晴れすぎた空の下で①「……人間が、笑いながら死んでいった……」
晴れすぎた空の下で
救急車に擬態したトレトマンが向かった先は、人工島の突端だった。そこは一期地区と呼ばれる本島から、さらに延長された第二の人工島だった。本来は空港建設の為に増設された区画だったが、不況と近隣住民の反対により、計画は延期され続けている。
整地された区画はフェンスに囲まれ、何かの建設予定を示す看板だけが立っていたが、砂ぼこりにまみれ雑草に埋もれている。周辺一帯は長らく放置され海風にさらされ続けたせいで、フェンスも所々がさびて裂けている個所もある。救急車は倒れたフェンスをやすやすと乗り越え、囲いの中に停車した。
瞬く間に救急車も塩気と砂が混じった風にさらされる。無人の運転席が向く先には、一期地区の埠頭があった。そこには、大型クレーンが巨大生物のように直立している。横付けされた船舶からは大量の物資が下ろされ、詰めこまれて出港して行く。しかしトレトマンがいる二期地区は開発の手もすっかり遠のき人影はない。
さえぎる意味を忘れたフェンスの向こうは、小波が打ち寄せる傾斜路。時折、壁面に打ちつけられた波の飛沫がトレトマンがいる位置からも見えた。
待つこと数分、すぐに待ち合わせの相手はやってきた。
低く唸るエンジン音が、海の向こうから近づいてくる。否、音を認識できた頃には空に現れた点は急速に拡大し、次の瞬間には救急車の上空に巨大な影が出現し、鋭利な翼を見せつけていた。
雑草に覆われた広場に強風が吹き荒れる。大量の埃が渦を巻き、砂ぼこりに視界が閉ざされた。
唸りを上げる風の中、トレトマンはただじっと、埃まみれになるのもいとわずに待ち続ける。
あたりに静けさが戻り、砂ぼこりが晴れると広場の真ん中には巨大な影が鎮座していた。
鋭い角度を描く機体の表面は滑らかで、それ自体が刃物になりそうなほどの威圧感を発している。
それは先日、海から飛び出したジェット戦闘機だった。
「───来たか」
トレトマンの言葉に応えるように、青黒い戦闘機はぶるりと大きく身震いする。と、表面の装甲が大きく展開した。むき出しになった内部機構がめまぐるしく組み換わり、別の形態を構築しながら直立する。
戦闘機は、青く、どこか尖った印象のロボットになった。
紺青のロボットに合わせてトレトマンも擬態を解き、同じようにして立ち上がる。
「よく来たな、シリウス」
歓迎の意を示しながら近づき、名を呼ぶ。
現れたのは、ユニオンの機械知性体であるシリウスだ。
彼は挨拶もそこそこに、自分の手足をしきりに眺めている。
「擬態のまま過ごすのは、窮屈なものだな」
「なぁに、慣れてしまえば装備換装と同じだ。しかし、擬態に戦闘機を選ぶとはな、しかも、その機体はF15か? 最新機ではないが、その第四世代ジェット戦闘機は当時の世界水準では一級の性能を誇り、長い間、世界最強の戦闘機の名を冠していた素晴らしい機体だぞ」
人間世界オタクのトレトマンは、現れた仲間に得意の長広舌を披露する。しかし、すぐに相手の意識がこちらに向いていない事に気がつく。
シリウスはトレトマンを見てはいない。彼の足元に視線を向け、何かを探している。
相手の考えを察し、トレトマンは肩をすくめた。
「……シリウス。残念だが、ここにはわししか来ていないぞ。トラストなら余所にいる」
またわかりやすい行動を、とトレトマンが呆れてみせる。突っこまれたシリウスは、彼の指摘は的外れだとばかりに顔をそむけたが。
「まぁ、後で会えばいいだろう」
「必要があればな」
憮然とした物言いの仲間に、自分は関係ないことだとトレトマンは流す。
(まったく、つまらん意地をはるところなど、おまえさん達はよく似ているな)
いくら当人が否定したところで、紺青のオリジネイターが機械知性体の中でもっとも若い海里を気にかけているのは明白だった。
前回、彼らは深海都市でひと悶着を起こし、その際に互いの間にあったわだかまりは一応の決着を見せた。
だからといって、それまでいがみあっていたすべてを一瞬で帳消しになどできない。関係の修復は今のところ、歪んだ土台の上に無理やり建てた違法建築物を撤去できた程度。これから整地と、新しい土台作りが始まる。
(まぁ、ぼちぼち仲良くやってくれたらそれでいいぞ)
若いから、そのうち何とかなるだろう、とトレトマンは年寄りの傍観者を決めこんでいたが。
そのシリウスは、トレトマンの指摘でまた何か思うことがあったのか、口を閉ざしてしまう。
ここで放り出せば、トレトマンには理解できないようなささいな事で悶々と悩み続けるので、それではたまらないと話の矛先を変えてやる。
「シリウス。その翼で人間世界を見て回った感想はどうかね?」
尋ねられ、シリウスはゆっくりと顔を上げた。
「地上は……不可思議なところだ」
そうだろうな、と相槌を返すトレトマン。深海都市の何もかもが管理された場所で育った機械知性体にとって、地上世界は奇妙奇天烈で不条理に満ちた玩具箱だろう。
「雑多で、混沌に満ちている。あそこまで野放しにされているすべてが、一定の部分では秩序を保って存在できている事が信じられない」
わからない、とシリウスは険しい表情に力みを増す。
「驚きの連続だった、というわけか」
シリウスの感想に、トレトマンはうなずく。しかし腑に落ちない点があったので、もう一度問いかけた。
「シリウス、おまえさんは地上世界に出るのは初めてではないだろうに」
何が仲間の興味を引きつけたのか、トレトマンの関心はそこへ移る。
「確かに、何度か地上は見てきた。その度に、驚かされるばかりだ」
だが、と言葉を切る。そこには、どう言葉にして伝えればいいのか迷うような雰囲気があった。
シリウスはただ静かに目を伏せる。
ややあってから告げた言葉は、内心の迷いを示すように抽象的な表現だった。
「……おかしな事があった。……人間が、笑いながら死んでいった……」
爆発の轟音が、都市を廃墟へと変えて行く。
まだ、かろうじて生き残っている者達の悲鳴や泣き声に、自動車の騒音、サイレンの咆哮、拡声機の怒声が混じり合う。精神を土足で踏み荒らす狂騒曲が響き渡る。同時に、騒々しさの中心には、重苦しい静寂がつきまとっていた。
死をはらんだ、無音。
西アジアの片隅にある街は、砂漠の縁に貼りつくようにして存在していた。
しかし今、砂よりも強引に崩壊しようとしている。
強硬で強引な破壊を行っているのは、街を作った存在と同じもの。
人間だった。
彼らは手に持った器物で目についた人間を殴る、切る、突く。そうして悲鳴も上げられなくなった者を放り出すと容赦なく踏みつけ、歩を進める。
ただひたすらに、まっすぐ歩いて行く。
彼らは皆、笑っていた。だが、楽しそうには見えない。どこか無機的な微笑みには、何の感情も見えなかった。ただの無表情なのではなく、まるで眼前に何も見えていないかのようだった。そこにあるのは、作り物の仮面をかぶったような空虚さ。人々は声もなく、表情のない笑みを浮かべて機械的に歩を進めながら、目の前に転がり出てくる人間をかたっぱしから殺して歩く。男も女も老人も子供も人種も関係ない。刃物を、杖を、日傘を、ブリキのおもちゃを振り上げ、何も持っていなければ手で、足で、すべてを使ってひとつの目的だけを遂行する。
殺戮の行進は止まらない。
それどころか、悲鳴を上げて逃げ惑っていた者が、不意に叫ぶのをやめ、のろのろとした足取りで行進の最後尾に連なった。恐怖に狂った顔の上に無機的な微笑みの仮面を装着した者は、その瞬間から、殺される側ではなく、殺す方へと回る。
奇妙な集団は、街の一角から始まって、放射状に広がっていた。
街の中心はすでに死で包囲され、目抜き通りには壊れた物か動かない者しかいない。
熱砂を含んだ風が吹く都市に、車輪が軋む音が響いた。
ひび割れたアスファルトの上を進むのは、銀輪の車椅子。
破砕し、陥没している道路にぽつりと現れた車椅子には、女が座っていた。
彼女はぼんやりと目を開けているが、虚空を見つめるだけで、瞳は焦点を結んではいない。長い金髪は乱れ、艶を失っている。青い瞳はにごり、まぶたは上がっていたが、目を開けて眠っているように視線は動かない。
きゅらきゅらと音を立てながら進んでいた車椅子は、通りの真ん中で停車し、反動で彼女の頭が落ちた。首が折れた格好のまま、傍らに人が立っても彼女は視線すら動かさないでいる。
「───35号」
艶のある女の声だった。
落ちた髪をかき上げる仕草は優美さをかもしだし、眼鏡の奥の瞳には婀娜っぽい色が浮かぶ。
「久しぶりね、エルフよ、覚えている?」
現れた女は答えない彼女にはかまわず、無遠慮に髪をつかんで落ちた頭部を引き上げた。むき出しになった彼女の額には、丸い、眼のような金属が埋めこまれている。
エルフはつるりとした銀色の表面をなで上げ、薄く笑む。
「……醜い機械ね。第三の眼とはよく言ったものよ」
磨き上げられた爪先で金属の表面をつつくと、彼女の頭も揺れた。
「こんな醜悪なものを付けないと、たちまち狂ってしまうほど強い力……能力を高める事に傾きすぎた弊害ね。繰り返される実験と、大量の薬物投与であなたの身体はボロボロ。意識も薬のせいで、ほとんどないでしょうに」
エルフは嫣然とした微笑を浮かべながら女を見つめた。
「でもね、あなた達の犠牲は無駄ではなかったわ。ついこの間、とても自然に能力を使える個体を見つけたの。第三世代後期ロットになるのかしら。早く拉致して、実験したいわ」
だからね、とエルフはうれしそうに続ける。
「あなた達も、他の妖精の活躍を見たかっただろうけど、あんなに面白そうな素材を見つけてしまったら、もう型遅れに用はないの。やっぱり、こちらとしてはより強く、効率のいい個体が欲しいのよ」
そうでしょう、とエルフは返事のない同意を求める。
「第二世代最終ロットの妖精さん。あなたの歌声はとても美しかったけど、壊れたオルゴールに居場所はないのよ」
エルフは独白を続ける。車椅子の彼女に聞かせるというより、聞いていないことを前提に勝手にしゃべっているだけだった。
「あと、そろそろ人類に宣戦布告をしようかって話なの。あ、でも、残念ながら、人間の敵になるのは私達じゃあないわ。私達は、あくまで裏方。だから、代わりを今、用意しているのよ」
エルフが不気味な優しさで女の頬をなでる。
「さぁ、歌姫シャーリー。最後の舞台よ」
色素の薄い髪を愛おしげにもてあそびながら、エルフは一人芝居を続ける。
「人間を、殺すの」
答えなど、端から期待していない。ぼんやりとした彼女の目は、すでに周りの事象を認識する能力を残しているようには思えなかった。
目は開けていても、自己意識はすでに麻痺し、夢の中にいるのと変わらないはずだった。
「…………っ……あぁ……」
ところが、彼女は微かだが呻き声を上げて動く。
わずかに頭をもたげ、苦々しげに顔を歪めながら、かすれた声を絞り出したのだ。
「……あ、んたを……殺して、やりたい……」
さすがにエルフも驚いた。答えが返って来たことにも、答えの内容にも。
しかしエルフは瞬きで驚愕を消すと、喉を鳴らして笑う。
「そうね、殺したいほど憎いでしょうね」
エルフは優しい優しい顔で、彼女に微笑みかけた。
「あなたを手に入れる為に、あなたの両親と兄弟を殺したのは私。旦那さんは直接は手にかけなかったけど、きっともう、生きてはいないわね。あ、でも、生まれたばかりの娘はこちらで育てているわ。だって、歌姫の遺伝子を継いでいるのよ。きっと、将来はあなたによく似た美しい声で歌うようになる。あぁ、そう。あなたの頭に穴を開けるように指示したのも私。華やかな舞台を奪い、閉じこめて、痛い注射や苦い薬を与え続けたのも……私だわ」
ころころと鈴の鳴るような声には、悪意が満ち満ちて滴り落ちる。
獣が唸るような声が、彼女の喉の奥から響く。指先を動かしてもがくが、ほとんど握力のなくなった手は、肘かけから浮き上がる事すらできない。
惨めにもがく様を見つめるエルフの目には、奇妙な愛情があった。
それは、猫好きが猫をかわいいという時の目に似ていた。
相手を対等な存在として認識しない、超越者の眼差し。
だからエルフは、どこまでも慈愛のこもった言葉を与える事ができるのだ。
「かわいそうに……何もわかってないのね」
エルフは肩をすくめ、髪をかき上げてみせる。
「人間なんて、私達が本気を出せばすぐに死ぬの。いつもいつも手加減をして、我慢して、生かしておいてあげてる。それが我々、機械知性体……オリジネイターなのよ」
彼女の頬をなで上げ、エルフは上体を起こす。
「私みたいな人でなしにもてあそばれるのは、もう嫌でしょう。だから、解放してあげる」
と、電気を受けたように彼女の肩が跳ね、かくりと頭が落ちる。
沈黙。一秒、二秒、三秒。何の前触れもなく、彼女は顔を上げると立ち上がった。下半身に付随しているだけの、棒きれのような足を動かして歩き出す。
正面を向いた顔は、笑っていた。
しかし、その表情は、ステージで彼女が見せていた、透明で静謐なものではなかった。笑いたい気分でもないのに強制されているような、苦しみに満ちた気味の悪い笑顔だった。
いっそ、醜いと表したいような顔。
彼女が歩き出す。ついと顎を上げ、煤煙でよどんだ空に向けて謳う。
この上なく清らかな声を、あたりに向かって吐き出す。
死をもたらす、残酷な旋律を。
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