ずっとそばにいて②「ま、とにかくこのカイリ君を探すとするか」
「シン?」
呼びかける声に城崎は反射的に振り返り、眉根を寄せる。
彼の後ろに立っていたのは、長い髪を腰の下まで伸ばしている少女。
もちろん、城崎の知り合いではない。
だがそれは向こうも同じだったらしく、振り返った彼を見て、愛らしい仕草で小首をかしげてみせる。
「……ごめんなさい。間違えたわ」
言って、くるりと踵を返す。少女を追って、枯れ葉色の髪と赤いワンピースが大きくひるがえる。
「だって、似てたの」
最後の一言が城崎の中に意味として届くのに、ほんのわずかに時間が必要だった。
「……似ている?」
誰に、と考え、雑踏にまぎれて走り去る少女の後ろ姿を目で追いながら思い至ったのは、ひと月ほど前の事件。
商業施設内の駐車場で、城崎は自身の常識を大きく覆された。
カイリ・シンタロウ
連れていた上官の娘が、彼と城崎を似ていると評した。
それだけなら、どうにでも流せる話だったが、問題はその後だった。
奇怪な音波に混乱した駐車場内でクルマが暴走し、あわや大惨事へと発展しそうになった瞬間、青年がクルマの前に飛び出して事故を未然に防いだ。代わりに、彼自身が車両の下敷きになってしまったが。
その際、青年は負傷し右腕が切断された。
断裂した腕を取ったのが、城崎だった。
もちろん、自ら拾いに行ったわけではなく、車の下敷きになった青年を救い出そうとした際の、言ってしまえば事故で、問題はその後だ。
抱えた重い重い腕は、機械で構成されていた。
目の前にあるものが理解できず、硬直していた城崎の前に、さらに非常識が降り注ぐ。
彼らに近づいてきた軽自動車が、いきなり変形したのだ。
このあたりから、城崎は自分が夢の世界に突き落とされたのではないかと疑い始める。
黄色の軽自動車は二足歩行のロボットに変形すると、並走していた救急車に青年を放りこんで立ち去った。
後に残されたのは、彼同様に呆然とする者達だけ。
誰も、何も理解できず、説明してくれる親切な解説者も現れなかった。
だが城崎は、一般人よりはほんの少しだけ彼らについて詳しかった。彼の所属する組織が有する情報に、彼らの正体に関する手がかりが残されていたのだ。
日本に大規模なテロ活動を計画する集団がある。
防衛軍の基礎を築いたアップルゲイト財団から派遣されてきた男は、そう告げると資料を置いて立ち去った。
そこに添付されていた資料写真の青年が、カイリ・シンタロウと名乗った青年だ。
しかしこの日本で、二十歳ほどの黒髪の青年など掃いて捨てるほどいる。それこそ、城崎が似ていると言われても仕方がないほどに。
彼と天条が所属する組織、世界防衛機構軍から与えられている任務は、防衛軍の日本支部を設立する為に、候補地などを選抜することだった。しかし財団法人から来た男によって、かなりの軌道修正が行われた。
日本で国際紛争の火種となりそうな彼とその組織を発見すること。これが現在の最優先事項となっている。
とはいえ、事務所の移転や増員が決まったので、ここしばらく調査はほとんど進んでいないのだった。
進展のない状況を打破する為、上司である天条は旧知の人間に調査の手助けを依頼する考えを、城崎に告げた。
いくら上司が信頼している人物とはいえ、他の組織に属する人間の手を借りるのは城崎としては不服だったが、日本の地に不慣れな為、件の青年を探すにも捜索方針すら絞れないのが現状だった。
城崎はその男と行動を共にして捜索を行う手はずになっているのだが、待ち合わせしている人物に関して天条からは様々なエピソードを聞かされている。
それこそ、笑えるものから笑えないものまで。
小春日和の中、城崎の心中は曇天に包まれていた。
「よぉ、あんたが城崎カズマかい?」
先ほどのデジャヴュのような展開に、城崎は早くもうんざりしつつ振り返った。
今度の相手は、四〇過ぎくらいの男性だった。ふらふらとした足取りで近づいてくるが、他の通行人にはかすりもせずにすり抜けてくる。
春らしい薄着の男は、城崎と視線が合うと笑った。
快活で、少年のように明けっぴろげな表情。だが城崎は、待ち合わせ場所である駅の時計台前に現れた男を見るなり反射的に半歩後退してしまう。
ラフな格好のどこにも武器を仕込んでいる様子はない。体格も長身だが細身で、本国の同僚のように分厚い筋肉で威圧的に迫ってもこなかった。
だというのに、目を離した隙に何か仕掛けてきそうな不安を覚え、思わず警戒を強める。
男は渋面になった城崎を前に、首の後ろをかくと退屈そうに言った。
「そう警戒すんなよ。いや、俺を危ないと思うのは正解だがなぁ。けど、こう、いかにもな態度を取られると、俺としては期待に応えたくなっちまうんだよ。お前さんもイタズラされたくなかったら、もっとリラックスしなよ」
「……あなたは?」
固い声で尋ねると、男は鼻を鳴らして肩をすくめる。
「ユウシから話は聞いてんだろ? 俺が久檀コウヘイだ」
言って、久檀と名乗った男はにやにやとしながら手を差し出して付け加えた。
「仲良くしようぜ、カズマぁ」
わははと太い笑声を上げるが、城崎は黙殺する。
不躾な眼差しで男を観察し、天条から聞いていた特徴との一致を確認する。確かに、本人のようだった。しかし、それでいきなり胸襟を割って話せるほど、城崎は融通がきく性格ではない。
男から十分な距離を取って向き直った。
「城崎カズマです。このたびは調査の協力に感謝いたします」
「おう、何でも聞け頼れ。っつーか、あんた、いかにも軍人って感じの話し方だなぁ。真面目ぶんのもいいが、そんなんじゃあモテねぇぞ」
あの堅物の部下らしいねぇ、と一人で笑っている久檀を無視し、城崎は続ける。
「あなたは情報収集と探索に優れていると、天条大佐からうかがっております。しかし大佐の御学友とはいえ、今回の件は我々の組織には承認を受けていない非公式の依頼だということを念頭にお願いいたします」
「御学友ね……むずがゆい言いまわしすんなぁ。……まぁ、あいつとダチなのは当たりだけどよ。昔は俺と天条と、もう一人、狭山って奴とつるんで毎日馬鹿騒ぎしたもんだ。もっとも、天条みたいな真面目一辺倒で成績もトップ、人当たりも良い優等生がどうして俺みたいな変人と付き合ってたかは俺にもわかんねぇぞ」
城崎はひとつ言えば三つは余計な話を付け加えてくる男に、早くも嫌気がさしてきた。
逃げたい。無視して帰りたい。胸中の曇天を吐き出すように、城崎は大きく息をこぼす。
「とにかく天条には色々と世話になってるからな、人でも何でも探してやるぜ」
その色々が、主に彼が起こした騒ぎの後始末だった事は想像に易い。
(早く終わらせてしまおう……)
天条に聞いた予定は、夜から同窓会があるので、それに間に合うように動くように言われている。つまり、夕方まで耐えきれば、今日の任務はとりあえず終了だ。
まずは互いの情報交換を、と気を取り直した城崎が顔を上げたが、久檀がにやけた面を寄せてくる。
「なぁ、カズマ、あんたも軍人ってことは、階級あんだろ。天条の部下なら、その若さでもしかすると中佐か?」
上官である天条の階級は大佐。そして、副官は通常、ひとつ下の階級の者が任じられる。
痛いところを突っこまれてしまい、城崎はあからさまに不機嫌な顔つきになる。この男と出会ってまだわずかな時間しか経過していないが、すでに外面を取りつくろう気は失せていた。
「……特務大尉です」
防衛軍のオーストラリア本部にいた頃の城崎の階級は、少尉だった。しかし今回の任務を受け、上官と副官の間に階級差がありすぎると突っこみを入れた余計な人間のせいで、城崎は権限的には特に変わらない、給与にほんの少し色がつくだけの昇進を果たした。
本国に戻れば取り消される、その程度の昇進だ。
聞いた久檀は片眉を跳ね上げる。
「また、微妙な昇進だな。つか防衛軍の階級編成ってどうなってんだよ。そんな階級、戦時中でもないとお目にかかれねぇぜ」
城崎自身も思っている事を言い当てられ、眉間のしわがさらに深くなる。
不機嫌の底に落ちて行く城崎など意に介さず、久檀は話を切り替える。
「そうそう、で、俺は自衛隊の、どこの所属かは言えねえが、階級は三等陸佐。旧軍なら少佐扱いだな」
わざとらしく胸を張る様に、城崎は男の言いたいことを察する。
「つまり、あなたの方が階級は上だから、そちらの指示に従えと?」
「ふふん、よくわかってるじゃないか。まぁ、俺も無理難題を押し付けるつもりはねぇ。けどよ、二人だけとはいえ組んで仕事をするんだ。リーダーは決めねぇとな!」
びしぃ、と親指を立てて笑う男に、城崎は頭を振る。
心底、どうでもよかった。
防衛軍の中にも、階級を嵩に威張り散らす人間は多い。肩書だけで武装した者達の中、若く東洋人の城崎はそれだけで軽く扱われる事が多い。必然的に標的にされる回数も増えるので、この程度でいちいち腹を立てていては仕事は務まらない。
「……まずは依頼の概要を説明しますので」
駅前の雑踏の中で話す内容でもないので、場所を変えることを提案すると、久檀はどこまでも人を食ったような笑みを浮かべて乗ってきた。
千鳥ヶ丘市は山裾に広がる街だ。近年は土地不足解消の為に埋め立てが盛んに行われ、海上には人工島がいくつも生まれている。しかし現実には、景気の悪化やそれに伴う各事業の撤退により、人工島は完成から十年以上を経ても空き地が目立った。後に増設された第二期地区には空港建設の話もあったが、付近住民の反対運動と建設費用捻出の問題で計画はとん挫し、膨大な土地が更地のまま雑草だけを茂らせている。
人工島と本土を結ぶ大橋の歩道で、穏やかでない会話は行われた。
赤い橋を背景に、説明を聞き終わった久檀は玩具を与えられた子供のような喜色を浮かべる。
「平和ボケと言われて久しいこの日本に、また馬鹿な真似をする奴が現れたもんだ。目的は何なんだ? なんでまた日本なんかに来るんだよ。現政権の打倒なら、放っておいても来年にはつぶれるぜ」
「目的はわかりません。しかし存在自体が脅威となると、上層部は判断を下しました」
久檀は資料に目を通し、添付されている写真を示す。
「ふーん……しっかし、この兄ちゃんがねぇ……どこにでもいそうな若造にしか見えねぇけどなぁ……若い分、あまりまくった情熱が空回りしてんのか?」
いただけないねぇ、と久檀が漏らす独白を、城崎は無表情に流す。彼自身も特に反応は期待していないのか、ファイルを閉じると空を仰ぐ。
太い鉄骨とボルトで組まれた大橋が、視界いっぱいに迫り、その向こうによく晴れた空が透けている。
「ま、とにかくこのカイリ君を探すとするか」
「……その名前が、彼の本名とは限りませんよ」
「いーじゃねえか。名無しだと呼びづれえし」
どんな漢字なんだろうな、と久檀は携帯電話の辞書機能を使って変換してみせる。これなんかどうだ、と見せつけられても、城崎はどうにも返事ができなかった。
「思いこみや憶測は危険です。彼の名前が日本の戸籍に存在しなかった以上、偽名か、日本国籍を持っていない事は明らかです」
「んだよぉ、名前ひとつでずいぶん噛みつくな」
城崎は黙って彼の手からファイルを取り上げる。いい加減、余計な話は抜きにして調査を始めたかったが、久檀は苛立つ城崎をさらにあおるように迫ってくる。
「まぁ、あんたも日本人のふりをするのはつれえだろうしなぁ。心中は察するぜ」
「なにをっ……」
後ずさる城崎の顔前に自分の顔を突きつけ、久檀はからからと笑う。
「違うかい? そう的外れな推測でもないと思うがね」
男のにやけ面に、城崎は警戒を敵意に変える。怒気を浮かべる彼を見て、久檀は声を上げて笑いながら一歩離れた。
「あんた、まだ若いな。年齢じゃあねぇ、人生経験が足りねぇんだよ。オージーの中じゃあ無表情に見えても、日本人の機微を読み取る能力は、他民族とは桁が違うぜ」
何がおかしいのか、笑いながら久檀は踵を返すと歩き出す。数歩前に進んでから、肩越しに振り返った。
「───賭けをしようぜ」
なぁ、と声をかけられ、城崎は初めて硬直している自分に気がつき、あわてているのを悟られないよう、なるべく平静を装って久檀の後を追う。
「もし、今日中に俺がこのガキを見つけられたら、あんたの秘密、教えろよ」
「……は?」
止まりそうになった爪先を無理やり前に突き出し、城崎は当惑気味に質問を繰り出す。
「……何が知りたいと?」
「そうだな、あんたが日本人のふりをしてる理由とか、どうだい?」
城崎はひとつ息を吐いて頭を振る。顔をしかめ、相手を怒鳴りつけたい衝動をかろうじてこらえて顎を上げる。
強く相手の目を見据え、城崎は吐き出すように言った。
「確かに、俺は外見はこうだが、生まれはオーストラリアで国籍も同じだ。日本には、今回の任務があるまで訪れた事もない。日本語は話せるし読めるが、日本人、とは到底言えないだろう。そもそも、俺が日本へ派遣されてきたのは、GDO日本支部設立の際に、東洋人が窓口に立てば、現地人との抵抗も少なくなるだろうという上の判断だ」
ひと息に言って、別に隠すことではない、と城崎は胸を張る。
久檀は強い不満と憤りをさらけ出しながら、それでも後をついてくる青年に目を細める。
「もっと、他にもあるだろ? 年齢や、名前もだ」
「俺が年齢詐称や偽名を使っていたとして、どうなるというんだ」
「ははっ、だからそう警戒すんなって。俺は単に、あんたが隠してるものが見たいだけだ。知ったからって、それを逆手にとって脅したりなんかしねぇよ」
わはは、と無責任な笑声を上げる久檀を追い抜き様、城崎は冷たく言い放つ。
「ではあなたは、まず自分の所属を公にすべきでしょうね」
痛いところを突くねぇ、と久檀は笑った。
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