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ふたつの知性体⑥「人類のため、国民のためと口にしながらも、結局は個人の都合でしかない」

 シリウスと共に日本へ向かった海里は真っ先に沖原家へ向かおうとしたが、先だっての騒ぎがあったので自宅付近へ立ち寄ることはためらわれた。それに、一家はまだキャンプ場から戻っていない。日本に到着してから連絡を入れるとマイキたちはかなり驚いてすぐにでも会いたいといってくれたが、町中へ戻るのは不安が残るらしく、もう少しだけ様子を見るようだ。

 次に海里は天条家へ向かう。今度はすれ違う前に途中の公園で母子が遊んでいたのを発見した。近づくと、少女の方が気がついてかん高い声で呼ばれる。

「あ、お兄ちゃん」

 日差しに負けない笑顔の少女が走ってくる。少し遅れて麦わら帽子の女性もやってきた。

「あら、シンくん。帰ってきたの」

 言われて海里は反応に困る。どこまで目的を話していいものか返答に窮していると、すかさずルミネが足にしがみついてくる。

「ねえねえ、お手紙、渡せた?」

「渡してきた」

 返事をもらってきた、と天条から預かっていた封筒を手渡すと、ルミネはきゃらきゃら笑いながら公園内を走り回る。母親が、危ないから、と止める声も聞かない。とはいえ公園内は母子の二人しか姿が見えないので誰かにぶつかる危険性はなかったが。

 二人はルミネの姿を視界の端で追いながら少し話をした。結晶病の対策として日本政府から推奨されたのは、あの結晶柱へ近づかないことだけ。混乱は続いているが、母子のいる地域はライフラインが切断されることもなく、最初の数日間、食料の確保に戸惑っただけであとは大きな問題はないという。天条の動向についてたずねられたが、海里は機密保持以前に彼の状況を把握していないので首を横に振ることしかできなかった。

 そう、と嘆息と共に細い声を吐き出したケイ。歯がゆそうにうつむく様に海里はどうすることもできずに戸惑うが、そこに歌声が届く。

 ルミネがブランコをこぎながら歌っている。日本語ではなかった。旋律に合わせて適当に音を出しているような声で言語としては聞き覚えがなかった。

「あれね、最近の娘のお気に入りみたいなの」

 どこで覚えたのかしら、とケイは首をかしげる。

「その、歌は……」

 声をかけられたルミネはブランコから降りると海里の側まで走って来る。そうしてまた衣服をつかんでよじ登る勢いで迫ると言った。

「ねえ、聞いて。どこかわからないけど、とっても痛いって、助けてって言ってる子がいるの」



 助けてくれと乞うても無駄なら、その一言を発する前に先手を打った方が早い。

 そこまではっきりと考えたわけではなかったが、城崎の中で他者に救援を求めるという思考は皆無だった。むしろ他にこの状況を目撃する通行人がいなくてありがたいとさえ感じたほどだ。

「君って他の人間に好かれるよね」

「これが好意を持たれているという状況に見えるか」

 かかった声に城崎は顔も向けずに返す。そして相手もまた、城崎の態度も言葉尻の棘も意に介さず、倒れた暴徒の周りをめぐって面白そうに眺めていた。

 簡単に説明すれば、城崎は数名の男たちに金銭を要求され、断ったところ暴力に訴えられたのでやり返したのだ。彼らは相手が東洋系の若者と見て完全に格下だとなめてかかってきたのだが、うすら笑いを浮かべ見せびらかすようにナイフを懐から出したところで終了した。曲がりなりにも軍事訓練を受けた人間を前にして、彼らの態度はうかつすぎた。とはいえ、城崎も重火器なしの戦闘行動に長けているわけではなかったので、狭い路地で相手が一度に襲いかかれないという利点を使ってまず眼前にいた男の顎に一撃を入れた。一人が倒れ、後ろの二人がうろたえた隙に転がっていたビール瓶で殴り倒す。元軍人、と呼ぶにはあまりにも不格好な戦いぶりだった。

 ひと息ついたところで、からまれてから相手を叩き伏せるまで側にいたはずなのに手も声も出さなかったハルはのん気に笑う。

「関心を向けられているっていう点では、僕には悪意も好意も差はないね」

 ずいぶんと鷹揚な考え方だな、と城崎はいらだちながら振り返る。暴徒連中は特にハルの興味を引くものは持っていなかったらしく、財布や貴金属には目もくれずにきびすを返して城崎の隣に並ぶ。

「彼らもまた、君の特殊性に何かはわからなくとも気になるのかもしれないね」

「癇に障るというやつか」

「大体あってると思う」

 世の中ではただ歩いているだけで、なんとなく癪に障るという存在はいる。だが城崎は特に相手を威嚇したり、逆に警戒しているつもりはなかった。だというのに近頃やたらとこういった輩にからまれる。彼は割れたショーウィンドウのガラスに映った自分の顔を眺めた。二十歳過ぎの東洋人。黒髪黒目でこれといった特徴はないが、どうしても若く見られるので格下の弱者という認識を持たれることは多い。

 特に今の世の中、その弱さを見せることが命取りになる場合がある。

 日蝕事件から半月以上が経過した。世界では混乱が一応の収束を見て再起動を計っていると語られているが、それは町で言えば表通りだけ。裏側へ周りこめば表から投げこまれたゴミがあふれかえって腐敗している。ちょうど先ほどのように難癖をつけられて金銭を要求されることは日常で、通りの向こうをサイレンを鳴らしたパトカーが何台も通り過ぎていった。

「……報道がなければ、そこで何かが起こっていると気づきもしない」

 少しばかり毒の入った独白は、城崎の本音でもある。報道されている情報では治安の悪化は一部の地域だけにとどまっているように言われているが、実際にはそれまでメインストリートと呼ばれていたような場所でも強盗や傷害事件は多数起きている。

 それもこれも、すべてはあの結晶柱が現れてからだ。

 視線の先、ビル群よりもさらに高くそびえ立つ柱は陽光を受けて氷のようにきらめいている。この町も結晶柱の出現で住人の三割近くが結晶化し、今もじわじわと被害が広がっている。少しばかり柱に近づけば、通りのあちこちに結晶化した人間がオブジェのように立ち並び、そこから増殖した結晶が町並みを飲みこもうと広がり続けていた。

 早晩、この町自体が結晶の海へ沈むだろう。

 そうなった場所を城崎はいくつも見てきた。当初は近づけば自身も結晶化するのではないかと危惧していたが、ハルの弁によると過去に受けた人体実験の結果、結晶化しない何らかの条件が備わってしまったらしい。そこを完全に信用したわけではないが、不安にかられる人間たちの中、予防接種を受けた程度の安心感はあった。

 だがそれは、他の人間と同じ場所に立てなくなったことを意味する。

 城崎の現状の立ち位置は、ちょうど中庸。表でもなければ裏にも行けない。中途半端なところをさまよっている。体質だけでなく、それまで所属していた組織も離れてしまい、城崎カズマという個人はひどくあいまいになっていた。それでも今はその半端さが都合よくもある。

 誰も自分を認識せず、関心を示さない。

 ふと昔を思い出したが、子供のころと違うのは、それなりに経験と知識が増えて状況に対応できるようになったこと。何より、行動できる自由がある。

 とはいえ、行く先は隣の人外任せだが。

「じゃあ、行こうか」

 ハルは次の観光名所を目指すようにして気楽に歩き出す。城崎もまた、どこかもわからない先へ向かう人外の存在を追いかけるのだった。



 結晶柱はほぼ例外なく市街地近くの沿岸部に出現したが、いくつかは待ち合わせ場所を間違えたのか、周辺に島影のひとつも見えない外洋に現れたものもあった。

 その柱のひとつに巡洋艦クラスの武装艦がぐるりと三六〇度周囲を囲むようにして散らばっている。

 展開しているのはひとつの国の船ではなかった。二十近い国の船が集まり、周辺の監視用の船までふくめれば百隻以上存在している。空には祭りかと思うほど航空機が飛び交い、いつ衝突事故が起きても不思議ではないほど混み合っている。

 急造の連合艦隊の目的は、結晶柱の破壊。だがただ壊すのではなく、人類が保有する火器で破壊可能か、どの程度の火力を使用すれば壊せるのか。破壊したあとにどのような変化が起こるのかを記録するためだった。実験には周辺に被害が及ばないことが望ましいので、今回のような外洋のど真ん中に柱がある状況は非常に都合がよかった。

 どの国も結晶柱の被害に苦しんでいる。実験結果をどこよりも早く持ち帰りたいのは同じ。砲撃開始までまだ間があったが、表面上は静かに見える艦隊も内部の人間はじりじりと火であぶられているような焦燥を覚えていた。

 連合艦隊の目的は柱の破壊と情報収集で一致していたが、各国の事情が異なっているので指揮系統がまとまらず、十分な連携は取れていない。どこかの艦が先走れば途端に瓦解しそうな危うさがある。だが互いにメンツがあるのでうかつな真似もできず、かといって撤退は絶対にできない。ここで何も得ずに帰還すれば、本国からの叱責だけではすまないのだから。

「人類のため、国民のためと口にしながらも、結局は個人の都合でしかない」

 どの艦隊の誰が口にしたのかは不明だが、その言葉のあと、やや緩慢に柱の破壊作戦は実行に移されたのだった。


冊子版はピクシブのBOOTHで頒布しております。

こちらは8巻収録分です。

https://mutsugami123zero.booth.pm

pixiv ID 2358418

「六神屋」でイベントに出てます。

関西コミティア、文学フリマに出没します。

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