あなたはどこにいますか①「中断、されたはずなのだが……」
あなたはどこにいますか
ハルがもたらした情報の中に、微細機械細胞を制御している研究所の位置があった。
誰もが探し求めていた情報だったが、示された場所が場所なだけに、はいそうですかと飛びつくことはできず、確証を得るために数日を費やすことになる。
先だって得た大まかな位置情報を防衛軍情報部が連日大量の人員を投入して電子上から紙の資料まで照らし合わせた結果、この位置情報はほぼ間違いないだろうという結果になった。裏付けにはトレト探しだしたイノベントのバックアップも補正用に加わる。バックアップは制圧された第九内にあった。先だってトレトマンが海里に渡したキューブもそれらの保存用に使われていた一部だ。
すべてを組み合わせ、疑わしい部分を調べつくして導き出された目的地はロシア領内にあった。ユーラシア大陸北部の国で、世界最大の国土を誇り多様な環境と民族で構成されている。
調査はトレトマンや海里だけでなく、防衛軍側からも人員が派遣されることになった。即席の調査班は輸送機に揺られ、国境警備をくぐり抜けて現地へ向かう。ロシア政府に直接、遺棄された研究施設を調査したいと言っても許可が下りないことはわかりきっているので不法侵入になる。
世界中を混沌に沈めている施設は、広大な国土内で町や村のない忘れられた空白地帯に存在していた。
「ここか……」
海里は曇天の下で顔を上げる。
何もない場所とされていた地点だが、何かはあった。
地図や記録上では森や平原としか記されていない場所に無理やりねじこまれた異物が眼前に存在を主張する。
町があった。
森という天然の目隠しに覆われた、小規模の、村といえそうな程度の集落だ。
だがそこはすでに滅びた町だった。
町の名はオルガ9
女性名と閉鎖都市のために政府が用意した振り分け用の番号を組み合わせただけ。このような実験機関をロシア政府はいくつか抱えていたが、国民には存在を秘匿してる。だが政府は研究所の存在を認知し、出資もしていたのだ。
そしてこの町は研究がとん挫したことで施設そのものが遺棄され、記録上から消された。そして年月が過ぎるうちにロシア政府と研究内容を追っていた防衛軍もこの町の存在を忘れてしまったのだ。
「ここって何の研究してたの。まさか昔から微細機械細胞を作ってたとかじゃあないよね」
レックスは簡易的に封鎖された町の入り口から中をのぞきこみ、荒れ果てた家屋の様相を見て小さくなる。
「研究内容だが……」
トレトマンは脇を見る。同行した防衛軍側は荷物の積み下ろしにまだ時間がかかると判断し、レックスの疑問に付き合う。
「ロシアはとにかく国土が広い。そうなると、どんな問題が起こりやすい」
「距離がある……ってことだよね。物を運ぶのが大変?」
「それも大きい。国の端と端では時差もある、気候も違う。天候が荒れてしまえば輸送は遅延する。途中、事故が起こる可能性も高くなるだろう。だがそれは昔からの問題であり、交通網を整備するのと同時に進めなければならないものが他にある」
「道路と同時に? けど、道さえできれば楽になるんじゃないのかな」
トレトマンはレックスの答えに腕を組む。
「我々はすでにその技術をあって当たり前に使っている。だから、ないことに疑問を持たないし、想像もしない」
答えを知っている者からの投げかけにレックスは肩を落とし、海里の前で小さくなる。
「トラスト……わかった?」
「わからない」
と、海里は首を振る。一応、研究内容が何なのかはハルに渡されたデータから推測しようとしたが、未整理で系統も分類されていない乱雑な数字と専門用語の群れに早々に敗北したのだった。
そろそろ出発できそうな雰囲気を察したトレトマンは、あきらめて正解を教えてくれる。
「通信だ」
ぴしりと指を立て、快活に語りだす。
「リアルタイムで劣化のない通信。この施設が求めていたのはそれだ」
「通信……が便利になると、道路を作るよりもいいことあるわけ?」
「想像してみろ。情報網が発達していれば、事前に道路状況もわかる。行き先の天気が予測できるだけでも安心感は増す。物資を運搬するにしろ、本当に必要なものや適正数を計ることも可能だ」
まだ納得できない様子の海里やレックスに向かってトレトマンは辛抱強く説明を続ける。
「おまえさんたちが出先で離れ、通信が途絶したと考えろ。どうやって再会する。事前に場所と時間を決めておかなければ、おそらく会える可能性はかなり低い」
長年の付き合いがある分お互いの行動はある程度は読めるが、それでも空間の限られている深海都市ならともかく、地上の一角では不可能な話だ。
「そう、だね……。連絡がつかなくなるなんて、考えてもみなかったよ」
「人間世界でいまのようなインターネット環境が整備されたのはごく最近の話だ。ここではその黎明期、さまざまな通信関係の研究がおこなわれていた。電気通信や音響、衛星回線。その中に、微細機械細胞のごく初期の構想があった。当時、ナノマシンの概要が世に発表されてからさまざまな国家が実用化を図ったが、現状でも工業用のごく限られた範囲内で限定的に使われるのがせいぜいだ」
トレトマンは視線を海里に向ける。当たり前のように微細機械細胞で組んだ身体を利用し、負傷時の再構築などをやってのけているが、開発者であるトレトマンでさえ専用の設備がなければ真似ごとすらできない。
「えーもしかしてここが微細機械細胞の発祥?」
いいや、とトレトマンは即座に否定する。
「微細機械細胞の研究は早々に打ち切られている。次に研究者が手を出したのが、量子ネットワークだ。量子暗号技術を使った通信ネットワーク構想。データを量子状態にして行う通信だ」
「量子って、あのコンピュータのこと?」
レックスが地下空洞から持ち帰った黒い直方体を思い返す。
「あれは多重演算用だ。用途がそもそも違う。こっちは情報を量子化させて空間を一気に跳躍させようとしたんだ。量子テレポート自体はすでに他国が成功していたからな、どこも新しい通信技術の開発に躍起だった」
すでに話の半分もついてこられない海里たちを置き去りに、トレトマンの長広舌は続く。
「だがそれも失敗し……あせっていたのだろうな、今度は人間の思念波を飛ばせないかと考えたのだ」
「思念って……」
科学から一気にオカルトへ、データではなく精神的な概念に話が跳躍してしまい、廃墟となった市街地を目前にうすら寒くなるレックスだった。
「思念波通信開発はロシアの新興財閥の支援も受けていたが、政府が国内の安定と政府権力の強化政策を打ちだしたことで財閥そのものが解体され、資金が途絶えて計画は中断された」
研究が中断されれば町は町としての機能を失う。そして停止した町は廃棄され、研究者やその生活を支えていた住人は姿を消した。
「中断、されたはずなのだが……」
疑問と思考に没頭しかけていたトレトマンを、防衛軍側が準備ができたと声をかけてきた。
行きましょう、と車両の窓から身を乗り出して手招きするのはスターだ。機材を積みこんだ車両の中に他にも数名が乗りこんでいる。
海里は車両形態となったレックスに乗り、トレトマンとシリウスは通常形態のまま歩き出す。事前調査で施設付近は一〇〇キロ圏内に村などはなく、町へいたる道筋も経年の末に消えてしまっている。まず興味本位で他者が訪れるような場所ではない。それでも輸送機が着陸するのを見られている可能性はあるのであまり時間的な猶予はなかった。
簡易のバリケードを避けて町の中へ入ると、海里はすぐに違和感に気がつく。廃墟となった町は山間の小規模な集落という言葉が持つ牧歌的なイメージとは逆だった。
大量のプラント群の片隅に、住居と思われるコンクリート製のマンションが小さく作られていた。商店や公園もあったが工場に比べてあまりにも小規模で、いかにも必要最低限という態だ。崩壊さえなければどこかの工業地帯に入りこんでしまったような構造で、ここが自然発生的に生まれた町ではなく、隠れ場所として選ばれ必要な機材をつめこんだだけだとわかる。
「衛星画像から町の状態はおおむね確認できていましたが、予想以上に荒れていますね」
車中からスターが話しかけてくる。運転は他に任せてタブレットを操作していた。人員は輸送機内に残ったパイロットもふくめれば十人ほどになる。半分が技術者で、残りは護衛役だ。
トレトマンは人間よりも高い視点から町を見渡す。
「記録が正しければ、この町が遺棄されて三十年ほどになる。住む者がいなくなれば、人間が町という枠を整えるのをやめてしまえばあっという間にさびれてしまうものだ」
だが、とトレトマンは視線をある方向へ向ける。
「気づいているか」
「ええ」
スターとトレトマンは同じ場所を注視する。
「ここ最近、複数の人間が出入りしてますね」
町の入り口は簡易のバリケードでふさがれていたが、彼らが到着した際にはゲートごと壊されていた。地面には複数のタイヤ痕があり、電力供給施設の周囲には廃墟とは年代の合わないパーツやそのパッケージが転がっていた。
「侵入者たちが最低限、施設が稼働できるように補修したのだろうな」
「逃亡した研究員がそんな真似を?」
「いや、彼らを招き入れてここまでお膳立てした者がいる。おそらく、過去の出資者の一人だろう」
そこまで読んでいることに誰もが驚愕するが、トレトマンは根拠はない、と断りを入れる。政府からも忘れられた実験を再開しようとした経緯も、トレトマンの予測が正しいかどうかを証明しようにも今のところ、人影は見受けられない。
「だが施設が生きているとなると、誰かが様子を見に来る可能性が高いな」
急ぐぞ、とトレトマンは棄てられた閉鎖都市内を巨体の脚で横断する。防衛軍側は機材を積みこんだ重い車両で追いかけ、その後ろを車両形態になったレックスとそこに乗りこむ海里、最後尾はシリウスが周辺を警戒しながら少し間を空けて続く。
一行が向かったのは、化学プラントが密集している工場地帯だった。直方体で灰色の建物がパイプ同士でつながり、複雑に絡み合って迷路のようにうねっている。ただ工場自体は稼働していないのか、煙突から吐き出される煙もなく、割れた窓からのぞきこんだ工場内部は無音で無人だ。
パイプやコンベアーの流れを追って行くと、ひとつの建物に集約される。
工場の中心にある建築物は他と同じ無機質な作りで、特に巨大だったり威圧的な装飾などは施されていない。徹底的に無駄を排した作りだった。
「ここらしいな」
一行は足を止める。だがそのまま乗りこむことにはならなかった。
パイプラインの先にあるゴールが確認できたころから、人間側から体調不良を訴える者が出てきた。運転手がめまいを覚え、運転を誤ってトレトマンに突っこみそうになって彼が手でフロントを押さえる。運転席から下ろした男は気分が悪いと言って路肩に吐き、その頃には後部座席にいた技術者も同様に倒れてしまう。
「……どういうこと? このあたりって、人間にとって悪いものが漂ってるの?」
レックスの疑問に、さすがにおかしいとスターがタブレットと検知器を片手に車両から降りて周辺を計測するが、すぐに首をかしげる。
「特に異常値は検知できない」
答えるスターも襟元をゆるめて息を吐く。他のうめいている者たちよりは軽症だが、彼もまた自身の身体に異常を感じていた。症状は他の者と同様、めまいと頭痛。気を抜けば足元が揺れるように力が抜けそうになるという。
原因不明の病状を訴える人間たちを前に、何ら不調を感じない機械知性体はどうすることもできない。
「この状況、どうなっているんだ。ガスや放射能。電磁波か、それとも……」
「端的に言えば、この地域は汚染されている」
馬鹿な、とスターはタブレットの計測値を確かめるが、トレトマンが止める。
「落ち着いてくれ。こちらも何の異常も計測できていない。我々が持っている機材では感知しようもないのだ。ああ、そうそう、君が慌てるような汚染ともまた違う」
お得意の謎かけのような言葉にスターは戸惑う。だが実際、検知器の数値は許容範囲内で特に何かがおかしいわけでもない。
周辺に視線をめぐらせていた海里は、汚染と聞いてあることを思い出す。
雨の日に出会った少女……アルトゥン。
彼女はイノベントの、今から考えれば第九で能力開発の人体実験を受けていた。少女の能力は妖精の歌。人も機械知性体も惑わすあやかしの旋律。薬物や機械などに頼らず、意識に介入してその行動を操ってしまう。
その能力の展開を、端的に汚染と表していたのだ。
だが少女の願いは自分を守る者が欲しかっただけ。海里たちも操られている自覚はなく、その能力を意識した頃合いを見計らったように少女は連れ去られた。
以降、少女の行方はわからないまま。
「これ以上、君たちは進まない方がいいだろう」
トレトマンは人間側に向かって告げる。声は穏やかで、何の危機感もふくまれていない。
ただ当然、何の説明もなく帰れといわれても困る、とスターは言いつのる。
「あなたは汚染と言いましたが、どこにも異常はない。だが実際、我々は動けなくなってきている。原因は何なんだ」
「この施設に入ると、人は狂う」
場合によっては我々も、とトレトマンは淡々と告げる。
「ここで私の予想を語ってもいいが、その前に彼らを送り帰した方がいい」
言って、トレトマンはひっくり返っている者たちを示す。体力的に劣る技術者はもとより、護衛として派遣されているはずの兵士ですらすでに立てなくなっている者がいる。
むしろこの状況でまだ意見してくるスターの気力の方がすさまじい、とトレトマンは素直に称賛する。彼にとってよほどこの任務が重要か、あるいは先にある何かが気になっているのだろう。
「……仕方ないですね」
苦々しい顔でスターは決断する。
あと五〇メートル先に彼らが目指す廃墟があったが、全員を連れて行動はできないと決定を下す。
スターは自分以外を輸送機が着陸した地点まで戻すことにする。この場を離れれば体調不良はほどなく治るだろうというトレトマンの判断を信じて引き返していく車両は多少蛇行していたので、レックスが二足歩行形態をとって慌てて追いかけていった。
「君も一緒に戻った方がよかったと思うがね」
人間側で残ったのはスターだけだ。彼は不機嫌極まりないといった顔で車両から下ろした機材を確認している。
「ここは人間の施設ですよ。人がいなければ通れない通路の先に重要なものがある可能性が高い」
それもそうだな、とトレトマンは納得する。人間形態が必要なら海里がいるのだが、彼はスターほど技術的な知識がないのでスターの知力はあった方が助かる。
「意識を失うようなことがあれば、私が運ぼう」
それはどうも、とスターは機材を背負って立ち上がる。海里が手を貸そうとしたが、精密機械があるからと突っぱねられていた。
「……さて、ここが目的地なわけだが」
施設内へいたる扉は開かれていた。大型の扉からのぞく内部は暗い。一階部分は倉庫を兼ねているようで、機械知性体の巨体でも十分に動き回れる。大半の荷物は遺棄された際に運び出されたのか、内部はがらんとしていた。逆に、真新しい梱包材などが床に散らばっていて妙に目立つ。
そして奥には巨大な縦穴があった。エレベーターシャフトだろう。乗降する箱は下にあるのかのぞいても闇しか見えない。スターがそのあたりを探し、操作ボタンを押すと鈍い稼働音がしてワイヤーが巻き取られていく。
「エレベーターは動くようだな」
スターは嘆息する。念の為に降下用の機材は背負っているが、なるべくならやりたくない。
到着したエレベーターの扉は格子状で内部が見える。そこに誰の姿もなく扉が開くのを確認した一同はわずかに緊張を解く。
「伏兵はなし、か」
「我々も、一人ずつなら乗れそうだ」
エレベーターは大型機材搬入も想定に入れていたのか、せり上がってきた箱の内部は広い。膝をつけば機械知性体でも十分に入りこめる。
「さて、最終確認だが……人間である君にはこれ以上進んで欲しくない」
告げるトレトマンの口調には、押しつけや強制の響きはなかった。
「その要望は受け付けられません」
真正面からスターは弾き返すが、トレトマンもまたそこで折れはしなかった。
「命の保証はできない」
そうですか、とスターは何のためらいもなく言い捨てる。
「狂った研究員の襲撃などであればご心配なく」
自分の身は自分で守るとスターは拳銃を抜いた。
射線に入った者は誰であれ撃ち殺すという気迫をみなぎらせているスターにトレトマンはあっさり言った。
「研究員もすでに全員死亡しているはずだ」
なぜ、と疑問符を浮かべるスターにトレトマンは外を指し示す。
「簡単だ。出ていった者がいない」
指の先、離れた広場には彼らが乗ってきたものとは別の輸送機があったが傍には誰もいない。
「電力供給の整備状況から考えて、そう長期間滞在できる備蓄があったとは思えない。だが輸送機は補給にも出ず居残っている」
「パイロットもふく、この地下にいるのでは」
「私なら、荷物を置いたらさっさと帰るな」
放置された輸送機と、侵入した形跡はあるのに誰とも出会わない町。その不可思議さが示す答えを誰もが口に出せずに押し黙る。
それぞれの想像に捕らわれている者たちを見まわし、トレトマンは常のように軽くも重くもなく言い放つ。
「この先は危険だ。人間だけでなく、我々も狂う可能性がある。そうなった場合、銃で撃たれるよりも悲惨な死に様を迎えることになるだろう」
張りつめた場に、体調不良の人員を送り届けて戻ってきたレックスは状況が飲みこめずに首をかしげた。
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