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偽り家族の正しさ①「流星の勇者ガイアスターは、近年放映されたロボットアニメの中では屈指の名作に入る!」

偽り家族の正しさ



 沖原家の朝は、ユキヒが起床するところから始まる。

 まだ寝ぼけた目のまま朝食の用意をし、ある程度の準備ができたら弟を起こしにかかる。マイキも基本的には自分で起きてくるのだが、たまに手ごわい日もあった。

 それは、ありふれた日常の繰り返し。

 だが、その日はかなりの異彩を放っていた。

 朝、起き出してきたユキヒは、リビングの光景に反射的に眼鏡をかけているかどうかをまず確認した。

 今日は梅雨の晴れ間で、差しこむ光は明るい。沖原家のリビングには柔らかい光が満ちていた。

 そして、そこには二人の人物がいた。

 一人は、数ヶ月ぶりに日本へ戻ってきた沖原家の大黒柱であるタカフミ。

 もう一人は、昨日、弟が浜辺で拾ってきた謎の人物。

 ユキヒの推測だが、彼は人間ではない。

 これだけの説明ではまるで何かの喜劇のようだが、残念なことにすべて事実だった。

 実際、仕事中毒のタカフミはなかなか自宅に戻らない。それどころか、日本にすらいない。

 謎の人物は、一夜が明けても未だに仮面をかぶったままで、正体は知れないでいる。

 その彼らは二人、テレビの前に座りこんでいる。彼らの脇には丸まった毛布が転がり、ジュースの空き缶やつまみの入っていた袋も転がっている。これが酒ではない理由は、単にタカフミが下戸だからだ。

 どう少なめに見積もっても宴会後のような惨状に、ユキヒの顔はひきつる。

 戸口で棒立ちになったままの娘に気がついたタカフミは、爽やかに手を振ってくる。

「あ、おはようユキヒ」

「……お、お父さん……?」

 何をやっているのか、そもそも、一体全体これはどういう状況なのか。

 刹那の間に疑問符があふれかえってこぼれ落ちそうになり、ユキヒはふらつく頭を押さえる。

「おはようじゃなくて……」

 そこでユキヒは、昨夜の顛末を思い返す。

 父親の帰還パーティーもそこそこに、問題となったのは件の青年だった。

 タカフミが語学力を生かして根気よく話しかけたが、最終的にわかったのは、何もわからないということだけ。

 一度、タカフミが強制的に仮面を外そうと彼の頭部に手をかけたが、ゆすっても振っても外れない。さすがに青年も不快だったのか、軽い一撃が放たれた。タカフミは後ろのソファに倒れこんだだけで怪我はない。

 夕食後の家族会議の結果、一家の主としてタカフミは彼を放り出す案を提議した。ユキヒもアルトゥンのように保護を必要とするような状態なら引きとめたが、相手は頑強そうな青年。しかも海里達、機械知性体と連絡が取れない状況では、彼女達のようなただの人間では何も対処できない。罪悪感はあったが、このまま沖原家に居続けてもらうには、彼女自身かなり抵抗があった。

 それに、ユキヒが父親の提案を素直に飲んだのには根拠があった。

──  Spring has come.

 直訳すれば、「春が来た」になるが、そんな言葉がなぜ、あの場面でタカフミの口から出たのかいまひとつわからない。何かの比喩か、あるいはもっと別の意味があるのか。そこからユキヒは、タカフミは、彼に関して何か知っているのではないか、という疑念を持ち始めていた。

 彼を放り出すにあたって、連れて来た張本人であるマイキだけは反対したが、姉と父親は根気よく説得し、最終的にはタカフミの提案を飲んだ。

 かなり、不満そうな顔をしていたが。

 最終決定は成された。しかし、玄関からぽいと放り出すのではなく、タカフミがある程度離れた場所まで連れ出すことになった。

 まるで拾ってきた犬や猫をもう一度捨てるような状況にユキヒの胸は痛んだが、これも家族の安全の為と大義名分を振りかざして父親を見送ったのだ。

 そうして、念の為に何か罠でも仕掛けておけ、と物騒なことを言い残して出て行ったタカフミだった。

 父親の常識に感謝と、そして青年に対して罪悪感を覚えつつ、ユキヒは言われたとおり、姿身を移動させて扉の前に軽いバリケードを作ってから就寝する。

 そう、彼は沖原家と縁を切ったはずなのだ。

 昨夜の不安に重い胸中のまま階下に降りたユキヒだったが、その場の光景には怒りも呆れも吹っ飛んで、無心になってしまうほどの衝撃だった。

 実を言えば、何となく、こうなるのではないかという予感はあったのだ。

 ユキヒはアルトゥンを、能力の支配下にあったとはいえ見捨てることができなかった。彼女の父親は、ユキヒにそんな性分を与えた根源になる。

 タカフミが仕事に振り回されているのは、頼まれると断れないから。紹介者をすぐに思い出せないような依頼でも、自分に関わりがあるのなら、と簡単に引き受けてしまう。

 一度、他者と関わってしまえば、それがどれだけ細いつながりでも、手放すことができないのだ。

 ユキヒも部屋を出た段階で、階下からの声が届いていたので、何となく見当はついていた。しかも、聞こえる声の調子がとても楽しそうだったので、逆に彼女の気分は下降する。

 予感は的中し、ユキヒは昨日よりも状況としては悪化している現実にめまいを起こす。

 同時に、彼のように正体の知れない存在が家の中にいることに、ユキヒはまるで一ヶ月前に戻ったような錯覚を覚えた。

 機械知性体の面々と、幼い少女。彼らがいることが日常だったあの頃。

(でも、彼は海里さんやアルちゃんより難問かもしれないわね……)

 ユキヒは嘆息する。正体のよく知れない存在が生活の中に入りこむことが常になっていることを、もはや異常と思えなくなっている沖原家の面々だった。

 どうやって今回の事態も乗り越えようかと唸っていると、タカフミの熱弁が耳に届く。

「流星の勇者ガイアスターは、近年放映されたロボットアニメの中では屈指の名作に入る!」

 彼は、何も言わない相手に延々と、子供向けアニメについて熱く語っていた。テレビ画面には、件の番組が流されている。マイキが熱心に録画していたものだ。

「今年の春から第二期シリーズに突入した。この話の核は、何と言っても敵役である、シュヴァルツの存在だろう。彼の存在を知るには、主人公である星野流星が地球にやって来る前の話から始めなければならない。現在と同じく、宇宙の平和を守る為に奮闘していた彼だったが、当時の流星には愛する者と無二の親友がいた。二人は、ダークマターと終わりの見えない戦いを続ける流星の心を癒す存在だったのだ。だが、ある日、そのかけがえのない存在は二人そろって敵に捕らわれてしまう。敵は非情にも、命の選択を流星にゆだねたのだ。彼女を取るか、親友を取るか。だが思い悩む流星の心情を察し、シュヴァルツが自らを犠牲にして彼女を救い出したのだ。彼女は生きて流星の元へ戻れたが、シュヴァルツの生死は不明となった……」

 長い長いあらすじは、まだ続くらしい。

「そんな過去話を前提として始まった第二期シリーズ。そして新たに出現したダークマターの幹部に、君のような覆面の男がいたのだよ。彼は他の幹部とは異なり、地球人類の殲滅などには目もくれず、最初から敵である流星だけを執拗に狙い続けて来たのだよ。そのやり口は狡猾で、確実に流星の弱点をつき、周囲の人間を巻きこむことも辞さない容赦のない性格。そんな残虐非道な存在だったが、流星は倒すべき相手である彼の行動の端々に、なぜか懐かしさを感じてしまうのだよ」

 さっと横から取り出したのは、子供向け雑誌のガイアスター特集号だった。黒仮面に黒装束の男が、いかにも悪役らしいポーズで主人公に刃を向けている構図だ。

「そうして、流星の想像は最悪の形で的中してしまう。そう、仮面の男こそ、かつての友であるシュヴァルツだったのだよ。驚愕し、混乱する流星。なぜと問いかけても、返ってくるのはすべてを見透かしたような冷笑だけ。彼の本心は、どうやって生きのびたのか、生きていたのなら、なぜ流星のところへ戻らなったのか、疑問は尽きない。それよりも、流星は気づいてしまったのだ。ダークマターは宇宙の平和を脅かす存在。彼は悪を打ち滅ぼす正義の味方として今まで戦ってきた。だが、いま敵として立ちはだかるのはかつての友。彼と相対することはすなわち、平和を願う友との約束と、その友を見捨てたという罪悪感とも戦わなければならないのだということに!」

 拳を握って熱く語るタカフミを、娘のユキヒですら止めることはできなかった。彼の独壇場は最高潮に達する。

「ことは、単純な正義と悪のぶつかりあいではすまされないのだ。正義とは何か、悪とは何か。人質を取ったダークマターは許し難い存在だが、流星は決断を鈍ったことで危うく二人を失う結果を生むところだった。自ら犠牲の道を選んだはずの親友に、今は刃を向けられる。悪として彼を倒すことが本当の正義なのか、正義とはそもそも何をもって正しい行いと判断するのか!」

 陶酔しきった表情で天井を見上げ、それからタカフミは急にあっさりとした口調になる。

「もっとも、昨年の第一期放映開始の段階では、二期まではスタッフも考慮に入れてなかったのだろうな。この幼馴染や恋人の設定に後付け感が漂うのは否めない。だが、なかなかに熱い展開だと思わないかね?」

「思う思わないじゃなくて、何してるのお父さん。それと、その人はどうしてここにいるの?」

 ユキヒは呆れながら時計を見る。こんなことで、朝の貴重な時間を五分も無駄にしてしまった。消費してしまった時間と、これからの段取りを計算し直す。

「この人はいい奴だぞ。一晩ですっかり打ち解けた。やはり、男同士の友情は河原か海岸で殴り合いに限る」

 実際には殴り合いも何もなかったことを、ユキヒはよく知っている。つまるところ、自分から放り出す宣言をしておきながら、タカフミは彼の手を離すことができずに一緒に戻ってきたのだろう。

「もしかして、一晩中こうしてたの?」

「さすがに、ガイアスターの未視聴分を一気に消化するのは無理だったな。途中で何度か意識が飛んだ。気がついたら、オープニングばかり見ていたぞ」

 後でもう一回観よう、とタカフミは上機嫌だ。ほぼ徹夜状態とは思えないほどにテンションが高い。もっとも、彼は睡眠時間を小刻みに取るタイプだ。自宅にいる間は、眠っている時間がもったいないとばかりに夜中に起き出してはごそごそと何かやっている。そして翌朝にはたいてい、今のリビングのような状態に陥り、朝一番からユキヒは片付けを始める羽目になるのだ。

 そういえばそうだった、と父親の生活習慣を思い出すユキヒだった。

「打ち解けたんじゃなくて、返事がないだけでしょう」

「まぁまぁ。あ、洗い物は父さんがやっておく。ユキヒはご飯を食べてしっかり化粧してから出勤しなさい」

「……マイキも起こしてもらえると助かるけど……」

 わかったぞ、と走って階段を上って行く父親を横目に、ユキヒは台所へと向かった。朝の時間は貴重なのだ。もう一分も無駄にできないと、彼女は朝食の用意にかかる。

 と、そこで、冷蔵庫の扉に手をかけた格好でユキヒは考える。

(彼って、食事はいるのかしら?)

 昨夜も一応、彼の分の夕食も用意したのだが、手をつける様子はなかった。食事をすれば、必然的に仮面を外す必要が出てくるのでそこを期待したのだが、冷めた煮こみハンバーグが一人前残っただけ。

(海里さん達も、私達と同じ食事はいらなかったから、彼もかしら)

 しかしそうなると、彼もまた、海里達と同じ機械知性体であるという前提が必要になる。

 人間か、機械知性体か。

 ユキヒの想像では限りなく後者だったが、まだ何とも言えない状態でもある。

 結論は出ないので、昨日と同じく用意だけしておくことにする。余れば、今日は自宅にいるはずの父親が片付けてくれるだろう。

 夕飯の残りを出し、卵の数を数える。牛乳が足りないから、帰りにスーパーに寄る必要があるだろう。父親が帰って来たのだから、今夜は彼の好きなものばかりテーブルに並べてあげよう。

 すっかり上機嫌になって、買い物リストを作りながら食事の用意に忙しいユキヒの中で、仮面の青年の存在はすっかり忘れられていた。

 否、危険な存在かもしれないという認識が、限りなく薄くなっていたのだ。

 機械知性体が、海里達が人間に危害を加えるような行為をよしとしなかったから。

 ただユキヒは、何の為に海里達が深海世界から地上へ姿を現したのか、根本的な目的を忘れていた。


冊子版はピクシブのBOOTHで頒布しております。

こちらは5巻収録分です。

https://mutsugami123zero.booth.pm/

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