巨神の目覚まし⑤「微細機械細胞が、地球の環境汚染に歯止めをかけているのだ」
人外の殺人鬼。
城崎はハルのことを端的にそうとらえていた。気まぐれで通りすがりの人間を肉塊へと変え、笑いながら血河を渡る。人外というのも比喩でも何でもない。人のような外見をして人のような受け答えをするだけ。どれだけ人間のような表情や情動を見せようとも、それらはすべてうわべだけのものでしかないのだ。
「……おい」
城崎は肩に寄りかかってきた身体をいらだたしげに跳ね返す。そこまで力をこめたつもりはなかったが、桜色の頭髪を持った頭はそのままずるずると滑っていった。
力なく床に落ちて伏せた身体はそのまま動かない。
数分間、その様を見つめていた城崎はようやく事態の異常さに気がつく。
「おい、どうかしたのか」
倒れたハルの身体に触れ、指先に返ってきたのはごく当たり前の皮膚の弾力だったが、同時に感じた無機質な冷たさに城崎は強烈な違和感を覚え、自身の身体まで冷えた気がして手を引っこめる。
思い返せばハルに自ら触れたことはなかった。向こうから腕をつかんできたり荷物のように運ばれたりはしたが、その際に感触や体温など意識している余裕はなかった。
ハルと城崎。互いに必要以上には近づかない。ホテルなど、他者や騒音がない場合はなおさら遠くなる。
城崎は会話するにもやや遠い距離感に安堵していた。だがハルの存在をうとましく思いつつ、離れることができずに一種の依存状態に陥っていることも理解していた。
地下空洞で機械知性体を振りきってからも彼らの旅路は続いていた。相変わらず、ガイド本もなく観光名所とも無縁、明日の行く先も不明の旅路だったが、ここ最近、少しばかり変化があった。
ハルが眠るようになった。
それまで城崎は桜色の人外が寝るところなど見たことはなかった。目を閉じてソファやベッドに転がっていることは何度かあったが眠っている様子はなかった。だが地下空洞の一件で何らかの変化が起きたらしく、行動を共にしていると数日のうちに必ず何度かはこうして糸が切れた人形のように昏倒する。
いま彼らがいるのは高級の上に超が付きそうなホテル。無駄に空間の余っている室内にはお互いしかいない。
嘆息すると、城崎はハルの身体を抱え上げる。これまでは触りもせず放置してきたが、今回は床の、それも自分が座っているソファの足元に転がっていて、さすがに邪魔なので移動させることにする。嫌悪感をあらわにしながら抱え上げた身体はそれなりに身長はあるが見かけよりも軽く感じた。そして冷たく呼吸もしていない。
城崎は意識のない身体をベッドへ放り投げる。本当はこれ以上触るのは嫌だったが、上着や靴を脱がせて毛布をかけた。特に親切心からの行動ではない。もしこの状況を他者に見られても、寝ているように見せかけるための偽装だ。
城崎はハルの意識喪失に慣れつつ、次第にある考えが持ちあがってきていた。
このまま放り出すか、目覚めるのを待つか。
数度目の脳内会議を展開し、状況を確認するために手持ちの装備を確認する。
銃が一丁。予備弾薬。ナイフや多少の薬品。現金の持ち合わせはあまりない。ハルは決済を電子的な処理で行うため、リアルマネーを使っているところは見たことがない。城崎が現金で食品を買う場面を面白そうに眺めていた。
何はともかく現金だ。城崎自身の口座には防衛軍にいたころの給与がそのまま残っているはずだった。だがカード類は第九に収容された際に没収されている。新しく口座を作ってオンライン上で金を移動させようかと考えたが、まず、銀行が認める身分証がない。パスポートすら持っていなかった。
これまでハルと共にやたらと国境をまたいできたが、パスポートの提示を要求されるような場面はなかった。かといって、銃と鉄条網が大量発生している国境線を命からがら、という状況に陥りもしていないが。
改めて考えると、こうして安定した空間で考えをめぐらせていられるのも、この人外が手を回しているからだ。城崎の前ではおくびにも出さないが、彼を中心にして多くの事象が動いている。先行投資としてハルに金や、こうしたホテルの宿泊を手配する組織や人物がいる中、彼を捕獲して情報を得る、あるいは実験に使おうと考えて人員をさし向けてくる派閥もあった。
後者は、防衛軍が機械知性体という人間とは異なる存在を公式に認めたことで対応策を練り直しているのか近頃はなりをひそめている。また人質として誘拐されるのはごめんなので襲撃がないのは素直にありがたかった。
城崎は再び息を吐き、銃をテーブルへ戻す。
どれだけ考えたところで、城崎はハルの側を離れた途端、金も身分証明もない不法滞在者となってしまう。しかしハルはそのあたりの事情をついて城崎を縛っているつもりは毛頭ない。そもそもこの人外は人間世界の常識の枠に入っていないので、金がないことでどれだけ人がみじめな思いをするかなんて考えた試しもないだろう。ホテル暮らしも人間の城崎に休息が必要だからと宿泊しているだけで、本来ならこうした人らしい部分はまったく不要なのだ。
連れ出された当初、城崎はハルが何の目的に自身を利用するのかと警戒していたが、たまに運転手にされるくらいであとはひたすら気ままな旅に引きずられるだけ。彼が城崎を連れている理由は見当もつかない。もっとも、理由などないのかもしれないが。
結局、思考はループに入っていつもそこで止まる。
暇を持てあました城崎はテレビの電源を入れ、適当にニュースを流す。画面の向こうには隙なくスーツを着こなしたアナウンサーが眉をつり上げて原稿を読み上げていた。
『次のニュースです。先日アメリカから新たな映像が送られてきました。民間人が撮影したと思われる結晶柱出現瞬間の映像です』
こちらです、と緊張感のある声音に重なって画面が切り替わる。
ビルが針山のように建ち並ぶ市街地の一角でとつじょ、何もない場所に一点の光がともり、光球は縮小したあと、拡散する。渦を巻く光は広がりながら町を食い荒らしていた。
光が消えたあと、ビル群は溶けるようにして消え、代わりにどのビルよりも高い構造物がそびえ立っていた。
結晶柱の出現は、日蝕事件当日だけではない。アメリカ、カナダ。ドイツ、イタリア、イギリスと先進国を次々と攻撃していっている。当初は構成素材となる塩を確保するため沿岸部に集中していた結晶柱だが、日蝕事件から一ヶ月も過ぎたころから様相が変わり始めた。
市街地そのものを素材として取りこみ始めたのだ。
『こちらはニューヨークで撮影されたもので、結晶柱に関する映像資料として大きな注目を集めています』
大都市を背景に、遠近感を狂わすようにして屹立する柱の映像を前にアナウンサーはやや早口になって言いつのる。銀色の塔は細部に目を凝らすと鉄骨やコンクリートがいびつに組み合わさり、隙間から内部構造が骨格のようにのぞいていた。
便宜上、後期型と呼称される柱は中心となる骨格を作ったあと、それを覆う素材を周囲のビル群や道路のアスファルトなどを吸い寄せるようにして集めて組み上げる。沿岸部の塩の柱より構築速度は若干遅いが、それでも波打つようにして集められる素材と陥没していく市街の中を逃げ惑う人々の群れの中、出動した軍隊ができることはほとんどない。市街ごと吹き飛ばすほど威力の高い攻撃を逃げ遅れた市民が多く残る都市部へ向けるわけにもいかず、どこの国でも二の足を踏んでいる状態だ。
『この兵器が一度稼働すれば、数十キロにわたって被害が及ぶとされ、いま現在政府は対策と次の発動地点の特定を急いでいますが深刻な情報不足により……』
アナウンサーの告げている内容は、どこの国も大差なかった。城崎はテレビを消して顔を上げる。
カーテンを開けたままの窓からは、外がよく見渡せた。そもそもこのホテル自体、周辺の建物の中でもかなりの高層建築で、彼らがいるのはその最上階だ。
窓外の向こうにそびえる銀色の柱を視界にすえながら、城崎はハルが目覚めるのを待った。
人が結晶化する。そんな夢物語のような現象を人々が現実にありうる事象として認識し始めたころ、もっと大きな個所で変化が訪れていた。
その変わりようは個人の目では到底見つけられないほどに広大で、微細で、それゆえに、大きな影響を及ぼす。
「地球規模で微細機械細胞が自然環境に干渉しはじめている。砂漠化していた地域が緑化をはじめ、海洋汚染も改善し、痩せていた大地は活力を取り戻した」
情報収集と分析が業務を通り越し趣味よりも深くのめりこんでいるトレトマンが平然とそんなことを言ってきた。
「微細機械細胞が、地球の環境汚染に歯止めをかけているのだ」
モニタ上の点。日増しに数を増やす柱を指し示す。
「それって、すごくいいことなんだよね」
レックスは重苦しく腕を組むトレトマンをうかがうように見上げる。
「悪くはないが、それは微細機械細胞という無機質が、人間という介添えなしに自己進化を始めたことを意味する」
相変わらず、察しも飲みこみも悪い生徒である海里たちは互いに顔を見合わせて首をかしげることしかできない。
地球環境の悪化が叫ばれて何十年にもなるが、人類は歯止めをかけることすらできないでいる。それをこの一ヶ月半ほど地球上で人類に脅威を与え続けている無機物があっさりと状況を改変してしまったのだ。
「昨今、内陸部に出現している柱は、おそらく環境調整が主な役割だろう。計画は第二段階に入ったと見て間違いない。つまり、これらの柱は人間がいなくなったあとの環境を整備することが目的だ」
多くの世紀末的な映像作品や物語は、荒廃した世界の中で生き抜く人類が描かれている。だが現在、その人類を結晶化させて数を激減させている微細機械細胞自体が人類が破壊した環境を元に戻そうとしていた。
トレトマンは増えていく柱と広がっていく人的被害状況を前に小さくつぶやく。
「人類という種が消えたあとを想定した地球再生計画がはじまったのだろう」
「ーーーじゃあ、そのあたりも詳しく聞かせてくれよ」
防衛軍日本支部の一角にある倉庫。そこに今日は訪問者があった。
特ダネよこせ、とにやけ顔を見せる秋庭と、彼と一緒になって笑うタカフミだ。
「久しぶり。元気してたか」
元気だよ、とタカフミにレックスが応じ、彼は楽しそうに異種の友人を見上げる。
「世の中大変なことになっているが、俺としては世の中に君たちというすばらしい存在を知ってもらうチャンスだと考えているよ」
だから今日は秋庭のアシスタントだ、とタカフミは機材の入った重そうな鞄を掲げてみせた。
冊子版はピクシブのBOOTHで頒布しております。
こちらは8巻収録分です。
https://mutsugami123zero.booth.pm
pixiv ID 2358418
「六神屋」でイベントに出てます。
関西コミティア、文学フリマに出没します。




