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遺されし事実④「ハルが何を目的に動いているのか知る必要がある」

 負傷した城崎をどうするか、となったので海里はまずトレトマンに相談した。ハルと遭遇し、以降の下りを説明するとさすがに驚いた様子だったが、怪我人がいるとあっては細かい報告は後回しになった。

 とはいえトレトマンも人間の治療は門外漢。だがそう都合よく人間の医者の知り合いもいなかったので、結局は天条に頼った。彼もまた、アメリカといっても地名を聞いても即座に場所を想像できない場所で見つかった元部下に驚いていたが、あとの判断は早かった。

 城崎はすでに天条の部下ではなかったが、第九へ収容され、行方不明になった以降も防衛軍に軍籍は残っていた。そのため、下手な病院より関連のある施設で診てもらった方がいいだろうということになり、問い合わせて入院が可能な病院をいくつかリストアップし、海里たちがいる場所から一番近い病院へ担ぎこんだ。

 いくら先に事情を説明していたとはいえ、救急車ではなく戦闘機で運ばれてきた患者を前に、医者と看護婦は二の句が継げないでいたが。

 しかもその間、意識のなかった城崎の都合や意思はまったく考慮に入れていない。

 病院は同じアメリカ大陸にあったので、海里たちは城崎を届けたあとはそのまま海を渡って日本にいるトレトマンの元へ戻った。とんでもない行程だったが、人間とは疲労の度合いが違う機械知性体としては特に問題はなかった。

 半日かけて日本へ戻り、トレトマンにことのあらましを告げると、彼は腕を組み、特に軽くも重くもなく言った。

「まあ、ハルは生きているだろうな」

 そうなのか、と現場を目の当たりにしていた海里とシリウスは顔を見合わせる。

「想像だが、ハルの本体は我々が目にしているあの人間形態ではないはずだ。あれはあくまで行動しやすい端末体であって、根幹の部分は別にある」

「ならそこを叩けば」

 まだハルに執着しているシリウスが声を荒げるが、トレトマンは冷静に切り返す。

「それも現実的ではないな。先ほど本体といったが、これが心臓部です、とわかりやすく置いていないだろう。むしろ目に見えない個所にひそませていると考えた方がいい」

 謎解きのような言い回しにレックスが首をかしげる。

「目に見えない場所? 深海とか?」

「言いかえれば、物理的には存在しない場所だ」

 ますますわからない、と若手三名は白旗を掲げる。あっさりと思考を放棄する彼らを見渡し、トレトマンは正解を教えてくれた。

「インターネットだ。世界中に張り巡らせた回線の網は、たとえ一部を切断しても即座に別の部分が断裂個所を補ってしまう。ハルは本体をこの地球上に存在する見えない網の中へ放りこんでしまっているのだろう。網の中で常に自分自身を複製し、移動している。事実上、完璧に消すことは不可能だな」

 地球規模ですべての回線がダウンすれば別だろうが、とトレトマンは腕を組む。だがそんな真似ができるはずもないことは海里たちでもわかった。

「ではやつは、不死身ということか」

「端末体を失ったことで、しばらくの間、活動は制限されるだろう。そのうち何事もなかったように顔を出してくるはずだ。城崎くんの側に現れるかもな」

 病院に罠でも仕掛けておくか、とトレトマンは冗談のように言ったが、誰もその場限りの適当な話題だとは思わないあたり、普段の行動が知れている。

「その間に、トラストが持って帰ってきた情報とやらを精査するか」

 むしろそちらの方がハルの安否よりも重要とばかりにトレトマンは海里を手招きした。手にはケーブルがにぎられている。トレトマンはハルのように情報を直接受け取るような行為ができない、海里にもそこまで器用さがないので有線でダウンロードする必要があった。

「これに放りこんでおけ。圧縮する必要はないぞ」

 傍らの黒い直方体を示す。地下空洞から持ち帰ったスパコンに似ていたが、大きさは半分以下だ。

「外部バックアップ用のキューブだ」

 端的に説明するとトレトマンは他にやることがあると告げ、その場から立ち去ろうとする。

「トレトマン、聞きたいことがある」

 ケーブルを受け取った海里は強めにトレトマンを引きとめる。足を止めたトレトマンは静かに、だがきっぱりとした声音で言った。

「アウラのことか」

 すでに報告で結晶化した町の中で滅びたはずの少女を目撃したことは伝えてある。

「俺だけじゃない、シリウスも見ている」

 それに、と海里は天条が第九でアウラらしき存在を目撃したことを付け加えたが、トレトマンは首を横に振ってさえぎった。

「聞いたところで、おまえさんが欲しい答えはないぞ」

 互いに無言でにらみ合うが、トレトマンの方が先に視線を外す。構っている暇はないと立ち去る背中が語っていた。

 緊張感の漂う間に、レックスがおずおずと割って入る。

「……トラスト、アウラを見たって……」

「見た。だが、実体ではなかった」

 影も音もなく存在していた少女。姿かたちを似せた何かだというなら、なぜあの容姿なのか。

 疑問は尽きないが、答えにつながりそうなヒントはない。ハルから受け取った情報の中に埋もれている可能性はあったが、海里の処理能力では膨大なデータを抱えているだけで身体が重くなっている気がする。

 仕方なく、自分で分析するのはあきらめ海里は自分の身体にケーブルを直接差してキューブと自身をつなぐ。データは海里自身が記憶しているのではなく、身体を構成している微細機械細胞内に流しこむようにして保存してある。その流れをキューブに向かって変更し、黒い直方体へ未整理のデータを放りこんでいく。

 少しばかり時間がかかりそうだったので、海里は傍らの箱の上に腰かけた。レックスとシリウスも休憩とばかりに座りこんで車座になる。

「アウラのこと、気になるね。僕たちでも調べてみようよ」

 努めて明るい声を出すレックスに、海里はうなずきを返した。

「……その件だが、トラスト、レックス。すまなかった」

 急な謝罪に、海里とレックスは濃紺の巨人を振り返る。彼は鋭利な装甲の肩を落としていた。

「シリウス、何のことだ」

「俺が先走ったばかりに……」

 注がれる視線に、海里は得心がいく。ハルを止めようと躍起になったシリウスの行動で、仲間である海里も傷ついた。そして結局、何もわからないままここに座っている。

「俺の身体なら大丈夫だ」

 微細機械細胞に置き換わった海里の身体は、傷を受けても自己修復が働く。切断された腕も再構築したので、もう彼自身も負傷したことを忘れていた。

「それより、なぜハルはあそこにいたんだ」

 町を結晶化させる手引きをしていたのか、はたまた結晶化する町を予測して見学していたのか。他に理由があるにしても判断できる情報はない。

「ハルが何を目的に動いているのか知る必要がある」

 少しでも世界を取り巻く状況に追いつきたかったが、今はこうして座りこむことしかできなかった。



 数日後、病院側から城崎の意識が戻り、貧血がある以外は順調に回復していると告げられ天条は肩で息をした。

 城崎発見から保護にいたるまでの経緯をかいつまんで電話で久檀に報告すると、彼は笑った。

『出会ったころにおまえがカズマを養子にしてれば、こんな面倒はなかったんじゃねえのかよ』

「確かにその通りだが……こればかりは、私のわがままだ。彼を私の息子にしてしまえば、彼はどうしても私の敷いたレールを進んでしまう」

 久檀は、あいつがそんなタマかよ、とあきれ声を返す。

『新人訓練キャンプに放りこまれる青春も、どうかと思うがね』

 あきれてはいるが、久壇も天条が当時、自分の息子を失って間がないことを知っている。それなのになぜ、という思いがあるのだろう。

 久檀が言うように、養子にした方がいろいろと簡単だったろう。だが天条は彼を亡くした息子の代わりとするのをよしとしなかったのだ。

 ま、いいけどよ、と久檀はけだるそうな声を出す。連日の出動で疲れているのだろう。

『……俺はどうも、血をわけた肉親って感覚がよくわかんねぇんだ。むしろ自分の遺伝子を引き継いでる人間なんてぞっとする。俺にとって、家族ってのは部隊の仲間だ。部下たちのことだ』

 眠いせいか、久檀は普段なら口にしないような話題を垂れ流す。

『肉親、っていうつながりがどうにも気持ち悪いんだよ』

 久壇の家族構成については長い付き合いの天条も実はよく知らない。昔にたずねたことがあったが、両親も兄弟もいる普通の家庭で、自分だけが異質だったと語ってくれただけでそれ以上のことはわからない。連絡を取っている気配もない。

 久檀が肉親に対して壁を作っている理由は不明だが、彼が部下をよく見て指導し、友人を大事にしていることはわかっている。それだけで十分だったので天条はそれ以上は深くたずねず会話を終了させた。

 それが彼らの、最後の平和的な話題となる。

 通話を終えて半日もたたないうちに、ついに日本の内陸部にも新たな柱が出現したのだ。

 また次が起こるという下地はあった。だが、すぐに異常を日常に取りこんでしまう人類は、早くも脅威を忘れてしまっていたのだ。

 日蝕事件から一ヶ月後、Xデイで人類以外の知性体が地球上に存在しますと発表された。

 そうしてまた一ヶ月。衝撃と興奮は長続きしない。

 その油断と隙をつくようにして、柱は現れたのだ。

 第二段階となった柱は、市街地の中心に、最初と同じくとつじょ現れたのち、根を伸ばして周囲の構造物を吸いこむようにして全体を拡張させる。

 世界中、どこが最初かなど誰も覚えていられないほどの勢いで出現した新たな柱によって市街地は崩壊。町は無残な有様となった。

 家屋、そのほとんどが原形をとどめていない。激流に流されるか、上から押しつぶされたように圧壊していた。ビルが横倒しになり、かろうじて隣のビルが支えている。レンガの建物は軒並み全壊または半壊状態で、家具が道端にまで散乱していた。どこかのオフィスの書類が壊れた窓から巻き散らされ、道路に紙吹雪となって散る。

 日本は当初、沿岸部に塩を取りこんだ結晶柱が出現した。内陸部の柱は沿岸部の結晶柱よりも小型だったがその分数が多く、しかもほぼ一時に発生したため防衛省は自衛隊各部隊の割り振りに惑う。いくら地震や津波、豪雨などの自然災害が多い日本でも、列島すべてに災害派遣を行う状況など想定していない。

 陰鬱な光景の中、到着したオリーブ色のトラックから吐き出された者たちは、現状に苦痛をこらえるような顔を見せながらも勢いのまま走っていくような真似はしない。隊長から指示を受け、装備を確認し、何人かのグループになってから動き出す。

 トラックが到着したのは避難所となっている学校の側だったが、一応は安全地帯となっているはずのそこかしこで悲鳴が、助けを求める声が、言葉にならない声がする。

 銀雪は奥歯をかみながらヘルメットをかぶった頭を押さえる。

「最悪だ」

 隣に立った久壇が、小さな独白を打ち消すように銀雪の後頭部を軽く叩いた。

「いやまだ、その三歩くらい手前だ」

 行くぞ、と久壇は遠足に行くような軽い口調で手を振る。

「日本を防衛するぞ」

 笑っている横顔に、銀雪は背筋を震わせる。上官の笑顔はとても楽しそうだったが、人命救助というより、大量殺戮に赴くような毒々しさがあった。

 久壇は歩きながらタブレットを操作し、作成済みのメールを一斉送信すると終了も待たずに銀雪にタブレットを押しつける。

「さぁて……これでどの程度のアドバンテージが稼げたかどうかはわかんねえが、こっからは時間の勝負だ」

 その日、その瞬間、日本のいたるところであるメールを受け取った者たちが動き出した。

 彼らの行動が特に何か大きく劇的だったわけではないが、破壊された市街の瓦礫に埋もれて誰もが膝を折り、結晶化した隣人を見て呆然とする中、芯が入ったように立ち上がった姿だけは他の人間の記憶に強烈に残った。

 動いた者たちは、特殊な技能を有していたわけではない。

 ただ、こういう事態が起こる可能性を知っていただけ。

 メールの受取人は、久壇の元部下や、退官した自衛隊員が多かったが、狭山を通じてつながりを得た役所の人間も多くふくまれていた。ただの主婦や学生もいる。彼らはメールの合図を受け取るまでにあった時間に自分たちのなすべきことをしただけ。

 津波や地震などが起こった際の避難所を記したマップを配り、備蓄の量を再確認して整えておく。自宅の非常用持ち出し袋の中身を確認し、家族や知り合いと連絡をつく手段を用意する。外部に委託できそうな業務の割り振りなど、行った行動はさまざまだ。そもそも備えに正解はない。自分たちがこうしておけば、何かあった時に便利だろう困らないだろうという想定で動いただけ。

 違うのは、自然災害のようにいつか起こるかもしれないという漫然としたものではなく、近い将来、それこそ明日にでも起こって不思議ではないという危機感を持って取り組んでいた点だ。

 知らされていたとはいえ、準備期間は短かった。それでも緊急連絡網があれば即座に動ける、安否を確認できる。避難場所への経路を電柱に貼っておくだけでも誘導の手間が幾分か省けてその分の人員を救助に回せる。

 小さな、小さな積み重ねだった。

 それでも誰もが動こうとしていた。

 中には久檀お得意の情報網で追いこまれ、強制的に働かされている者もいたが。

【遺されし事実 終】




冊子版はピクシブのBOOTHで頒布しております。

こちらは8巻収録分です。

https://mutsugami123zero.booth.pm

pixiv ID 2358418

「六神屋」でイベントに出てます。

関西コミティア、文学フリマに出没します。

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