ハル、来たる②「鋼鉄の巨人……」
「そうして、地下から出てきた存在を前に、我々にできたことは……隠すことだけだった」
世界防衛機構軍情報部所属のハワード・マクミラン少将は、副官であるクリス・スター大佐に告げる。
「隠したのですか」
スターは金髪碧眼の、やや中性的な雰囲気が漂う青年だ。年齢は五十半ばのマクミランより一回り以上も年少で、三十路に足をかけたばかり。情報部の副官という重責を背負うには、あまりにも若すぎる。実は親子ではないのか、とやっかみまじりで囁かれているほどだ。
対するマクミランは肩書から誰もが想像するような偉丈夫で眼光も鋭い。ブラウンの髪に白いものが多く混ざり始めているが、挙動には加齢による衰えは見受けられない。
「秘匿するということは、案外難しいものなのだよ。まさか古代文明のように、王墓の建造に関わった者全員を生贄にするわけにもいかんだろう」
おどけてみせたが、スターの反応はいまひとつだった。彼のジョークがつまらなかったというより、彼らの眼前にあるものへ心を奪われている様子だ。
(無理もないだろう)
マクミランもスターと同じく肩書に副や補佐の字がついていた頃、当時の上官に伴われてここへ足を踏み入れた時には同じように言葉を失った。
彼らが立っているのは、洞窟の内部だった。自然の手が長い年月をかけて構築した巨大な地下空洞。
だった場所になる。
現在も空洞には違いないのだが、壁面のほとんどは内側から補強され、その表面を木の根のように様々な配線やパイプ、ケーブル類が張りめぐらされている。内部にいる者はここが土中ではなく、窓のない実験室にいるような錯覚を覚えるほど近代的な様相を呈していた。
スターが視線を外せないでいるのは、唯一手をくわえられていない正面の壁面だった。いや、壁のすべてが、「それ」に埋め尽くされている。
巨人が、壁面からはみ出すようにして埋もれていた。
発見当時は半ば土砂に埋もれ、表層の一部が露出しているだけだった。何度も空洞内に調査班が送りこまれ、大量の重機や機材が持ちこまれた。代わりに、巨人を覆っていた土砂が取り除かれてほとんどの部分は空気に触れるようになって現在に至る。
「鋼鉄の巨人……」
スターの端的な言葉に、マクミランはうなずきを返す。
「あぁ、そうだ。百年前の四月に見つかった、とんでもない落としものだよ」
一歩、スターが前に進み出る。だが近づきすぎると視界からはみ出してしまうほどに相手は巨大だった。周辺には作業している人間が何人かいたが、まるで小人のように見える。
直線と曲線で構築された金属の巨体は、奇妙にねじくれた格好で横たわっていた。まるで糸の切れた人形が舞台から客席に落下したような無様な姿のまま、起き上がる様子もなく倒れている。
そこをのぞけば、巨人はとても美しかった。白銀の表面には首飾りのような装飾や、流麗な文様が刻みこまれている。眠る巨人には周囲で作業する機械と同じ人工物でも、建設機械の機能性や無骨さとは間逆の、美術品に似た優美さと荘厳さがあった。
実際、土砂をすべて取り除き、歪んだ身体を元通りにして立たせれば、見る者が自然と頭を垂れるような神聖さが生まれただろう。
彼らは神々しい雰囲気にのまれたように口をつぐみ、互いの間に寡黙な時が流れた。
「……月の女神、だそうだ」
間を開けて、マクミランは部下にそう言った。
「彼女がこの巨人をそう呼んでいる」
視線で示され、スターは顔をそちらに向ける。巨人に気を取られて視界に入っていなかったが、地下空洞に存在しているのはこれだけではなかった。
ホール状の広大な空間の中央に、巨大な黒い構造物が鎮座していた。巨大な人工物はまるで何かの記念碑かオベリスクのように堂々とした存在感を放って天を仰いでいる。
配線やパイプはすべて、洞窟の中央部に座している黒い構造体に繋がっていた。長方形の箱は、稼働していることを示すように低くファンの回る音が響き、表面のセンサーが忙しなく点滅している。
そして、黒い箱の傍らに、寄り添うようにして腰を下ろす女性がいる。
銀色の髪の、どこか作り物めいた完璧な美貌の女性。
「彼女が……」
スターが息をのむ様子を受け、マクミランは言った。
「あぁ、彼女がアヴリルだよ」
もう一度、スターは彼女に顔を向ける。だが彼らはどちらも近づこうとはしない。彼女という存在が何なのかを知っているからだ。
彼女は人の容姿を模した、機械仕掛けの人形。背後の鋼鉄の巨人が作り出した端末体なのだ。
女性は長く伸ばした銀の髪を流し、艶やかな微笑みを浮かべている。しかしその視線は彼らを見ているようで、どこか素通りしていた。まるで、ここではない別の世界に焦点を向けているような茫洋さだ。
その透明な眼差しが、ますます彼女の非人間性を強調し、安易な接触を許さない雰囲気を放っている。
「……彼女が、GDOに現在の世界水準以上の技術力をもたらしたのですか」
「正確には、あそこに埋もれている巨人が持っている知識を、彼女を介して提供してもらっているのだよ。ここはさながら古代の託宣所で、彼女は神に仕える巫女なのだよ」
巫女、とスターは口中で反芻する。確かに彼女の現実離れした美貌とその役職は不思議と合致していた。
「だが、神は必ずしも、我々を守り導くものではない。この施設は我々が作ったが、あの黒い構造体だけは違う。どうやらSF小説のような高度なコンピュータらしいのだが、詳細は不明。しかも計算だけでなく、内部で何かを生産している様子もある。調べてはいるが、未だにはっきりとはわからないようだ」
示す先では、研究員が直方体の周囲に群がっていた。黒い箱に取り付けた機械とモニタに貼りつき、忙しなく動き回っている。
「何かを、生み出そうとしているのですか」
鋭く返したスターの眼には、女性に対して見せる甘ったるい雰囲気は微塵も感じられない。
若いが、能力はある。これがマクミランの副官に対する現在の評価だ。
十年ほど前から、世界防衛機構軍も世界各国から有能な経験者を集めるだけではなく、自らの手でいちから士官候補生を育て上げることにも多額の予算と人員を割くようになっていた。彼はその養成所出身だ。気がつけば、マクミランの周囲には、スターと同じ養成所出の若い人間が増えてきた。これまでのように、年長の経験者というだけで同じ椅子を温めていられるような甘い状況ではなくなってきたな、と彼自身、何かに追い立てられるような焦燥を覚える瞬間があった。
彼の片腕は今のところ、上官を蹴り落として椅子を奪うことは考えていないらしく、日々マクミランの話す様々な経験や知識を乾いた土のように吸収している。
そう、足りないのは経験だ。積み重ねているものが薄いのは致し方ない。だが、知識ならば自分にも手伝えるだろう。
マクミランは部下の意欲をくみ、重大な秘匿情報を共有する為にこの場所へ連れて来たのだ。
スターは、世の中の大半の女性が胸を高鳴らせてしまいそうな真摯な横顔で真っ直ぐに黒い直方体を見つめている。
考えを邪魔しない程度に、マクミランは続きを語る。
「少女の親元であるアップルゲイト家と、他の暇と金を持て余した道楽人間達の莫大な援助を元手に、アップルゲイト財団が設立されたことは、世間の人間が知る通りだ。そして、表向きの活動は紛争で荒廃する文化遺産の保護活動。そんな平和維持活動の裏側で、我々はここに埋まっている存在の研究を百年、続けて来たのだよ」
世界に起こる紛争を、同じ武力を持って制圧する。そんな矛盾を抱えた組織、世界防衛機構軍。その基礎を築いた母体団体が、真逆の性質を持ったアップルゲイト財団であることを知る者は少ない。
だが、マクミラン達のようにそれなりの地位にいる者にとっては空が青いのと同じくらい常識の話だった。存在しない事実として、普段は口にしないが知識として認識されている。
「現総帥がGDOを立ち上げるまでは、まだ裏に潜って調査と実験を繰り返しているだけで、世間に見えるような活動は何も行っていなかった。だが、やはりというか、組織は手に入れた力を試す場を欲しがってしまったのだよ」
嘆息を漏らして顔を伏せる。
「戦場という実験場を手に入れた組織は、半世紀で肥大化した」
組織の発足自体は第一次世界大戦以降だったが、世界戦争というこれまでに類を見ない規模の争いが引き金になったのは確かだった。当時の世相と社会の混乱に乗じて初期の世界防衛機構軍は産声を上げたのだ。
そうして二度の世界大戦を経験することで、当初は私設警備隊程度だった組織は瞬く間に活動範囲を広げる。莫大な財力の援助を元手に装備を整え、権力者達の後ろ盾を掲げて世界中の議会にまで発言力を伸ばした。
発足から半世紀を超え、世界防衛機構軍は現在では国際紛争の火消し役という地位を確保している。
矛盾を批判する声は、未だに数多いが。
スターは苦笑を顔に広げると、すぐにそれを打ち消すようにかぶりを振った。
「自分も、組織で運用されている兵器のスペックには驚きました。外装の制限を外せば、もっと自由度が上がって威力も上がるのでは」
「そうなると、我々の存在が怪しまれてしまう。あくまでおせっかいな正義の味方として、ほんの少しだけのところで勝たなければならないのだ。圧倒的すぎる力は逆に、反発を生む」
彼らが戦場で勝ちを拾えるのは、各地から集められた練度の高い経験者と、高水準の武装。
これが売りだ。
だが、実際は、後半の武装に大きな仕掛けが存在する。
組織は他の軍隊とは異なる技術体系から生み出した兵器を多数所有している。その多くは外装に偽装が施され、その他の一般兵器と見た目の差異はない設計になっていた。
マクミランは眠れる巨人を見上げた。彼らの組織に必要な勝利を与え続ける神は、人間の存在など意に介さずに沈黙したままだ。
「だが、もうこれ以上の能力向上は望めないだろう。アヴリルが提示するのは結果だけでしかないのだよ。我々は出来上がったものを分解して分析し、どうやって作るのかを推測しなければならない。知識は断片的なものばかり。そのままでは何に使えるのかわからないままお蔵入りになっているデータも多数ある。そしていざ作り上げようとしても、現状の技術水準では試作すらできない場合も多い」
「どうりでここ数年、新規開発されたものがなく、既存兵器の些少なバージョン変更のみだった理由がわかりましたよ」
「技術開発部の怠慢だけが問題ではなかったのだよ。我々の力では、まだ神の力すべてを理解するに足りないのだ」
「彼女の協力が得られれば、あるいは……」
鋭く目線を返すスターを、マクミランはたしなめるように押しとどめる。
「アヴリルは我々には何の干渉もしない。傍観している。身体を調べるのも、内部構造に手を入れるような真似さえしなければ、むしろ協力的と言ってもいいだろう」
「ここにとどまって、身体をいじり回されて、それでも動かないのには何か意味はあるのでしょうか」
さてね、とマクミランは肩をすくめる。彼もアヴリルがこの場に座り続けている理由は知らない。報告書によれば、彼女は助けた少女と共に暮らしていたが、ある時期を境に離れてしまった。
そうして、彼女を生み出した巨人の下へと戻って現在に至る。
「神の理由など、それこそ当人しかわからないよ。ただ、目覚めてから現在まで、何かを作り続けている。その何かがあの黒い直方体だが、中身は未だに知れないのだよ」
「中身が気になりますね」
それは彼も知りたいところだったが、この数十年、何人もその謎に挑んではことごとく敗退している。
「アヴリルに尋ねても、あの美しい微笑みでかわされるだけだ。それに、あの女性は端末体でしかない。本体はあくまで、後ろの女神像だ。端末体を壊したところで何の痛痒も感じないらしい。過去、技術開発部の血気盛んな連中が、彼女を拘束して内部構造まで詳細に分解したが、翌日には同じ筺体が構築され、同じようにそこに座っていたそうだ」
視線を投げかけるが、アヴリルは静謐な微笑みを浮かべたまま腰を下ろしているだけ。できのいいマネキン人形のようだ。
「あれが三人目か五人目かは、忘れたがね」
測量していた技師が通り過ぎざま、彼らに頭を下げたが二人は目もくれない。
互いに巨人に視線を戻す。
「……これは、例の日本に現れたロボットとよく似ていると思わないかね」
間を開けて、マクミランは部下にそう言った。
「日本の地方都市に現れた、例のロボットですか。確かに、こんなものを作り上げる酔狂な者がそうたくさんいるとは思えません」
「作った、というのも違うような気はするがね」
マクミランの言葉は続く。
「情報部や技術開発部の中では、あのロボット達はどこかの金と知識がありあまっている人間が作ったものと考えているようだが、私は違うと思っている」
情報部のトップである当人が、真っ向から全体の意見を否定する言動に、スターは怪訝な顔をする。
「人工物なのは間違いないだろう。だが、このフレイヤは年代測定を行ったところ、人類の歴史が始まる以前から存在していたという結果が出た。この巨人は、まだ恐竜が闊歩している時代に作り上げられたものだそうだ」
「……あまり考えたくはないですが、その、オカルト的な要素を感じますね」
うすら寒い表情でスターは言った。
「残念だが、私がこれから言うことは、その超常現象的なものに準ずるな」
スターは言葉を飲みこむ。マクミランは、ゆっくりと続けた。
「この巨大な存在は、どうやって動いているのだろう」
唐突な発言に、スターは上官の顔をまじまじと眺め見た。
「今のロボット工学技術で作られるロボットは、二足歩行がやっとだ。あの日本に現れたロボットのような、超重量の巨体をスムーズに動かすことなど、どれだけの予算と技術者を投入しようとも不可能なのだ」
スターは天井を見上げ、考えをまとめてから視線を戻す。
「それらは、操縦者、もしくは制御プログラムを構築した技術者の腕ではないでしょうか。過去、巨大ロボット的なものを個人が作り上げた例はあります」
以前にも、日本のロボット愛好家集団が四メートルほどの巨大ロボットを作り上げ、世界の好事家の話題をさらったことはスターにも覚えがあった。
部下の言に、マクミランは涼しげに笑う。
「彼らには、意思があるのだよ」
スターは怪訝そうに、そして心配そうにマクミランを見上げる。
「フレイヤは少女を助ける為にアヴリルを作った。そこにはまぎれもない意思を感じる。彼らは知性を持っているのだよ」
「機械知性体、オリジネイター」
部下の独白のような声に、マクミランは目線を向ける。
「そうだ。彼らは我々同様、いや、それ以上の知性を持った存在だと考えている。もし相対した場合、十分に意思疎通ができる相手だと確信している」
マクミランは動かない巨人を見上げ、スターも同じ軌跡をたどる。
「だからこそ、私は彼らと話をしてみたい」
スターは上官の発言に、同意を示す。それは彼も望んでいることだ。もっとも、マクミランはそこに少々夢見がちな部分が混ざっているようだが、スターは単純に効率を考えての結論だった。
今までの調査から、アヴリルを生み出したフレイヤという巨人が、無機物でありながら知性を有した存在であることはわかっていた。だがその端末体であるアヴリルは研究者達の問いかけを、それこそ人形のように拒絶していた。
つまるところ、百年経っても未だにオリジネイターという種族に関してはわからないことづくしなのだ。
「これは情報部のトップというより、私自身の個人的な希望だが、どうにかしてかなえられないだろうかね」
どこか子供っぽい笑みを見せるマクミランに、スターも緊張の糸を緩める。
「日本には支部設立の為に人員を派遣しています。彼らに接触を試みるように指示しましょう」
「会えたら真っ先にここに連れて来て欲しいものだ。いや、私が日本へ行くぞ」
それは立場と山積みの仕事上、かなり無理な願いだろう、とスターは内心で漏らした。
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