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ふたつの知性体⑧花言葉は、「私に触れないで」。

「あと十日ほど……そう、日蝕事件から一ヶ月後をXディと定めます」

 日本の首都にある議場に集まっている人物は、肩書だけで人物紹介欄が埋まってしまうほど多種多様だった。大臣や司令官といった名称は序の口で、警察や医療関係者も多い。

 だが語っている者だけはこの場にいない。スクリーンの向こうにいるのはブルーグレイの軍服を身に着けた将校だ。金髪に、どこか中性的な容貌の男性だが、若い外見の胸元には大佐を示す階級章があった。

 クリス・スター大佐。さらに防衛軍情報部副官という肩書がつく。

 今日は日本とオーストラリアをつなげてのオンライン会議が行われていた。その中心人物が現場に来ないのは、日本を極東の島国と侮っているからではない、彼はこの前後にも同じ会議を他国で繰り広げるのでいちいち国を飛びこしている暇はない。むしろ日本も他の国と一緒に合同で会議を行いたかったのだが、極東の島国は日蝕事件以外にも事態に深い関わりがあるため、別枠となったのだ。

「皆さんに納得していただくだけの材料を集めるのに少々時間をとってしまいましたが、それだけの事はありました」

 結晶病による世界の混乱。それによる人的、および物質的な被害。その対処方法と方針の中心として名乗りを上げたのは、世界防衛機構軍。各国の紛争を武力介入で強制的に鎮圧する組織。

 これまではあくまで事が起こってから、要請という形を受けて初めて立ち上がっていた防衛軍が先回りで動き出したことには理由がある。

 結晶病が世界を食い荒らす前から起こっていた、いわば元凶ともいえる情報を公開するため。

 機械知性体オリジネイター。

 これまで、各国が独自に調査しながらも正体をつかめないでいた存在に関する情報を防衛軍が開示する。そしてこの存在を各国政府が認め、世の中に向けて公表することを結晶病解決の前提条件として提示したのだ。

 機械知性体という存在の成り立ちについて、スターから語られる。彼らは人類の歴史がはじまる以前に地球へ飛来し、これまで人類の傍らにありながらも交わろうとしなかった人類とは別種の知的生命体だと。

 彼らは人間が数を増やし、地上世界で生息範囲を広げるにつれ自らの居場所を海の底へと移した。自分たちの存在が人間の進化に影響を及ぼさないようにと。

 その方針に異議を唱えた一派がイノベント。そして、深海へ残ることを決めたのがユニオン。

 前者は自らの知識と技術を人間世界に紛れこませ、これまでに何度も人類殲滅の計画を繰り返していた。その行動を危険と判断したユニオンが、ここ最近、各地で目撃されている機械仕掛けの巨人になる。

 日本の千鳥ヶ丘市で初春に起こった機械の巨人同士による戦闘もこれにふくまれる。歌姫の死や、世界各地で起こった少女たちの悲しい玉砕。過去にさかのぼれば関連事件はいくつもある。

 そして、今回の日蝕事件。

 すべての事態が一本につながっていると聞かされ、多くの者がうなり声を漏らすがスターの言葉はよどみなく続く。一連の事件の推移から、機械知性体はついに自らだけで事態を収拾することを断念し、人間側へコンタクトを取ってきたと告げるとまたざわめきが起こる。

 人類以外の知性体。昔から小説、映画に散々登場してきた存在がいると示された上に、この地球にずっと暮らしていた。さらに、向こうから話しかけてきたとなってはもう混乱の一言では言い表せないほど議場内にいる者たちの内心は荒れ狂っていた。

 予告のない訪問者となった機械知性体は現在、防衛軍のオーストラリア本部にて情報の交換と対策を模索するために滞在しているという。それを聞いた何人かが、パスポートを握りしめて立ち上がりそうになった。

 機械知性体のうち数名の画像が公開され、短いが動いている映像も流された。全員が機械仕掛けの巨体だが、動作にロボット的なぎこちなさはなく、カメラに向かって気楽に手を振っているユーモアな様もあった。

 彼らはこの事態を憂い、かつての仲間の暴挙を止めようとしている、とスターはあくまで機械知性体を得体のしれない、凶暴で知性のないエイリアンではなく、同志として位置付けるような言動を繰り返す。機械知性体は暴力を振りまくような野蛮な存在ではない。むしろ理性と正しさを持ち合わせ、我々人類と対話を望んでいると強く訴えた。

 ユニオンの望みは、自分たち種族の損耗よりも人類の存続だった。事態の収拾のために人間の組織力や情報網などの協力を欲しているのだという。

 その要望を受けた防衛軍が組み上げた作戦概要は、機械知性体、および結晶病専門の特別捜査課を組織すること。

 全世界の特捜を一本化し、世界統一機構を新たに構築する。提示された枠組みは巨大で、最終的には国連軍よりも大規模な組織になる予定だった。

 統括するのは防衛軍となるが、この点に関してはどの国も渋面を作った。ひとつの組織が国家の利害を越え、あらゆる権限を持つことになるとなればいい顔はしないだろう。ではどこが主導権をにぎるかというと、アメリカや中国あたりがうるさく言ってきたが、ではこれだけの集団をまとめきるだけの国力を有し、指導する存在がどこにいるのかと問われては引き下がるしかなかった。

 現状、どこの国でも結晶病の影響で自国民を支えるだけで手いっぱい。しかもその隙をつき、再び国家間のもめごとを蒸し返してくるところもあるので背後も気にしなければならない。

 そこで、国家という足かせを持たない防衛軍が音頭を取るのは自然な流れだった。それに、組織の人員は防衛軍だけで固めるわけではない。警察や軍人、人種や経歴は関係なく広く公募される。一般公募はXディのあとからだが、幹部候補については各国からの推薦なので、それまで主導権についてわめいていた国々も、じゃあ誰それを送りこんでその後は、と相談をはじめる。

 日本も当然、人員を派遣することを決めたが、警察機構の枠外での活動となるため、他の国との連携活動に不慣れなお国柄なので出遅れることはすでにあきらかだ。

(……どうなることやら)

 会議にもぐりこんでいた大河は見目麗しい軍人が語るきらびやかな理想組織の構想を聞きながらも渋面を作る。

(確かに、Xディのその時、何の対応も発表できなかったら必ずパニックが起こる。その対処法を提案できるのは、いや、それらに関する情報を押さえているのは防衛軍だけ。その意見を呑み、あらゆる権限が防衛軍に集中するのはいたしかたない)

 結晶柱の被害は日本だけではない。どの国も対策を迫られているがどこも決定打を出せないでいる。

 議会の内容は質疑応答へ移り変わっていた。そこで一人が、とにかく柱を破壊してはどうかと声を上げる。

「調査も大事だが、柱を破壊すれば被害を抑止できる可能性が高い。組織を構築するのはそのあとでもよくはないだろうか」

「そうだ、悠長なことをいう前に、まずはあれを壊すべきだな」

 賛同の声が議場内に満ちる前にスターは言った。

「では、こちらをご覧ください」

 表示された画像を見た者の大半は、内容が理解できずに首をかしげる。だが何名かは後ろめたそうに視線をそらす。

「こちらは先だって、インド洋沖合で行われた結晶柱破壊作戦の様子です」

 説明を受けた者たちは再度、画像へ視線を注ぐ。だがほどなくしてこれはなんだと顔をゆがめる。

「衛星からの光学画像と赤外線画像です」

 柱を中心にして周囲に展開している艦隊の様子をとらえた何枚かの画像。砲撃が開始され、柱が着弾の衝撃で削り取られて炸裂した灼熱の炎に飲みこまれていく姿。

 次は熱が引いて煙が晴れ、折れ砕けた柱の残骸が見える……はずだった。

 画像に名前をつけるなら、『白』だった。

 それまで画像内にあった柱、艦隊、そして海。それらすべてが塗りつぶされたように消えていた。だが時間を送ると徐々に輪郭が見えてくるようになる。

 今度のタイトルは、『墓場』だろう。

 艦隊のすべてが漂白されたように色がなくなり、まともに浮いているものはほとんどなかった。艦橋の先端が海面からわずかに突き出しているだけの艦や、丸い腹をのぞかせている小型艇もある。

 そして砲撃開始から半日経過した画像内では、かつて柱があった中心にはクレーターが生まれていた。全体が巨大な「目」のように空を仰ぐ。その視線は人工衛星がのぞき見ていることを嘲笑うようにまっすぐにこちらを見上げていた。

「着弾の衝撃によって飛散した柱の破片は、散りながら周辺の物質を取りこんで肥大化し、周辺にいた艦隊すべてを飲みこみました」

 航空機もです、とスターは付け加える。

「乗員はすべて結晶化したか、さもなくば艦の沈没に巻きこまれて死亡したものと思われます」

 途端、防衛大臣と統合幕僚長に視線が集中する。日本もまた、この作戦に参加していた。攻撃ではなく、あくまで情報収集としてイージス艦が派遣されている。国民には派遣の事実すら伏せられていた。この場に集まっている者たちは派遣されたことは知っていたが、破壊成功のあとの報告が滞っている理由は聞かされていない。そんな重要なことを他国の軍人から報告され、何割かが呆然とし、何割かは不機嫌な顔をして押し黙った。

「柱は強い衝撃や大量の熱反応を感知すると、自らを砕いて飛散。周囲の物質、海であれば水分や塩分を取りこんで拡大、砲弾となって降り注いで対象を破壊したあとに結晶内へ取りこむのです」

 やられた分は、きっちり倍返し。

 沈黙のあと、議場内には重い嘆息が響く。何も反撃をまったく予測していなかったわけではない。だがあの海域には一国を焦土にできるほどの火力を有した艦隊が集結していた。それらが反撃の猶予もなく沈められた現実に、誰もが夢であれとかぶりを振る。

「不用意な攻撃は、さらなる疲弊を招く行為ということをご承知ください」

 スターはすっきりとした目鼻立ちをした顔を上げ、貴公子然とした気品さえ漂わせながらもこれ以上、結晶柱には手を出すな、と重い釘を刺していった。



 会議が終わったあと、大河は部下である篠山に資料を手渡すと力を抜いて椅子に身体を預ける。

 廊下の端にある長椅子の近くに彼ら以外の姿はない。議場から出た者たちはそれぞれの職場や職務へ戻るために散っていった。大河も帰ってからやることは山積みだが、ひとまず自分の中で会議の内容を整理しなければ立ち上がれそうもなかった。

「まったく、防衛軍さまさまだ。あの若造の一言で、完全に柱破壊論は押さえこまれた。外圧に弱いのは昔からだが、完全に向こうに手綱をにぎられてしまったな」

 地味眼鏡、という形容がぴったりな篠山が資料の束をめくりながら答える。

「とはいえ、国家間で連携することで情報の精度が上がるのは好ましいことです。各国ともに調査と研究が本格化し始めていますが、防衛軍の方にまだ分がありますし」

「というより、情報を出しきってはいないだろう」

 そんなことは皆わかっている。小出しにされては腹も立つが、奥の手というものは最後の最後に出すから効果的なのだ。大河自身、機械知性体とすでに接触していることはまだ防衛軍側には秘密にしてある。

「……柱はそのままにできない。だが、壊せない」

 大河は目元を押さえる。脳裏に浮かぶのは、砕けた結晶柱が艦隊を飲みこむ様。

 世界中に出現した結晶柱は最初の日以来、沈黙を守っている。柱に近づいた者は結晶化しているようだが、被害はそこまで大きくはない。

「あれは様子をうかがう、あるいは次の行動のために待機しているような状態なのだろう」

 だからこそ、邪魔をした艦隊に対して報復に出たのだ。

 大河はふと、ホウセンカという花を思い出す。果実が熟すと弾け、種を遠くに飛ばす。指で触っただけで弾けるので子供のころは競って触り種を飛ばした。

 思い出したついでに手元のタブレットを使って性質について軽く調べてみる。

 花言葉は、「私に触れないで」。

 そんなこと言われても、と大河は頭を抱えたくなる。

 大河としては、結晶柱はさっさと壊してしまいたい。影響は小さくとも被害は続いているし、何より、この状況を安定したと勘違いする世の中が怖い。

 世論が下手に柱を壊して別の災害を起こすよりも放置する方向へ流れてしまうと、柱に近づいて結晶化する者たちの被害が仕方ないですまされてしまう。

 だが防衛軍が、壊すとただではすまない、と示してしまったため、自衛隊はその武力を凍結させてしまうだろう。

 増え続ける被害も頭痛の種だが、何より防衛軍だ。まさかこの状況にかこつけて、何か事を起こして世の中をひっくり返そうとまでは考えていないだろうが、状況をこちらで制御できないのが一番怖い。

「自衛隊は出動できない。だが、柱は壊したい……テロはまずいが、他に、大規模な火力を持った……」

 あ、と大河は声を上げそうになる。

 柱を何とかしたいと思っても、日本で唯一破壊できそうな火力を有した自衛隊は動けず、それ以前に指示を出す政府そのものが慎重論に流れてしまっている。

 この状況を打破するには日本とも、もちろん他の国ともいっさい関わりのない存在が望ましい。

「……あいつらなら」

 続きを口にすることなく大河は立ち上がった。気づけば彼ら以外に議場の近くには誰もいない。

 大河はあとを追う篠山の言葉には耳を貸さず、まっすぐに走るようにして歩き出した。



 日蝕事件からちょうど一ヶ月。防衛軍からある声明文が世界へ向けて発表された。

 それは、地球上には人類以外の知的生命体が存在している、というものだった。

 結晶化現象や柱についてかと思っていた聴衆は嘆息し、肩をすくめてみせる。いくらなんでも、こちらを馬鹿にしている。何か大きな事態を隠す際、別の問題をさもこちらの方が重要事項だとばかりに声高に叫んで意識をそらす手段はあるが、いささか突飛すぎた。

 そんな与太話を聞いている暇はない、と離れた者たちが大半だったが、暇つぶしや、あるいは好奇心で聞いていた者たちの表情が徐々にこわばる。おい待て、それはいったいどういうことだ、と冷や汗を流し始めた。

 画面の向こうにいる防衛軍の総司令官はよどみなく語り続ける。この地球で人類の歴史がはじまる以前より存在した、ある知的生命体の物語を。なぜ彼らが今になって人類の前に現れたかを。

 総司令官はひと息おいたあと、一度顔を伏せ、そして上がった表情は鋭いが、どこか喜ばしいものに出会い笑っているようにも見えた。

「結晶柱の出現は最終的なものであり、事態は以前から動き続けていたのだ。これから我々は歴史的な邂逅の証人となるだろう。我々が空を見上げて宇宙の知性体を探している間に、この惑星には今日まで互いの領分をおかすことなく根本から異なる進化体系を持つふたつの知性体が共存していたのだ。一方である我々人類は、今日まで海の中に別の世界が存在することを想像すらしなかった。我々はこの惑星を未知の知性体と共有していたのだ。

 宇宙は大洋の中にこそあった。エイリアンは銀河の果てから来るのではなく、深海の底で発展を遂げていたのだ。彼らがどのような姿をして、どのような生態か、どのように思考してコミュニケーションを図るのか。それはまだ未知数だ。しかし、我々は、神が創りだしたもうひとつの知性体の存在を認めなければならない」

 機械知性体オリジネイター。

 その名が初めて人類の歴史の表に出現した瞬間だった。

【ふたつの知性体】



冊子版はピクシブのBOOTHで頒布しております。

こちらは8巻収録分です。

https://mutsugami123zero.booth.pm

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「六神屋」でイベントに出てます。

関西コミティア、文学フリマに出没します。

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