ふたつの知性体⑦「……あの柱を、壊す」
日蝕事件から半月以上が経過し、暦は次のページへ移り変わる。人々は異様な事件を目の当たりにした驚愕に転倒したが、そこからどうにかして立ち上がった。異常は日常の一部に組みこまれたが、もちろんなかったことにはできない。蓄積する不安、反感や不満。それらを解消する超人的な英雄のいない状況に疑問を持つ者は日に日に増加し、不満を抱えるだけでなく、表立って発言するようになってきていた。遠火だったそれらは日増しに大きな反抗運動となって周辺の人間を巻きこみ延焼を始めた。
集団の背後にあるのは、機械仕掛けの神。結晶化に対して及び腰な政府を糾弾しつつ、甘い言葉で結晶の一部になることこそ人類のさらなる進化の形と囁く者たち。
それまで結晶柱や結晶病に関して及び腰だったニュースやバラエティ番組でも、声を上げる者たちの活動が話題になってくるとネタも尽きてきたのか機械仕掛けの神の活動について、その名称は出さずとも取り上げるようになってきた。ネット上では世界を取り巻く状況に関して議論が盛んに行われ、反抗を表明するデモも連日のように起こっている。日本は現状、政府は何も対策を打ちだせていない状態なのでとりわけ批判も大きくなった。
その中、公安に所属する大河ミキアキ首席調査官はとある経緯から機械知性体に関する情報を得ていたため、そのつながりから請われて相当程度上層部へ食いこんでいっていた。日蝕事件のあと、大河は期せずして実質的にも実務的にもより効果的に動けるようになったのだ。
急に増えた権限と見渡せる状況に、大河は驚くよりもほくそ笑む。狙い通りだった。国家の警察と呼ばれる公安だが、組織に従事している以上はその枠内からは動けない。少しでも自由を得たければ、より広い場所に通じる階段を駆け上がるしかないのだ。
ただ大河は特別、正義感に満ちているわけではない。世の中では正しくない正義がはびこっている事実をいくらでも目にしてきた。彼が権力を欲するのは、決してきれいごとばかりを掲げてではない。少しでも上へ登り、不満と文句のあるやつらを片っ端から蹴り落としたいだけ。
言ってしまえば子供じみた欲求が彼の行動原理なのだ。
「結晶柱が現れる前から、世界は戦争や飢えや犯罪や災害、貧困や病なんかで毎日何万と死者が出ていたんだ。だというのに、大半の人間は危機感なんて持っていなかった。何億死のうと、もともと世界はこんなものだ」
大河の部下である篠山は、彼の暴言めいた言葉を叩きつけられても肯定も否定もしない。ただ請われるままに資料を集め、人材を手配するのみ。
「だがマスコミの動きが早い。しばらくは例の機械仕掛けの神とやらについてはあまり深くまで報じないよう抑えておいたが、いつまで守られるか。土台隠しきれるものではない。これ以上何か起これば、政府は柱に対して動かざるをえなくなる」
「柱の破壊を行うと」
「そうなる、いや、そうせざるを得ない状況に追いつめられている」
大河は奥歯をかむ。確かに柱を壊せば一定期間は被害を抑えられるかもしれない。だが壊したあとにどうなるかは未知数だ。連合艦隊が外洋にあった結晶柱に攻撃し、破壊に成功したことは聞き及んでいるが、壊したあとにどうなったかまでは報告がまとまっていないの一点張りで不明なままだ。日本の自衛隊も護衛艦を送り出していたが帰還したとも聞かない。
おそらく、第一報のあとに事態が急変したのだろう。破壊に対して火力は十分すぎるほど叩きこまれたはず。だというのに何か、武力では対応できない事態が起こった。
こんな状態で、原因も対応策も不明なまま日本の柱を壊すなんて危ない橋は渡りたくはない。もちろん柱は壊す必要がある。だがいま行うことはできなかった。
「もう、国の利益だとか安全保障なんて言っている場合ではない。とにかくここで踏みとどまらなければならないんだ。来期のポストなんて、来年があればの話だからな」
「シン兄!」
「海里さん」
マイキたちと海里が再会できたのは、ケイと別れて二日も過ぎたころだった。海里が自分の足で沖原家のいるキャンプ場へ向かうことも考えたが、無事なのはわかっているので彼らには自分がしばらくは千鳥ヶ丘市付近にいることを告げて情報収集を優先させた。調査と言っても、要領の悪い海里は結晶化した地域に入ったところで分析する能力はない。仕方なく、できる範囲で動き回ったあとは鷹ノ巣山駐屯地でシリウスと一緒に待機することにした。
結晶柱の出現から半月を過ぎて暦も九月に変わった。だからというわけでもないが、人々の生活はそれなりに落ち着きを取り戻し始めている。沖原一家も不安はあったがいつまでも家を空けておくこともできず、千鳥ヶ丘市へ戻ってきたのだ。
今日は久檀の許可を得て、駐屯地で姉弟と再会する運びとなった。この場所のような一種の閉鎖空間でないと、どこにどんな視線があるのかわからない。
「シン兄!」
駐屯地内で行動するのにすっかり慣れてしまったマイキが駆け寄ってくる。ユキヒはゆったりと日傘をさして歩いてくる。
「シン兄、海の柱、見た?」
興奮気味のマイキに飛びつかれた海里は首肯する。日本へ来てから彼は結晶柱のある立ち入り禁止区域内へ何度も足を踏み入れていた。
人も物も関係なく結晶と化した町並みは、まったく現実感がなかった。林立している柱がかつて人間だったことを理解しても、遺体がそこにある、という実感がまるでわかない。青い空の下で陽光を受けて輝く結晶の町は、すべてが美術品のような一種の精緻な美しさがあった。夏場なので封鎖区域内では処理しきれなかった食料が腐敗する臭いがあったが、それでようやくかつて人間が生活していた場所だということに思いいたる。
そして、そんな場所でも隙間から伸びた雑草がそよぐ風に揺れていた。
海から吹く風に誘われるようにして海里は結晶柱のある突堤に立つ。視界からはみ出すほどに巨大な柱は沈黙していた。接近者に攻撃を仕掛ける機能はないらしい。ただ内部で電子回路のようなものが点滅しているのが見えた。
海里は人間にはない、機械知性体の感覚を通して周辺を見る。あたりはまるで濃霧のように微細機械細胞が集まり、自身が受けた命令を実行するために待機していた。
マスコミは結晶に触れる、もしくは視界に入れるだけで結晶化すると騒いでいた。トレトマンもあまり近づくなとは言っていたが、丸一日、結晶の町を歩きまわっても海里自身に変化はない。どこからか入りこんだ野良猫も、彼を遠巻きに眺めたあとそのまま走り去っていった。
海里や猫が結晶化しないのは、お互いに人間ではないからかもしれない。無機物である建物が結晶となっている区画もあるが、人間から発生した結晶が広がりひとつの塊になっているような状態だった。
おそらく、結晶化するのは人間だけなのだ。そしてマスコミは伏せているが、被害は日増しに増えていると海里は久壇から聞かされていた。災害派遣された自衛隊員も何人かは後日、結晶化している。
自身が結晶化するかもしれない可能性が高いと知っても海里が封鎖区域へ足を踏み入れたのは、単純に見てみたかったから。物見遊山、観光気分と罵られそうな軽薄な理由だったが、自分の目で見て足で歩いて被害を知りたかった。オーストラリアにいた間、海里には人が結晶化していると聞き、映像を見ても実感が伴わなかったのだ。
もともと、正義感に満ちて地上を目指したわけではない。地上で行方不明になったアウラを探したかっただけで、人間のことはありていにいえば、どうでもよかった。
その偏った考え方も、マイキに出会い、地上で日々を過ごすうちに変化を続けていた。そもそも最初から人間が嫌いだったわけではない、よく知らないから恐れを抱いて一方的に避けていただけなのだ。
今の海里は人類の危機を前にして、関係ないと切り捨てることはできない。世界を救うなんて大きなことは考えられないが、顔見知りが無機物の塊になってしまう事態を考えると怖気が走る。
通り過ぎた結晶の塊は、海里にとってのマイキなのだ。そしてこの結晶の関係者は相手がここで無機物となって立ち尽くしている現実を知らずに探しているのかもしれない。
そう考えると、急に怖くなった。
かつては自動車がひっきりなしに走っていた道路の真ん中で振り返る。海面から突き出す、離れても異様なほどの大きさを持つ結晶柱、その下に点在する小さなかけらのような結晶。
すべてが誰かだったのだ。
陽光の中、銀色に輝く町はひどく美しかったが、同時に、触れただけで壊れそうなもろさがあった。
世界が壊れていく。海里は比喩なくそう思った。
「……あの柱を、壊す」
海里の唐突な物言いに、しがみついていたマイキが目を丸くする。日陰にいたユキヒも何事かと顔を上げた。
「壊すの?」
繰り返すマイキに海里はうなずきを返す。
「柱だけを壊しても事態は変わらない。だが、何もしないままでいるのは嫌なんだ」
決意と呼ぶには海里の表情にはどこか、おびえたような色があった。
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こちらは8巻収録分です。
https://mutsugami123zero.booth.pm
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「六神屋」でイベントに出てます。
関西コミティア、文学フリマに出没します。




