ずっとそばにいて③「アルトゥン、そう言っていた」
少女の保護は、機械知性体である彼らにとって非常に困難な試みとなった。
まず、彼らは任務で地上に出てきている。地上世界の人間は機械知性体というアニメかSF映画から抜け出て来たような存在を未だに知らない。つまり、大っぴらには表に出られないので、少女の親元を探したり必要なものを手に入れるにはかなりの不便を強いられてしまう。
悩み続けている間に少女を保護してからすでに二日目の朝になってしまった。
レックスは腕を組み、身体が傾くほどに頭をもたげる。
「通販を頼んでも、住所不定じゃあ届けてくれないだろうし……それに、お金持ってないしね!」
情けない話だが、一番の問題はそこだった。人間世界の枠組みに参加する為には、何はなくとも現金が必要になる。
頭を抱えるレックスに、それまで沈黙を通していたトレトマンが立ち上がる。左目のカバーをきらりと光らせ、得意げに胸を反らせる。
「ふふ、今の世の中、現実世界にある金だけが世の流通を支えているのではないのだよ。目に見えない現金も、手段としては十分に使えるぞ」
え、とレックスは顔を上げる。
「トレトマン、もしかして人間世界のお金、持ってるの?」
「地上世界に出てから今日までの間、様々な手段を駆使して手に入れた秘密口座には、活動に必要な最低限の資金を蓄えてある」
「その様々な手段は聞きたくないな……」
トレトマンにとっての最低限がどの程度なのかも気になったが。
しかし、とトレトマンは話の方向を戻す。
「早く手を打たなければならん。特に食糧だ。その子は保護してから今日まで、まともな食事を口にしていない。人間がどの程度の飢えまで耐えられるのかはわからないが、今日中には何とかする必要がある」
昨日は、マイキが海里に預けていた菓子類を与えてごまかしていた機械知性体だった。少女も特に飢えや乾きを訴える様子はなく、菓子をかじるとそのまま寝てしまった。
今は木材の側で海里の上着にくるまって眠っている。
「やっぱり、マイキ達に話そうよ。僕らだけじゃあ面倒見きれないって!」
騒ぎ立てるレックスの隣に、それまで少女の様子を見ていた海里が立つ。
「俺もレックスに賛成だ。このままにするのはよくない、人間は定期的に食料を摂取しないと死んでしまうのだろう?」
ううむ、とトレトマンは唸る。若者二人の勢いに、珍しく弱腰になってしまう。
「……仕方ない」
彼が折れるまで、大した時間はかからなかった。
少女の抱える背景や、それに関わることであの姉弟に迷惑がかかるのではとためらっていたが、最終的には少女の健康状態を維持する方が優先と判断したのだ。
大型連休に突入した最初の土曜日。
さてこれからどうしようか、と予定を立てたり財布の中身を見て落ちこんだりしていたユキヒに降ってわいた出来事に、彼女は怒りよりもむしろ呆れてみせた。
玄関先で、薄汚れた少女を抱えて途方に暮れる海里と、彼が持つ端末から発せられる説明に、ユキヒは渋面を作りながら大きく息を吐いて肩を落としてみせる。
玄関ポーチをうろうろと歩き回った後、眼鏡の奥にある目をつり上げた。
「……居候が増える事は、この際大目に見ます。むしろ、早く言ってくださいよ」
「すまない、お嬢さん……我々としては……」
ユキヒは端末に向かってひとさし指を突きつける。カメラでこちらの動きは見えているので、マイクの向こうは沈黙する。
「迷惑をかけたくなかった、というつもりでしたら却下です。こんな女の子を、おとついの晩から連れていただなんて……雨も降ってたし、風邪をひいたらどうするんですか」
「それに関しては、謝罪する。我々の不手際が招いた事態だ」
「ごめんなさい……」
わかればよろしい、とユキヒは腰に手を当て鼻息を荒くする。
「話は後でもう一回聞きますから、とにかくその子……えぇっと……」
「アルトゥン、そう言っていた」
「えー、アルちゃん? 海里さん、ひとまず中に入れてください」
お風呂お風呂、とユキヒは廊下を忙しなく走って行く。
と、途中で振り返ると、彼女は思い出したように尋ねてくる。
「ご両親はまだ見つかっていないんですよね」
「そのあたりは、目下捜索中だ」
「じゃあ、見つかるまで私が面倒を見ますから」
「しかし……」
尚も言い募るトレトマンに、ユキヒは珍しく声を張り上げる。
「あなた達に、女の子の世話を任せられません!」
ユキヒの気迫に圧された機械知性体達は、そろって、わかりました、と返事をした。
日が暮れるまでたっぷり遊び、腹を空かせて戻ってきたマイキは、ソファの上で毛布にくるまっている少女を見てリビングの出入り口に立ちつくす。
大型犬のように少女の足元に寄り添って床に座っていた海里が、マイキか、と振り返る。
「シン兄……その子、誰?」
少し驚いたように眼を見開き、遠巻きに少女を見つめる。しかし彼女はマイキの方に顔を向ける事もせず、ただ虚空に視線を据えている。
「俺にもわからない」
簡単に彼女をここに連れてきた経緯を説明し、預かっていた菓子を与えてしまったことを詫びる。マイキは菓子がなくなった事よりも、アルトゥンの存在が気になるらしい。
しかし少年の瞳は、好奇心よりも警戒の色が強い。
機械知性体という未知の存在にすら気後れしなかったマイキだったが、なぜか動こうとせずにいる。
当惑した様子に、海里は腰を上げた。
「……どうかしたのか」
傍らに膝をついて問いかけると、マイキは答える代わりに海里の腕を取った。軽く身体を預けてくるのを、海里は黙って支えてやる。そうしてようやく少年は息を吐いて肩の力を抜いた。
「ねぇ、シン兄……」
声を発するまでには、迷いを帯びたような間があった。
「……あの子……僕、見た事がある……」
海里は思わずマイキを見つめる。少年は緊張した面持ちのまま、少女にまっすぐな視線を向けていた。
座っているアルトゥンは、ユキヒによって丁寧に洗われ、清潔な服に着替え、ぼさぼさだった髪に櫛も入ってずいぶんとこぎれいな印象になっている。
少女とマイキを見比べたが、マイキが何に対して驚いているのか海里には理解が及ばない。それを訴えてみたが、マイキはなぜ気がつかないのだ、と非難めいた眼を向けてくる。
「本当に……覚えてない? シン兄も、会ってるよ」
わからない、と海里は頭を振る。
彼が本心から言っていると悟ったのか、マイキは唇を噛んで頭を伏せた。浅くなった呼吸を抑えるようと、胸を、そこに下がっている蒼い石を握りしめるとマイキは小さく、だがはっきりと告げた。
「僕を連れて行った、あの女の子だよ」
発せられたマイキの言葉は、海里には思いもよらないものだった。
以前にマイキは、イノベントの機械知性体に誘拐された事がある。
枯れ葉色の髪をした少女。
六番と名乗った存在は、海里同様、機械との同期接続能力を有していた。
「あの時の……?」
海里はアルトゥンとマイキの顔を交互に見たが、すぐに渋面になる。
彼は人間個人を見分けるのが未だに下手だった。目の前の少女とマイキを連れ去った機械知性体の少女が似ていると言われたところで、首をかしげるしかできない。
「でもちょっと違うみたい。似てるけど、似てない……」
痩せてるからかな、と言ったマイキも自信がなさそうな口ぶりだ。
「そうか、あの時のオリジネイターか」
机上に放り出されていた端末から、トレトマンの声が響く。会話に加わらずに今まで見ていたらしい。
「その可能性は失念していたな」
「トレトマン、まさか、この子があのオリジネイターなわけ?」
あわてるレックスを、トレトマンがなだめる。
「落ち着け。逆だ、彼女が人間だからこそ、考慮に入れていなかっただけだ」
「あ、僕、知ってる。他人の空似って言うんだよ」
マイキの得意げな発言を、トレトマンは意味としては合っているが、と前置きしてから告げる。
「人間同士には適応できるが、機械である我々オリジネイターにそれはありえないだろう」
「そうだよね。僕達の外装は人工的に作るから、意識的に作らないと似るってことないし」
あれ、とレックスが首をかしげる。
「じゃあ、あのオリジネイターは何者なの?」
偶然なのかな、とレックスは漏らすが、誰もその独り言に対する回答は持ち合わせていない。
「どうやら、本格的にきな臭くなってきたな」
やれやれ、とトレトマンはあきれてみせた。
海を貫く槍があった。
滑らかな流線型の表面は、わずかな光に金属の光沢を見せる。鞘に似たそれは周囲を泳ぐ深海魚よりも巨大だった。金属の鞘は、餌とみなせば共食いも辞さない深海世界とは相いれないらしく、すぐ脇をミズウオが通り過ぎても顎を開く事もしない。リュウグウノツカイが美麗な朱色の背びれをなびかせながら、ほんの少しだけ並走してくれたが、すぐに加速の向こうに置き去りにした。
槍は変温層を抜け、さらに上を目指す。
次第に海の色が変わり、魚の群れが差しこむ陽光に銀色に輝く。
深海の暗く冷たい、広大だが閉じた世界から、太陽の光と熱に満ちた空の下へ。
海面を突き破って飛び出した鞘は、きりもみしながら激しく滴を撒き散らす。
光にさらされた表面は、海と同じ深い青。
ほぼ垂直に飛び出した鞘は、重力に引かれて落下する寸前、変形を開始する。
鞘の表面が弾け、内部から鋭角の翼が飛び出す。垂直尾翼が起き上がり、大出力エンジンが唸りを上げた。
瞬く間に金属の鞘は、力強い翼を持ったジェット戦闘機へと変わる。
勢いを失って海面に没する寸前、戦闘機はブースターから炎を吹き出し、急上昇する。
海の底から現れたそれは、海中を飛び、次いで空を飛ぶ。
戦闘機は炎の尾を引きながら上昇を続け、夜が近い高空へと消え去った。
「昨日はカイリ君、見つからなかったなー」
あっけらかんとした声が、午前の通りに響く。
久檀は昨日と似た格好で腕を組みながら、思い煩うような顔をしてみせる。しかし、口元はしっかり笑っていたが。
「俺としては、その日のうちに見つけて居酒屋に連れこむ予定だったのによ。せっかくあんなに盛り上がったのにな」
なぁ、と話を振られ、少し距離を開けて歩いていた城崎は、そう簡単に見つかってたまるものか、と内心で毒づく。
捜索は何の進展もなく終わった。というより、久檀はその後の飲み会に気もそぞろで、何の役にも立たなかったのだ。やった事と言えば、街中を歩き回り、「彼ら」が潜んでいる可能性がある場所に目星をつけただけ。
地図に赤丸が増えた頃には久檀はもう、酒の肴以外考えられそうになかったので、城崎は頃合いを計って辞去しようとしたのだが、久檀に首根っこをつかまれ、そのまま飲み会の席まで引きずられて行った。
天条は城崎が来る事は予想の範囲内だったらしく、解放されるどころか逆に迎え入れられてしまった。そこから数時間続いた苦行明けの頃には、城崎は疲弊しきっていた。
帰宅してそのまま倒れこんで夜が明け、早朝から鳴り響く携帯電話に起こされた。相手は久檀だった。朝食をおごるから、今すぐ出て来いと呼び出されて現在に至る。
「さ、腹いっぱいになった事だし、今日も探すぞ。いや、今日こそ見つけてやるっ!」
久檀は朝からとにかくやる気だけは満ち満ちていた。
「……協力には感謝しますが、あなたの仕事の方は大丈夫なのですか?」
「ん? 俺は年次休暇を取ったから、何も起こらなかったらあと一週間は休みだ」
一週間。その単語に、城崎はめまいがしそうだった。もちろん、城崎も防衛軍での仕事があるので毎日久檀に付き合うわけではない。だが、天条からはなるべく行動を共にするように言われている。その上官も、明日からは交代で参加する予定になっていた。
「自衛隊は休暇を取りにくいと天条大佐からは聞いていました。あなたはよくそんな長期休暇をもらえましたね」
久檀の所属する部隊はよっぽど暇なのか、それとも久檀自身が腫れものになっているのか。わずかに毒をこめて言うと、彼は地図に目を落としながら、何でもない様子で返してきた。
「ちょいと今は部隊を再編成中でな、上の方がごたごたしてるから、訓練をしようにも難しいんだよ」
このあたりから探すとするか、と指をさしながら久檀は顔を上げる。
「ほら、あんたらがあの橋の向こうの埋立地に基地を作ろうとしてるだろ。それに合わせて、俺達もお引越しの予定なんだと」
顎で示す先には、昨日の赤い大橋が見えた。
「……あの埋立地は、候補としては下位に位置します。あそこに防衛軍の日本支部ができるかどうかはまだはっきりしていません」
そうかよ、と久檀は聞いてるのかそうでないのかわからないあいまいな返事をする。
城崎としては内心では気が気ではなかった。確かに、増員と同時に千鳥ヶ丘市の埋立地が急きょ、日本支部の候補地上位に繰り上がった事を聞かされた。
そんな内輪の情報を持っている男に、出会った時とは違う種類の警戒心が頭をもたげる。
しかし男は背をにらみつける城崎など意に介さず、ふらふらと歩いていたが。
「カズマ。お前、俺に何か隠してる事があるだろ」
「また、その話ですか」
いきなり告げられ、城崎は胸に何かがぶつかったように足を止める。
「ちげーよ。お前の正体は保留だ」
まだ探るつもりか、と城崎は舌打ちする。久檀はそのうちな、と笑いながら向き直った。
「今回の一件、昨日の報告書以外にも、まだ何かあるはずだ」
「何を根拠に……」
久檀は地図をたたむと、がしがしと短い髪をかき回す。
「報告書はそつなくまとめてあったが、腑に落ちない点がいくつかある。自動車がロボットに変形するって話は、他に目撃者が多数いたみたいだからよしとしよう」
んなこと俺は興味ねぇし、問題はここだ、と続ける。
「人間がクルマに突っこむだって? 駐車場内だから大したスピードも出てなかったんだろうが、正気の沙汰じゃあねぇ。まともな人間なら、クルマに体当たりを仕掛ける前に、自分の命の心配をするもんだ」
つまり、と久檀はぐるりとあたりを見回す。彼らが向かっているのは、城崎が海里と接触した郊外の大型ショッピングモールだった。
開店時間前の為、駐車場入口にはチェーンがかかり、入場を拒んでいる。
「つまり、この兄ちゃんにはクルマに特攻かけても平気な何かがあるんだ。例えば、鎧を着てるとか、全身が鋼鉄でできてるとか」
「……覚えている限りでは、あなたのような軽装でしたね」
なおさらよくわかんねぇ、と久檀はこぼす。
「自動車がロボットになったって言うなら、そいつにやらせた方が話が早かったはずだ」
駐車場の向こうに見える店舗の並びを見ながらぶつぶつと漏らしている久檀を横目に、城崎は小さく息を吐く。
隠している事実はある。
城崎は報告書にロボットの件は書いたが、海里の腕が切断され、それが機械でできていた事実は伏せた。上官の天条にも報告していない。
ロボットと機械の腕。
この二つを結びつけた時、城崎の中にある想像が生まれてしまったから。
もしかすると、青年自身も機械なのではないか。
人造人間。人間形態ロボット。
SF小説や映画に登場する存在が脳裏をよぎり、異常な事態の中で彼の精神はその答えを『逃げ場』として許容してしまう。後で一笑に付せたが、一度生まれた妄想は容易に城崎の脳内を侵食する。
結果、報告書作成にあたり、海里に関しては客観的な文章に置き換えられる自信がなくなり、書きかけた部分は削除してしまった。
せめて天条にだけは相談すべきかと悩んでいる間に時間がたち、逆に言い出せなくなってしまったのだ。
悄然とする城崎に気づかない久檀は、隣で別の話を始める。
「そうそう、昨日、基地の仲間から聞いたんだが、中東の近海で妙な反応があったらしい」
「……妙なもの?」
自己嫌悪を打ち切り、城崎は男に向き直る。
「あぁ、何かが海から上がってきたらしい。かなり大型の反応があった。最初はクジラかイルカと間違えたかと疑ったそうなんだが、金属反応を示した上に、ものすごい速さで飛び去ったそうだ。それこそ、戦闘機みたいな速度でな」
「海から……どこかの偵察機では?」
「俺もそう思ったさ。だが、反応はそれひとつきりじゃあないんだとよ。飛んで行ったものもあれば、また海に潜って行方をくらませたのもいる。そんなのが世界中でいくつか確認されたそうだ。どうだ、何か関係ありそうか?」
久檀の披露したネタは、城崎も持っていない情報だった。本部からも特に連絡はない。ますます男に対して得体の知れなさだけが募るが、それよりも、提示された情報は十分に城崎の興味を引いた。
「世界各国の海から、何かが現れた……」
頭に浮かんだのは、あの軽自動車が変形したロボット。海から現れた久檀の言うものは、何かが戦闘機に変形して飛んで行ったのかもしれない。
そうやって、非現実を当たり前のように候補に入れてしまう自身に気づき、城崎は自己嫌悪に眉間にしわが寄る。
そこでようやく開店時間になったのか、現れた店員が入口のチェーンを外し、彼らに向けていらっしゃいませと頭を下げて行った。
冊子版はピクシブのBOOTHで頒布しております。
これは4巻収録分。
https://mutsugami123zero.booth.pm/




