巨神の目覚まし⑧「俺は、フレイヤである自分から逃げ出した」
目覚めたフレイヤは、駆けつけたアトラスの言葉を受けてもまだ夢心地なのか反応は薄かった。ただ海里とアニマが燃え尽きたディスは気になるようで、ディスが運び出されるとまだ鈍い身体を動かして追おうとした。
フレイヤが不用意に起き上がったせいで半壊した施設に関してアトラスは人間側に謝罪し、ひとまず種族内で話し合う時間をもらう。
最初の世代二人のみの話し合いは一晩かけて行われた。翌朝、外が見たいと言って立ち上がったフレイヤを止めることなく見送ったアトラスは、事情を知りたくて集まっていた機械知性体の面々を振り返る。
「……フレイヤが目覚めた理由だが、おそらく、イノベント全員のアニマが滅びたからだろう」
時間をかけて聞き出した情報をまとめたアトラスは、肩を落としてそう告げる。
フレイヤと共に地上を目指した機械知性体は四人。サウス、オリオン、ディシス、ヨルド。そして四人は手勢の少なさを補うため、自身のアニマを分割。一時期は分化した個体が複数体存在していたが、ついに昨日、最後のひとりになるディスのアニマが消えた。
四人のアニマが滅びたことをアラームにフレイヤは目覚めたのだ。
最初からそこを目覚ましに設定していたとなれば、どれだけ相手を拒絶したかったのか。アトラスは苦渋のこもった声でかぶりを振る。そしてフレイヤが眠りについたのは、他の機械知性体の策略ではなく自ら選んだことだった。
そう締めるとアトラスは顔を上げた。広い滑走路の向こうに立つ姿を視界に入れる。
フレイヤは海里を伴って散歩をしていた。自身の置かれている状況のすべてを把握したとは言い難い状態だったが、いまは単純に動けることを楽しんでいるらしい。
海里は巨大な手のひらの中に収まっていた。一緒に歩こうにも歩幅が違うし、下手に足元をうろうろしては踏みつぶされかねない。
話し合いをしていたはずのフレイヤが不意に現れ、外へ行こうと海里を伴って滑走路上を海へ向かって歩き始めたのだ。
夜明け前の空は藍のひといろで塗りつぶされ、海との境目もわからない。時折、背後で監視用のサーチライトが彼らの背をかすめて過ぎた。
と、不意に星が輝くのをやめて闇がいっそう濃くなる。暗幕に包まれたような暗がりに次の瞬間、空と海をわける線が走る。
夜明けだ。
空を燃やす輝きが姿を見せた途端、闇は霧散し空は極端なグラデーションに波打つ。光を受けた海も同じ色に染まり揺らめいた。
陽光が弾け、雲と水面に当たって光が乱反射する。
光を浴びて空と海はさまざまに色彩を変える。一瞬たりとも同じ風景はない。瞬く間に展開される一度きりの絵画を前に海里はめまいを覚えた。
地上に出てから海里は何度も夜明けを見た。一度として同じ色彩に出会うことはなく、場所や気候、そしてその時の自身が抱える感情が景色に異なる彩りを添える。
海里は巨大な手の中からフレイヤを見上げた。アトラスと同じ第二世代の彼は外見も共通項が多い。彼らは始祖オリジン自らが外装を構築した。以降に生まれた個体がどこか工業機械のような無骨な印象に対し、彼らの外装は優美な曲線と装飾が多く使われ、まるで神話の神々か西洋騎士の甲冑のような趣がある。
本来ならその手に乗って移動など、海里のような若い世代からすればそれこそ神を相手にしているのと同義だ。海里は大きな手の中で身体を固めてしまうがフレイヤは彼を側から離そうとしない。
何がそこまで気に入られたのかわからないが、見上げるだけの神像だったフレイヤは動いて話す、当たり前の存在として共に夜明けを見つめていた。
日が昇り、闇が払拭された空を見上げていたフレイヤは穏やかに言葉を紡いでいく。
「俺は、フレイヤである自分から逃げ出した」
朝焼けに溶けこむような声だった。
「第二世代として他のオリジネイターを導く役目に嫌気がさしたんだ」
ある程度の集団となれば全体を統括する存在が必要になる。そこに第二世代のフレイヤとアトラスが選ばれるのはごく自然な流れだった。
「だが俺は、地上に出たかった」
オリジネイターという集団を統括する存在としてアトラスとフレイヤは十分な責任を果たしたが、いさかいが途絶えることはなかった。人間が繁栄し、地上世界から離脱を決め、反発する者たちを抑えこむ形で深海都市を作って居住地を移したことも不満が消えない原因のひとつだった。
「対立する意見すべてを調和させることはできない。悔いの残る決断もあった。だが俺も、地上への執着を捨てきれなかった」
フレイヤは種族をまとめることと、自身の思いの間で揺れていた。地上世界を数を増やし始めた人間のものとする決定自体に後悔はなかったが、それでも深海の閉ざされた空間の中にいると不意に強烈なまでに空と大地へのあこがれがつのり狂いそうになる。
フレイヤはいつしか自身と、そして期待と信頼を向ける周囲からの視線をうとましく思うようになってきた。知らずに積もる埃のような感情の堆積に疲弊しても、誰に打ち明けることもできないままのしかかる重さに耐え続けた。次々に生まれる新しい世代が自分を見上げてくる眼差しを裏切る気概もなかった。
かすかないらだちをふくんだ無為な時間の中、つのるのはまばゆい地上世界の光景。フレイヤは世界に満ちる光を思い、自分の頭上にある海水という屋根を腹立たしく思った。もちろん、地上へ出て人間世界の文明に干渉することはよくないということは理解し、組織の方針に異存はなかったが、閉ざされた深海世界の中、記憶の中の地上のまぶしさが目を焼く度に思いが密度を増す。
だから、四人の同胞が不満を口にしたとき、まるでそれが自然なこととばかりに地上を目指したのだ。
だが単純に光と熱と、広大な大地を欲したフレイヤと違い、他の四人は積極的に人間の文明に関与しようとした。
それだけは避けたかった。人間の中へ機械知性体の技術体系を持ちこめば、それで一時は進化するかもしれないが急激な変化はいずれ大きなゆがみを生み出しかねない。
彼らをここまで導いた者としての責を感じ、何度も苦言を呈した。止めようとした。だが地上世界という甘い蜜に浸った者たちは、深海世界の濁った闇に戻ることを頑なに拒絶したのだ。
フレイヤとて、あの深海都市へ戻りたかったわけではない。ただ機械知性体は地球外からやってきた異分子なのだ。地球の生態系や進化を阻害する愚はおかせない。
望んだのは、日の光の下、そよぐ風の中、広い大地の上にただ存在していたかっただけ。
地上へのあこがれ。海里にも覚えがある。瞬く間に変化を続ける世界のありようは、どんな宝石の輝きよりも惹きつけられた。そんなすばらしいものを見せつけられた今になって、二度と深海都市から出るなと言われたら、いくらそれが正しい意見でも受け入れるのに躊躇するだろう。
そして自身の意見がはねつけられ続けることに疲れたフレイヤは眠るようになる。やがて削がれた気力を回復するために選んだはずの場所が新たな彼の住処となってしまったのだ。
「俺は逃げた。すべてを放り出してただ眠った。眠っている間は何も見ず、誰にも向き合わなくてすむ。統治者としての責任がない存在としていられた」
イノベント内ではアニマの分割という、後ずさりしてしまうような実験が実行されることがわかっていた。だが説得を試みようにも、ここまで突き進んでしまった者たちを止める手段も言葉もすでにフレイヤの中で尽きていた。
「俺は疲れていたんだ」
フレイヤは虚脱と無力さ、そして罪悪感を抱えながらも、ただ心地よく安寧とした世界へ逃亡する。
「逃げたところで、何も変わらないというのに」
外界から意識を閉ざしたところで後悔も葛藤も消せはしない。発散する場のない憤りは互いにぶつかり合い、フレイヤの中で戦い続けた。分裂し続ける意識はやがて眠る彼自身から分離し、アヴリルと黒い直方体を構築して別行動を開始する。
組織の長の苦悩は当たり前の悩みだった。だが誰もが思い悩むからこそ、誰にも打ち明けられずに抱えこみ、最終的に放り出す形となってしまった。
「俺は彼らを説得することも、詫びること、強制的に物事を動かすこともすべて放棄した。今となっては役立たずのガラクタだ」
「そこまで言われては困る。せっかく、第二世代の三人がそろうというのに」
振り返ると、アトラスが朝焼けの中に立っていた。種族内でもっとも巨体の彼だが挙動は静かだ。
「……三人?」
始祖たるオリジンが長い長い旅路の末、人類の歴史がはじまる前にこの地球へ飛来した。そこでオリジンはさびしさのあまりに自身の写し身を生み出す。
それが、アトラスとフレイヤ。
力尽きたオリジンは滅びの際に星を残し、そこから生まれた個体がレックスたちのような存在で、一定の区分ごとに世代がわけられる。年月の間に機械知性体の数は増減しているが、第二世代に三人目がいるとは聞いたことがない。
当惑気味の海里にアトラスが静かに告げる。
「トレトマンだ。彼は記録上は第三世代になっているが、本当は私やフレイヤと同じ第二世代なのだよ」
驚愕に海里は言葉を失う。
始祖オリジンを第一世代とし、第二世代と第三世代以降には明確な隔たりがある。第二世代は始祖オリジンによって生み出された、いわば生粋のオリジネイターだ。それ以降は技術を模倣した個体にすぎない。
「彼は生まれたが、ある問題により長らく覚醒することができなかった。だから第三世代として登録されたのだよ」
問題とは、と首をかしげる海里にアトラスは少し間を置いてから告げる。
「トラスト、おまえと同じ理由だ。彼はフレイヤや私のような身体を動かすには脆弱すぎた。オリジンが用意した身体では、大きく重すぎて動かせなかったのだよ。だが第三世代以降の小型化して構造も単純化された身体でなら個体として活動できた」
オリジネイターは古い世代ほど巨体を有する性質がある。その中、トレトマンは第三世代という古参の割に小柄だった。シリウスやレックスに混じっても違和感のない大きさについては昔から疑問だったが、当人は年をとって大きな身体が動かしにくくなったから小型化した、と言っていた。
トレトマンの改造癖は誰もが知るところだったので特にそれ以上疑念をはさむことなくその話題を終わらせてしまったが、考えれば不可思議な点は多い。
種族内でトレトマンのように年月を経て身体を小型化した者は他にいないのだ。
金属の外装は衣服と同じでいくらでも交換可能だが、それでもあまりにもアニマの性質と合わない身体では不具合が出てしまい、最悪、そのまま滅びてしまう。
オリジネイター内の外装設計はトレトマンが担っていたため、彼なら自身の小型化くらいやってのけるだろう、という妙な安心感と思いこみがあったのだ。
だがその前提が違っていたとすれば。
「トレトマンが研究熱心なのは、自分自身の不具を下敷きにしているからだ」
トレトマンが趣味と呼ばれ、周囲から敬遠されるほど海里の外装設計に熱心だったのは、自分自身が重い身体を動かせない経験があったから。彼は自身の欠点を埋めるべく技術を磨いたのだ。
フレイヤの目覚めと眠りに落ちた理由より、トレトマンの事情の方が海里にしてみれば身近すぎて返す言葉もなくただ驚愕を内の中に響かせるしかなかった。
【巨神の目覚まし 終】
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こちらは8巻収録分です。
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pixiv ID 2358418
「六神屋」でイベントに出てます。
関西コミティア、文学フリマに出没します。




