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巨神の目覚まし⑥「……この状況が、人類には幸福の形だとでも」

 日が一日すぎるごとに、犠牲者は増える。それは世界のどこにいても同じだ。

 だからというわけでもなかったが、海里は日本を離れることを決める。一ヶ所にとどまっている利点が見いだせなくなったのだ。元から日本にはマイキたちの安否確認と日本にある柱の調査のためにきた。調査に関してはトレトマンが引き継いだので、彼は決然とした顔を上げて濃紺の戦闘機を振り仰ぐ。

「トレトマンたちと一緒に行動しないのか」

 海里は背後に鎮座する濃紺の戦闘機に向けてかぶりを振る。

「世界中に点在している柱や、コロニー化した町を見て回りたい」

 シリウスは異論を唱えることはなく、代わりに、ではトレトマンに報告して出ていくか、と暗に自分が足代わりとなることを了承したのだった。

 トレトマンに二人で出ていくと告げると、彼はあっさりと、行ってこい、とうなずく。

「出るなら、一番でなくともかまわないからここに寄ってみてくれ」

 示されたのは、オーストラリアのある町にある個人住宅のようだった。防衛軍の本部はオーストラリアとなっているが、実際は、本土から離れた小島群の中にある。

 ではここに住む者は、とふたりが目線で問いかけるがトレトマンの口調は渋い。

「トラスト、おまえさんに会いたいという人物がいる」

「……俺に?」

 人間形態を持つ機械知性体は少ない。そのせいか海里に興味を持つ者は多い。ただトレトマンは彼をそういった輩の前にさらすことは極力さけている。そのトレトマンがいやいやながらも会いに行けというからには、この人物は相当程度重要な情報を持っているか、彼の性格と話術を持ってしてもはねのけられない立場ということになる。

 トレトマンはしばらくためらったあと、さすがに情報不足かと言って正体について漏らす。

「その人物は、アップルゲイト財団の現代表だ」



 アップルゲイト財団は紛争で荒廃する地域に存在する遺跡や、文化的な資料などの保護活動を行っている。

 だがそこには表の、という注釈がつく。

 金と暇を持てあました道楽人間たちがその莫大な財をつぎこんだ組織は、平和維持活動を行う裏で世界中に起こる紛争を同じ武力を持って制圧するという大きな矛盾を抱えた組織、世界防衛機構軍を生み出した。

 防衛軍が戦場でアドバンテージを確立できる理由は機械知性体の技術を得ているから。百年前に鋼鉄の巨人を地中から発見した財団は、未知の技術を研究し他の軍の追随を許さないほどの格差を生み出している。

 文化遺産の保護と武力による紛争の鎮圧という二面性を持つ組織。その裏の顔を知る者は少ない。

 そんな組織の代表が海里に会いたがる理由など見当もつかなかったが、トレトマンが行けと言った以上、いきなり銃撃の歓待を受けるようなことはないだろう。

 トレトマンの言に反し、海里は真っ先に教えられた場所へ向かった。特にこれといって興味を覚えたわけでもなく、逆に何の好奇心も刺激されないので最初にすませておこうと考えたのだ。

 オーストラリア本土へシリウスと共に向かう海里だったが、まさか相手の家の直上まで飛んでいくわけにもいかず、町からかなり離れた地点に着陸してそこからは徒歩だった。オーストラリアは日本に比べると格段に国土が広い。指定された町は赤い岩山と背の低い草原の中にぽつりと飛び地のように存在しているところだったので、着陸と隠れ場所には困らなかったが徒歩で横断する間に海里は赤茶けた砂まみれになってしまった。

 しばらく道なりに進んでいると、道路脇を荷物も持たずに歩いている海里を見たトラック運転手が慌てて声をかけてきた。ヒッチハイクという言葉すら知らなかった海里に運転手はあきれ顔で、どこの星から来たんだと言ったが、まさか深海から来た人類とは異なる知性体です、とも言えず、ほとんど押しこまれるようにして町まで連れて行ってもらえることになった。

 どこまで行くんだと問われ、運転手に場所と家主の名前を告げると男は笑う。町では有名人らしい。とんでもない金持ちだが表に出てくることはなく、学校や病院に寄付だけは山のように行っているという。

 アップルゲイト財団は戦争で荒廃する文化的遺産の保護活動を行っている。その中には紛争によって教育や医療を受けられない者に対しての支援もふくまれていた。

 運転手は目的地に住む者の正体を知らないらしい。だが感謝しているのは確かなようで、おかげで海里はいつの間にか遊びに来た金持ちの親戚ということになり、特に不信感を抱かれることなくその家の前まで連れて行ってもらえたうえに、笑顔でよろしくな、と見送られた。

 その家の前まで来て今さらながら不安になった海里だった。門扉の左右から、どこが端なのか走って確かめようにも遠い囲いがどこまでも続いている。運転手が間違えたかと思ったが、囲いの向こうに家屋も見える。そしてここまで来て引き返すこともできず、呼び鈴を鳴らして来訪を告げる。断られたり不審がられたりすれば、即座に引き下がろうと考えていたが、意に反してあっさりと案内された。

 家というより、邸宅と呼べそうな屋敷の中へと。

 海里のこれまで得た経験の中、門から家に入るまで五分以上かかるほど庭が広いところはなかった。

「どうぞ」

 うながされるまま、黒スーツの男性のあとをついて渡り廊下をふくむいくつかの通路を抜け、やがてエレベーターに乗って地下へ降りた。さらに戸が開いてまたしばらく引きずりまわされる。海里の感覚では、同じ場所をめぐっている様子はない。だがこの廊下の広がりすべてが個人所有の邸宅だと考えるには規模が大きすぎる。

 アップルゲイトの現代表とはどのような人物なのか。海里はことここに来て、ようやく疑問に思う。オーストラリアへいたる道中、ネットに公開されていた情報程度は流し読みしたが、それ以上は特に何も考えていなかった。

 トレトマンが紹介し、話も通っていたところを見ると歓迎はされているらしい。それでも少しばかり早まったな、と後悔し始めたころ、ようやく一室に通された。背後で戸が閉じられ、男は入ってこなかった。

 そこは無機質な直方体の部屋だった。照明はない。だが三方の壁がすべてガラス張りになっていて、その向こうのアクアリウムから漏れる青い光が室内に揺らめいている。

 水槽を泳ぐのは、多くの海洋生物だった。さまざまな色と形を持った魚が悠然と泳いでいる。巨大なサメが通過すると大きな影が床に落ちた。

『水族館は、初めてかね』

 ふと傍らに気配がわく。それは影の中から進み出た。車椅子に乗って現れたのは老人だった。

『海からの来訪者殿……』

 車椅子に埋もれるようにして現れた老人はくぐもった笑声を上げる。だが声は奇妙に反響し、割れて響きひどく耳障りだ。しなびた身体は椅子の中で小さくなっている。だが目の輝きが異常だった。

『美しいな』

 声は奇妙に大きく響く。発した音声をコンピュータが雑音を排したあとで室内に配置されたスピーカーが増幅して届けているのだ。

『画像で見るよりも、美しい。当たり前のようにそこにある。実に、自然だ』

 老人が見ているのはアクアリウムの魚ではなく海里だ。ゆがんだ身体で、下から見上げてくる顔は奇妙な笑みを浮かべている。

 海里はこの老人がトレトマンが会いに行けと言った、アップルゲイト財団の現代表だろうと見当づけて付け焼刃の知識をめぐらせる。

 財団を立ち上げた初代のひ孫にあたり、枯れた容貌だがまだ六十代の半ばだ。病のために余命いくばくもなく、現在は屋敷に療養として引きこもり、現状の運営にはほとんど関与していない。

 ここまでが、海里が事前に得ていた情報になる。ネット上や表に出ない情報としては、彼はフレイヤ発見のきっかけになった少女カレン・アップルゲイトの孫に当たる。

 老人は人工声帯の濁った笑声を上げ続ける。

『あの女は、私に、正義の味方になってみる気はないかと囁いた』

 唐突に始まった昔語りに海里は何の準備もなくさらされる羽目になる。

 老人の一族は戦前戦後の混乱に乗じて財をなした。その成功には、機械知性体という未知の存在を発見したことによる技術的な独占が大きく関わっている。

 戦後という言葉も死語になったころに生まれた老人は、集めた財を的確に運用すれば死ぬまで困らない生活を約束されていたが、同時に、持っている金を狙って集まる有象無象にも辟易していた。

 金を捨てるのはおしくはないが、何をやっているのかわからない慈善団体に寄付するのは嫌だった。そもそも弱い者に施しをするなど愚行と考えていたのだ。

 だがある日、受け継ぐ財産の一部として見せられた一族の秘密を目の当たりにし、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受ける。

 人類以外の知性体。機械知性体オリジネイター。

 それまで一族に名を連ねながらも機密の文字で伏せられていた真実。

 急に、世界が開けた気がした。それまで前を見ながらも視界にすえているだけだった現実の光景が、急に生き生きとして迫って来たのだ。

 地球外から飛来し、そして同じ惑星に同居している異邦人。その存在に対する高ぶりは、多分に飽いていた現状を打破するための起爆剤となる。

 そこに声をかけてきたのが「あの女」だった。

『あの女は財産を全部捨て、その代わりに世界を守ってみないかと囁いた。うさんくさかったとも。だが同時に、面白いと思った。食べ物や毛布、医療施設を与えるだけが救いではない。もっと直接的に、腐った傷をさらにえぐるような治療方法があると気づいたのだ』

 彼は当時、世界中に存在を知らしめつつあった世界防衛機構軍の輝かしい功績の影に隠れるようにして、ある部署を立ち上げる。

 そこに名前はない。

 あるのは、いかにして人類を幸福に導くか、という目標だけ。

 ひび割れた声が口にする「幸福」という妙にすかすかとした響きの単語には興味を引かれなかったが、名前のない部署に海里は思いいたる。

 防衛軍に存在するが、公式書類にはいっさいの記載がない部署。俗称は、第九。

 イノベントの隠れ蓑としても機能していたが、活動内容はいかにして人類を最適な形で殲滅するか、というものだった。そして今はイノベントは瓦解し、一部の人間が知識を暴走させて世界中に結晶病をばらまいている。

 この状況を、受け皿を作ったのが目の前にいる老人と知った海里は視界がぐらつく。なぜトレトマンが彼に会えと言ったのか真意がまるで読めない。行けと言った以上、トレトマンはこの男が何をしたのかすべて理解しているはずだというのに。

「……この状況が、人類には幸福の形だとでも」

 海里の言葉に、老人は朽ちた顔の皮膚をむしろ楽しそうにゆがめてみせた。

『幸せだろう。微細機械細胞とかいうもので人類は記録として残され、生きるという苦痛から解放されるのだから』

 美しい、と老人は声を震わせる。

 確かに結晶化した町は神話世界のようで、陽光を受けてきらめく結晶はため息をつくほどの美しさを持って人心を惹きつけてしまう。

 だが人体を苗床として成長を続ける結晶が輝くのは、そこで命を食いつぶしているからだ。

 海里は林立する結晶の塊が、かつて当たり前のようにそのあたりを歩いていた者たちだということを知っている。

 そしてこの状況を放置すれば、やがて見知った者まで無機物と化してしまう。

『人類という種が消え去れば、地上から戦争がなくなる。いや、他者という存在がなくなれば、心がなくなれば悩みも持たなくなる。それこそが真の理想郷だ』

 老人の言葉は泥濘のようにからみつき、落ちくぼんだ目に見据えられて動けなくなる。男は狂っているわけではない。ただ自己の理想を実現できるだけの資金や技術を有していたので実行に移しただけなのだ。

 できたから、やった。

 それだけ。多くの者が憎悪のあまりに刃物を持ち出そうともさまざまな理由で寸前に思いとどまるが、老人には止まる障害がなかっただけ。

 自分の中で膨れ上がった怪物を開放したら、相手が死んでしまった。

 そこに善意も悪意もない。

 イノベントは地上世界を欲して人類殲滅を目論む。そこには確かに理由があった。ハルは人間をさらに進化させようとしていたが、押しつけだということは理解していた。

 この老人には掲げるきらびやかな理想も、欲をこめた目的も何もない。

 こうなったらいいなという子供じみた妄想を、財団の資金力と機械知性体の技術を使って実行しただけ。そのどちらかが欠けるか不足していれば、世界を取り巻く泥沼めいた悲劇は起こらなかっただろう。

 たったひとりの絵空事が、世界中を巻きこむ異常事態に発展してしまったのだ。

 正直、知りたくもなかった真実だが、知ってよかったのだろうと納得できる自分もいた。トレトマンが悩みながらも彼を送り出したのは、この実態を知るためだったのだ。

 さすがに感謝する気分にはならなかったが、これはトレトマンなりに出した宿題なのだろう。

 海里は常に傍観者だった。何かをしようにもいつも空回りばかり。あせって、失敗して、何もできないまま終わってしまう。

 それでも、今日この時ばかりは少しだけ、世界を取り巻く状況の中へ踏みこめた気がした。

『……ところで、あの女。近頃姿が見えないが……どうしたのやら。あの派手派手しい金髪は私の要望だが、いささか飽きてきたな』

 ひび割れた笑声が響く水族館の中、海里は深海よりも重い水圧を感じ、つぶされる前に立ち去った。


冊子版はピクシブのBOOTHで頒布しております。

こちらは8巻収録分です。

https://mutsugami123zero.booth.pm

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「六神屋」でイベントに出てます。

関西コミティア、文学フリマに出没します。

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