの話を避けるよな。もしかして、副官だから俺らも知らない極秘情報をまだ握ってるとか?」
その点に関しては事実だが、城崎が海里や機械知性体の話を避けるのは、機密保持とは異なる感情からだった。
城崎は苦りきった溜息をつく。悪意のない、しかし的確な指摘ほど人は激しく打ちのめされる。
「あれは、人間が作った機械とは違う」
穏やかだが重い響きの声が割って入る。フリーマンはいきりたつ城崎をいなすように、静かにかぶりを振って、告げた。
「そこらにいる機械はもっと素直で、わかりやすい。あぁして迷路に迷いこむように考えこむ様は、そうだな、おまえさんと変わらん若造だ」
それもまた、正しい見解なのだろう。頭では冷静にそう判断できても、感情が追随しない。やるせないさびしさを覚えてうつむいてしまうと、場の空気の変化をようやく察したハントが、やるか、と景気よく手を叩いた。
片付けは、まずはコンテナから出した物品をブルーシートの上に並べ、それらをハントが読み上げて城崎が計上し、チェックした端からフリーマンが仕分けして行く。
だが、すぐにハントが音を上げた。シートの上に寝転がり、ばたばたと手足を振り回す。
「あー、あー、あー。俺もう疲れた。限界。明日にしようぜ! で、飲みに行こうぜ!」
「まだ半分も終わっていないぞ」
「半分終わればいいじゃねぇかよ」
「今日中に終わらせなければ、モーリス軍曹の入力作業が終わらない。つまり、彼女が残業になる」
「はっ、そうか。こんなくそつまんねー労働を手っ取り早く終わらせて、んで、フェリシアちゃんを飲みに誘えばいいのか!」
ひょう、とよくわからない奇声を発してハントは腹筋だけで跳ね起きる。
「俺さー、日本の居酒屋ってやつに行きてぇんだよ。カズ、おまえはもう行ったか? カラオケしたか?」
「俺は歌わない」
だが、五分後。
「なぁなぁ、カズ、飽きた」
「…………いい加減にしろよ」
城崎はもう一歩も動けないとのびきっている男に、手にしたボールペンを脳天に突き刺したい衝動にかられる。
「カズぅ、日本にはヤマトナデシコってすっげーかわいい女の子がいるんだろ? なぁ、紹介してくれって!」
「ナデシコ? 植物のことか?」
「そうじゃなくてだな。……ていうか、カズは日本人のくせに、どっか日本語が微妙なんだよなぁ」
「だから、俺は東洋系だが日本に来たのはこれが初めてなんだ。語彙の方は現地人よりは不自由していても、日常会話に支障はない。それより、挨拶以外に日本語が話せないおまえが、どうしてこっちに来たのかその方が疑問だよ」
まぁなぁ、とハントはへらへらと気楽そうに笑う。
「日本人の大佐とカズ、才媛のフェリシアちゃんに、機械オタクのザック。んで、俺は狙撃と軍隊格闘はそこそこいけるけどよ、今回の任務じゃあ、重火器類はいっさい持ちこめなかったもんなー」
俺の存在価値ねぇな、とハントは金髪をかき回す。
残念ながら、城崎もそれは感じていた。最初に補充要員のリストを見た時には目を疑い、天条に再確認を入れたほどだ。
「俺も来るつもりなかったんだけどよ、どうにも副官殿と相性が悪くて毎日ストレスたまりっぱなしだったわけ。で、たまんなくなって、ダメもとで申請したら、あっさり通ったんだよ」
厄介払いされたな、と城崎は口には出さないが確信する。オーストラリア本部にいる本来の天条の副官である男は、堅物どころか石から生まれたのではないかと揶揄されているくらいに融通がきかない。天条が不在になった現在、彼が本部で指揮を執っているのだが、ハントのような奔放さは彼には扱いづらいのだろう。
「来るなら、日本びいきのミックだと思っていたが」
「あぁ、あいつは日本文化が大好きだもんなー」
そうそう、とハントは起き上がる。そのままむき出しの鉄骨が並ぶ天井を見上げ、言った。
「あいつ……死んだってよ」
それまでの騒々しさを打ち消すような声音だった。
城崎は反射的にバインダーから顔を上げ、ハントを見やる。だが彼は、かすかに瞳を細めるだけ。
「いつの作戦だ」
本当か、とは聞かなかった。彼の態度が雄弁に事実を物語っている。これで気づかなければただの阿呆だ。
「休暇中にだ」
答える為というより、独り言のようにハントはつぶやいた。
「実家に帰った先で、伝染病にかかって村ごと、らしい」
「そう、か……確か、娘の誕生日に合わせて休暇を取ると言っていたな」
「あいつの村、地図にも載らねぇような小さいところなんだってな。すげー貧乏で、子供の頃は靴もはけなかったけど、今は村の出世頭だから、金ためて井戸を掘るって言ってたのによぉ」
ハントは再びビニルシートの上に倒れた。ごろりと手足を投げ出し、高い天井を見上げる。
「嫁さん自慢ばっかで、子供をダース単位で作るのが夢だとか、うらやましいんだかアホなんだかわかんねーことばっか言って、そのくせ、ポーカー弱くて俺に一ヶ月分の稼ぎ巻き上げられて。娘の誕生日プレゼントの資金だけは返してくれって、泣いてすがってくるような駄目野郎だってのに……」
くすぶっていた感情に火がついたのか、ハントは濁流のように言葉を吐き出す。
「何で、あいつが死ななきゃなんねーんだよっ!」
拳でコンクリートの床を殴った。衝撃で、積んでいた備品が倒れたが、意にも介さずわめき続ける。
「しかも、村は封鎖されましたとかで、あいつの遺体がどこに埋葬されたのか、そもそも、本当に死んだのかもわかんねーんだぞ。村の人間全員死んだって、詳細な状況を証言する奴が誰もいねぇって、そんないい加減は話あるかよっ!」
もう同意が欲しいというより、つもり積もった不満を端から放り出しているだけの無秩序な叫びが続く。
頭を抱えてシートの上を転がっているハントを、城崎は黙って見つめていた。だが視界に入れているだけで、彼の瞳はもがいているハントを素通りし、憐憫の情をその向こうにいる同僚に捧げていた。
彼らの正反対な鎮魂の横で、フリーマンは作業の手を止めることはなかった。
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