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海から来た救急車

   海から来た救急車



 切り裂くような寒風が吹く日だった。雲は強風に千々に乱れ、細く流れて行きすぎる。鈍色の空は重く垂れこめ、今にも落ちてきそうだ。

 激しい風に海面は逆立ち、白い飛沫が散る。

 海岸と付近一帯の地域は、千鳥ヶ丘海浜公園と呼称されていた。

 さすがに二月のこの時期、海辺を散歩する者はいない。

 夜明け直後の寒さもあったが、この町はつい先日、大変な目に遭ったばかり。住人がのんびりと浜辺を歩けるような状況ではなかった。

 そんな、誰もいない海浜公園付近の海面が突如として盛り上がった。波を割って出てきた白い塊は、そのままぷかりと海上を漂う。

 浮いているのは白地に赤のライン、屋根の赤色灯が印象的なクルマだった。

 一般的には救急車と呼称される車両が、ゆったりと浮き輪のように波間を漂い……いや、海面を走っている。

 救急車はそのまま浜辺に乗り上げると、サイレンを鳴らすことなく静かに道路まで進み出て、ごく自然に道路を走って行った。



 少女が立っていた。

 年の頃は十代に入って少しといったところで、細い肢体は少女と呼ぶにはまだまだ幼さの方が目についた。枯れ葉色の長い髪が寒風に吹き乱され、少女の輪郭をなでて舞い上がる。髪を追いかけるようにして、新緑の瞳が空を見上げた。

 風の中、少女の赤いワンピースが大きくはためき、ふわりとした生地がなびくのと同じ形で波が散る。

 少女の足下は、海だった。

 崖の突端や浜辺ではない。文字通り、海の上。厚底ブーツの下には海面が黒々としたうねりを見せている。

 そんな場所に、少女はぽつりと立っていた。道の真ん中にでも立っているような自然さで。

 少女は何かを探しているのか、空を見回している。だが、上空は風が強すぎるのか、鳥の一羽も見えない。

 と、不意に少女の足下が舞台装置のようにせり上がる。

 靴の下には黒い塊があった。つるりとした表面の、だがいくつもの部品が組み合わさった物体。そんなものが波間を割って持ち上がった。

 少女の身体は、自身の身長以上に押し上げられて止まる。

 そんな不安定な場所にあっても少女は身じろぎひとつせず、空に視線をすえている。と、曇天を見上げる少女に声がかかった。マイクを通した人工的な音声だが、低く力強い男性のものだ。

「回収完了した。帰投するぞ」

 すぐそばの海面が盛り上がり、太くて長いものが現れる。人の胴回りもあるそれは、枝分かれした先端で裂けた金属塊をつかんでいた。

 少女はちらりと、ずたずたになった金属塊に視線を向け、軽く肩をすくめてみせる。

「このゴーストは破棄ね」

「使える部品だけは利用するがな」

 少女は屑鉄には興味がないとばかりにつんを顔を背けると、代わりに別のことを口にする。

「この海域で、他に動かせるゴーストはいる?」

 瞬きほどの沈黙の後、返事がくる。

「いることにはいるが、集めるのに二〇時間はかかる。それに、実際に稼働できるのは、もっと後だ」

「遅いわね。半日もあれば哨戒中の機体を呼び戻せるでしょう?」

「戻せるが、まずはこの荷物を置きたい。それに、集めた機体は再点検する。この機体が暴走した原因も不明なのだ、そう軽々しくは動かせん」

 少女は冷徹な返事に、憮然とした顔をする。だが相手は沈黙したままで、自説を曲げるつもりはないようだ。

「じゃあ、それでいいわ。お願い」

 返事の代わりに、足下の機械がゆっくりと動き出した。

 少し進んだ先で先ほどの声が、何に使うのかと問いかけてきたが、少女は無視して顔を上げる。

 その顔は先ほどとは打って変わって嬉々としていた。準備運動のようにブーツの先で足下を叩く。金属の音でリズムを刻みながら、踊りだしそうな勢いで告げた。

「うるさいのがきたわ」

 はるか遠景に向けて、少女は笑みをこぼす。

 直後、微笑を濡らすように雨が降り出し、機械と少女の姿は霧雨の中に紛れて消えた。



 千鳥ヶ丘市が災厄に遭ってから、三日が過ぎた。

 一日目。人々は燃え上がる家屋と瓦礫の山に成す術なく逃げ惑うだけだった。二日目は、日の光にさらされた焼け跡を前に、呆然としていた。三日目の今日。夜明けから降る雨の中、人はどうにか秩序を取り戻しかけていた。

 いや、それぞれにできることを始めたのだ。

「ユキ(ねえ)、まだ?」

 ユキヒはまとわりつく弟の手をやんわりと止めた。代わりに紙皿を渡し、煮えたぎったカレーの入った寸胴鍋から弟の手を遠ざける。

「もうすぐできるから、ご飯をもらってきて」

 子供には、飽きる前に次々と用事を渡すのがこつだ。

 走って行く弟の背を見送って、ユキヒは息を吐く。彼女がいるのは自宅の台所ではない。屋外に設置されたテントの中だ。そこで彼女は寒さと、自宅とは勝手が違うコンロに悪戦苦闘しながらカレーを作っている真っ最中だった。

 ここは小学校のグラウンドで、学校全体が避難所として開放されている。今も多くの焼け出された人々が集まっていた。ユキヒたちは自宅や周辺に大きな被害はなかったので、避難所に寝泊まりはしていない。代わりに、ボランティアの炊き出しに参加していた。

 昨日からようやく全国各地からの救援物資が届き始めたので、今朝は味噌汁やカレーなど、簡単な料理が作れるようになった。二月のこの時期、暖かいものを食べられるとあって列は途切れず、ユキヒも朝からカレーを作り続けていた。

 先ほどちらりと隣のテントをのぞくと、他にも届いた野菜で煮物などのメニューが追加されたようだ。

 食料が届き始めたことで人々の不安は多少、緩和された。

 それでも、市街の道路は寸断。火災による避難者は多数。全壊半壊含めて損害家屋も膨大な数に上る。今も火災現場に残っていた火種が何かの拍子に活性化して燃え上がり、新たな被害を生んでいた。

 火災が起こった場合はこういった、二次災害の可能性が高いので焼け落ちた後の瓦礫は徹底的に掘り返され、水をまかれる。だが、今は通常通りに細かく処理作業ができるほど人員がそろっていないうえに、被害範囲も大きいため、どうしても後手後手に回っていた。

 電気、ガス、水道などのライフラインも寸断されたままで、一部地域をのぞいては、復旧の目途すら立っていない。

 決して、もう安心と言える状況ではないのだ。

 ユキヒはカレーの鍋をかき回しながら息を吐く。彼女の自宅も、直接的な被害はないが水道とガスが止まったままだ。電気だけは早くに復旧したのが幸いだったが。

 安心はできない。だが、歩みは遅くとも確実に復旧作業は進んでいる。

(でも……)

 手を止めると、ユキヒは顔を上げる。学校の外には、骨のようになったビルの残骸があった。

 確かに、千鳥ヶ丘市では大規模な火災が起こった。だが、その前に破壊があったからこそ起こったのだ。

 破壊は、天災でも人災でもなかった。

 だがしかし、この街に何が起こったのか、まだ誰も正確に理解していないのが現状だった。不安にさいなまれる人々の口に上るのは、「ロボット」という単語。

 そう、この街はロボットのような機械の巨人によって蹂躙されたのだ。

(赤い眼の巨人……)

 ユキヒも遠目だったが、その姿を目の当たりにして震えた。

 砲火によって家屋は紙細工のように壊れ、燃えた。

 圧倒的な破壊を前に、人は成す術なく立ち尽くすしかなかった。

 そこに現れたのは、同じ機械の巨人。

 白黒のロボットは、赤眼のロボットを打ち倒すと立ち去った。

 ただ、ユキヒはもう少しだけ、他者とは異なることを知っていた。知っているというか、彼女自身、大半は弟の妄想だと思っていたが。

 どうやら、白黒ロボットの正体はある青年らしい。

 彼女の弟であるマイキは、浜辺に倒れていた青年とパトカーが合体してロボットになったと。まるでテレビアニメのヒーローのようだったと騒いでいた。

(……ガイアスターだったかしら? マイキもテレビの見すぎよ)

 昨晩、千鳥ヶ丘市の災害特番でガイアスターの放映が休止になり、マイキはしきりにわめいていた。結局、それまで録画していたものを見ることで落ち着いたが。

 やたらと変身シーンを身振り手振りで繰り返し、あの青年もこうやって変身するのかと問いかけられたが、当然、ユキヒには答えられない。

 それに、弟の妄想に付き合えるほど精神的な余裕もなかった。

 外では未だに救急車と消防車が走り回っている状況。家や家族を失った者たちが周囲にあふれかえっている中、テレビアニメを見てはしゃぐのはあまりにも不謹慎に思えた。それでも頭ごなしに叱りつけることもできなかったので、ユキヒはお風呂に入りなさいと言って、半ば無理やりその話題を終了させて逃げた。

 もっとも、風呂といっても水道が止まっているので、電気ポットで沸かしたお湯で、顔や手足を洗う程度だが。  やるせなさは募るが、逆にいえば、こうして生きているからこそ、弟の元気な姿を見て呆れることもできるのだ。

「ユキ姉!」

 件の弟が帰ってきた。手の紙皿は空のままだ。どうやら何か興味のあるものを見つけてしまい、お使いはきれいに忘れ去ったようだ。

「ユキ姉! 兄ちゃんがいた!」

「え?」

 お玉を持ったまま振り返ると、校門のあたりに三日前に会った青年が立っていた。



 今朝から、千鳥ヶ丘市は細い糸のような雨が降っていた。

 青年は傘もささずに歩いていたらしい。短く刈った髪からしずくが落ちている。

 羽織っているものはレインコートかと思ったが、カーテンのような大きな生地を適当に肩から巻きつけているだけ。しかも泥の中でもはってきたのか、ずいぶんと汚れている。被った布の中は、先日と同じスウェットスーツに似た格好のままだった。

「兄ちゃん!」

 青年は傘をさして近づく姉弟に大した注意も払っていない様子だったが、顔を見て思い出したのだろう。ついと顔を上げ、半身を引く。そのまま立ち去ろうとしたが、動いた途端に上体が揺れ、壁に手をついてしまう。

「兄ちゃん、怪我が治ってないのかな?」

 青年の左足は、木材を布で巻いて固定してあった。三日前の襲撃の際、彼はマイキをかばって負傷したのだ。

「大丈夫?」

 マイキが青年の顔をのぞきこむ。彼は眉間にしわを寄せたが、口を開く気配はない。

「こんにちは……」

 ユキヒが傘の下から声をかける。青年は顔をこちらに向けるが、やはり無言。赤褐色の目は見るというより、どこか対象を警戒するような色があった。ちょうど、野良猫が近づいた人間に身構えるような目つきだ。

 同年代の男性に鋭くにらまれてしまったが、それも二度目なので、彼女にも多少は免疫ができていた。

「あの、救護所を探しているならこっちですよ」

 ユキヒは校舎の一角にある赤十字の旗を示す。旗の下には超大型救急車スーパーアンビュランスとテントがあって、負傷者が列をなしていた。

「そうだよ、早く治してもらおうよ」

 マイキが手を引くと、青年はいきなり手をつかまれたことが意外だったのか、驚いた顔をする。目を見開き、初めて意味のある言葉を口にした。

「……仲間がくるから、すぐに治療は受けられる」

 落ち着いた、ややもすれば平板にも聞こえる声音だった。だがそれでも、マイキは相手の反応を引き出せたのがうれしいらしく、さらに手を引く。

「そっか。あ、でも濡れたままだと風邪ひいちゃうよ」

 思わずユキヒは弟の物言いに苦笑する。彼女が弟によく言っていることを真似しているのだ。

 こっちに救援物資の傘があると、マイキは青年の手を引いて歩き出す。

 と、角を曲がってクルマが一台現れた。

 白い車体に赤色灯が載っている。一般的には救急車と呼ばれる消防自動車の一種だ。

 ユキヒはそのクルマに違和感を覚えて首を傾げる。

「何か……変わった救急車ね」

 もちろん、救急車が走っていること自体は何も不思議ではない。小学校に救護所はあったが、ここで手に負えない重症者は被害の少ない病院へ振り分けられる。そのために、昨日あたりまでは救急車も頻繁に出入りしていた。だが、あの救急車はこの地域で見かける車種よりは大型のようだ。しかし今は非常事態。応援のために各地から緊急車両が入ってきている。これが他府県ナンバーの普通車なら野次馬かと反感も持たれるだろうが、救急車やパトカーなら誰も気に留めない。

 違和感を言葉にできないでいると、車好きの弟が歓声を上げた。

「わあ、ベンツだよベンツ!」

「え? あれは救急車よ」

「違うよ、メルセデス・ベンツの救急車だって!」

 言われてみれば、確かに正面には見覚えのあるマークが付いている。だがしかし、ユキヒにしてみれば、他の救急車と何が違うのだろうかと、さらに首を傾げるしかなかった。

 相違点を見抜いたのはマイキだけではなかった。青年は救急車が視界に入ると肩を揺らし、すぐさま身をひるがえして走り出す。が、数歩もいかないうちに足が思うように動かないのか、大きく身体が傾いた。

「あ、兄ちゃん、大丈夫?」

 駆け寄ろうとしたマイキの脇を、救急車は通過した。そのまま救急車は加速すると……道路の真ん中で立ち尽くす青年を、はねた。

 面白いくらい派手に青年の身体は吹っ飛び、泥とアスファルトの上を跳ねて転がって行く。

 その光景に、姉弟は硬直した。

 ユキヒは傘を取り落とし、マイキはぽかんと口と目を丸くして呆然とする。何が起こったのか、とっさには理解できなかったのだ。

 それでも、マイキの方が若干、早く我を取り戻すと走り出した。

「に、兄ちゃんっ!」

 悲鳴のような声を上げ、マイキは青年の元へと急ぐ。彼をはねた救急車の方は、少し先で止まるとバックで戻ってくる。

 と、後ろの観音開きの扉が開いた。

 後部から、細い棒状の物が何本も飛び出した。金属製の棒はいくつもの節で折れ、先端部分は手のように枝分かれしている。

 金属の腕は泥まみれの青年をつまみあげると、そのついでとばかりにあまっていた腕が駆け寄ってきたマイキまで抱えこみ、そのまま二人とも車内へ放りこんでしまった。

 バタンと無情にも扉は閉じた。救急車はそのまま走り去る。赤色灯は、鳴らされなかった。

「マ、マイキ……?」

 取り残されたユキヒは、落とした傘を拾うこともできずに立ち尽くす。

 真っ白になった頭は、気づいたことをそのまま言葉にする。

「また……運転席に誰も乗っていなかった?」

 霧雨に打たれたまま、彼女はぽつりともらした。



 そう、ユキヒが気づいた通り、運転席には誰も乗っていなかった。だが、車内はずいぶんと騒がしいことになっていたが。

 騒いでいるのはマイキではない。救急車に連れこまれた少年は、隅っこの方でただ呆然とするだけで、初めて乗った救急車に感動する気力もなければ観察する余裕もなかった。

 暴れているのは青年の方だ。

「は、離せっ!」

 金属肢でストレッチャーに押さえこまれながらも、青年は手足をばたつかせて逃げようとする。だが何本もある腕は、青年を解放する意思はないとばかりにさらに力をこめる。

 青年が痺れを切らして腕の一本をつかんでへし折ろうとした時、車内のどこからか声がかかった。

「ようやく見つけたぞ、トラスト」

 聞こえたのは、年配の男性の声だった。

「まったく。おまえさんを見つけるのにここ数日、散々走り回ったぞ。レックスはどうした。一緒じゃないのか?」

 探す手間が増えると声はぼやく。トラストと呼ばれた青年は、警戒の色はそのままに暴れるのをやめた。顔を上げ、視線を巡らせる。

「……トレトマンか」

 探るような視線に、トレトマンと呼ばれた声の主は、「そうだ」とあっさり応えただけだった。代わりに金属肢のいくつかが一度引っこみ、出てきた時には先端の形状が変化していた。ハサミや刃物に変わっている。

「まずは傷を治してやろう。説教はそれからだ」

 ぎちぎちと音を鳴らして迫る刃物の群れを前に、トラストは至極冷静に告げた。

「待て、ここには人間が乗っているぞ」

 ぴたりと金属肢の動きが止まり、今度は一斉にある方向に先端が向いた。その先にいたマイキは、ひぃっと声を漏らして頭を抱える。

「おやおや、いつの間に拾ったんだ?」

「俺じゃないぞ、あんたが俺と一緒に連れこんだ」

 金属肢はくるくると適当に動いては止まる。

「軽いから、わからんかった」

 言いきる声もまた、底抜けに軽かった。

 だがしかし、相手の声が軽くても重くても、マイキにとっては何の救いにもならない。

(ど、どうしよう……)

 少しでも身を縮めて隠れようとしたが、ここは救急車の中。身を潜める場所もなければ、映画のように飛び降りるわけにもいかない。

(もしかして……か、改造されちゃうのかな?)

 後から思えばどうにもぶっ飛んだ思考だったが、その時のマイキはとにかく必死だった。

 震えている哀れな少年を置き去りに、言葉の応酬は続く。

「ったく。大体、その外装はなんだ! 一瞬、誰かわからなかったぞ」

「これは救急車と呼ばれる車両だ。地上では、負傷者や急病人の搬送に使われる車種らしい。わしにぴったりだとは思わんか?」

「俺たちに目立つなって言っておいて、何でそんな特殊な車両を選ぶんだよ」

「まあまあ、表面色は光学迷彩で変えられるぞ」

「色の問題か……?」

 首をひねって悩んでしまったトラストを置いて、トレトマンは、さてと言って話題を変えた。

「救急車の外装らしく、おまえさんを治療してやりたいところだが……どうやら、先に片づけることができたな」

 そう告げると、救急車は止まった。



 救急車は再び観音開きの扉を開くと、金属肢を使って掃き掃除の要領でマイキとトラストを車外に放り出す。

 走っている間に雨はやんでいた。

 地面にしりもちをついたマイキは、土を払いながら振り返る。だがすでに、救急車はいなかった。

 いや、別の何かへと変形している真っ最中だった。

 手を伸ばせば触れられそうなほど近くで、白の車体は分解し、外側に向けて展開したかと思えば違う形状となって再び組み上がっていく。

 立体ジグソーパズルでも見ているような、ある種の感動を覚えるマイキの前で、救急車は直立機械に変形していた。先日見たパトカーと同様、二本足で、概ね人間型だ。

 機械の頭部、左目はカバーがついている。マイキは昔の外国人がつけていた片眼鏡(モノクル)に似ている、と思った。

 片眼鏡のロボットは、レンズをきらりと光らせてマイキの方に膝をつくと、上体を倒す。

「ふむ、君は私を見て驚かんのかね?」

 声は救急車の中で聞いたものと同じだった。

 驚いたかと言われたら、むしろ現在進行形で驚愕の連続だと叫びたかった。だが、マイキは変形の過程を以前に見ていたので、ある意味慣れていたというのもある。

「前に、見たことがあるから」

 正直に言うと、片眼鏡はそうか、と言って姿勢を戻した。

「どういうつもりだ、トレトマン」

 苛立った声に振り返ると、トラストが声音のままに不機嫌そうな顔で座っている。足が動かないので立てないのだ。

「人間の前で擬態を解くなんて。何を考えているんだ」

「そういうおまえさんも、この子にリアクトを見られとるようだが」

 指さされたマイキはうろたえ、周囲を見回したが、残念なのか幸運なのか、浜辺に人の姿はなかった。

 人気がないのをいいことに、ロボットは悠々と話を続ける。

「トラスト。それと、ここにはいないレックスもだが、おまえさんたちの考えなんぞ、わしには全部お見通しだ。わしの準備ができる前に出て行ったのも、上陸地点を変更したのも……」

 言いながら、トレトマンは周囲を見回す。背景の街並みから煙が昇っていることをのぞけば、どうということもない海岸の光景だった。

「ここは、アウラが失踪した場所だからな」

 アウラ、その名前が出た瞬間、トラストの表情がわずかに動く。何か言いたげに口が開いたが、結局、言葉になって出ることはなかった。

 トレトマンはトラストが何を言いたいのか概ね察している様子だったが、半ば無視する形で話の矛先を変える。

「まあ、話はやつらを片づけてからにしようか」

 言って、鉄の指で海をさす。トラストもつられて頭を動かしたが、すぐに表情が驚愕へと変わる。

「……ゴースト!」

 叫び、青年とロボットは海に向き直った。

 放り出されているマイキには、何のことかわからなかった。だが、彼らの人間とは異なる視覚や聴覚は、この浜辺へと向かう機影を捉えていた。

「ふぅむ、三体か。上陸されてはやっかいだ。こちらからも仕掛けるぞ」

 言って、トレトマンは膝立ちの姿勢から立ち上がって動き出す。ただ歩いただけで、その振動にマイキは倒れそうになった。次は何が起こるのだろうと眺めていると、近づいてくるクルマの音が耳に入る。だがトレトマンは隠れることも、車両形態に戻ることもせず、当たり前のように二足歩行形態のまま立っていた。

 いくら防波堤の下にある浜辺でも、道路から見下ろせば、そこに何がいるのかは一目瞭然だ。それなのに動く様子もないのを不審に思っていると、やってきたのは、先日、青年を乗せて行った黄色のスバル360だった。

 軽自動車は急ブレーキをかけて曲がると、歩行者用の階段から砂浜に向かって飛んだ。階段を飛び越えて落下した車体は砂の上で大きく跳ねたが、横転することもなく方向を変えるとこちらに向かって走ってくる。

 真正面からクルマを視界に入れたマイキは、運転席に誰も座っていないことに気づいた。今の曲乗りで後ろに倒れてしまったのかと思っていると、クルマは砂浜を走りつつ、車体全体を回転させながらドアや屋根を展開して立ち上がる。

 軽自動車は、トレトマンより小柄なロボットに変形し、砂地に足を取られつつ彼らの前まで走ってくる。まるで、子供のように手足をばたつかせながら。

「ああっ、トレトマン! 何でここにっ? あの、でも、ゴーストもきてるし!」

「落ち着けレックス」

 トレトマンが鉄の指で足下をさす。そこでようやくマイキの存在に気づいたロボット、レックスは、頭を抱えた格好のまま硬直する。

「……人間だ」

 車両と同じ黄色のロボットは、自身が巻き上げた砂まみれになっているマイキを見下ろす。未だに興奮状態なのか、身体のライトが点滅していた。

「そうだな、人間だ。年齢は十歳前後で性別は男性。一般的には子供、もしくは少年と呼ばれる」

 青年とロボット二体に囲まれる格好になったマイキは、そのまま砂場に埋まってしまいたいほど緊張する。

 それでも、なけなしの勇気をふりしぼり……いや、単に混乱の極みだったのだが、マイキはごく普通に自己紹介をした。

「……ええっと、あの……沖原マイキ、です」

 この言葉に、ロボット二体、特にトレトマンが大げさに反応する。「おおっ!」と雷鳴か咆哮じみた声を上げてマイキに肉薄し、顔をぶつける勢いでしゃべりだす。

「なんと、この少年は我々を恐れていないうえに賢いぞ。見習え。トラスト、レックス」

 よほどうれしいのか、笑声を上げながらマイキに向かって手を差し出す。

「私はトレトマン。医者だ」

「え……お医者さん、なの?」

 マイキはおずおずと手を出すと、トレトマンが伸ばした手の、指先に触れる。金属の指は当たり前だが冷たかった。

「そう。医者だ。もっとも、今はこやつらの保護者役と言った方が適切だろう。黄色い方がレックス。諜報活動を行う。こっちの小さいのがトラスト。まあ、見た目通りに無愛想なやつだが、中身は割と小心者で無知だから、扱いやすいぞ」

 色々と、どうでもいいことを吹きこんでいるトレトマンにレックスは肩を落とす。

「……トラスト、なんか馬鹿にされているよ」

 トラストの方は、言い返さないが機嫌は損ねたらしい。眉間にしわが寄っている。もちろんトレトマンは彼らのやり取りは完全に無視していたが。

「まあ、この馬鹿コンビは相手にするな。話が進まん。マイキ君と言ったね。我々の存在は気になるだろうが、まずは向かってくる者たちの相手をしなければならない。先日この町に起こった悲劇を繰り返したくはないのでね」

 言って、トレトマンはレックスに向き直ると、海の方を指して「行け、レックス」と投げやりに言った。

「ええっ! 何で僕なんだよ! ていうか、三体もいるのに僕だけじゃあ厳しいって」

「年寄りを働かせる気か?」

 さも当たり前のように言いきられてしまい、レックスは口中で文句を言いながらも走って行った。

 そして残されたトラストは周囲を見回す。少し離れた場所に、パトカーがあった。視線に気づくと、トレトマンが「海底で拾った」と答えた。

「あの時のパトカーだ……」

 マイキが見ていると、トラストはパトカーへ向かって走り出す。それを見つけたトレトマンは、「やめろトラスト。リアクトはするな」と、割と適当に呼びかけた。

 大して強くもない注意は当然、無視される。

 トラストは途中で二度ほど転倒しながらも、車体に手をつき、光となって分解しながらパトカーを変形させた。

 三日前と同じ、白と黒のロボットになったトラストは猛然と走り出す。

「まったく、どうなっても知らんぞ」

 一応は止めたからな、と、やる気のない調子で言うトレトマンには、本気で相手を引き止めるつもりはなさそうだった。

「兄ちゃん……」

 マイキがどうしようかとおろおろしていると、トレトマンから声がかかる。

「君は、あやつの友達かい?」

 首を傾げ、幾分角の取れた声で話しかけてくる。

「先ほどから見ていたが、どうやらトラストとは旧知のようだったが」

 学校でのことを指しているらしい。いつから見ていたのかと思ったが、訊いたところで特に意味もなさそうだったのでやめた。

「この間、助けてもらったんだ。でも兄ちゃんは足に怪我した」

 かなりはしょった説明だったが、向こうはそれで概要を理解できたらしい「ふぅむ」と腕を組んで考えこむ。

「あのさ……」

 マイキはおずおずと話しかける。出会ってまだ短時間だったが、このロボットたちが少なくとも、自分を害する存在でないことはすでに理解できていた。

「おじさんたちは、ロボットでしょう? 宇宙からきたの?」

 おじさんと呼びかけたのは、白いロボットの声が低い男性のものだったからだ。

 トレトマンは腕組を解くと、マイキに向き直って片膝をつく。それでも見上げるほどに巨大だ。

 トレトマンは静かに教える口調で答えた。

「ふむ、その問いかけは、半分は正解で半分は間違いだということにしておこう。まず、ロボットという名称は君たちの文化的な背景を考えれば、そう呼ぶのも致し方ないことだが……必ずしも、適切ではない。我々は機械的な存在だが、独立した知性を持っている。人間が作った工業用機械と同じにしてもらっては困る」

 顔を上げ、トレトマンは誇らしげに告げた。

「我々は機械知性体オリジンの末裔。そして、我々は自らをこう呼称する……オリジンの子供たち(オリジネイター)と」

 マイキは相手の言葉を繰り返しつぶやいた。

「ロボット……じゃなくて、オリジネイター?」

 トレトマンはいきなり与えられた情報に混乱するマイキに、人間のように指を立てて振ってみせる。

「それと二番目の質問だが、私たちはずっと地球におったよ。我々オリジネイターは空の向こうからではなく、海の底からやってきたのだ。もっとも、始祖であるオリジンは、とても遠い惑星からきたがね。我々の間でも、歴史というより神話になるくらいの過去、この地球という惑星へ飛来したのだよ」

「海に? ずっと昔からいたの?」

 トレトマンは「そうだ」と力強くうなずく。

「人類の歴史が始まる以前からね。そのあたりの話も、人間である君にはぜひとも聞いてもらいたいところだが……今は、少々立てこんでいる」

 再びトレトマンは立ち上がった。マイキもまた海へと向き直る。

「まずは、あのゴーストたちを沈黙させなければ、落ち着いて話もできん」

 途端、曇天の浜辺が一瞬、まばゆい閃光に包まれた。

 戦いは、すでに始まっていた。



 トラストは波を蹴立てて疾走する。

 だが、よくよく見れば左足を引きずっていた。本来の運動性を発揮できないせいで、先行したレックスに追いつけないでいる。黄色いロボットはすでに腕に装備した銃で相手を威嚇しながら戦闘行動に移っていた。

 目視できる距離まで迫った敵機は、センサーが感知した通り三体。海中からではなく、水面を滑るようにして迫ってくる。先日、千鳥ヶ丘市を襲撃したものと同じ形状だった。丸い頭部にひとつ目、四足のロボット。武装は多少、異なっていた。トラストたちは収集した情報から、それらを統括してゴーストと呼称している。

 トラストはゴーストまでの距離がなかなか縮まらず、もどかしさを覚える。

(連結が鈍い。左足が思うように動かない……)

 左足は三日前の襲撃の際に負傷した。その際もパトカーと同期接続(リアクト)して戦闘を行ったが、特にこれといった弊害はなかった。しかし戦闘後も治療を行わなかったため、時間の経過と共に様々な障害が発生しているようだ。

 要するに、左足は故障していた。

(だが、まだ動く。このまま押し切ってやる!)

 トラストは右足だけの力で跳躍し、一番手近のゴーストへ飛びかかった。

 ロボット同士が激しく組み合う。海上という不安定な場所を逆手にとり、トラストは相手の上半身にとりついた。案の定、それまで反重力のような機構制御で海面すれすれを浮いていたゴーストは、姿勢を崩して後ろに倒れる。そのまま海中に没して動きが鈍くなり、そこへトラストは容赦なく肉弾戦を仕掛ける。彼の操る機体には、重火器類の武装がないため、直接攻撃しか手段がないのだ。

 敵機のセンサーを狙って鉄の拳を打ちこんでいると、背後から銃撃を受けた。別のゴーストから背中と側面にかけて攻撃をまともにくらい、トラストは衝撃で仰向けに転倒する。トラストは海中に没した身体を両腕で跳ね上げて立ち上がり、即座に最初に狙ったゴーストに反撃。ゴーストは斜めに傾き、太い鉄の足が空をかく。トラストは傾いだ相手を蹴り倒しつつ、踏み台にして跳躍すると、自身を狙撃した方の機体に蹴りを入れた。

 鮮やかな戦いぶりだったが、そこに異変が起こった。

 ゴーストを蹴って姿勢制御を行おうとしたトラストだったが、急に全身の力が抜けてしまい、受け身も取れずに海中に落下する。

 彼の中で、何かが切れる音がした。痛みはなかった。いや、何も感じなくなったのだ。

 喪失感はほんの数秒だったが、その間に状況は転がるように悪化する。

 派手に倒れたまま起き上がってこないトラストは、格好の標的だった。この海域は伏せてもまだ、全身が水没するほどの深さはない。そこを狙ってゴーストは機関砲を発射する。

 射撃というより、爆発に近かった。

 車も一撃で粉々にするような大口径の機関弾が、互いの距離がほとんどない位置で炸裂する。衝撃にトラストの身体はくの字に折れながら跳ね上がり、ゴーストもまた、近距離で爆風を受けて傾く。

 と、今度はゴーストの機関砲が爆発した。

「ったく、自分も被害に遭うくらいの距離で機関砲を使うなんて、なに考えてるんだよ!」

 レックスが下腕部に内蔵した銃で、ゴーストの機関砲を破壊したのだ。

 爆発した機関砲は、火が内部の火薬に引火し、さらに爆裂する。四散した炎と破片と衝撃波に、ゴーストの身体は裂け、内部機関を露出させて倒れた。

「トラスト、大丈夫かい」

 レックスは海中に倒れた機体を担いで起こす。砲撃を受けた装甲部分は歪んでいたが、内部機関に大きなダメージは受けていない様子だった。

「……ああ。だが、身体が思うように動かない」

 腕は油が切れたようにぎこちなくしか上がらない。下半身、特に左足は繋がっているのはわかるが、膝から下の感覚はなかった。

「足の怪我のせいだね。だから、トレトマンの準備が終わるまで待ってたらよかったんだよ」

「うるさい、黙れ」

 はいはい、とレックスは適当に相槌を打つ。色々と言いたいことはあったが、今は自分たちを取り囲んでいる二体のゴーストを排除しなければならない。

 と、三体目のゴーストが、さらした内部から火花を散らしながらも起き上がる。

「ちょっと、分が悪いね……」

「かなり、悪いぞ」

 言ったところで、絶望的な状況には変わりなかった。



 トラストが派手に転倒し、砲撃を受けたのはマイキの目にも見えた。そして二体のロボットが三体のロボットに囲まれ、今にも攻撃されそうな状況もだ。

「トラストのやつ、どうやら、負傷していた左足の神経が完全に死んだようだ。その影響で、全身の感覚にも障害が出ているな。あれじゃあリアクトした機体を動かせんよ」

 浜辺のトレトマンは、すっかり傍観者となって冷静に状況を分析している。

「おっちゃん、話はいいから早く助けに行ってよ!」

「面倒だ」

 きっぱりと言いきられ、マイキは焦りのあまり、トレトマンの足下を駆けずり回って叫ぶ。

 きゃんきゃんと、子犬の鳴き声のような悲鳴を聞いても、トレトマンは泰然としたものだった。

 だが不意に、顔を上げる。

「……あれを使ってみるか」

 のんびり言いながら、トレトマンは前に出る。波打ち際あたりに仁王立ちになると、無線で呼びかけた。

「レックス、トラスト。おまえさんたちは囮になってそいつらを一か所に固めておけ」

 一方的に言って、交信を終了。回線を繋いでいたところで、悲鳴のような文句が出てくるだけだ。

「……さて、やるか」

 トレトマンの背中の装甲が展開し、そこから電柱ほどもある巨大な筒が出てきて右肩に乗った。

「まったく。あの悪ガキども、いつまでたっても面倒ばっかりかけよって」

 金属製の円柱は、半分に割れると内部で雷に似た光の筋がいくつも走る。機関部で猛る音と光は瞬く間に大きくなっていった。

「マイキ君、衝撃に備えるんだ」

「っえ? ええっ?」

 言われたところでマイキには、どうしていいのか見当もつかない。ただそれでも、何かとんでもないことが起きようとしているのは理解できたので、慌ててその場から退却する。海岸をきれいにと書かれた看板の後ろに潜りこみ、耳をふさいで目を閉じた。

 直後、光が炸裂した。

 舐めるように光条が海面を走る。その後を追って海水が猛烈な勢いで蒸発し、噴煙のように噴き上がる。高出力の破壊光線は光の帯となって突き進み、三体のゴーストを飲みこんだ。

 爆光の中でゴーストの姿はねじれ、歪み、砕けて光の中に飲みこまれた。

 光が拡散した後は、先ほどと同じ曇天の空と海があるだけで、海面上には何もいない。

 ゴーストどころか、トラストとレックスの姿もなかった。

「……やれやれ。やはり、大気中では照準に誤差が出るな」

 反動の衝撃で砂に埋もれた脚部を持ち上げながら、トレトマンはそんな感想を漏らす。

 看板の下からはい出たマイキは、再び巨大な砲塔を背中にしまいこむトレトマンを見上げる。

 浜辺に立つその姿は、医者と呼ぶには妙に雄々しかった。



 爆発した光に、少女の姿は白く染まる。

 すぐに海中から持ち上がった鉄の腕が少女を覆い、飛来した破片から小さな身体を守った。

 光が消え、腕は海中に戻る。

「やられちゃった」

 少女は笑いながら言った。

 目を向けた先には、何もなかった。いや、もう数百メートルも近づけば、浜辺に立つトレトマンの姿が視認できただろう。だがそうすれば、少女たちの姿も相手に捉えられてしまう。

 いくら向こうが戦闘中とはいえ、これ以上は近づけない。気づかれると後々面倒になる。

 鉄塊の上で足をぷらぷらさせていると、男の声がした。

「レールガンを持ち出されては、ゴーストの装備や装甲では対抗できんだろう。あそこまで破壊されては、核の回収も不可能だ」

 戻るぞ、と言われ、少女は素直にうなずいた。

 爆風に乱れて落ちた髪を、ついと指先で直しながら、少女はつぶやく。

「……これからも頑張ってね、正義の味方さん」

 その声音は、見た目の可憐さに比べて、暗く、重かった。



 敗残兵。そう呼ぶのが適当なほど、二体のロボットは疲弊していた。

 囮になれと言われて指示通りにゴーストを集めたが、砲撃を回避する間は与えられなかった。どうにか直接の被害は避けたが、二体とも爆風と熱波によってゴミのように空中を舞った。表面の塗膜は熱に溶け崩れ、押し寄せる破壊が内部回路に様々な障害を与えた。

 そこまでの被害を被っても、レックスは動けないトラストを抱えて浜辺まで戻ってきたのだ。

 だが、その献身的な努力に対して、ねぎらいの言葉は特になかった。

「これはな、レールガンと言って、物体を電磁誘導で加速して撃ち出す兵器だ。極少量の物質でも超規模の破壊力を得ることができるのだよ」

 彼らを出迎えたのは、得意げに兵器を解説するトレトマンだった。

 嬉々として話すトレトマンに、身体はともかく精神的にはまだ余力のあったトラストが食ってかかる。

「なんてもの使うんだ、危険すぎるだろうがっ! 俺たちまで巻きこむな!」

「あの程度も避けられんとは、情けないのう。わしはおまえさんたちのスペックを見誤ったか?」

「スペックとかは関係ないと思うよ……」

 ようやくレックスも起き上がって続ける。

「レールガンだっけ? 海ならともかく、地上で撃ったら大惨事になるよ」

「うむ、数キロ単位で直線道路が開通するだろう」

 常識的な指摘を受けても、トレトマンの調子は変わらない。自身の考えに浸っている。

「レックスの言う通り、市街地で使うにはちと、威力がありすぎるようだ。これからは他の武器にするか……荷電粒子砲はどうだろう?」

 解説を続けるトレトマンから、二体のロボットは一歩引いた。マイキもよくわからなかったが、相手の妙な迫力に気圧され、トラストの元へ走る。

「あの人……医者なんだよね?」

「医者だが、同時に科学者だ」

「特に、強力な兵器が好きなんだよ」

 二体のロボットは、浜辺に埋もれそうな勢いで肩を落とした。



 白黒ロボットの装甲が展開し、内側へと手足が折り畳まれる。小さく、低くなる機体は瞬く間に見慣れた白黒のパトカーに戻った。そして、変形の際に青年が光の塊になって分離する。

 トラストは光の粒子から再構築された身体で立ち上がったが、やはり左足が動かないらしい。倒れかけた身体をレックスの大きな手が支える。

 マイキは彼らの元へ駆け寄る。

「兄ちゃんたちは……」

 それ以上、言葉が続かなかった。聞きたいことは山ほどあったが、マイキの頭の中はミキサーにかかったように混乱している。

 先日の襲撃もまだ、記憶の中で鮮やかに焼きついているというのに、今日も様々な事が起こった。

 救急車にさらわれたと思ったら、救急車と軽自動車とパトカーが巨大なロボットに変形し、現れた別のロボットを撃退した。

 これ以上は何が起こっても、もう許容量オーバーだ。

 青年は黄色のロボットによりかかった格好のままマイキに向き直った。そして、迷うようにうつむいた後、決然と顔を上げる。そうやって、幾分真剣味を増した表情と声で告げた。

「俺はトラスト。俺は……俺たちは、オリジネイター。人間とは異なる存在。機械知性体だ」

 オリジネイター。先ほどトレトマンから聞かされたことだったので、マイキは素直にうなずく。

 だが、次にレックスが発した言葉は別だった。

「僕たちは、危機にある地球人類を守るためにきたんだよ」

 本日、もう何度目かもわからない驚愕をマイキは味わう羽目になった。

「え……危機? 守るって、僕たち人間を?」

 オリジネイターたちは、力強くうなずく。

「人類は、狙われているのだよ」

 嘘だと叫び返すことは、マイキにはできなかった。素直に信じたわけではないが、それでも、世間一般の大人に分類される者たちより、子供であるマイキの方が事態の飲みこみが早かっただけの話だ。

 信じるだけの材料が、目の前に転がっていたから。

 巨大ロボットの襲撃。

 それを撃退したロボット。その追撃と、人類を助けに現れたというロボットたち。

 繋げて考えれば、それほど荒唐無稽の話ではない。

(やっぱり、星野流星みたいに悪い敵と戦うのかな?)

 マイキは自分の好きなテレビ番組<流星の勇者ガイアスター>を思い浮かべ、自然とロボットの方へ手を伸ばし、輝く金属の表面を恐る恐るなでてみた。

 だがそのふれあいも、長くは続かなかった。

 トラストが、千鳥ヶ丘市から離れると言い出したのだ。

「どうしてだよ。何か探してるの?」

「また、やつらがやってくるからだ」

 自分たちがいるから、この町が狙われると青年は言う。どこか焦りのある口ぶりだった、

 それを止めたのは、同じオリジネイターであるトレトマンだった。

「わしは、この町を出るのは反対だ。今回の件で、あやつらはわしらを捜しに再びここへ現れるだろう。それなら待ち構えて少しでも相手の情報を得たい。それに、おまえさんたちの探し物もあるからな」

 そこで一度言葉を切ると、トレトマンは背後を振り返った。

「……おやおや、わしとしたことが、うっかりしとった」

 片眼鏡のレンズが向いた先には、一人の女性がいた。防波堤の手すりをつかんで座りこんでいるのは、マイキの姉ユキヒだった。

「あ、ユキ姉!」

 マイキは姉に向かって手を振ったが、彼女から反応はなかった。オリジネイターたちは人間よりすぐれた視覚で女性を拡大視認し、身体が小刻みに震えているうえに全体的に薄汚れている様を確認する。恐らく、トレトマンがレールガンを使った余波を受けたのだろう。

「俺たちが人間社会に侵入する際には、なるべく現地の人間に正体を明かさないよう、隠密行動をとるんじゃなかったのか?」

 トラストに突っこまれたトレトマンは、決まり悪げに視線をそらす。

「うむ、レールガンを使う際、近距離に人間がいるかどうかスキャンするのを忘れた」

「よっぽど使いたかったんだね、それ」

「まあまあ、見つかったものは仕方がない。だが、あの女性はマイキ君の姉だそうだ。ご家族ということなら、ある意味セーフだろう」

 何が、どういう基準でセーフなのかはまったくわからなかった。

 トレトマンは保護対象でもある彼らに半眼でにらまれたが、きれいに無視するとマイキに向き直る。

「そうと決まれば、マイキ君。私たちはしばらくこの町を拠点として行動する。その際には現地人である君の手を借りることもあるだろう。それと、こやつらに地上や、人間のことを教えてやってくれんか。特にトラスト、おまえさんはしっかりと勉強するんだぞ」

 いきなり話を振られ、トラストは当惑の表情を見せる。だが、相手は彼のことを放置して話を進めてしまう。

「では、さっそく頼みがあるのだが……」

 今度はマイキが身構える番だった。トレトマンは半歩引いた少年を面白そうに眺めながら、さも素敵な提案だとばかりに明るく言った。

「マイキ君、こやつに名前をつけてやってくれ。人の世で暮らすための、新しい名前をな」



【海から来た救急車 終】


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