巨神の目覚まし③「よけいな動きをするなと言っただろう!」
海里は監視のために周回している自衛隊の包囲網をくぐり抜けて封鎖地域へと侵入する。入りこむこと自体はさして難しくはない。問題は周辺の高層ビルを睥睨する巨大な構造物をいかにして破壊するかだ。海里の身体は微細機械細胞で構築されている。これは取りこむ物質量や性質を制御できれば、実質、無制限で形が変えられる。結晶柱よりも巨大な身体を作ることも可能だ。だが大きいことが必ずしも有利になるわけではない。高層ビル並の巨体が踏み出せば自重で足元が崩れてしまう。かといって、重力制御など複雑なことはやりたくない。身体制御のためだけに意識を割くと、その分だけ他がおろそかになってしまう。重火器類など内部構造が複雑なものは構築が難しい。
武装は単純なブレードか、制御できる範囲の巨体を作ってからの投石になるだろう。その程度の攻撃力では破壊までどれだけ時間がかかるかわからない。初撃でダメージを与えなければ周回している自衛隊に気づかれてしまう。
勢いこんで駆けつけたはいいが、さまざまな障害にぶちあたって途方に暮れていた海里の聴覚に鋭い音が届く。
空から届くかん高い音に顔を上げる。音を飛びこす速さで飛来した一機のF15が低空で飛んできて頭上を通過する。航空局が絶対に容認しないような超低空飛行がまきちらす衝撃波でビルの窓や周辺の結晶が割れて散った。
降り注ぐ破片を避けつつ、轟音と共に通過した機体を目で追った海里は渋面になる。底面だけしか見えなかったが、濃紺の機体が何なのか、否、誰なのか気づいて視線をそらす。
濃紺の機体は結晶柱の表面を滑るようにして急上昇し、蒼穹へ飛びこんで大きく旋回する。
「シリウス……」
おそらく、駐屯地から姿を消した海里を探しにきたのだろう。大河が同じ話を彼に持って行ったのかもしれない。普段は久檀から、戦闘機形態が目立つので市街地では飛ぶなと厳命されているのだが、その言いつけを破ってまで飛び出してきたということは、海里が無謀な真似をしようとしていることまで察しているのだろう。
そこでようやく、いろいろな意味で少しばかり冷静になった海里は高空で白い尾を引きながらアクロバティック飛行しているシリウスに対し降参する。
シリウスはこちらへ向かってきていた。接近しながら再び高度を下げている。着陸するつもりだろうと思い、開けた場所を探した海里だったが、その時ーーー
「ーーー?」
突堤の向こうで水柱が噴き上がった。大量の水が盛り上がり、無数のしぶきが空中に跳ね上げられはしたが、それは水面下から出現したものの余波にすぎない。
巨大な、白い触手。一本の太さが電柱ほどもあるそれが十数本、天へ向かって屹立する。触手がざわめくように揺れた次の瞬間、一斉に倒れて海里を押しつぶそうと迫ってきた。というより、海里のいるあたりの地面すべてを叩こうとするおおざっぱな動きだ。慌てて後退するが、触手の全長は二十メートルはある。全力で走っても逃げきれない。そう判断した海里は周辺の微細機械細胞を集め、自身を拡張する。身体が大きくなればその一歩も比例する上に装甲面も強化できる。
自身の輪郭を新たに描き、拡張した身体に意識を添わせるようにして伸ばして構造を組み換え、変形していく。
白い触手がハエ叩きのように海里を押しつぶす寸前、新たに構築された腕が触手を弾いて軌道を変え、その隙に先端が届かない範囲まで跳躍する。
一回転して立ち上がったのは、巨大な人型だった。腕と脚があり、頭もあるが人間よりもはるかに巨大で、白と黒で塗り分けられた全身は俊敏そうに引きしまっている。
海里は高くなった視界で、それでもまだ振り仰ぐ結晶柱を見据えて足を踏み出す。これまで何度も近づいていたが、攻撃されたことはなかった。海里の攻撃の意思を感じ取ったというのは少しばかりうがった見方だろう。シリウスの接近を危険と判断したのかもしれない。
どうする、と海里は鋼鉄のこぶしをにぎる。この巨体は自分自身の延長であり、指先の隅々まで自分の意思で動かせるが、大きくなったところで結晶柱を倒すにはやはりいろいろと足りない。
白い触手は再び立ち上がり、巨大な海洋生物のようにうごめく。と、そこに結晶柱の動きに一度高空へ離脱したシリウスが再び迫り、機関砲を掃射する。雨と注がれた弾着の衝撃に触手は一気に弾けた。白いかけらが粉々になって舞い上がり、爆発に近い衝撃が近くにいる海里にまで襲いかかる。飛来した破片が近くのビルや放置されていた車両を撃ち抜き、穴だらけになった鉄板が空中で踊りまわる。傾く車体、折れる街灯。散り飛ぶ塩の混じった白煙を受けながら、海里は後退するよりも逆に前進した。
アスファルトを踏み砕きながら速度を上げ、突堤の端から跳躍する。海上に浮かんでいた触手上を走って駆け上がると一気に跳んだ。
一瞬の浮遊感のあと、腕を限界まで伸ばす。
「シリウスっ!」
その先、絶望的なほど遠い数メートル先でシリウスが白と銀のまだらになった触手に右翼を貫かれていた。
音速飛行が可能な戦闘機を刺し貫こうとしても触手の方が接触の衝撃で千切られそうだが、シリウスはその時、狙撃のために速度を落として旋回していた。その軌道を先読みして放たれた触手の一本が突き刺さったのだ。機関砲弾を食らって表面の塩がはがれ、幾分か細くなった触手だったので翼ごともぎ取られることはなかったが、戦闘機というものはとにかく安定性に欠ける。ささいな制御ミスであっけなく墜落してしまう。
濃紺の戦闘機は触手を振りきれず、そのまま海面に叩きつけられるようにして墜落した。轟音と共に海水が舞い上がり、爆発音が響く。海里は身体をひねって触手を蹴ると、シリウスを追って自身も海中へ飛びこんだ。
ほどなくして巨体の姿が海面上に見えなくなると、触手は引き戻され結晶柱は元のように沈黙した。
海中に沈みながらシリウスをつかんだところまでは海里も覚えていたが、そこからの記憶がない。だがタオルケットから引き出した手は人間を模した形状へ戻っていた。となると、少なくとも海上へ戻ってそこで鋼鉄の巨体を解除したことになるだろう。
と、不意に日が陰ったので顔を上げる。肩越しに後ろを見た海里は巨大な顔が窓の外からこちらを見ていることに気づいて肩が跳ねる。
「気がついたか」
「シリウス……」
心配そうな声で状態を確認してくるシリウスに、海里は立ち上がると窓辺に寄って相手の様子と外を確認する。
シリウスは一部装甲が破損しているようだが、特に支障はないらしい。そして彼らがいたのは広大な敷地内にある小さな建物の中と外だった。
周囲の風景には見覚えがある。遠くに本土と人工島をつなぐ赤い連絡橋が見えた。彼らがいるのは防衛軍の日本支部。なぜ結晶柱から離れたこの場所にいるのか見当もつかなかった。シリウスにたずねようとしたが、不意に部屋の向こうが騒がしくなり扉が開いてひとりが走りこんでくる。ふたりの機械知性体の視線が同時に動いた。
「お、起きたな」
飛びこんできたのは金髪碧眼の男性だ。海里の見かけよりは年上だが、どことなく軽薄そうな雰囲気を漂わせている。作業着姿の男性は海里も知っている顔だ。
「急にその青いのが動いたから来てみれば、意外と元気そうだな」
緊張感のない声で言うのは、防衛軍に所属する、ウィリアム・ハント少尉だった。ひらひらと手を振っている相手にどう返したものか迷っていると、ハントの後ろからもう一人、顔を出す。灰色の髪と削ったような頬が印象的な男で、射すくめるような眼差しで室内を見渡した途端、いきなりとんでもない大声を出してきた。
「よけいな動きをするなと言っただろう!」
衝撃波を感じそうな声量に、海里は思わず直立する。間近で音の爆弾を食らったハントは白目をむいてその場に倒れてしまった。男は動かなくなったハントには目もくれず、きびきびとした動作で室内に踏み入ってくる。ハントのだらけた作業着姿とは対象的に、ブルーグレイの軍服を隙なく着こんでいる。男は一直線に窓のところまで進むと有無を言わさぬ勢いで外にある倉庫を指さす。
「今すぐ戻りたまえ。いくら衆目のない僻地とはいえ、君が自由行動をすることを私は許可していない」
下からねめつけられたシリウスは、何も言い返せないまま窓から離れ、身体を折って倉庫の中へ入っていった。おそらく、中では戦闘機形態を取るのだろう。
あまりのことに動けないでいる海里に男は向き直ると不躾な視線を向けてくる。そして一方的に納得したのち、いきなりしゃべりはじめた。
「私はペイン中佐だ。君の身柄は天条大佐より、この場にとどめておくよう命令されている。大佐が戻られるまで勝手な行動は許さない」
ここでオーストラリアにいるはずの天条の名前が出てくることがますますわからない。だがペインは海里にそれ以上、何の説明もなくきびすを返した。
室内に取り残される形になった海里に、ようやく起き上がった、というか、嵐が過ぎ去るまで死んだふりをしていたハントが床の上に胡坐をかき、これまでの状況を説明してくれた。
「おまえらだが、自衛隊のおっさんにこっちで面倒見きれないからしばらく置いといてくれって言われたんだよ」
「……久檀、か」
そうそいつ、とハントの物言いはどこまでも軽い。
久檀は海里たちの戦闘行動に気がついて結晶柱のある区画へ乗りこみ、埠頭でシリウスと意識を失った海里を回収する。そして今回の行動の発端となったのが大河の入れ知恵だとシリウスから聞かされた久檀は、機械知性体を自衛隊の敷地内にかくまうことをやめた。
同じ日本人が機械知性体を目的のために利用しようとしている。だが久檀としては立場上、大河の行動を強硬に止めることができない。それどころか、組織として協力を依頼された場合は断れないのだ。久檀は以前、回収した機械知性体の残骸を政府の要請で引き渡している。それはトレトマンも許可していたが、海里たちのような意思のある個体はそうもいかない。
「自衛隊は機械知性体とは関係ないから、あとはがんばってくれということだ」
拒絶されたのではなく、存在を認識しないことで彼らを守ろうと手を回してくれた久檀の判断に海里は軽率に飛び出してきたことを再度悔やむ。
そして自衛隊という隠れ蓑を失った彼らのアフターケアも久檀は忘れなかった。彼はオーストラリアにいるトレトマンに連絡を取り、彼を経由して海里たちを防衛軍日本支部で引き取れないか打診したのだ。
防衛軍としては日本政府に海里たちを利用されるわけにもいかないし、倉庫に隠しておくだけで機械知性体に借りを作れるとあっては拒否する理由がない。即座にいいよ、と返信があった。
運びこまれた海里が眠っていたのは二日ほどだった。本人は記憶にないが、シリウスをかばって全身を触手に貫かれて穴が開いていたらしい。今は自己修復が働いてきれいにふさがっている。完治するまで意識を失っていてよかった、と海里は肩を落とす。微細機械細胞に身体が置き換わってから自己修復が使えるようになったが痛いものは痛い。
「あと、天条大佐。日本に戻って来るってさ」
これでようやくイギリスのおっさんから解放される、とハントは床の上で伸びる。どうやらペインが厳しいのは海里たちだけではないらしい。
「ま、ゆっくりしていけよ」
どうやら海里がいるとペインの意識がそちらへ向くので小言が減るらしい。倉庫の整理でも手伝ってくれよ、とハントはそろいの作業着を置いて出ていった。
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こちらは8巻収録分です。
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「六神屋」でイベントに出てます。
関西コミティア、文学フリマに出没します。




