巨神の目覚まし④「シリウスもふくめて馬鹿だと言っているのだ」
天条が解放されたのは、Xデイのあと、組織上の再編成が行われるため日本支部も再起動を計る必要があったからだ。あとはトレトマンが相当程度、防衛軍側に情報の提供と話し合いを繰り返してきたので天条の持つ情報自体にさして価値がなくなったからということもある。
一ヶ月半ぶりに日本の土を踏んだ天条は、まずは家族と会いたい私情を押し殺し、仕事を優先して日本支部へ戻ってきた。
出迎えた海里に向かって天条は笑いかけてくる。
「無事でよかった。君が結晶柱に挑んだと聞いて、気が気ではなかったよ」
海里は心底から安堵し、同時に苦言を呈してくる天条に対し複雑な気分になる。面倒をかけている自覚はあるし、大体の問題は海里の考えなしの行動が原因だ。申し訳なく思っても言葉が出ず、何とも判別のつかない、傍から見ればただの無表情を浮かべることしかできなかった。
「すみません。その……」
惑う海里の肩を天条はやや強めに叩いた。
「私は君がいなくなったら悲しいと思う。だからどうか無理をしないでくれ」
あいまいに首を振ることしか海里にはできなかった。何かを告げる前にペインが現れ、早速歩きながら報告を始めるので天条はあとでと言って離れる。
「私は君のような若者に戦って欲しくない。本当なら、こんな状況は我々のような大人が解決すべきことなんだ」
通り過ぎ様、独白のように投げかけられた言葉に海里はその場に縫いとめられたように動けなくなった。
そして日本へ戻ってきたのは天条だけではなかった。
「今回の件。無謀だ、馬鹿すぎる」
トレトマンが腕を組み、仁王立ちで自身の半分以下の身長しかない海里を見下ろす。その後ろでレックスが慌てふためいているが、下手に手や口を出せば説教が長引くのを知っているので右往左往しているだけだった。
「いや、あれはそうじゃない。トラストは何もしていない、先に手を出したのは俺だ」
割って入ってきたシリウスをトレトマンはねめつけ、黙っていろと視線で圧してくる。
「シリウスもふくめて馬鹿だと言っているのだ」
海里は頭上から降ってくる言葉を重たい気分で受け止める。だがいらだちや反発心はなく、むしろこの状況をありがたいとさえ思っていた。トレトマンは大して怒っていないときは直接的に海里を放り投げたりといった実力行使に出る。次は長い長い説教。それを通り越すと、長広舌を忘れ口をふさいだようにしゃべらなくなってしまう。
普段は年長者の圧力をうとましく思う海里だったが、存在を丸ごと無視されるのは精神的にかなりこたえる。
それに海里の責を突いてくるということは、償う機会を示してくれる可能性も出てくる。
「無謀で無茶で、どうしようもない行為だが……まあ、完全に無駄ではなかったな」
どこで言葉を切るのか聞いている側が悩みはじめたころ、唐突にトレトマンはまとめるようにそう言った。
思わず、全員の視線が彼に集中する。
一点集中で関心を寄せられたトレトマンは、それが逆に心地よいとばかりに苦笑めいた動作で肩を揺らす。
「おまえさんたちに反撃する、つまり通常とは違う状態にあった結晶柱はある信号を受信していた。その発信先を特定することに成功したのだ」
海里は目を丸くし、トレトマンを見上げる。レックスとシリウスも表情にこそ出ないが驚愕は同じだった。
「柱を制御している中枢がわかったのか」
「えー……あの短時間に、そんな真似してたわけ?」
傍で見ていたレックスは、どうりで静かだったわけだ、とこそっとこぼす。
「信号を発している場所。つまり、そこに結晶柱や微細機械細胞を制御しているシステムがある」
制御システムがある場所がわかった。と言っても、実際は大まかな位置が特定できたにすぎなかった。
目的の店を探すのに、通りひとつ違えても見つからないように細かい場所まで理解していなければ後ろにあってもわからないまま通り過ぎてしまう。
防衛軍は信号を発していた地域にしぼって過去の資料をひっくり返し、何らかの施設がないかしらみつぶしに探している。もちろんトレトマンもオーストラリアからは離れたが日夜協力していた。
その間、海里にできたことは、特にない、につきる。
天条が戻ったのでペインの監視からは外れて自由行動は可能になった。だが今度は謝罪に行った久檀から、封鎖地域に入るな適当な事をするなと叱られる始末。結局、以前に身体を壊していたころのように施設の一角に引きこもることしかできない。それはいろいろと問題があるように思われ、海里なりに行動を開始する。
ひとまず一週間ぶりにマイキに会った。
「シン兄!」
赤い連絡橋の上で彼らは再会した。柱を壊すと言って出ていったきりだった海里をマイキはいたく心配していたが、彼としては思慮の浅さに恥入ることしかできない。
「柱は壊せなかったけど、すごかったね!」
かっこよかったよ、とほめられて海里は首をかしげた。あの場にいたのかとたずねると、動画サイトに上がっていた、と教えてくれる。
最近、携帯電話を機種変更したマイキは携帯情報端末も兼ねる機械を器用に操ってある動画を表示させた。
「見て見て、この白黒と青いの、シン兄とシリウスだよね!」
動画は遠方からの撮影映像を拡大しているのか、画質は荒かったがそこに展開されているのは海里とシリウスが結晶柱に立ち向かった際のものだった。
濃紺の戦闘機が機関砲を一斉掃射し、触手がひるんだ隙に白と黒の巨体が結晶柱を破壊しようと跳躍する。
だが触手の勢いに押され、戦闘機は串刺しになって墜落。それを助けようと巨人もまた海中へ没した。
ややあって、白黒の巨人が濃紺の巨人を海中から引き揚げるところで映像は終わっていた。
映像はあの日のもので間違いないが、当事者としては異議を唱えたい個所がいくつかある。端的にいえば、まともに戦っているように見えるのだ。
戦闘機が威嚇射撃を行い、相手の反応を引き出したところで白黒の巨人が援護を受けつつ結晶柱を破壊しようと奮闘する。予想以上の猛烈な反撃を受けて互いに海中へ没して敗北したかに見えたが、白黒の巨人は身体を穴だらけにしながらも仲間をかばい、埠頭に乗り上げたあと、再び立ち向かう決意を新たにするようにして柱を振り仰ぐ。
最後に関しては海里はまるで覚えがない。おそらく、無意識の反応だろう。とにかく映像の編集が巧みで、正義の味方が力およばずも戦う様が見事に表現されていた。
違和感に疑問符を大量に浮かべるが、それらを訴える先も表現する語彙も持たない海里は沈黙することしかできない。対するマイキは単純に喜び、笑って告げる。
「あの人が撮影したんだって」
誰だ、と問う。マイキは地名みたいな名前の人、と要領を得ない。
「で、その人が兄ちゃんに会いたいから、連絡があったら教えてくれって」
ますます誰だ、と首をかしげる海里の背に声がかかる。
「その地名っぽいやつだよ」
振り返ると、橋の歩道を歩いて来る人物と目が合った。にやけた顔にどこかゆるんだ雰囲気の男性だ。
「フリーライターの秋庭マサオミだよ」
覚えてなかっただろ、と茶化すように言われて海里はますます渋面になる。
秋庭はマイキの父親であるタカフミの知人で、自己紹介したようにフリーライターだ。さまざまなネタを仕入れてはテレビ局や雑誌社に売りこみをかけている。
そして先だって、タカフミが機械知性体の存在について明かし、彼は海里にインタビューを依頼した。
「俺の作った映像、なかなかの出来栄えだろ。ちゃんと正義の味方っぽく見える。タカフミさんの依頼で作ったんだ」
笑うが、どことなく薄っぺらい笑みだった。
「まだまだ聞きたいことがあったってのに、いきなり海外に高飛びするなんてつれないねえ」
「あそこにいたのか」
前置きのない言葉に、映像撮影時のことを聞かれているとわからず、一瞬、返す言葉につまった秋庭だが、そうだとうなずく。
「ほとんど偶然だったよ」
かなり距離があったから画質荒いけど、と笑う。
「で、この素材をどう調理したものかと考えていたら、タカフミさんが正義の味方っぽく作れってさ。俺にプロモ頼むなんてあの人くらいだよ」
プロモーション、つまり宣伝的な映像のことだが、海里は無様に敗北した事実がゆがめられてしまっていることが引っかかる。だが反論しようにも沈黙しかできない。もともと弁の立つ方ではないので秋庭のように何か裏を隠したような物言いにはとっさに対応できないのだ。
「じゃあ、続きと行こうか。せっかくカッコよく撮ってやったんだ、そろそろ他の連中にも会わせろよ」
秋庭は楽しくて仕方がないといった様子でさらに笑みを深めて小型のボイスレコーダーを掲げた。
冊子版はピクシブのBOOTHで頒布しております。
こちらは8巻収録分です。
https://mutsugami123zero.booth.pm
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「六神屋」でイベントに出てます。
関西コミティア、文学フリマに出没します。




