遺されし事実①「せめて身体が再生するまで話し相手になってよ」
遺されし事実
城崎は銀色の林の中で座りこんでいた。
自分が腰かけ、背を預けているのがかつて人間だったのか、それとも建材の一部かなんてどうでもよかった。
凍えたように震える身体。自分自身を温めるようにして抱きしめるが、まるで効果がない。
「びっくりしたねえ」
まるで驚愕した響きのない声に、城崎はぎこちなく顔を動かして疲れた眼差しを向ける。
「予測はしていたけど、こうまで強引に展開するとは恐れいったよ」
隣のハルは軽い笑声を上げて右手で地面を叩くがむなしく反響するだけ。その他の音はない。彼らがいる場所にはお互いしかいない。いや、周囲に林立する結晶の何割かはかつて人間だったはずだが、それを確認する余裕は城崎にはなかった。
「やられた……これはちょっと、困ったねえ」
相変わらず、何の悩みもないような声と表情だがそれ以外のハルはかなり無残な状態になっている。
左腕と下半身がなかった。
何で動いていられるのか不思議だったが、ハルは断裂してひび割れた身体でも特に苦痛は感じていないらしい。
「そのうち再生するだろうけど、これはちょっと時間がかかりそうだな」
笑う声は、生き物がいなくなった町の中でよく響く。
こんなことになる数時間前。彼らは相変わらず奇妙な旅路を続けていた。そしてある町に立ち寄ったところ柱が出現し、彼らはその時、被害のほぼ中心地域にいた。
二人がその場にいたのは偶然ではない。先ほどハルが言ったように、彼は独自に次はこのあたりだろうと見当をつけた場所にわざわざ足を踏み入れたのだ。
だが城崎がこの事実を知ったのは、町中を歩いていたハルがいきなり休憩しようと言いだし、オープンテラスに座った彼が飲みもしないコーヒーを前にこれから起こることを説明し終えた直後だった。
拒否権どころか、爆発じみた衝撃を伴って広がる銀色の触手から逃れるのに精いっぱいだった。濁流となって広がる輝く波に飲まれる通行人に視線を向ける間もなく走るしかない。隣を走りながら、すごいすごいと笑っているハルが腹立たしくなって殴りかかったところで第二波に飲みこまれたらしく、気がつけばこうして銀色の林となった市街地の中にいたのだ。
ハルの身体が大きく損傷しているのは城崎をかばったからだということは推測できたが、礼を言うつもりにもなれない。そもそも予測していたというなら、巻きこまれてしまったのは自業自得だろう。
「城崎くん」
黙している城崎にようやく気がついたようにハルが首を曲げて下から顔をのぞきこんでくる。
「どこか痛むのかい」
差し伸べられた手を弾くと城崎は立ち上がり、方向も確かめずに歩き出す。走るような勢いにあっけにとられていたハルは、動こうにも立ち上がる足がないので代わりに声を届けてくる。
「あー……うん、確かに僕を見限るなら今が最適だろうけど。あのさ、ちょっと待ってよ」
聞く耳持たない、というより、何も聞きたくはなかった。
この人外と行動することに何の意味も見いだせない。
確かにハルは城崎だけは守ろうとしてくれる。だがそれは気に入りの玩具を壊したくないだけで、同じ大量生産品がどんな末路をたどろうとも何の痛痒も覚えないのだ。
この町で、この時間に柱が現れると予測していたならなぜ止めない。止められなくとも何らかの警告を出せば、たとえ大半の人間には無視されようとも一部の人間は助かったはずだ。
これまでの旅路の中、結晶柱の出現時に居合わせたことはこれで三度目になる。だが二回目まではハルの予測が甘かったのか、町の外周部からのぞくだけだった。
城崎は特に人類愛や世界平和を訴えるつもりはない。世の中が不平等に満ちていることも理解している。過去の大戦で町ひとつ焼きつくす爆弾が降ってくることを、その町にいた住人の誰もが知らないままその時を迎えたように。
ハルを非情と罵ることは無意味だ。この人外にはそもそも他者を助けようという考えがない。結晶化した町から逃れてきた大量の人間を見ても何の表情もなく、怪我人に手を貸そうとする城崎を遠巻きに見ているだけ。
それに何もしないハルを不平等だというなら、決して結晶化しない城崎の身体もまた不公平の塊だろう。
平等でないというなら、誰でもいいというなら、城崎がハルを見捨てる自由もあるはずだ。
考え方が支離滅裂になっていることはよくわかっていたが、いまは荒れ狂う衝動に任せて暴れ回りたい気分だったのでこのままハルの顔を見ていると、なくした下半身と同じ目に遭わせたくなる。
ばきばきと、ガラスか結晶かもわからない破片を踏み砕きながら進む城崎に向かってハルは声を上げる。
「待って。ーーー」
虚を突かれ、足が止まる。ぎこちない動作で振り返ると、変わらず無残な状態のハルが笑っているのが視界に入る。
「君のいいたいことはわかるよ。何でこの名前を知っているのか、だろ」
言葉を切り、一瞬視線をそらせると、ハルはどこかはにかむような表情で続けた。
「僕は君という人間を調べた。苦労したよ。電子上に記録さえあればどこからだって拾い上げられるけど、君はどこにも記録がなかった。だって、『城崎カズマ』はとっくの昔に死んでいる。だというのに、数年の空白をはさんだあと、突然に死者が生き返ったんだ」
おかしな話だとハルは笑う。だが城崎としては笑うどころではなかった。
「君は城崎カズマじゃない。死者の身分を乗っ取って生者のようにふるまっているだけだ」
ハルは城崎に揶揄するような視線を向けるが、ついでどこか気の抜けた顔になって軽く手を振る。
「勘違いしないで。僕は君個人に興味があるだけで、正体や戸籍の乗っ取りとかはどうでもいい。それに、当時まだ十代半ばだった君にそこまでの人脈や知識があったとも思えない。手引きした人間がいたのは確実だ」
淡々と語りながら上半身を起こそうとしたが、腹が半ばから千切れているのでうまくいかず、結局、斜めになった瓦礫に身体を預けることしかできない。
「この情報を持っている僕が許せないなら、殴る前にちょっとだけ話を聞いてくれないかな」
下から見上げてくるのは、相変わらず熱のない笑み。
「せめて身体が再生するまで話し相手になってよ」
城崎は時間差を置いてこみ上げてきた感情に強く唇をかみしめてハルをねめつける。それでも止めていた息を吐き出すと、黙ったまま元いた場所に座りなおした。
日本へ戻った天条はあわただしい毎日を過ごしていた。本来は防衛軍日本支部設立のための準備段階、調査目的としてやってきたはずだが、そこは棚上げとなり今は別の任務に東奔西走している。
今は防衛軍が日本国内の柱を調査する際、自衛隊や警察などの各関係機関と軋轢を生まないための交渉役を請け負っていた。調査自体は専門の機関が行うのだが、日本という国はとにかく外部勢力の流入を警戒する。防衛軍からの派遣だから、という一言では納得しない。事前に細かな調査予定表や送りこまれる人員、機材などをチェックされる。天条ら日本支部の面々は調査中の護衛や案内役、その他の調整役としても駆り出されることになる。
「よう、疲れた顔してんなぁ」
お互いさまだ、と天条は苦笑を浮かべて応じる。今日は互いに身分を示す制服を身につけ、机をはさんで書類に目を通していた。
日本でもっとも早く結晶病研究を始めた鷹ノ巣山駐屯地も調査団が来訪することになっているため、その打ち合わせに訪れていた。だがその場に本来の代表者である駐屯地司令の姿はない。持病のあれこれを併発し続けているらしい。
生真面目な天条がそんな状態で基地司令の任を続けて大丈夫なのかと問うと、久檀は、判子を押す係がいなくなると困るとそっけなく返してきた。ただ本当の意味で何の仕事もできていないわけではないと聞いて、天条は小さく息を吐く。
互いの出方も考え方も理解している二人なので、打ち合わせは予定よりも早く終わった。そこで久檀が食堂へ行こう、と誘ってきた。外部の人間である天条が入ることはできないと辞退したが、すでに鷹ノ巣山駐屯地自体、外部流入者ばかりなので食堂で飯を食っているくらいなら誰も気にとめないと久壇は笑う。
昼食戦争が終結したあとの食堂は空いていた。もっとも、久檀の階級なら幹部用の常に空いている食堂が使えるのだが、彼はもともとこちらの基地の所属ではないため、なるべく使わないようにしている。
「そうか、海里は日本から出ていったか」
テーブルに買ってきた缶コーヒーを置いて、彼らは職務とは関係のない会話に興じる。とはいえ語っている内容は十分に一般市民が知りえない情報ばかりだが。
「代わりにトレトマンたちが戻ってきた。日本にある柱を調べたらまた他国へ移る予定だそうだ」
「忙しいことで」
それは彼らも同じだった。どたばたと走り回るような真似はしないが、ここしばらく缶コーヒー一本飲みきる余裕もなかった。
そのコーヒーを飲み終わり、缶を置いた直後に久檀は不意に告げる。
「カズマ、生きてるぞ」
唐突な物言いに顔を上げた天条が口をはさむ間もなく話を続ける。
「二週間前、アメリカのある町で二十代半ばと思しき青年が目撃された。以後その地域は封鎖される。そして一週間前、そこから数百キロ離れた町で同一の特徴を持つ青年が目撃された。その地域も現在立ち入り禁止の厳重封鎖中」
「封鎖だと、まさか……」
「柱ができたんだ。そんで、二番目の地域で青年は怪我人の応急処置などを行っていたそうだ。その時、名をたずねられた青年は、『しろさきかずま』と名乗った。その名と目撃された容姿。推測される年齢を合わせてしぼりこんだ結果、所在のわからない『しろさきかずま』は、おまえが行方を探しているカズマだけだ」
なぜそんな情報を持っている、と言いかけて天条は言葉を飲みこむ。それを問いかけても無意味だからだ。久壇は昔から妙な情報網を持っている。退官した元自衛官あたりから世界中でネタになりそうな話をもらっているらしい。他にもつてがありそうだがたずねてもはぐらかされている。その情報網を使い、駐屯地封鎖時も相当程度外部の状況を正確に把握していた。
そんな久壇が城崎の行方を探り当てたとしてもおかしくはないし、その情報の正確さを疑ったところで天条には確かめるすべはない。
だがさすがに久壇の情報網を駆使しても、巨人の埋まっていた地下空洞に城崎がいたことや、その情報をトレトマンがあえて秘匿していたことを知るよしはなかった。
「柱が現れた町は、他と一緒だ、半径数キロが柱に飲みこまれた。しかも沿岸部と違い、柱の構成に塩を使わない代わりに周囲にあった建材を使ったそうだ」
出現した柱から伸びた触手が周辺の建材を取りこみ、拡張し、さらに手を伸ばす。柱の周辺はアスファルトごとえぐり取られドーナツ状にくぼんでしまった。
その場にいた者たちがどうなったのかは、公式には何の発表もない。ただの行方不明として処理されている。
そんな悲劇を観光するようにして現れた青年。彼が立ち入った場所が柱に飲まれ、地図から町が消える。そして次の町もまた同様に。まるで疫病をばらまく死神のようだ。
そして彼らはまだ知らないが、三度目の崩壊がすでに起こっていた。
不穏な追加情報を知らない天条は息を吐く。
「そうか、生きているのか……」
「確証はねえけどな」
久壇は椅子の背に体重を預けて身体を揺らす。そのまま姿勢を崩し、少し下から天条を見上げながら言った。
「おまえがカズマを気にかける理由なんだが……。そもそも、おまえらはどんな関係なんだ」
天条が城崎に対し上司と部下の範疇を越え、家族ぐるみで付き合いがあることは久檀もよく知っている。防衛軍へ入る際、彼をさまざまな面で後押ししたのが天条ということも聞き及んでいるが、そうなると彼らが知り合ったのは城崎が軍人になる前。
過去、城崎は心臓疾患を抱えていた。その彼を手術台に放り出したのが天条だ。病に苦しんでいた、当時、まだ十代だった城崎とどのようにして出会ったのか。
好奇心よりも隠されている事実の中に見落としてはならないものがある気がして久檀は眉をひそめてうなる。
「他人の秘密を知りたがるのが俺の悪い癖だ。自覚してる。けどよ、あいつの過去と世の中の現状、どこかでつながりがある気がするんだ」
だから話せ、と久檀は身を乗り出す。
「それは……」
前回、城崎の過去について疑問を向けた際はあっさり引き下がった久檀だったが、いまは猛禽類のような視線を天条に向けて離さない。
「他人の目が気になるって言うなら、壁が厚くて鍵のかかる空き部屋くらいすぐに用意するぞ」
暗に、話さずに帰ることは許さないという響きがある。
「久檀。前にも言ったはずだ、人には隠しておきたい秘密くらいある」
「俺は知りたいだけなんだ」
「コウヘイ」
非難がましい声で名前を呼ばれても久檀はどこ吹く風だ。テーブルに身を乗り出し、口の端をゆがめて笑う。
隊舎内の食堂に、あからさまに部外者がいる光景を他の隊員たちが遠巻きに眺めている。この駐屯地は研究施設となったため、隊員以外がここで食事をとることも多い。それでも防衛軍のブルーグレイの軍服は目立った。しかも相対しているのが違う意味で注目を集める久檀となれば、視線の数は増えるばかり。
「話せよ。絶対にそのネタ、役に立ててみせるぜ」
悪戯っぽく久檀が告げた。天条は口を曲げ、複雑な表情を浮かべる。
「……確かに。君は知りたがりだが、おしゃべりではなかったな」
久檀は他者の秘密を知りたがる。過去の罪、性癖、恋の話。ただ情報として蓄積したいだけで、それを元手に脅迫するような真似はしない。隠されている事実を得ることで、相手を解釈する手段を増やしたいだけ。
とはいえ、敵に回った途端にその情報をばらまくのだが。
天条は渋面を浮かべると嘆息し、相貌を引きしめた。
「……では、せめて外に出よう」
決まりだ、と久檀はさっと立ち上がるとテーブルにあった缶をふたつともさらってゴミ箱へ放りこんだ。
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