巨神の目覚まし②ーーー『私』を探して。
君にしかできない。そう言われて舞い上がったわけでもなければ、別段、この行為によって自身が認められると打算したこともなかった。
ただ、自分の周りにいる者たちをあんな無機物の塊にしたくない。
その思いだけで海里は立ち上がったが、立って走り出しただけで、何もかもが思いこみと先走りでしかなかった。
トレトマンなら、思慮が浅い、と一蹴しただろう。
だが止める存在がいないのと、彼自身が自分の考えを内にこめて吐露しないため、誰も、それこそ側にいたマイキやシリウスですら、海里が姿を消して事態が急変するまで彼が静かに荒れ狂っていたことに気がつかなかった。
事態の急変に、声すら出せなかった。
海里は自分の身体に突き立つ、白と銀の触手の本数を数える余裕もなくもがく。苦痛にではない、痛みなんて後回しだ。
「シリウスっ!」
無我夢中で海里は海中に没していくシリウスの身体をつかむ。えぐり取られていく自分の状態は見えていたが、損傷を考慮に入れる余裕はなかった。
シリウスを助けなければ、そう思うが身体は動かない。
巨体の機械存在が二体、海中に沈めば浮き上がることはまずできない。しかも、この間も攻撃を受けている。シリウスは意識がない上に戦闘機と二足歩行形態の中間で変形が止まってしまい、ひどく支えにくい。海里も構築した巨体が崩れていくのを止めることができなかった。
沈みながら、海面の向こうに見える結晶柱を視界にすえる。眠りに落ちるようにして溶けていく意識に叱咤した。ここで気を失うわけにはいかない。自分の無策が生んだ結果をこんな形で残したくはない。
(シリウス……!)
自分を追いかけてくれたシリウスの重みに引きずられ、一緒になって海里たちは海中へと沈む。
助けは来ない。当たり前だ。誰にも何も告げずに走り出したのは海里で、シリウスが気がついて追いかけてきたことが僥倖だっただけ。
人間の言葉を聞いて、安易に動いたことを後悔はしないが他者を巻きこむ真似だけはできなかった。
海里は日本の、マイキたちの住む千鳥ヶ丘市に一番近い結晶柱を壊そうとした。だが柱はインド洋での状況と同じく、やられたらやり返すを正確に実行したのだ。
反撃によって自分自身が壊れ、末端から崩れていく様を目の当たりにしながらも海里の中には柱の破壊を持ちかけた訪問者を恨みに思うような感情はなかった。
単純に、自身の浅はかさを悔やんだだけ。
ーーーシン!
だからこそ、届く声にそれだけで自己意識が崩れそうなほど驚愕する。
ーーーまだ、消滅しないで。
どこか舌ったらずな少女の声と、自身を覆う暖かな膜を感じながら、海里はどこか安堵して意識を手放した。
「トラストが日本の柱に特攻をかけただと」
トレトマンは腕を組み、首を振って押し黙る。人間らしい仕草だが、その身体のどこにも人間らしさはない。
「……馬鹿め」
トレトマンの言葉は端的で簡潔だった。通常なら慌てふためくレックスが静かになるほどの威圧感を持って彼は沈黙する。
「トレトマン……?」
驚愕の格好のままレックスは硬直する。だがトレトマンは呼びかけにはいっさい答えずそのまま機材に向き直る。
(ど、どうしよう……)
トレトマンはとにかくしゃべる。機械仕掛けなので息継ぎの必要がなく、言葉を止めるということがない。
だというのに年若い海里の失態に愚痴ることもせず、なかったものとして扱う様に逆に脅威を覚える。
(トラスト、トラスト! トレトマンはいつも以上に怒ってるよ!)
声に出して訴えたかったが、ここで叫んでにらまれたらこちらが卒倒しかねないし、まだレールガンの標的にはされたくなかった。この場から逃げ出したかったが、倉庫から出ると防衛軍の兵士に玩具扱いされてしまう。抵抗しないレックスは暇つぶし要員として認識されていた。
軽自動車形態なのが恨めしい。飛行か潜水能力があれば、今すぐ海里の元へ逃げる、もとい馳せ参じるというのに。
シリウスは飛行時、レーダーに引っかからないよう気を使うと言っていたが、陸も海も関係なく飛びこせる翼が今は心底うらやましかった。
誰かが海里の身体に触れている。そっと、髪をなでたり、頬をつついたりといった小さな刺激が繰り返され、その度にかすかな笑声が届く。
(ねえ、起きて)
笑みをふくんだ声音が優しく聴覚をくすぐる。
閉じている目を開けば、傍らにいる何者かの笑顔が見える。それは誰なのか。知っている気がする。目覚めようとしてはまた深い眠りに落ちる意識の中、海里は幾度もそのことを考えていた。そして、夢の中で歌を聞いた。
以前にトレトマンが、結晶化した人間が親しい者を誘う際に歌が聞こえる、と言っていた。それか、と思うが、届く歌が清く澄んだ声なのは理解できたが歌詞までは頭に入ってこない。言語が違うというより、音として認識はできても言葉として意味が重ならないのだ。
もどかしく思うが、それでも少女の声に包まれていると、以前に千鳥ヶ丘市で体験した花吹雪を思い出す。ゆるやかな風に舞い散る花弁と、木々の間から届くまばゆい陽光。身体中を包む花と草木の濃密な感覚と暖かな日差し。
ーーーねえ……
急に日が陰ったように周囲が暗くなる。
意識が急速に冷やされる感覚に海里は震えた。
ーーー『私』を探して。
意識が引き戻され、海里は目を覚ました。目の前に少女の姿はなく、薄暗い天井が視界に入る。
低い天井は人工的な作りで愛想というものがない。ゆっくり顔を動かすと窓の向こうに白く見えるほど晴れた空が広がっていた。窓は開いているが風はなく、室内にはコンクリートの冷気と日差しの熱がわだかまっている。
海里は起き上がることもせず、意識が寸断される前の記憶を呼び起こす。
(人間が来た……結晶柱を壊すために……)
大河と名乗った男とは一度面識がある。とはいえ本当に顔を合わせた程度で、互いに名乗り合って自己紹介したこともなければ、あの頃の大河は海里を機械仕掛けの人形扱いで個人としては認識していなかった。海里としても、そんな人間がいたな、くらいにしか覚えていなかったのでお互いさまだったが。
久檀たちが防衛任務に出ている隙をつくようにして現れた男は、暇だったのか海里に雑談を仕掛けてきた。ほとんどが仕事上の愚痴だったが、ところどころで結晶柱の被害が進行している状況をなげき、柱の破壊に動かない政府に強い憤りを吐き出していた。
海里がなぜ自衛隊が柱を壊さないのかと問うと、男は苦笑しながら、誰も責任を取りたくないのだと告げる。
要するに、結晶柱を壊してさらに何か別の問題が起きるのではないかとおびえて手が出せないのだ。いや、起きるかもしれない問題について悩みたくないから静観という名の放置、無視を決めこんでいる。
「だが、柱を壊せば被害を抑えられるはずなのだ」
その点は海里も同意する。分析などは不得意だったが、あの柱が一種の中継局だというのは想像に易い。現状、柱が大陸の沿岸部にしか存在していないのは、柱を構築する物質を海水に頼っているから。だが中継局が遠征を始めれば、被害は内陸部へと広がるだろう。
「いまは次の中継局を建てる場所や、材料調達をどうするか検討している最中なのだろう」
大河の考察にはうなずける部分が多い。どうしてその主張を持って柱の破壊へ動かないのか、とさらにつめ寄ると、男は防衛軍が待ったをかけていることや、予算や各組織の確執などを語ってくれた。
正直、どうでもいいと思った。
明日にでも近しい者が結晶化するかもしれない現実を前に利権争いなんて馬鹿げている。
「……壊してしまえばいいんだ」
奇妙に張りつめた雰囲気をまとった海里が視線を上げる。その先に見据えるのは、天をつく巨塔。大きすぎる構造物は遠く離れていても視界に入る。
「そうだな、誰かがこの状況を壊してしまえば、あとは雪崩のように動き出すはずだ」
熱くたぎりながらもどこか危なっかしい横顔を見せる海里に大河は笑った。どこか陰湿なものを隠した笑みだった。
だが海里は大河の表情を確認する前に立ち上がり、駐屯地内の誰にも、隣の倉庫で待機していたシリウスにすら何も告げずに走り出したのだ。
大河が海里を結晶柱破壊へ動くようたきつけ、彼もそれに呼応した自覚はあった。組織という枠にとらわれて動けないので機械知性体を利用しにきたのだろう。そこまでは彼にも推測できたが、それ以上裏を読むには海里の性質はまっすぐすぎた。
大河は海里に大きな事実を隠していた。
柱を破壊しようとした艦隊が強烈な反撃を受けて全滅したことをあえて語らなかったのだ。
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こちらは8巻収録分です。
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「六神屋」でイベントに出てます。
関西コミティア、文学フリマに出没します。




