巨神の目覚まし⑦「俺が眠っている間に、同胞はずいぶんと小柄になったものだな」
海よりも深く沈みこんだ気分で次に海里が向かったのは防衛軍本部だった。
近くだから寄ったのだが、現状、こちらの基地には人間側の知り合いはほとんどいない。顔と名前が一致しているような相手は上級幹部のため、わざわざ時間を取って応対するような余裕はなかったし彼も望まなかった。だが逆に、フリーになったことで海里に目をつけた者たちがいた。
技術開発部の面々だ。防衛軍は情報部、作戦部、技術開発部の三つに分かれている。その技術開発部の連中が、海里が来たと聞いて大挙して押し寄せてきたのだ。
アトラスに挨拶する間もなく研究施設に引っ張りこまれ、放り出されたのは白くて無機質な室内。その中央の椅子に座っている存在を目の当たりにし、海里の中にあるアニマがざわつく。
座るというより、置いているだけの状態だったが。
白い室内、白けた照明に照らされていてもなお、曇天のような表情の男に海里は視線を向ける。
「……ディス」
それは同じ機械知性体でありながら、離反した存在。
ディス・コード・サウス。
第九内で起こった反乱と混乱の際、彼は脱出したがその際の負傷がもとで相当程度アニマが疲弊し、滅びまで間がないということはトレトマンから聞かされていた。
日本で再会し、オーストラリアまで移送したあとは特に会うこともなかったが、彼とは会うたびにさまざまな意味で海里に衝撃をもたらした。
一度目は、比喩なく腕をもぎ取られた。
二度目は、ディスの方が腕をなくしていた。
そして曇天顔の男は、海里もイノベントの人間形態のように目的のために作られた個体だと哀れみを向けてくる。
フレイヤを入れても五人しかいないイノベントは、集団として活動するには手勢があまりにも少なかった。そのため、自分自身を分割するという方法を取ったのだ。だが無理な分割は多大な障害をもたらし、個体数は増えたが活動時間は大幅に減少した。
結局、現状で残っているのは十番のみ。そして彼もまた、アニマが燃え尽きようとしている。すでに不要となった手足は落とされ、残った身体が台上に固定されている。
海里が近づくのがわかったのか、わずかに視線が上がった。口元が動いたが、声はかすれて聞き取れない。彼らの背後でたくさんの人間が右往左往している様子や息遣いが聞こえる。どうやら、同族に会わせて反応を見たかったらしい。
トレトマンがオーストラリア本部を出る際、フレイヤとディスの身柄に関して前者はともかく後者は、人道的な配慮を期待する、という投げやりっぷりだった。フレイヤも無理をすれば連れ出せなくもなかったのだが、交渉材料として、そして多分に、トレトマンが扱いを面倒くさがったというのが置き去りになった理由だ。
そもそもここにはアトラスや他のオリジネイターもまだ多数残っている。ユニオンの代表者が近くにいる手前、人間側もそこまで手荒な真似はできないだろう。
「久しぶりだな」
ようやく聞こえる程度の声は何のひねりもないもので、海里は逆に返す言葉に迷う。
「……何を話せばいいのかわからない」
思ったまま発するとディスは顔を上げた。どことなく、これまであった陰りが薄れている気がしたが、照明の白さがそう見せているだけかもしれない。
「フレイヤは」
短い沈黙のあと、ディスがそう問いかけてきた。
「フレイヤは無事だ。この施設内に収容されているが、側にアトラスもいる」
だから大丈夫だ、と海里は訴えかけた。
ディスがイノベントの崩壊と自身の滅びを前にして望んだのは逃亡や延命ではなかった。託したのは眠り続けているフレイヤの安全のみ。
そうか、と嘆息のように弱い声を吐き出したディスはゆるやかに顔を海里に向ける。彼に私欲はなかったが、唯一、個人として関心を示していたのは海里だ。
「おまえは、いまも安定しているのか」
問われても、うなずきを返すことしかできない。
ディスは海里を、自身と同じく目的のためにアニマを分割され、小型化した個体だと考えている。そして海里にはそこを否定する要素がない。トレトマンにたずねる機会もないまま、こうして彼と三度相まみえている。だが確証がないまま話を進めているのはディスも同じだった。
「状態は問題ない」
彼はどことなく安堵したように表情をゆるめ、壁に向かって語るような感情のこもっていない声で告げる。
「イノベントが……フレイヤが欲したのは、地上の空と海。そして大地。だが、他の生物を駆逐してまで得たいとは考えていなかった。我々はただ、フレイヤの願いを叶えたかった。そこに個の意思はなくとも、目的のための駒だったとしても……何も、かまいはしなかった」
静かすぎる平板な語りに、海里はひとつだけ気がついたことがある。
思えばディスは常に我々、といったくくりで話をした。そこに個体ごとの感情や恣意はふくまれない。こうして滅びを目前にしても自分自身のことはどこか俯瞰するように見て、身体の損耗などは意に介していないように思えた。
ディスの身体には痛覚がない。損傷は情報として処理され、感覚器官に直接訴えてくる構造にはなっていない。
トレトマンは痛みを知らなければより重大な障害を見落とすと言って、海里の身体から痛覚を切ることに反対していた。
どこまでも突き放したように淡々としたあり方のディス。痛みを知らないまま存在するうちに感情すら摩耗したのだろうか。だが駒と自称し、そっけない番号で自分たちを表記しようとも機械知性体は金属の身体を有しているだけで心はある。
どうやっても感情を消しきることはできないのだ。
ディスは口の端をわずかに上げた。笑ったのだと気がつくのに少しかかった。
「おまえは、思うように進んでくれ」
海里は瞠目する。ここにきて初めて彼自身の声を聞いた気がする。
「経緯はどうあれ我々は生きている。私は目的のためにしか存在できなかったが、おまえは違う」
目的がないのではなく、何をすべきかわからずふらふらしているだけなのだが、その様こそディスにとっては何よりまぶしく得難いものに思えるのだろう。
「俺にできることがあるのか」
多分に自虐の混じった言葉だった。だがディスは笑う。笑顔というより、表面をゆがませただけのものだったが、確かに彼は笑っていた。
「フレイヤの話を聞いてくれ」
それがディスの最後の言葉だった。
「……ディス?」
何の分析能力を持たない海里でも、種族特有の感覚が、眼前の存在のアニマが完全に沈黙したことを告げてくる。
ここにあるのは、活動停止した器だけ。
悲しい、とは思わなかった。だがどうしようもない虚脱感がのしかかってくる。空虚な気分で海里はふと、ディスも他の機械知性体のように、活動が終わったアニマが結晶化するのだろうかと考え、そして確かめてみたいと思った。もし、機能停止した身体の内側から、始まりと終わりの旋律が見つかれば、ユニオンもイノベントも、分割個体も関係なく彼もまた、同じ機械知性体なのだと、仲間と呼べるはずだ。
海里の後ろでアニマの反応が途絶えたことを察した人間たちがざわついているが、それらの雑音はまったく聴覚に入ってこない。
人間なら、ここで泣くのだろうか。
どこか分離したような意識で海里はそう思う。彼の身体に涙腺機能はない。トレトマンはいまの身体なら泣けるかもな、と言っていたが、目からこぼれる水分はなかった。
そして呆然と立ち尽くす海里を叩き起こすように別の警報が鳴り響く。
「あの個体……」「動いたぞ」「おい、察知したのかこちらへ向かって来ている!」
怒声と狂声と、単なる大声と、それらの多重奏を聞いても動かなかった海里だが、さすがに足元が揺れては何事かと顔を上げる。
次の瞬間、壁の一面が爆発した。壁を突き破り、何かが隣の部屋から侵入してきたのだ。
室内や観測部屋にいた者が息をのみ、侵入してきた何かを目で追った。その何か、巨大な塊は建材の破片と粉塵の中で身を起こす。それだけでこの場にいる人間を見下ろすほどに大きい。
海里はすぐ側に伸びてきた、壁を突き破ったものを確認する。
手だ。金属で構成されているが、人間と同じく五指がそろっている。そして何かを探すように指先が動く。動き出した大きな影に覆われ、海里は硬直してそれを見上げる。手を追った先で巨大な顔と目が合った。
「……驚かせたか」
愕然とする海里に鋼鉄の巨人は穏やかな声をかけてくる。だが立ち上がろうにも巨体に対して部屋が狭いらしく、半身を起こすので精いっぱい。全身に施された装飾的な突起が動いた拍子に窓を突き破った。
「俺が眠っている間に、同胞はずいぶんと小柄になったものだな」
こちらを見下ろす鋼鉄の巨人は、長い長い眠りに落ちていたはずのフレイヤだった。
冊子版はピクシブのBOOTHで頒布しております。
こちらは8巻収録分です。
https://mutsugami123zero.booth.pm
pixiv ID 2358418
「六神屋」でイベントに出てます。
関西コミティア、文学フリマに出没します。




