晴れすぎた空の下で④「あいつ……機械……だったりしてな」
久檀が海里を見つけたのは、半分は偶然。残り半分は、彼いわく、綿密な調査の結果だった。
彼はまず、千鳥ヶ丘市で起きた最初の異変、巨大ロボットが都市を蹂躙した日の前後から大きな事件を抜粋し、場所と事柄を分類する。その分類方法は、城崎からはどんな統計や法則を基準に判断しているのか不明だったが。
そうして弾き出した行動範囲の起点が、例のショッピングモールだ。
城崎は身分を偽っている人間が、そんな人の多い目立つ場所の近辺に長期間とどまっているはずがないと主張したが、久檀の考えは違った。
「ショッピングモールで弟らしい少年連れ。電気屋で買い物。大きな荷物もない。子供だけで買うなら電池か何かだろう。お使いレベルなら、ごく近所に住んでいる可能性が高いんだよ」
そんな馬鹿な、と城崎は鼻で笑ったが、久檀は相手にしない。自信満々に、これはきちんとした統計学に基づいた考えだ、と胸を張ってみせるが、城崎は胡乱気な眼差しを返すだけ。
「俺、今度これでレポートを書こうと思ってんだ」
部隊の展開方法や、災害時の避難経路確保に役立てるつもりだ、と鼻息だけは荒い。
「……でしたら、この工事現場での事件は余計だと思いますが」
城崎が示すのは、春先に起こった怪事件。
山間の工事現場で、休日の間に大型建機が軒並み破壊される被害があった。現場は無人で、監視カメラもなかったので、翌日の早朝に作業員が訪れるまで誰も事件に気づかなかったのだ。
パワーショベルやブルドーザー、トラックなどが再起不能なまでに破壊されたが、未だに犯人は捕まっていない。
「これは悪質ないたずらでしょう」
険しい表情の城崎に、久檀は答えを知る人間特有の余裕を見せつける。
「おいおい、ちょいと考えてみろよ。ダンプ横転させて爆破なんて、ライター持った中学生程度ができる芸当じゃあねえぜ」
しかし、と尚も言い募る城崎を手で押しとどめる。
「目的は知らねぇ。わかってるのは、人間じゃあできない力技で、建機が破壊された事実だ」
「そんなもの、他に建機を持ちこめば可能です」
「だから、もう少し冷静になれって。いいか、建機みたいな特殊車両が公道を通行する為には市町村の許可が必要なんだ。だが、近隣の市で、あんな破壊を可能にする大型重機の運搬許可は出てねぇ。無許可でこっそり夜中に忍びこもうにも、なにせ、重機はとにかくでかいんだぜ」
「では、どうやって破壊したのですか」
同じ力を持った建機ではないとすれば、その破壊を生んだものは何なのか。
この、どこまでも人を食った態度を取る男を城崎はねめつける。
「まぁ、普通乗用車くらいなら、近くまで道が通ってるから行けるだろ。いっそ、歩いて行って、歩いて帰ったってのはどうだ」
「……馬鹿にしているのですか?」
城崎は機嫌の悪い声を出した。
「そうでもないぞ。ほれ、この都市伝説サイト。工事現場の事件があった日の前後に、赤いワンピースの少女が山道を車と並走してたってさ」
笑声を上げて携帯情報端末を掲げる久檀に、城崎は怒りに顔を赤くする。が、すぐに呆然となり、喉までせり上がってきた罵声を飲みこんで、深い後悔の念に襲われた。
(部外者の手を借りたのが、間違いだった……)
そもそも、最初から無謀な試みだったのだ。城崎も防衛軍情報課の末席に所属しているので、今回のような件に関する対応策は学んでいる。しかし遠い日本へ派遣された途端、山積みの仕事とめまぐるしく変わる状況に、いつしか疲弊し、目の前につるされた餌につい、食らいついてしまったのだ。
(そうだ、ここが日本だからだ。俺は異国にいることで変に萎縮してしまい、得た知識や経験を発揮できていなかったんだ……)
気づかない間に溜まっていたストレスは正常な判断能力を奪い、実際には頼りにならない助けにすがってしまう悪循環を生んでしまった。
天条には感謝の念を忘れた事はない城崎だったが、この時ばかりは上官の判断を恨めしく思って思わず天を仰ぐ。
もう帰ろう。いや、今すぐ天条に訴えて、この男を外してもらうように進言しよう。
どんよりとした目で久檀をにらみつける。城崎の内心に気づかない久檀の顔が、脇に向けられた。
何かに気づいたのか、わずかに目を見開く。
と、次の瞬間。
「……あ、いたぞ」笑いながら走り出した。
城崎はうんざりとした顔で、それでも何事かと視線で行く先を追って驚愕する。
久檀が、カイリ・シンタロウを捕獲していた。
「マイキ……」
最初に立ち上がったのは、ユキヒだった。
「私は、あの子を追いかけるわ」
服についた泥をはらうこともせず、ユキヒは走り出そうとする。
「そんな、ユキ姉、まだそんなこと言うの?」
わめくマイキに、彼女は違う、と強く叫んで頭を振った。
「……マイキの言う通り、私はおかしかったわ……。あの子の境遇を聞いて同情したし、力になりたいって思ったのは確かだけど、最初は軽く考えていたの。連休中だったし、数日の間ならって……」でも、と弱々しく彼女はつぶやく。
「今から考えると、何もかもが後付けの理由のような気がしてくるの。どうして、あんなにも簡単に世話をするなんて言いきれたのか……。私ね、この数日、マイキが何をしていたのか覚えていないの。いいえ、見ていなかったのよ」
見ようともしなかった、と告白し、ユキヒは何も言えないでいる弟の肩に手を置いた。
「ごめんなさい」
彼女はひと息ついて、ゆっくりと頭を下げた。
「ユキ姉……」マイキの胸が、さわさわとざわついた。揺らぐ度に、少年の中に暖かいものが満ちて行く。
黙ってうなずきを返すと、ユキヒは少しこわばった表情で、それでも笑った。
「操られていたなんて、正直、今でも信じられないわ。でも、あの目に見つめられると、何でもしてあげたいって気持ちになってしまうの」
「だって、あの子は可愛いからね」
レックスが笑い、トレトマンが引き継ぐ。
「そして、とても弱い存在だ。彼女は自分を保護してくれる他者を求め、トラストとお嬢さんを選んだのだ」
ユキヒは安心したように笑み、機械知性体達に向き直る。
「あの子が何者かなんて関係ないんです。でも、このままお別れになってしまったら、私は、絶対に後悔する」
決然と顔を上げる。
「だから、連れて帰ります。そして……仲直りしようと思います」
仲直りだね、とマイキも笑った。
「話は決まったな」では、とトレトマンは全員の顔を見渡す「手分けして彼女を探すとしよう。そうそう、レックス、トラストも一緒に探してくれ」
はいよ、と黄色の軽自動車が軽い返事で急発進した。
物事を行う調子が一緒になり、違和感なく調和がとれる事を、息が合うという。
久檀は相手の呼吸を読み、合わせ、もしくは乱して相手の懐に入りこみ、様々な行為を仕掛けるのだ。
が、しかし、そもそも相手が呼吸をしていなければ、合わすも何もない。
青年に接した際のしっくりこない感覚を、走りながら久檀は考え続けていた。
すでに青年の姿は屋根の上から消えている。その向こうの通りに降りたのだろう。
「……何者、いや、何でできてんだ、あれは……」
彼を見ていると、胃のあたりが重くなるような、奇妙な違和感を覚えた。
どこから見ても、そのあたりにいそうな青年でしかない。短く刈った黒髪に、赤褐色の瞳。長身で細身。しかし華奢な印象はなく、無愛想な顔にはその年頃にありがちな浮ついた印象は薄い。
こちらをにらむ目には、警戒の色があった。
知らない人間からいきなり声をかけられれば、用心する態度も当然だろう。しかし久檀は彼の眼の奥に、何か異なる色を見た。
確信はないが、青年は久檀だけではなく、彼を含むすべての存在に対しても一線を画している気がしたのだ。
そう、例えば、人類すべてに。
「……カイリ君は、人見知りか」
つぶやき、手のひらに視線を落とす。つかんだ腕。弾力を返す皮膚の下には、骨と筋肉の感触があった。力強い身体。いや、強すぎて久檀を引きずって走るほどだったが。
呼吸のない身体は、投げ飛ばすには重すぎた。まるで、大人を二人まとめて抱え上げたような重量だった。
他には、動作の乏しさがある。人間は何もしていない時でも、微細な動きが生じる。それは目線や、呼吸をする際の肩や胸、首などだ。
青年は久檀の観察する視線や触れる手に、不快感を微かな表情の変化で示したが、それだけだった。
人間なら、目線をそらすか、居心地の悪さに半身をそらす程度には動くだろう。
感じた差異を積み上げ、疑問を出し、相手の正体を推測する。
世間一般的な常識の枠は、久檀にとっては無意味だ。彼はただ、得た情報と自身の中に溜めこんだ知識から、答えを導き出すだけ。
示されたものがどれだけ突飛でも、彼はそれを信じる。
「あいつ……機械……だったりしてな」
海里の中に大量の疑問詞があふれて飽和状態になる。
だが、どれだけ困惑しても、背後に迫ってくる存在は現実だった。
「まぁて、待て待て待てぇっ!」
屋根伝いに走ってふりきったはずの男は、なぜか未だに海里の後を追って走ってくる。息を切らし、汗を流しているが、その表情はむしろ晴々としている。
「伊達にクソ重い装備背負ってランニングしてるわけじゃあねぇぜ!」
待ちやがれ、と妙にうれしそうな声が飛んでくる度に、海里は妙な圧迫感を覚えてしまう。
(どうして、ふりきれない?)
体力、というより、単純な身体能力は海里の方がはるかに上だ。先ほど屋根に跳躍した際に、一度は男の追跡から逃れた。しかしもう大丈夫だろうと、沖原家に足を向けた直後、角の向こうから男が現れたのだ。
それから十数分、未だに追いかけっこは続いている。
肩越しに振り返ると、男は気楽そうに手まで振って見せた。海里は唸ると、速度を上げていくつもの角を曲がり、公園を駆け抜け、フェンスを飛び越える。
だが、どれほど速く走り、人間の脚力では容易に越えられない場所を駆け上がっても、男はすぐに現れるのだ。
(まだ……追ってくる……そうか!)
ようやく、海里も気がつく。男は海里の足に追いついているわけではない。彼の行動を読み、先回りしているのだ。
海里は千鳥ヶ丘市に来て三ヶ月ほどになるが、未だにマイキの案内なしでは遠出ができないでいる。逆に男の方は、建物の中を駆け、犬猫が通るような、道とは呼べない場所をすり抜けて来るのだ。
男の妥協のない追走に、海里は次第に追いこまれて行っていた。
角を曲がり、海里は何も考えず、側のビルとビルの隙間に滑りこむ。
と、足が止まった。
抜けられると思った先には道がなく、突き当りは別のビルが壁となって阻んでいた。
ざり、と地面をこする音に、海里は大仰に肩を震わせる。
「んふふ……さぁ、おじさんの宇宙的な体力にも限界があるんだ……ぼちぼち観念しろ……」
事実、限界が近いのか、男は言葉の合間に激しく息を吐く。
近づく足音に、海里は振り返る事もできずにいた。
だが、あきらめたわけではない。
男の手が届く寸前、ばねのように身を沈めると、垂直に跳躍した。足と腕を大きく振り、海里は壁面を蹴ってさらに跳ぶ。反対側の壁に半身を打ちながらも無理やり身体を反転させた。
それを繰り返し、海里は男の頭上を飛び越えて背後に着地する。そのまま躊躇なく路地の出口に向けて走り出した。
「っなぁ? このヤロ、往生際が悪ぃぞ!」
男の罵声が飛んで来るが、当然、無視だ。
と、今度は路地を猛烈な速度で走ってきた軽自動車が、出口をふさぐ形で急停車したのだ。
「───っ!」
海里は目を見開くと、前のめりのまま軽く飛び、目の覚めるような黄色の軽自動車を飛び越えた。
「おらぁ、いい加減にしろよ!」
怒りの形相で男は軽自動車の脇をすり抜けようとする。
が、急に軽自動車の前開きの扉が開閉し、避けきれずに弾かれて転倒した。
「おわぁ?」
情けない声を上げて、男が地面に叩きつけられる。その隙に、海里は車内に乗りこむ。軽自動車は扉を閉める間もおしみながら急発進した。
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