巨神の目覚まし①「イノベントの正体?」
巨神の目覚まし
海里は不意に顔を上げる。誰かに呼ばれた気がした。
より正確に言うなら、声は声ですらなかった。音としても届かなかったそこに、彼を手招きする意志があった気がしたのだ。
「誰だ?」
振り返ったところで背後には広々とした自衛隊の倉庫があるだけ。人間も、機械知性体もいまは傍にいなかった。
世間では、結晶となった近親者、友人や恋人が夢の中に現れて誘うという話が出ている。だが海里には自分が知っている人間が結晶に飲みこまれたとは聞かない。
だがそれでも、かすかな呼びかけに覚えがある気がする。
「誰なんだ」
もう一度、今度ははっきりと声に出して呼びかける。反響した音が消えても倉庫の薄暗がりから答えが返ってくることはなかった。
代わりに、倉庫をのぞきこんできた隊員が彼に来客を告げた。
「イノベントの正体?」
また何を今さら、とレックスが首をかしげる。
「では、おまえさんは説明できるのか」
「えぇっと……」
問いを返されレックスは言葉をつまらせる。
「僕らと同じ、機械知性体……オリジネイター、だよね」
「そう、イノベントとユニオン。名称を異にしても我々は同じなのだ」
そして現在、世界中、彼ら機械知性体についての報道を受けて世界中がお祭り騒ぎ状態だ。だが当事者たちは静かに倉庫内に引きこもっている。世の中の騒ぎを直接見てはいないがレックスとしては気が気ではない。今にも倉庫の扉を破って人間たちが大挙してくるのではないかと気もそぞろだ。
もしかすると、トレトマンも落ち着かないので思考をよそへ流したいのかもしれない。そう考え直してレックスは向き直る。
とはいえトレトマンの言う正体も何も、イノベントはフレイヤを筆頭に、サウス、オリオン、ディシス、ヨルド。計五人の機械知性体で構成されていた組織になる。年月の間に内情は大きく変化し、フレイヤは土の中、他の四人は滅び、彼らの名前を継いだ人型の機械知性体がいるだけ。
その人型も、エルフとシスは内部分裂の際に滅びた。ヴァンは内紛の混乱時に人間によって解体。ディスは逃亡時に自立行動が取れないほど損傷し、現在、こちら側にいるがアニマが弱まり、かろうじて意思疎通ができる程度。他にハルもいるが、別枠扱いということになっている。
イノベントはすでに組織としての形をなしていない。それがレックスの判断だったが、トレトマンの考えはどうやら少しばかり違うらしい。
「ハルの残した量子コンピュータを見て思いついた。計画のすべてを数名の機械知性体で管理できるとも思えない。どこかに膨大な思考を支えるバックアップがあるはずだ」
「まあ、それはそう、かも?」
いくら機械知性体でも、何から何まで覚えていられるほど記憶力はよくない。トレトマンのように情報処理に特化した個体ならともかく、他は人間より少しばかり記憶力がいい程度だ。
「そのバックアップだが、ディスに確認したところ、ある、という回答だった」
「あるんだ……ていうか、訊いて答えてくれるんだね」
敵対していたのでは、とレックスはうなる。
収容されているディスの容体は悪くはないが、これ以上回復の見込みはない、というのがトレトマンの見立てだ。つまりいつ死んでもおかしくはない。すでにかつての海里のように不要となった手足は落とされ、かろうじて会話ができる状態を維持されているだけ。トレトマンに言わせれば、生きる気力が枯渇している。
ただ情報を隠す気はないらしい。最初に尋問していた久檀よりもトレトマンの方が、当たり前だが機械知性体について詳細がわかっているので要領よく質問ができる。それによりわかったことは多い。
「バックアップ、つまり失われない記録があるからこそ、彼らはアニマの分割という暴挙に出たのだろう」
フレイヤと四人の機械知性体。あまりにも少ない同胞で人類殲滅という途方もない計画を立てた。フレイヤはその初期に離れたようだが、残った四人はその実行役を増やすため、自らのアニマを水で薄めるようにして無数に分割した。能力が低下した分、彼らの身体は小型化し、人間と同サイズに構築した機械の身体で行動を開始する。
しかしいくつも分割された自己意識は互いに対立し、あるいは打ち消し合い、狂って消えていった。分割の際、目覚めなかったアニマは兵器として流用され、のちにゴーストと呼ばれることになる。
残ったのは、ディス、エルフ、ヴァン。そしてシス。
かつての記憶をいっさい漂白された個体だけが現状まで残った。そのわずかな生き残りも、ディスのみとなる。空いている番号は、消えていった存在がいたという唯一の証。しかもシスはイノベントからの派生ではなく、ユニオン側のアニマから偶発的に発生した個体だった。番号が若いのは、目覚めた時に自身を六番目だと主張したため。
イノベントのシスは、ユニオンのアウラだった。
アウラがなぜこのような状態に陥ったか、ディスの証言により、初めて当事者側から当時の状況が明かされた。
イノベントは地上で調査を開始ししたユニオンについては割と早くから認識していた。ただ初期の行動範囲が日本という極東の島国だったため、広い世界で互いに接点はないように思われた。
予想外だったのは、そのアウラの直感的な調査だった。彼は何を根拠に動いているのかイノベント側が教えて欲しいほど短期間の間に確信に迫ってきた。妖精計画など実行中の案件にまで食いこみそうになり、イノベント側は危機感を抱いて排除を決める。そして、相手が単独行動という点に狙いをつけ、ゴーストをアウラが拠点としていた日本の千鳥ヶ丘市へと送りこむ。
結果、アウラはゴーストと共倒れになった。その過程で民間人の女性が犠牲となったが、彼らは事故を隠ぺいしアウラとゴーストの回収を優先させた。
日本ではレンタカーを借りた女性の単独事故となっているが、実際はゴーストと機械知性体の戦闘があった。その事実だけは消されてしまう。
そして持ち帰ったアウラのアニマだが、砕けたかけらの一部が反応を示したので試作品の筐体へ移植したところ、自己意識を結実させる。
これがイノベントの六番にあたる。
なぜ自分を六番目だと主張したかについては、アウラは機械知性体の第六世代に当たるため、その認識が残っていたのではないかとトレトマンは推測する。
シスは過去の記憶を失いながらも同期接続という戦闘に特化した能力を有していたのでそのまま手勢として扱われた。戦闘兵器はゴーストがあったが、自立行動が取れない機体で汎用性が低かったため、シスはその戦闘能力を利用されることになる。
もともとのアウラ自身は同期接続能力を持ち合わせていなかったが、微細機械細胞で構築された身体を手に入れた事、そして実際に能力を行使する存在を知っていたので記憶喪失状態にありながらも新たな個性を発揮したのではないかという結論に達する。
手に入ったものを使いまわしながらも人類殲滅の計画は進められていたが、ハルが現れたことで瓦解した。
ハルはディスたちのような分割存在ではなくひとつの個体として成立している。その出自については不明な点が多い。当初、トレトマンはフレイヤのアニマから分割されたと考えていたが、量子コンピュータ内のデータを分析した結果、ハルはフレイヤによって新たに作られた個体だった。より正確にいえば、ゼロから生み出されたのだ。
「人間なら、生むという行為は当たり前のものだが、我々機械知性体の常識からいわせれば、とんでもない規格外の存在だろう」
通常、機械知性体は生命の根源、魂ともいえるアニマを中核にして存在する。そのアニマは深海都市にある星霜の間にしか存在していない。大樹のような形状をした柱から落ちる星、それがアニマ。むき出しの魂を金属の身体で覆うことでひとつの個体として成立する。
だがハルはフレイヤによって、アニマから新たに作りだされたのだ。
「いや、ハルが内包しているのはアニマとは呼べないだろうな」
それに付ける名称は誰にもわからない。
心臓、魂、あるいは、心。
もしかすると胸を開いたら、単純な金属の歯車が動いているだけなのかもしれない。
言えるのは、ハルはこの世界に一人だけ、一種一体の存在。もはや機械知性体とは呼べないだろうが、もちろん人間でもない。
「イノベントは我々と同じだ。だが、ハルは違う」
「ハルは仲間外れってこと?」
「そんな単純なものではない。いや、ハルが単純な化け物ならこうも悩まなくてすんだというのに。まったく、フレイヤもなんて存在を生み出したのだ。イノベントだけなら物事はもっと単純だったものを」
後半はただの愚痴になっていた。
そして、そんなものを構築したフレイヤはいまだに沈黙の長い眠りに落ちていた。
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関西コミティア、文学フリマに出没します。




